【歴代車両と座談会!】東北新幹線併結カップルの変遷で辿る高速化の歴史

新幹線車両

1982年に大宮~盛岡間で開業した東北新幹線は、21世紀になってから最も進化のスピードが速い新幹線です。
東北新幹線のルートから外れた山形や秋田にも、「ミニ新幹線」が在来線へと直通することで、東北地方全体の時間地図を縮小してきました。
そして個性豊かな車両たちの併結は、鉄道ファンのみならず多くの人を惹きつける名物となっています。

私が議長を務め、東北新幹線の歴代の車両に、自身についてや過去の「車両関係」を語ってもらうことで、その歩みを探っていきたいと思います。

路線概念図
点線がミニ新幹線区間
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各車両自己紹介

2020年10月某日、東京駅にて

議長:本日はお集まりいただきありがとうございます。
東京もひんやりとしてきましたが、皆さんの故郷の東北はもうじき紅葉の季節でしょうか?

さて、本日の議題は「東北新幹線車両関係史」でございます。

E4系:何ですかそれは?大学の講義みたいで寝てしまいそうなんですけど。

議長:要するに、山形新幹線・秋田新幹線車両というご婦人方、つまりミニ新幹線車両さんたちと、通常のフル規格新幹線車両諸君とのカップリングの変遷を通して、東北新幹線の歴史を俯瞰しようといった試みであります。

E6系:それなら私は最後のトリまで出番はなさそうね。

議長:まあそう言わず。随時発言していただいて結構ですから。
ということで、早速ですが皆さんに簡単な自己紹介をお願いします。まずは200系さんからどうぞ。

200系:東北・上越新幹線の初代車両ということで、その開業年の1982年にデビューした200系です。東海道・山陽新幹線のような温暖で沿線人口に恵まれた太平洋ベルトではなく、私は世界的にも屈指の豪雪地帯を高速で走る故、万全の雪対策を施しております。それに車内設備も編成によっては個室やカフェテリアもありました。

200系(1982~2011※東北新幹線での在籍期間)。
前途多難な滑り出しとなった苦労人だが、東北・新潟への時間距離を縮めた国土均一化の功労者。

400系:初代ミニ新幹線車両の400系です。私は1992年の山形新幹線開業に伴いデビューしました。
山形新幹線は福島から分岐する在来線の奥羽本線を、山形まで新幹線と同じ線路幅にしたもの(ミニ新幹線)です。在来線区間に直通するので他の皆さんより少しサイズが小さいのですが、200系さんと同じ240㎞で走行することもできます。

初代ミニ新幹線400系(左)(1992~2010)
クールな印象だが、10年年上の200系や巨体のE4系と関係を持つ、変わった好みの持ち主でもある。

E1系:私はご覧の通り、オール二階建て車両として1994年に登場しました。通勤に新幹線を使う方も増えたことですし、とにかく定員を増やそうということで、このようなスタイルになったのです。一部には「6列座席なんぞ設置してけしからん」という声もありましたが、私にとっては着席機会を提供することこそがサービスだということをご理解いただきたいですな。
現役時代は「Max」の愛称で親しまれておりまして、今は弟のE4系がそれを引き継いでいます。

E1系(1994~1999)
東北新幹線に居ながら誰とも結ばれなかったためか、性格も少し卑屈になっている。

E2系:私は尊敬すべき200系さんの正統な後継車として、1997年にデビューいたしました。

E1系:ちょっと待ってください。さっき話したばかりの私を差し置いて「初代200系さんの後継車」は酷いでしょう。何故に私は早速このような侮辱を受けているのでしょうか?

