山陰本線は京都から下関の一つ前の幡生までを結ぶ673㎞にも及ぶ路線(支線除く)で、東北本線の盛岡以北が第三セクター化された今、日本最長の路線として君臨しています。
日本海沿いを走る区間も多く、自然の迫力とローカル線のような山村・漁村の風情を満喫することができます。
長大な山陰本線を大まかに把握すると
- 沿線人口も多く、有名観光地も抱えて賑やかな京都~城崎温泉
- 自然が独特の旅情を創り出す城崎温泉~鳥取
- 各陰陽連絡線の恩恵を受ける鳥取~益田
- 優等列車が撤退し、いよいよローカル線となる益田~幡生
といった具合です。
早朝発深夜着で特急なども駆使すれば1日で走破することは可能ではありますが、景色を楽しみながら普通列車メインで辿るとなると2日間必要です。
2019年の10月に「秋の青春18きっぷ」とも呼ばれる、鉄道の日記念切符で京都から下関まで、松江で1泊して普通列車(福知山~城崎温泉間のみ「こうのとり」利用)で走破しました。
京都~城崎温泉
電車特急のビッグXネットワーク
京都駅から城崎温泉駅まで電化、園部駅までと綾部駅~福知山駅は複線化されています。
この区間は京都市内の観光客はもちろん、比較的大きな都市や城崎温泉・天橋立などの観光地へのアクセス路線として、電車特急が数多く運行されています。
京都発の特急は行き先によって「きのさき」(城崎温泉)、「はしだて」(天橋立)、「まいづる」(東舞鶴)と列車名が変わり、大阪発福知山線経由の城崎温泉行「こうのとり」と福知山駅で相互乗り換えができるダイヤに工夫されています。
この形態を「北近畿ビッグXネットワーク」(福知山が交差点になる)と呼んでいます。
多様な性格を持つ区間
山陰本線の旅は京都駅の隅にある頭端式のホームから始まります。
まるで駅舎を共にする私鉄の路線のようです。
右折して東海道本線と分かれて、京都鉄道博物館を左手に見つつ、市街地の高架線を走ります。
この辺りは市内で京都観光の外国人旅行者も非常に多いです。
しかし嵯峨嵐山駅から様相は一変して、馬堀駅までトンネルの多い区間となります。
トンネルとトンネルの間では渓谷が望まれ、特に途中駅の保津峡駅では停車中にゆっくりと眺めることができます。
こういう線路のご多分に漏れず、線形の悪い旧線を放棄して新線に切り替えて輸送改善と災害対策を行っています。
なお旧線はトロッコ列車が走っており、観光資源に利用されています。
渓谷が終わると盆地が広がり、やがて園部駅に到着します。
普通列車だとここで乗り換えになることが多いです。
園部からは単線になり、行き違いなどで停車する場面も多くなります。
車窓も胡麻駅あたりからは谷間の山村といった感じの風景となり、ややローカル線らしさがでてきます。
舞鶴線が分岐する綾部駅からは開けて、線路も複線となります。
活気を取り戻した山陰本線は北近畿地方の鉄道の中心地、福知山駅に到着します。
福知山駅は現在は高架式になっていて近代的な駅ですが、駅前には転車台とその上にはC11形蒸気機関車が保存されています。
またその付近には高架化される前のホーム屋根の柱も使われており、福知山における鉄道の重要性を我々に教えてくれます。
さて福知山を出ると右から京都丹後鉄道の宮福線が分かれていき、基本的に川に沿って走ります。
和田山駅は播但線が合流する駅で、ここから特急「はまかぜ」も山陰本線に乗り入れてきます。
駅の右手には、煉瓦造りの荒れ果てた建物が見えます。
キオスクもない駅ですが、駅を出て少し右手に駅弁売り場があります。
「和牛弁当」は牛肉の食べ応えもさることながら、黒豆や山菜といった脇役の上品さも魅力的です。
和田山駅からは城崎温泉駅までほぼ円山川に沿って進んでいきます。
豊富な水量をたたえる川は進行方向右手(京都発の場合)にずっと寄り添い、線路はそれを一度も渡ることはありません。
旧・宮津線、現在の京都丹後鉄道と連絡する豊岡駅は、城崎温泉から先の浜坂方面へのディーゼルカーが始発になることも多いので、確実に座るためにはここで乗り換えするのも一つの手です。
城崎温泉~鳥取
観光地として賑わう城崎温泉駅
