観光列車・定期列車両方こなす多目的車両
高速化の挫折と「リゾート特急」の世代交代
日本離れした風景の雄大さを持つ北海道では、国鉄時代末期からJR発足間もない頃に、「リゾート特急」が相次いで登場しました。
それらは外観の斬新さのみならず、ハイデッカーあるいはダブルデッカーという特別仕様の豪華な接客設備を誇り、好景気や青函トンネル開業ブームに沸く北海道観光を盛り上げました。
その後バブルが崩壊し、イベント牽引型の特需も一段落した頃には、JR北海道は都市間輸送列車の高速化に力を入れます。
その代表的存在が「スーパーおおぞら」(札幌~釧路)に投入されたキハ283系でした。
つまり、民営化後の北海道の特急車両には、観光輸送専門のリゾート特急車両と、かつて「スーパー〇〇」の列車名で所要時間を短縮した高性能の振り子型気動車という、二つの潮流が存在していました。
しかし、2010年代前半に事故が相次いだ結果、JR北海道は限られた資源を安全対策に集中投下せざるを得ない状況に追い込まれます。
その結果、車両開発やメンテナンスに多額の費用を要する高速化のベクトルは放棄されることとなりました。
一方で、リゾート編成でも老朽化が進み、車両更新が必要な時期を迎えます。
こうした時代背景のもと、通常の定期特急列車のみならず観光列車にも対応可能という設計思想で製造されたのがキハ261系5000番台です。
はまなす編成とラベンダー編成
キハ261系5000番台は2編成が製造され、まず2020年に「はまなす」編成、翌年には「ラベンダー」編成が営業運転を開始しました。
ハマナスは北海道の花、ラベンダーは富良野で有名で、どちらも北海道を代表する植物です。
ラベンダー編成の紫の外観は、わりと北海道の特急では馴染みのある系統の配色ですが、はまなす編成のピンクはなかなか色気があって斬新です。
全体的な仕様はキハ261系1000番台が元になっています。
この形式は相次ぐ事故や経営悪化で再建期を迎えたJR北海道において、今後の主力車両へと期せずして祭り上げられた車両です。
そのため、5000番台は編成数の少ない観光用車両にありがちな運用の難しさがありません。
以前は車両整備などで定期列車の代走としてリゾート編成が充当された時に、性能差のために列車に遅れが出ることもありましたが、こうした問題も解決しました。
この使い勝手の良さが多目的車両たるゆえんです。
2019年9月に「サロベツ」で代走した際に乗車した。
この車両は2023年に引退予定。
「フラノラベンダーエクスプレス」以外の運用は変則的、狙い目は「宗谷」か?
キハ261系5000番台は定期列車にも使われますがその運用は変則的で、3~4カ月ごとに運行列車が変わります。
それぞれ1編成ずつしかないので、車両運用の都合上、各便は隔日での運転となります。
ただし夏季期間中(6~8月)のラベンダー編成は、往復の「フラノラベンダーエクスプレス」で運用が固まっているようです。
参照:JR北海道のホームページ
2022年3月~9月の運行計画を見ると、宗谷本線の「宗谷」(札幌~稚内)・「サロベツ」(旭川~稚内)は期間中を通して5000番台が運用に入っています。
特に「宗谷」は全区間の所要時間が5時間を超えるので、ラウンジやコンセント付きという本形式の特徴は価値があります。(車内設備は次の章で解説)
私が2022年7月に「はまなす」編成の「宗谷」に札幌から乗車した時、ラウンジの向かいの席では稚内まで行くという50代くらいのおじさんが朝からビールを飲んでいました。
彼曰く、「北海道にもこんな観光列車があるとは知らなかった。九州みたいにこういう列車を沢山増やしてほしい」とのこと。
高速バスの本数と料金、飛行機の所要時間を考えると、「宗谷」は都市間定期列車でありながら半分以上は観光列車の要素もあるのでしょう。(というか、そこに付加価値を見出さざるを得ない)
その意味で、多目的車両としてのキハ261系5000番台の面目躍如となりそうです。
キハ261系5000番台の車内
本形式にはグリーン車はありません。
定期特急列車に使用される場合「増1号車」と表現される自由席が、後述するフリースペースになります。
また、「はまなす」編成・「ラベンダー」編成による内装の差異はありません。
普通車の車内と座席
基本的にはキハ261系1000番台をベースとしていますが、全体的に明るくなっています。
床のデザインが変わったために雰囲気も少し変わりました。
座席も腰の部分にカラフルなアクセントが付いていて、座り心地も良くなったように感じました。
肘掛け内蔵型のテーブル(インアームテーブル)も使用可能です。
座席を向かい合わせにした時もテーブルが利用できるので、これはグループの観光向けの設備と言えます。
ボックス席とカウンター席があるラウンジ
キハ261系5000番台の大きな特色がこのフリースペースです。
編成によって「はまなすラウンジ」「ラベンダーラウンジ」と名称が異なりますが、内装・設備は同じです。
車内は木目調で落ち着いた雰囲気にまとめられています。
4人用のボックス席と一人利用に適したカウンター席という、ファミレスを思わせる座席配置です。
どちらにもテーブルにクリアパーテーションが設置されている「コロナ仕様」となっています。
また、これまでラウンジというと「複数人で酒を片手に語らう場」というイメージがありましたが、この車両では窓側に面したカウンター席があるのも、良くも悪くも「個の時代」を感じさせます。
ラウンジの活用も多目的。
なお、こういうフリースペースでは長時間の独占を防止するためか、座席が固くなっていることがあるものですが、この車両では特にそのようなことはありませんでした。
全席コンセント設置にWi-Fiも完備
JRが車内設備でウリにしているのが、全座席(フリースペースも含む)でコンセントが利用でき、Wi-Fiも完備しているという点です。
その二点に加えて外国人観光客にも対応した大型荷物置き場もあり、「令和の三種の神器」を揃えています。
また、車販準備室と思われるスペースもありました。
私が「宗谷」「フラノラベンダーエクスプレス」を利用した時は写真の通りシャッターが閉まっていましたが、何かのイベント等で使われるのかもしれません。
近年JR北海道では、沿線企業とタイアップした車内販売を土日中心に行う列車があり、是非とも本形式で運転する観光列車でも特産品で活性化を図って欲しいところです。
普段は使用されない多目的室も、掘りごたつ式の2人用個室として利用できる設計らしいです。
今後これらの設備がどのように活用されるか楽しみです。
総評
第一印象としては、「多目的特急車両」の趣旨の通り、定期列車と観光列車それぞれに求められる要素のバランスを上手くとった車両だと思います。
確かにメジャーリーグでも投打双方で超一流に活躍できる程ではありませんが、「二刀流」としてレギュラークラスで通用する実力は備えています。
本形式の製造が発表されたのは2019年10月。
その後はダラダラ続くコロナ騒動や国際秩序を根幹から揺るがす戦争など、その出だしは実に不透明な状況の下でした。
よって、バブル時代の豪華なリゾート編成の後継として登場した多目的車両は、極めて効果的なリスクヘッジであることを早速証明したことになります。
手堅く運用可能な資産であるキハ261系5000番台は、経営再建中のJR北海道の代表選手として、ソフト面のサービスを試行錯誤しつつ活躍して欲しいと思います。
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