悲願のターミナル直通を果たした成田エクスプレス
空港アクセス特急「成田エクスプレス」
1978年に開港した成田空港への鉄道アクセスは、当初は国鉄(当時)による「成田新幹線」が計画されていました。
しかしその構想は沿線の激しい反対運動によって開港に間に合わないばかりか、計画自体が暗礁に乗り上げてしまいます。
そうした中、開港に合わせて京成電鉄が成田空港のアクセスを担うことになりますが、ターミナル直下は成田新幹線計画のために乗り入れできず、空港へはやや離れた成田空港駅(当時)からバスでの連絡を必要としました。
その不便さもあり、当時の「スカイライナー」は乗車率が振るわなかったといわれています。
結局新幹線計画は撤回されますが、新幹線駅となるはずだったターミナル直下にJRと京成電鉄の両方が1991年より、新たな成田空港駅に乗り入れることになりました。
そこでJR側の空港アクセス列車として誕生したのが253系です。
なお京成の旧成田空港駅は東成田駅と改められましたが、今なお「成田空港」の駅名標があり、空港駅時代の雰囲気を色濃く残している大変面白い駅です。
グリーン個室付きの走るオフィス
253系は登場した頃はバブル景気の末期にあたり、海外旅行へ出かける人が増加した時期でもありました。
そんな時代背景も反映してか、外観・内装や車内設備も斬新で大胆なデザインとなっています。
赤と黒のインパクトある配色は外観の塗装だけでなく、車内の座席にも取り入れられ、室内の照明もやや暗めでシックな雰囲気となりました。
またグリーン車には1室だけグリーン個室が設定され、ハイセンスなオフィスのような移動空間が創り出されていました。
山手線や埼京線などの通勤電車に交じって走る253系は、一際存在感・特別感がありました。
先頭グリーン車近くに立つパーサーらしき女性の服装からは、バブル時代の世相が垣間見られる。
運用面ではJR在来線の路線網を活かして、東京からさらに大船・池袋・高尾などへ分割併合してアクセスを可能にしています。
関空特急「はるか」もそうですが、これは私鉄にはできないアドバンテージといえるでしょう。
一方で高級感をセールスポイントにしておきながら、普通車の座席は4人用のボックスシートという特急らしからぬ設備でした。
その理由は、ヨーロッパの列車は特にコンパートメントでは向かい合う座席が基本なので、外国人の利用も多い「国際特急」としてのイメージを打ち出したためです。
しかし、この座席は評判がよくなかったため、後に増備された編成は通常のリクライニングシートとなりました。
またそもそも京成のスカイライナーやリムジンバスと比べると、料金が高くなってしまうという問題点もありました。
「成田エクスプレス」から撤退。東武線直通「日光」「きぬがわ」で運用
まだ登場から20年も経たない2009年より、「成田エクスプレス」には新型車両E259系が投入され、2010年には置き換えが完了します。
背景には京成電鉄の「成田スカイアクセス線」が開業し、「スカイライナー」が160㎞運転を行って上野~成田空港まで40分程度で結ぶため、劣勢になるJR側としても「成田エクスプレス」のイメージアップが必要だったのです。
E259系は253系とよく似たカラーリングで、後継車両であることは一目瞭然でしたが、グリーン個室は設定されませんでした。
予想以上に早く失業した253系ですが、2011年よりリニューアルを施された上で、東武鉄道直通の特急列車に運用されます。
直通列車は新宿を出て東北本線の栗橋から東武日光線へ転線し、東武日光または鬼怒川温泉へ向かいます。
新しくなった253系は相変わらず派手な塗装ですが、日光の紅葉や社寺を思わせるどこか古風な色合いがまた美しいです。
もっとも、若々しく大胆だった成田エクスプレス時代と違って、成熟した雰囲気を醸し出しています。
現代的なスリムな車両ならいわば「服に着られてる」状態となるのでしょうが、ガタイの良い253系は目立つ配色でも自然に着こなしてしまうあたり、私なんかには羨ましく感じられます。
ところで、首都圏対日光は古くから国鉄と東武鉄道が旅客争奪戦を繰り広げていた舞台です。
国鉄も特急並みの設備を誇る準急「日光」を走らせるほど力を入れていましたが、1960年に東武が全車空調完備でリクライニングシート(当時の国鉄特急のグリーン車並み)という、DRC(デラックスロマンスカー)を登場させたことで勝負は決まりました。