E2系:いえ、ここで重要なのは「正統な」でして。その、E1系さんはあくまで専門特化型の車両じゃないですか。東北・上越のどの列車どの区間にも対応できるという意味で、私はやはり200系さんの流れを汲む存在だと自認しています。
実際私は東北新幹線では東日本エリアで最速の275㎞を行い、一方では北陸新幹線では急勾配を苦にせず走っていたんですからね。

E2系先頭部分
E2系(1997~)
言われたことは何でもこなす、生真面目な優等生タイプ。

議長:その頃の北陸新幹線は長野止まりで、「長野新幹線」と呼ばれていましたね。まあ、政治的にもめた挙句、長野オリンピックのどさくさに紛れてフル規格にした感じでしたが。(ヤジが飛ぶ)すみません余計な話でした。では次はE3系さんですね。

E3系:あ、はい。私は秋田新幹線が開業したのを機にE2系さんと一緒にデビューして、一緒に盛岡まで走っていたんです。日本海側の遠くだと思われていた秋田が、以後とても近くなったのです。
その後、山形新幹線が新庄まで延伸した時には、私も「つばさ」の運用に就きました。400系さんのクールなファッションやメイクを真似てみたんですけど、やっぱり私には似合わなかったのかな。

E3系(1997~)
おとなしめで、写真の「こまち」時代の塗装もE2系とお揃いで、その従順さが感じられる。

E4系:そんなことないですよ。それに400系さんはカッコイイから真似したくなるのは当然ですよね。
おっと失礼、2代目「Max」のE4系です。兄さんのE1系と同じオール二階建て新幹線なんですが、兄の12両編成と違って、僕は8両編成を1ユニットとして、2ユニット併結して16両でも運行できる柔軟性もあるんです。その時の定員なんかは1634人で高速鉄道としては世界最大です。

E4系(1997~2012)
その図体の大きさとは対照的に、顔と性格はいたって穏やかである。

E5系:2011年3月に「はやぶさ」としてデビューしたのが私、E5系です。何と申しましても国内最速の320㎞運転をしております。もちろん乗り心地も上々ですよ。現在東北新幹線では私が主力車両として、あらゆる列車名で活躍しているのは皆さんもちろんご存じでしょう。
それに、旧一等車の再来といわれる食事付きのグランクラスが設定されたことも話題になりました。

E5系(2011~)
現在の東北新幹線のエース車両として堂々としている

E6系:秋田新幹線二代目車両のE6系です。E3系先輩の築いた「こまち」をより速くするため、E5系と同じ320㎞で走っています。
皆さん私の外観が優れてるとか、情熱的な赤と清楚な白のコントラストが綺麗だとか誉めてくれるのはとても嬉しいんですけど、私が化粧好きな出しゃばりの田舎娘ではなく、洗練されたレディーだってこと、分かってくれてますよね?私の普通車のインテリアだって凄く素敵なんですよ。

E6系(2013~)
利発で情熱的でありながら洗練された秋田美人だが、寂しがり屋の一面もある。

議長:もちろん。美とは車内、則ち内面から滲み出るものだと、貴女に乗車して思いましたよ。

では最後にE7系さんお願いします。

E7系:北陸・上越新幹線で任務に励んどるE7系です。
そもそも何で私がこの会に呼ばれとるんですか?

議長:確かにE7系さんは東北新幹線には普段入線しませんが、今後予定している中でも適当な会が無いため、今回の東日本組に入れさせていただきました。

E7系:分かりました。
私は北陸新幹線金沢延伸の前年、2014年にデビューしました。その後は上越新幹線にも進出しております。東北新幹線は走らんので300㎞とか早うは走れませんが、グランクラスを設定したり内装も落ち着いたものにしたり、接客設備はなかなかのものなんですわ。

E7系(2014~ ※東北新幹線の定期運用は無し)
年が若いわりには物腰が落ち着いて、振る舞いも上品。
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個性豊かな車両たちが彩った240㎞時代。

先行開業、そして暫定開業。200系の孤軍奮闘。

議長:ありがとうございました。それでは、いよいよ本題に入りましょう。
まずは200系さんが孤軍奮闘していた初めの10年、随分と苦労なさったようですね。

200系:その通りです。そもそも東北新幹線の開業が5年以上遅れたうえに、都心部では「お前は走行音がうるさい」なんて言われて、大宮以南の工事が進まない状況でした。しかも同時に開業するはずだった上越新幹線は、谷川岳のトンネルの掘削に難航していました。そこで1982年6月に東北新幹線だけ「先行開業」して、同年11月に上越新幹線も含めた大宮以北の「暫定開業」の運びとなったのです。
自分も偉大な0系さんのように迎えられることを期待していましたが、やはりあの頃の高度経済成長期とは違って、財政問題や労使紛争を抱える国鉄への風当たりの強さや「環境問題」なるものが意識された、オイルショック後の80年代初頭では仕方ありませんでしたな。