城崎温泉駅は大阪や京都からの特急電車が発着する、観光地らしい雰囲気の駅です。
写真で有名な温泉街は駅から少し歩きますが、浴衣や下駄が似合う情緒ある街並みです。
2013年だったか、我が故郷である兵庫県○○市の某議員が、特急「こうのとり」(乗車した駅から推定)のグリーン車に乗って年間100回以上も訪れたのも、なるほどと思わせます。
冗談はさておき、今回の私のような「駅前旅行者」にとっても、城崎温泉の佇まいは全国的にも有名な温泉地らしい雰囲気を感じさせてくれます。
また駅のすぐ傍に「さとの湯」という温泉があるので、列車の乗り換え時間に利用することもできます。
非電化区間になる
城崎温泉駅から先は非電化区間となり、鳥取までは特急列車の運転も大阪からの「はまかぜ」の数往復のみと激減し、特に浜坂以降は1往復のみとなります。
もっとも、普通列車は1~2時間に1本くらいなので、そこまで難所というわけではありません。
山陰本線の中でも地味な区間ではありますが、一部だけ保存されている余部橋梁や、青春18きっぷのポスターにも使われて知られるようになった鎧駅など、味わい深い存在でもあります。
日本海沿いでローカルな雰囲気の車窓は、東北地方の五能線に通じるところがあります。
山陰らしい鄙びた風景
楽しそうな温泉旅行者たちを背にして山陰本線の旅を続けましょう。
城崎温泉駅を出ると、早速上り勾配とトンネルが現われ、それまでの電車特急が走る山陰本線とは表情が変わったことに気づきます。
そして次の竹野駅からはついにお待ちかねの日本海のリアス式海岸が登場します。
その後もしばらくはトンネルを出たら海岸線を眺めて、の繰り返しになります。
アップダウンと曲線の連続する厳しい地形に敷かれた線路を、ディーゼルカーはゆっくりと走っていきます。
海岸を見下ろす急斜面にある鎧駅は、青春18きっぷのポスターに使われたことで知名度が上がり、海を見るベンチが用意されています。
その次の餘部駅との間にある高さ41mの余部橋梁(駅と橋とで漢字が異なる)は、2010年にコンクリートのものに架け替えられるまで、赤い鉄橋が親しまれていました。
旧橋梁も一部分だけ残されて、余部鉄橋空の駅として展望台に利用されています。
浜坂駅では普通列車の運転系統が分かれています。
ここも温泉とカニの町ですが、城崎温泉駅と違って俗化されていない場所です。
今では特急「はまかぜ」数往復が発着するだけですが、ツタが絡まった給水塔跡のある魅力的な駅です。
駅の片隅に「鉄子の部屋」という怪しい施設があったのですが、入ってみると旧余部鉄橋や鉄道の備品などが展示されている、面白い所でした。
浜坂から先も海岸線に沿って走ったり、複雑な地形の基部をトンネルで抜けたりしながら進んでいきます。
特に鳥取県最初の駅である、東浜駅を過ぎた辺りの砂浜の海岸線が綺麗で印象的でした。
鳥取駅と一つ前の福部駅の間は10㎞以上あり、途中で榎峠越えをします。
鳥取駅の手前までずっと山間部になので心配になりますが、山越えが終わると市街地に出て、高架線を走って鳥取駅に到着します。
鳥取~益田
鳥取駅の名物駅弁「かにずし」
鳥取駅は高架式で都会らしい駅ですが、列車の上に架線は張られていないあたりが、やはり山陰本線らしいというべきでしょうか。
高架化されたのも1970年代なので、駅の外観やコンコースも近代的というよりは、東北新幹線の駅に似た感じがします。
鳥取駅は駅弁の「かに寿司」が有名です。
日本全国で蟹の駅弁は多いですが、この「かに寿司」は「元祖」と付いているだけあって、素朴な味わいが特徴的だと思います。
具もシンプルで、ご飯も甘酸っぱい「駅弁らしい駅弁」です。
陰陽連絡特急が高速化された線路を走る
鳥取駅から島根県の益田駅までは特急列車の本数が増え、線路も高速化されています。
特に岡山で新幹線に連絡する「やくも」の走る伯耆大山~出雲市間は、電化されて一部では複線化も行われています。
かつて、青春18きっぷ利用者にとって利用価値の高い、長距離走る快速「とっとりライナー」「アクアライナー」が運転されていました。