それが現在、JRと東武鉄道が相互直通運転をして日光への観光特急列車を走らせているのですから、時代は変わったものです。
JR側の253系は「日光」「きぬがわ」で運用されており、東武鉄道側の100系スペーシアで運用される列車には、「スペーシアきぬがわ」のように「スペーシア」の表記があります。
ちなみに500㎞以上にも及ぶ東北本線を走る特急列車は、これらの東武直通列車のみです。
長野電鉄特急「スノーモンキー」でも運用されている
若干塗装が変わっているが、成田エクスプレスの面影は強く残している。
ところで、成田エクスプレスからは引退した253系ですが、長野電鉄の有料特急車両としてオリジナルに近い形で運行されています。
長野電鉄の特急車両は本形式「スノーモンキー」の他に、小田急で「HISE」として活躍していた「ゆけむり」の2種類があります。
「スノーモンキー」には「成田エクスプレス」時代のグリーン個室が残されており、人数に関係なく1000円(それ以外に特急券一人100円が必要)という格安で利用することができます。
個室は1編成に1部屋のみですが、当日しか予約することはできません。
各列車始発駅での発売となり、始発駅を発車後空席がある場合は列車内で個室券を購入できます。
また注意点としては、特急列車にもかかわらずトイレ・化粧室の設備はありません。
ちなみに、温泉客・旅行客がほとんどの特急に対して、普通列車に乗っているのは地元民ばかりです。
客層が変わると旅の雰囲気も変わります。
それにしても猿回しの成田、猿の彫刻が有名な東照宮のある日光、そして長野電鉄のスノーモンキーと、253系は果てしなく猿との縁が続いているのは偶然なのでしょうか?
253系の車内
「日光」「きぬがわ」の車内と座席
車内の雰囲気は成田エクスプレス時代とは大きく変わり、観光列車らしい明るい客室となりました。
座席は新しいものに取り換えられており、号車によって色が異なります。
おそらく両方とも日光や鬼怒川の自然を表現したのでしょうが、とても風雅な色・デザインです。
元が成田エクスプレスだっただけに窓が小さいのがいかんともし難いですが、普通車としてはなかなかのクオリティーだと思います。
ただし一つだけ条件があって、相互乗り入れ先の東武の車両であるスペーシアと比較しないことです。
スペーシアは通常の座席でもグリーン車で通用する程なので格が違います。
一部デッキには観光用のパンフレットが置かれている箇所もあります。
また大型荷物置き場は依然として残されています。
長野電鉄「スノーモンキー」の車内と座席
自由席(通常の客席)の車内は、成田エクスプレス時代の雰囲気をよく残しています。
空港特急の走るオフィスをイメージしたデザインですから、長野から温泉地に行く気分とはだいぶ違う気もしますが…
新製当時のボックスシートは改造され、各座席が中央の方を向いている「集団見合い式」の配置となっています。
なお、同じ自由席でも個室のある1号車は、通常の特急らしいリクライニングシートを備えています。
「スノーモンキー」の個室「Spa猿~ん」
さすがは元グリーン個室だけあって、ゆったりとした贅沢な空間です。
こんな設備で海外旅行で成田空港まで行けたら、飛行機に乗る前に満足して帰ってきてしまいそうです。
現在ではローカル私鉄の細い線路を、駅ごとにさらに速度を落としてポイントを踏みながら走っていくので、乗っていると成田エクスプレスとは全く違う雰囲気となります。
またそれも楽しいかなというべき、個室車両の旅です。
総評
「成田エクスプレス」用という特殊な用途ゆえに、車両も個性的となりました。
しかし、普通車のボックス座席は不評のため、途中から増備された編成では通常タイプに変わり、パーラーカー風のグリーン車やグリーン個室が後継車のE259系に受け継がれなかったことを考えると、その野心的な設計はやや空振りに終わったという見方もできると思います。
「成田エクスプレス」という列車自体は好調な成績を収めていただけに、尖った部分を削り落として平準化するのではなく、もっと磨きをかけて欲しかったのですが、鉄道の可能性の拡大という点からは残念でした。
しかしその強烈なインパクトで以て、「成田エクスプレス」のブランドイメージを世界に発信した功績は見逃せません。
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