E5系:当時は東北・新潟と関東では、新幹線に対する受け止め方に温度差があったと聞きます。
なんせ私も2016年に北海道にまで到達した時でも、道南地区の人以外は今一つ盛り上がりに欠けていたような気がしたものですから。

200系:うむ。3年後の1985年に上野まで辿り着き、ようやく1991年に東京に乗り入れることができたのです。実に長い10年だったな。

東京駅の東北新幹線ホームの0㎞ポイント。
200系は苦労の果てにここに辿り着いた。

議長:そんな200系さんの努力が報われるのがその翌年。つまり山形新幹線開業です。

銀色のクールなヒロイン、400系現る

400系:東北新幹線によって仙台は東京からとても近くなりましたが、その一方で首都との距離が同じくらいで仙台とも近い山形へは時間もかかるし、途中で乗り換えも必要でした。
そこで福島まで200系さんと併結して、それから私が山形まで直通することで新幹線の恩恵をより広い地域の皆さんにお届けすることができたのです。

200系:私の相手になってくれる400系嬢は、なんとシルバーメタリックで窓の周りの黒も色っぽいではないか!それまで新幹線車両と言えば白い車体に青か緑のストライプだったが、あれはまさに紅一点ならぬ「銀一点」でしたな。私の仲間には「団子鼻」以外に100系氏と同じく先頭部がシャープな形をしたものがいたが、あれは400系嬢と併結して鼻の下が延びた結果ああなったのだよ。

200系を魅了した400系のボディー

E2系:おかしくないですか?200系さんのあの型番が登場したのは山形新幹線開業前でしょう?

E3系:冗談に決まってるでしょ、恥ずかしいじゃない。

E1系:しかし、なかなかの年の差カップルですな。200系さんが実に羨ましい。

400系:それが何でしょう?200系さんは周りから何を言われようと雪と闘いながら国土均一化に多大な貢献をしてきた方ですもの。そんな素敵な車両かたとペアを組めてこちらが光栄じゃなくって?

E7系:確かに国土均一化はええことやと思いますけど、その結果、東北の皆さんって方言を使わなくなってますよね?私は北陸ですから関西のアイデンティティーなんですけど、ここにおる皆さんも標準語なってますし。

400系:他所では標準語を使いますが、普段E3系さんと話す時は私たちも山形弁を使いますよ。

E6系:私とE5系も二人きりの時はお互い方言ですよ。まあ、秋田と青森では時々理解できないこともありますけどね。

議長:それらの会話、是非お聞きしたいですな。そういえば私も数年前こんなことがありました。
青森県を一人旅している時に、なんと東京で知り合いでその後里帰りしていた女性にバッタリ遭遇したのです。どうです?ストイックな鈍行列車旅の途中で、突如として津軽美人と3年ぶりに再会するんですからね。ところが東京ではほぼ訛りは無かった彼女が、もはや津軽弁で何を言っているかさっぱり分からないではありませんか。あれは結構ショックでしたよ。

E6系:でもその方も議長さんと話すときは標準語なのでしょう?

議長:いいえ。私に合わせて(エセ)関西弁で話していました。

E7系:なんやそれ!

オール二階建て車両「Max」登場

迫力あるE4系同士の併結

議長:まあ、私の話は別にいいんです。それより皆さんの話をしましょう。
400系さん登場後も今日ここにお見えの方が次々とデビューを飾っています。E2系・E3系さんのお話は後で伺うとして、まずは「Max」兄弟さんからいきましょうか。

E1系:私が登場した1994年は少し前のバブルの影響で都市部の地価が高すぎるということで、高崎や宇都宮あたりに家を建てて、新幹線で通勤する人が増えていたのです。列車を増発するにも線路容量や折り返しとなる東京駅のキャパシティーの問題があります。そこで1両当たりの輸送力を高めるべくオール二階建て車両が設計されたのです。いわば、大量輸送のスペシャリストというわけですな。

