初代「スーパーあずさ」の後継車両として登場
初代「スーパーあずさ」E351系
中央東線系統(新宿~甲府~松本)の特急列車である「スーパーあずさ」は同区間の看板列車として、1993年以来E351系で運転されていました。
この区間は都心から甲府へのビジネス客や、信州への行楽客などの需要が多く、さらには高速バスとの熾烈な競争が行われている区間でもあります。
E351系はJR各社発足後の「振り子車両ブーム」の時代にJR東日本が登場させた振り子車両でしたが、他社の車両と比べて完成度が低いとの指摘がなされました。
具体的には、曲線通過時に車体を傾けるタイミングを制御するはずがうまく機能せず、よく揺れるイメージがありました。
また、曲線部以外でも細かな振動があったり、車体断面を絞ったために車内が狭く感じられたりと、乗り心地の悪い車両との烙印を押されてしまったのです。
さて、E351系の老朽化も目立ち始めた2017年12月。
その後継車両として登場したのがE353系です。
一部の「スーパーあずさ」を置き換えた後、順調にその運用を拡大していきました。
外観は先代のE351系を踏襲
E351系「スーパーあずさ」のイメージカラーだった紫を細いラインで纏った白い車体の外観です。
側面の窓周りは渋い黒になっていて、白さを強調するだけでなく、凛とした印象を与えています。
それまで「あずさ」「かいじ」などに使われていたE257系が、沿線イメージにそぐわないポップな(昔流行った表現を用いれば「KY」な)存在だったので、シックなE353系がやってきて安心した中央線沿線住民は私だけではないはずです。
空気ばね式車体傾斜システムを採用
E353系も曲線走行時に車体を傾けて遠心力を緩和しますが、今回採用されているのは振り子ではなく、空気ばね式の車体傾斜システムです。
これは台車から車体を支える左右のばねの高さを、空気圧で変えることで車体を傾ける方法で、傾斜角度は5度から1.5度になりました。
こう聞くと性能が落ちたように感じますが、実際には曲線通過速度は変わっていません。
とにかく、特殊な構造の振り子と比べて、車体の制約も少なくメンテナンスも簡略化できるので、コストパフォーマンスが高い車両といえます。
2010年代の車体傾斜車両はE353系のような空気ばね式が主流となっています。
もっとも、E351系が荒削りながら160㎞運転さえも視野に入れていた、野心的な車両であったことを思い出すと、在来線の高速化が顕著だった90年代前半と比べて2010年代以降の鉄道の停滞感が浮き彫りになってきます。
改善された乗り心地
先代のE351系から大きく改良されたのが、走行時の乗り心地です。
前に説明した通り、車体傾斜する角度が浅いため、カーブでもあまり揺さぶられる感覚はありません。
ちなみに、電車の音をよく聞いていると、カーブに差し掛かる際に(特にデッキ近くの)床の下から空気圧を調整する音が聞こえてきます。
特殊な振り子構造ではないため、車体は上下を絞り込んだ形状でもなく、それまでの狭い感じもなくなりました。
また走行中の細かな振動もなく、 「乗り心地の悪いスーパーあずさ」という汚名を返上した車両です。
E353系の車内・サービス
普通車の車内と座席
梓川のせせらぎが聞こえてきそうな水色と、床や座面の黒色が支配的な空間となっています。
派手さはないものの、明るくシックな表情の車内はなかなか秀逸なデザインであると感じます。
座席はE5系新幹線やE657系に似た、JR東日本の特急車両でよく見るタイプのものです。
座席が若干固いと感じるかもしれませんが、それだけに安定感があって、寧ろ掛け心地が良いと言った方が適当だと思います。
グリーン車の車内と座席
E353系において、しばしば非難の的になるのがグリーン車です。
結論から言うと、私はこの車両のグリーン車は好きです。
青系の普通車に対して、高級感を演出する印象的な赤色が通路と天井、そして座席の枕にも施されています。
座席も普通車のものより大型になっています。
座席評論家達は、やれ4列シートだの、やれ普通車と変わらないだのと言いますが、私はグリーン車において大事なのは車内の雰囲気であって、座席単体や数字だけで以て評価すべきでないと思っています。
たしかにフットレストは高さも位置も微妙で使いづらいですし、もっと大型な3列の座席はありますが、それらはそんなに重要なことなのでしょうか?
もっとも、何かと欠点をあげつらったり、普通車と比べてコスパが悪い(普通車には適用される割引がグリーン車では使えない)などと言っているような人は、そもそもグリーン車の顧客として想定されていないのでしょうが。
デッキ
デッキはまるで日本のお城をイメージしたような、ダークグレーの渋い木目調になっています。
天井の小さな丸いライトがさりげなくお洒落な雰囲気を醸し出しています。
コンセントが全座席にある
E353系では普通車・グリーン車に関わらず、全部の座席にコンセントが前方に付いています。
トンネルが多い区間が結構ある中央東線ですが、電源を気にせずスマホを使えるのは大変便利です。
車内販売ではホットコーヒーもない
車内販売は多くの定期列車で行われていますが、その内容は簡素化される一方です。
弁当などの取り扱いを終了したのに続いて、2019年7月からはホットコーヒーすら販売しなくなりました。
荷物と熱いカップを持って慌ただしく乗ることなく、車内で購入してゆったりと楽しむのがコーヒーの醍醐味でしたが残念です。
以降、ペットボトルのソフトドリンク・菓子・つまみ。アルコール類のみを取り扱っています。
車内販売の内容はこちらで確認できます。
E353系の運用
デビューした2017年12月から僅か3カ月の間に「スーパーあずさ」を全て置き換え、さらにその1年後には、比較的新しいE257系を使っていた「あずさ」「かいじ」の全定期運用をも引き受け、中央東線の定期列車の特急運用を独占しています。
なお、車両が統一されたことで「スーパーあずさ」の列車名はなくなり、松本行(一部は大糸線にも乗り入れ)の特急は全て「あずさ」となっています。
また、以前は「中央ライナー」として運用されていて、特急に格上げされた「はちおうじ」「おうめ」、富士急行に直通する「富士回遊」にも本形式が使われています。
ちなみに、新宿~松本間の最速列車は、上りの「あずさ12号」(2019年7月号の時刻表より)で、所要時間は2時間23分。表定速度は94.4㎞です。
新宿~八王子は最高速度も95㎞に抑えられる電車区間、それ以外も急曲線と急勾配が連続し、途中僅かながら単線区間まであるという条件を考慮すると、この数字は非常に立派です。
総評
新宿駅にて。
E353系がスピード出世を果たしえた理由は、際立った個性はないものの、標準車として欠点がなくそれなりの性能を備え、そしてコストも大きくないという「優等生タイプ」であるためだと思われます。
新宿駅でも、ほぼいつでもその姿を見ることができ、中央線特急の顔として完全に定着した模様です。
特急が1時間に1~2本走る特急街道において、このような堅実な車両が走っているのは安心感がある一方で、個人的にはやはり人々を驚かせるような高性能な車両も登場して欲しいという思いもあります。
しかし、JR北海道のキハ285系(最高速度140㎞で、曲線通過速度もそれまでの+35㎞を大幅に上回る+50㎞)の開発が挫折した現在、明治時代より鉄道の進化をもたらしてきた在来線の高速化は、残念ながら過去の歴史となりつつあります。
その意味でE351系からバトンを受け継いだE353系は、こうした時代の象徴的存在といえるかもしれません。