しかし、2022年3月のダイヤ改正により「アクアライナー」は廃止、「とっとりライナー」も1日1往復のみになりました。
この区間が線路改良されているのは、鳥取・米子・松江など人口の多い都市が並び、沿線同士のヨコの移動もそれなりにあるだけでなく、山陽本線・山陽新幹線沿線からの陰陽連絡列車の存在が大きいと思われます。
「スーパーはくと」「スーパーいなば」「やくも」あるいは新山口からの「スーパーおき」がこれに当たりますが、それによって「あさしお」や国鉄時代の旧「まつかぜ」「白兎」のような山陰本線を長時間走り続ける列車は減りました。
新幹線の高速・頻繁運転により、山陰本線を乗り通すよりも新幹線を乗り継ぐ方が便利で、鉄道会社も増収のためにそのように誘導した面もあるでしょう。
「裏日本」という言葉は今では差別用語となっていますが、ポリティカルコレクトネスによる言葉狩りはともかく、時刻表からは経済的・文化的格差がはっきりと感じ取れます。
政治家・メディアは嘘をつきますが、時刻表は嘘をついて物事を表面的に綺麗に繕って誤魔化すことはしません。(そんなことをしたら列車が運行できませんから。)
伯耆大山や宍道湖を望む
閑話休題。
鳥取駅を出ると倉吉駅まではやはり海岸に沿って走り、トンネルや曲線も数多くあります。
もっとも城崎温泉~餘部のような断崖絶壁ではなく、比較的地形はおとなしめではあります。
ところが倉吉からは、まるで北海道の線路のように直線区間が続き、特急列車も本領発揮します。
ちなみに倉吉~米子間53㎞を最速の特急列車は30分で走破します。
最高速度が120㎞で表定速度が106㎞ですから、いかに線形が良いか分かります。
遠くに海岸が見えることもありますが、水田の中を走っていきます。
中国地方を代表する山、大山は、伯耆大山駅の手前くらいから進行方向左手に姿を見せます。
伯耆大山駅では伯備線が合流し、陰陽連絡列車のエース「やくも」をお迎えするにあたって電化区間となります。
また出雲市駅までは部分的に複線化もされていて、非常に賑やかな様相です。
事実上の伯備線との結節点であり、境線も分岐する米子駅は、この辺りではかなり規模の大きな駅です。
駅弁も売っており、呉左衛門鮓の鯖寿司は肉厚で上に昆布が載っています。
地元の名物としても知られているようです。
米子駅の次の安来駅から島根県に入ります。
荒島駅を過ぎた辺りから右手に中海が見えてきます。
一駅ごとに単線と複線が入れ替わりますが、それでも線路の輸送容量は不足しているようで、特に普通列車はたびたび列車交換でしばらく停車します。
松江駅も高架式の駅で、ホーム下の1階に数多くの商業施設が集まる島根県の県庁所在地の駅です。
松江駅にも駅弁がありますが、蟹は鳥取で食べたので「島根牛すき焼き煮切り丼」にしました。
簡単に表現すると、牛丼に半熟卵が載っている弁当ですが、味付けは独創的とまではいかないにしても、なかなか個性があって面白い駅弁だと思いました。
松江駅を出ると、進行方向右手に今度は宍道湖が現われます。
特に乃木駅周辺が遮るものがなく、ゆっくりと宍道湖を眺めることができます。
宍道駅で湖とのおつきあいは終わり、やがて出雲市駅に到着します。
ここは「やくも」や「サンライズ出雲」の終着駅ですが、電化区間は次の西出雲駅までです。
列車は岩見路へと入りますが、小田駅~波根駅にかけては再び断崖絶壁の海岸線を見下ろしながら走ります。
最高速度110㎞の高速化された線路とは思えない風景が広がります。
その先も険しい海岸線沿いと、やや内陸に入って山間部をトンネルを交えて進むのを繰り返しながら走っていきますが、特急停車駅である江津駅や浜田駅周辺は工業地帯や港が見られます。
特に海岸線が美しいのは、大まかですが浜田駅の先の周布駅から益田駅にかけての区間でしょうか。
普通列車で30分強の所要時間です。
益田駅では「スーパーおき」がそのまま山口線に直通しますが、山陰本線の列車は全て乗り換えとなります。
どちらが本線なのかよく分かりません。
益田~下関
特急の運転は無く、普通列車も少ない