E4系:僕が兄さんと違うのは最初にも言った通り、8両編成単位で編成を柔軟に構成できることです。朝の通勤時間帯は混雑しても日中はそうでもないじゃないですか。だから時間帯によって16両と8両を使い分けたり、あるいは東北新幹線なら需要の多い仙台までは16両で走って、以北は8両だけという運用も可能なんです。
ああ、でも一番違う点は顔だってよく言われますけどね。

議長:確かにお二人は顔も気質も全然違うようですな。

E4系:そうでしょう。僕たちは1階・2階・平屋建てといろんな座席のバリエーションがあるので、どこに座るべきか悩む人も多いようですね。「Max」に乗りなれた人は、天井が高くて客室が落ち着いた広さの平屋建て部分の「フラットシート」を推す人が結構います。

E1系:理由は敢えて申し上げませんが、紳士諸君は1階席の窓側に陣取るようです。

E2系:E1系さん、そんな真実味のないネタ話は結構です。はしたない。

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E2系&E3系、幼馴染カップルが275㎞運転を開始

秋田新幹線E3系「こまち」、しなやかにデビュー

議長:1997年はとりわけ話題の多い年でした。
まずこの年の3月には2番目のミニ新幹線となる秋田新幹線(盛岡~秋田)が開業します。秋田新幹線の列車「こまち」には新製されたE3系さんが、同時にデビューを果たしたE2系さんと盛岡まで併結していました。
さらに同じ年の10月には北陸新幹線が長野まで開通し、ここでもE2系さんが大活躍されました。

E3系:東北地方の日本海側に辿り着くには険しい奥羽山脈を越える必要があるでしょう?だから秋田って実際の距離以上に東京から遠い場所だったんです。それまでは盛岡から特急に乗り換えて4時間半以上かかっていましたが、何とか最短3時間49分に縮めたことで航空機に対抗できました。E2系と一緒に当時東北新幹線では最速の275㎞で走ったんです。

200系:あの頃の二人はおそろいの服を着てよくお似合いだったぞ。新時代を思わせるカップルだったな。

E2系:その頃は北陸新幹線はすべて私が担当していたのですが、あそこはトンネルも多くて坂も険しい道なんです。だからE3系と東北の水田地帯を快走するのは実に幸せな時間でした。あと、最初の数年はE3系のお供を200系さんにも手伝っていただいたのは感謝しています。

200系:とんでもない。E3系嬢もE2系君とばかり併結するよりはその方が良かったろう?

E3系:困ります。そんなこと言われても。

ミニ新幹線400系と巨体なE4系のペアが誕生

議長:今でも元気な200系さんですが、1990年代後半となるとさすがに現役は厳しくなってきたようで、東北新幹線からは徐々に撤退を余儀なくされました。400系「つばさ」との併結も然り。その後釜を務めたのがE1系さんではなく、E4系さんだったのです。

E1系:何ということでしょう!私が間違って12両編成で生まれてしまったばっかりに、他編成とは併結することができなかったのです。私が10両か8両編成だったら、400系さんは弟なんかではなく、必ずや私とペアを組むことができたのに。

E4系:兄さん、そんな言い方ないでしょう?
でも、もしかして兄さんも400系さんのこと…?

400系:E1系さん、ちょっと勘違いされているようね。私がE4系とペアを組んだのは8両編成だからじゃありません。彼は少し頼りないけれど、凄く気の利くいい車両なんです。例えば、E4系のデッキの螺旋階段近くにはワゴン用のエレベーターがあるおかげで、オール二階建てでも車内販売ができるのです。貴方もそういった気配りをなさってみてはいかが?

E4系のワゴン用エレベーター

E7系:つまりですよ、400系さんはまず200系さんの包容力に惹かれ、その後はE4系さんによって母性本能を掻き立てられた、というわけですね。「青年と恋に落ちる未亡人」。何ともフランス小説風でいいじゃありませんか。

議長:確かにバルザックやらスタンダールの作品でありそうですね。
そういえば、400系さんの尽力で山形新幹線が成功して、1999年には山形新幹線が新庄まで延伸しています。

E3系:その時から私は山形新幹線にも入線したんです。私も「つばさ」としてE4系さんと併結して…その時の顔を思い出したら…(必死で笑いをこらえる)

E4系:僕とE3系さんはお互い別の「本命」がいたから、カップルというより友達みたいな感じでした。あと、顔が変わってることはよく言われるし、特に気にしてないですから400系さんもそんなに不機嫌な顔しないでください。

400系:不機嫌な顔なんかしてませんよ、E3系さん。
そうそう、山形新幹線の延伸の話ですけど、沿線からの要望が強くて実現しました。新庄あたりの人が皆私の所に両手を合わせてやって来て言うんです。「私達にも【つばさ】を下さい」。

一同:…

E1系:ほほぅ。400系さんにも可愛いところがあるじゃないですか。ほれ、銀色の車体が少し紅潮して、これまた色っぽい。

E6系:本当にそうですね。今度は能代や大館の若い娘さんが「私も【こまち】のような美人になりたいです。」って言わないかしら?

400系:E6系さん、余計なことは言わないのが大人のレディーですよ?
それより議長さん、早く議事を進めてくれませんか?

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2010年代に車両交代で高速化が進む

最高速度320㎞、E5系「はやぶさ」誕生

議長:えっと、1990年代に新車が続々登場した後、2000年代は車両絡みでは大きな動きはありませんでした。山形新幹線は400系またはE3系とE4系、秋田新幹線はE2系+E3系のペアといった具合に、安定した時期だったように思います。
しかし、そんな平和な時代を終わらせたのがE5系さんの登場でした。

E5系:私がそれまでの最速達列車「はやて」の上位となる「はやぶさ」でデビューしたのは、東北新幹線がついに新青森まで全線開通してから3か月後、2011年3月でした。当初は慣らしで300㎞運転から始めましたが、私は日本最速の320㎞で走れまして、東京から青森まではもはや鉄道復権といったところですな。

E4系:E5系さん、最初は気の毒でしたよね。デビュー直後に東日本大震災が起きてしばらく運休でしたから。でもすぐに復旧して運用を拡大してましたよ。

E5系:ああいう時こそ、自らが復興の象徴たらんと努力しましてね。運転再開後、その年のうちに「はやて」や「やまびこ」にも就きました。

議長:そこで問題が起きたのです。それまではE2系「はやて」が盛岡までE3系「こまち」と併結していました。つまり、E2系さんにとって、E5系さんが強力なライバルとなったわけですね。

E3系:E2系と長い間「こまち」で併結してきたんですけど、その2011年秋ごろからE5系さんがとても優しくしてくれたんです。でも、E2系を裏切ろうなんて考えていなかったんですけど。

E5系:ここは私が責任をもってお話しましょう。
当時、E6系がいずれ「こまち」に就くことは既に知っていました。ですが、最初はほんの軽い気持ちでE3系さんをお誘いしたのです。しかし鉄道車両は「惰性運転」してしまう性でして、そのうちにE2系さんの方から「これからもE3系と共に東北・秋田新幹線の発展に尽くしてください」と言われてしまったのです。私もE3系さんも困ってしまいましてね。さらに移行期間を経てE2系さんが完全に手を引いた頃にはE6系が営業運転を開始していましたから、なおさら気まずかったですね。
秋田新幹線はほとんど単線ですが、お二人はすれ違ってしまったようです。

混乱期における四角関係の経歴表

E7系:シャレで誤魔化してはりますが、要するにE5系さんが悪いんでしょう。

E2系:私がE6系さんの数年後のデビューを知らなかったこと、及びE3系にフラれたものと勘違いしてしまったことで、事態を悪化させてしまったのは事実であり、その点については反省しております。

E5系:私が悪いのは否定はしませんが、この話はもういいでしょう?
それより早くE6系の話をさせてやってください。

議長:E6系さんといえばその美貌もさることながら、「スーパーこまち」の列車名も衝撃でした。それにミニ新幹線でも320㎞運転ができるんですね。

E6系:議長さん、「ミニ新幹線なのに」なんて言い方は、今では「ミニ新幹線差別」ですからやめてくださる?
それで、私がデビューした2013年当時は秋田新幹線はE3系先輩と一緒でしたから、料金を区別するために「スーパー」が付いたんです。20年前の特急列車みたいでダサくて嫌だったんですけど、秋田新幹線の車両が私に統一された翌2014年からは全て「こまち」になりました。