益田駅から先は優等列車が撤退し、普通列車のみになります。
この区間を2004年まで最後の特急として走っていた「いそかぜ」は、寺本光照氏によると乗客が50人を超す日など稀なほど惨めな状況だったそうです。(「悲運の特急・急行列車50選」より)
頼みとなるはずの普通列車の運転もかなり少なく、山陰本線の旅を計画する時は益田以西の列車を最優先にして旅程を組むことになります。
もはや本線とは名ばかりで、実態は完全にローカル線です。
やはり北九州と山陰地方の結びつきは強いとはいえ、いかんせん沿線人口が少なく、新幹線と山口線特急「スーパーおき」の乗り継ぎが便利なのは間違いありません。
そのルートを補完する山陰本線西部の特急も必要だと考えるのは、僅かな沿線住民と鉄道ファンくらいなのでしょう。
日本海に沿って走る
益田駅を出て山口線を分けるとまた海に出ますが、それまでと比べて海岸線はなだらかな表情です。
一息つこうとしたのも束の間、次の戸田小浜駅から先はまた岩がむき出しになった山陰本線らしい海岸になります。
飯浦駅と江崎駅の間にあるトンネルを抜けると、ついに山口県に入ります。
この辺りは山間部を走ります。
宇田郷駅の手前にある惣郷川橋梁は波寄せる砂浜の上に立ち、外から見ると芸術的なのですが、列車に乗っていると何気なく通過してしまうのが残念です。
その後も海と山を相互に相手にしながら進んでいきます。
萩駅からは海には幾つかの島が浮かぶようになります。
迫力ある断崖絶壁というよりは、海沿いに瓦屋根の家が肩を寄せ合って集まったり、入り江にポツンと港のある情景が見られます。
美祢線と山陰本線の支線が分岐する長門市駅からは、列車本数が大幅に増えます。
長門市駅を出ると、砂浜や青海島を見ながら海岸線を走った後も、断続的に日本海の景色が広がります。
阿川駅~長門二見駅までの間は珍しく、長い間山間部が続きます。
内陸部は内陸部で、やはり長閑な山村の風景がそこにありました。
途中の特牛駅は難読駅の一つです。
山越えが終わったら小串駅までは響灘の美しい海岸線が見られます。
小串駅ではさらに本数が増え、乗り換えになることが多いです。
ここまで来れば下関はもうすぐです。
下り方面でカギとなる区間の益田13:28発の列車に乗ると、小串駅辺りで高校生の下校時間に重なるので、より一層活気が感じられます。
小串駅からは沿線人口が増えたためか駅間も短くなりますが、すぐに普通の市街地で終わらないあたりが、さすが山陰本線です。
その名の通り勾配のサミットにある梅ヶ峠駅は、ひっそりとした雰囲気の本州最西端の駅です。
梅ヶ峠駅を出て勾配を下った先では、遥か東の竹野駅以来大変長らくお世話になった日本海と最後のご対面です。
そして安岡駅からはすっかり市街地になり、山陰本線の終着駅幡生駅の手前で、太いレールとコンクリート枕木で重武装した複線電化の山陽本線に僭越ながら合流します。
列車の終着である下関までの1駅、乗り心地とジョイント音の違いを実感してください。
下関駅は本州と九州を結ぶ海峡の駅。
久々に降り立つ「大都会」では、かつてブルトレの機関車交換が行われた広大なホームが迎えてくれます。
偉大なるローカル線
山陰本線を的確に表現した言葉として「偉大なるローカル線」という呼び名があります。
作家の宮脇俊三氏によるものとの説もありますが、宮脇氏本人が「誰が言ったのか『山陰本線は偉大なるローカル線』という表現はおもしろい。」(「日本鉄道名所7 勾配・曲線の旅」より)と述べているので、考案者は他の人物だと考えられます。
それはともかくとして、要するに鉄道地図上では幹線であるが、実態はローカル線(特に山口県の部分)だという意味です。
山陰本線の魅力は兎にも角にも日本海の絶景がまず第一に挙げられますが、それだけではなく、深い山の中を走ったり、ローカル線の旅情あふれる集落や自然を眺められる点にもあります。
また、その線路も区間によって複線電化されていたり、近代化から取り残されていたりと、多様性に富んでいます。
つまり、山陰本線は鉄道旅行を楽しむための要素が限りなく詰まった、偉大なる路線なのです。