E5系:E6系はこう見えて寂しがり屋でね。必ず盛岡駅まで私の「はやぶさ」と併結するんですよ。

E6系:その話はしないって事前に約束してたじゃない!
とにかく、秋田までは東京から4時間以上かかる列車も多かったのが、320㎞運転ができたおかげで「こまち」の全定期列車は3時間台になったんですよ。これでだいぶ競争力がついたと思わない?

200系:うむ。ところで私が走り出した頃はそれほど新幹線車両は趣味の対象にはなっていなかったが、今では盛岡駅でも東京駅でも君ら美男美女カップルを撮る人が多いな。

観客動員数トップのカップル

山形新幹線「つばさ」も275㎞化

議長:一時的に風紀が乱れた秋田新幹線でしたが、次は山形新幹線の動きです。
まず、2010年に400系さんが引退されました。

400系:あの時は私の代わりにE4系が泣いてしまって大変でした。

E4系:僕はあの時本当にショックで、400系さんが引退するなら自分も東北新幹線から降りたいって申し出たんです。

400系:そんな事急に言われても無理ですから、しばらくE3系さんに引き続きE4系の面倒を見てくれるよう頼んだのです。

E4系:幸い2年後の2012年からE2系さんが僕の代わりを務めてくれました。E3系さんも「これからは【つばさ】でもE2系と一緒に275㎞出せる」って凄く嬉しそうでしたよ。やはり二人は仲いいんですね。

E3系:2014年からは私の「つばさ」用編成の塗装を、山形の自然などを表現したものに変更したんです。今まではE2系や400系さんと同じ格好をしてたんですが、もっと自分も個性を発揮したいと思いまして。

E2系:いやはや、それまでとはまた違った雰囲気になって、E3系がより一層魅力的に思えましたよ。
「こまち」晩年の不幸な一件もありましたが、E3系の衣替えは我々の再出発の決意でもあるのです。

200系:あの頃は私も後輩たちのことを心配していたのですが、E2系君とE3系嬢、それからE5系君とE6系嬢と収まってくれて安心しましたな。

E2系とE3系

E7系:「お相手はステータスより幼馴染」というのは、あの国民的RPGゲームの教える所でもあります。

E2系:フランス小説の次はその例えできましたか。もっとも「教える所」なのかどうかは分かりませんが。

E1系:ちょっとよろしいでしょうか?突然水を差して申し訳ないのですが、私は先日このような不倫現場に遭遇しました。E5系さん、説明お願いします。

2020年の某日、E5系とE3系の併結。
E1系が撮影

E5系:それはですね。つまり、「こまち」に関する経緯に関しまして、私もE3系さんには申し訳なく思っている部分もありまして。ですから、E2系さんに一言断ったうえで時々、限られた時間だけでご一緒しているのです。ただ、誤解を招かぬようE6系には敢えて伝えていませんでしたが、決して…

E6系:私も薄々勘付いてましたし、別にそんなに気にしてません。寧ろその程度のことでE5系がオロオロしてるのがガッカリだわ。

北陸新幹線金沢延伸、E7系は活躍の場を広げる

議長:さて、楽しそうな東北新幹線に対して支線のような上越・北陸新幹線ですが、2015年には北陸新幹線が金沢まで延伸しました。

E7系:東京対北陸は鉄道と航空機の競争がなかなか熾烈でしたが、それまでは上越新幹線で越後湯沢まで行ってそこから北越急行経由の「はくたか」に乗るのが最短ルートやったんです。
せやけど、北陸新幹線が金沢まで伸びたおかげで、だいぶ新幹線使う人が多なった思いますよ。

E2系:E7系さんは真面目な方で、今では北陸新幹線の全列車と上越新幹線の運用もされているんですよ。思えば20年前は私が東日本エリアでは主役でしたが、東北ではE5系さん、北陸・上越ではE7系さんが後継として大いに活躍してくださっています。特に北陸・上越ってトンネルばかりで皆嫌がるのですが。

E7系:私はあまり目立ちたがり屋でもないんで、黙々と中部日本の本土横断列車としてやらしてもろうてます。でもトンネルばかり言うても、車内の快適さは約束しますよ。

E6系:E7系さんってクールなんですね。臨時列車で結構ですから、今度金沢までご一緒しません?

E7系:是非とも、と言いたいとこやけど、北陸新幹線は急勾配も多いんですわ。ご婦人が高速走行するには向いてませんな。

議長:そういえば、上越新幹線でE4系さんが引退してE7系さんが増備されるって聞いたんですが?

E7系:実は2019年10月の台風で私が被災してしまった影響で延期になったんです。上越新幹線でも最高速度を275㎞に引き上げるつもりだったのですが、まことにかたじけない。

E4系:大丈夫ですよ。僕だってまだまだやれますから。2021年の春までの予定でしたが、秋ごろまでは頑張ろうと思います

E1系:私の弟もだいぶ成長したようです。

400系:貴方と違ってE4系は優しいでしょ?

E1系:ああ、そうこなくては。貴女が弟を褒めてくれるのを期待してたんですよ。へっ、へっ。

E7系:E1系さんのような方って、ドストエフスキーの小説に必ず出てきますよね?

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将来も進化を続ける新幹線

新函館北斗駅より、将来札幌へ伸びる路盤を望む

議長:さて、将来にも東北新幹線の高速化が予定されています。
上野~大宮の最高速度が110㎞から130㎞に、盛岡~新青森は260㎞から320㎞に引き上げられるそうですね。

E5系:盛岡以北はまだしばらく先ですが、上野~大宮は来年です。短縮される時間は1分とか5分に過ぎませんが、その積み重ねで鉄道は発展してきたのです。それに今や東北新幹線は北海道連絡も視野に入れなければならないのですから。
いずれにせよ、16両編成の東海道の裕福な方々と違って、東北の田舎者と呼ばれようが我々には健全な貪欲さがあります。(一同拍手)

200系:君らには信じられんだろうが、東北新幹線開業時には私もまだ最高速度が210㎞で、大宮~盛岡で3時間17分かかっていたんだよ。本数も少なくて、その月の時刻表では東海道・山陽新幹線が6ページあるのに、東北新幹線は上下含めて1ページで収まってしまっていた。

E6系:同じ区間を私とE5系が1時間47分で走っていますよ。でも今こうしているのも200系さんのおかげですよね。

仙台までの所要時間の推移。
新潟も同様に200系によって大幅に近くなった。

議長:ところで、新車の話題として山形新幹線にE8系投入というニュースがありました。
JR東日本の資料によると、2024年春から順次営業運転開始して26年春に出揃う。最高速度は300㎞で、お相手はやっぱりE5系さんですと。

E3系:山形にも後輩が来るんですね。それを機に私も引退となりそうですけど、どんな子か楽しみでもあります。

E2系:「つばさ」の最高速度が300㎞ということは、275㎞の私もそろそろ東北新幹線には居場所がなくなりそうです。でも上越新幹線にもE7系さんがいますし、私もその頃はいい年齢ですな。

E4系:E5系さん良かったですね!凄く嬉しそうじゃありませんか。

E5系:実に楽しみですよ!E8系さんは紫とオレンジの配色のようですが、きっと落ち着いて優雅な方なんだろうなぁ。あ、そうだ400系さんとE3系さん、今度山形弁を教えてもらえないですか?

議長:さてと、予定より時間もだいぶ押していることですから、そろそろ締めくくりたいと思うのですが?

200系:そうだな。何よりE6系嬢の機嫌が大変よろしくない。

E5系:(ハッとして)待ってE6系、寒くなって来たからもう帰ろう。盛岡まで送るよ。

E6系:ついてこなくて結構よ!そちらはゆっくりE8系さんとやらの話で盛り上がっていて頂戴。

200系:相変わらず世話が焼ける子らじゃて…

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