「スーパーおき」「スーパーくにびき」でデビュー
山陰本線の高速化
国鉄民営化から10年以上経っても、国鉄色のままの古豪キハ181系が主役だった山陰本線西部地区や山口線は、1970年代を知るレールファンにとっては聖地のような場所でした。
同じ日本海側の地方幹線とはいえ、日本海縦貫線を形成する羽越本線や奥羽本線のように電化や局地的な複線化も、陰陽連絡特急の「やくも」が走る区間以外はなされず、良くも悪くも「偉大なるローカル線」として島根県や鳥取県に横たわっていました。
しかし道路整備も進む中、山陰地方の鉄道の競争力強化のため、老朽化したキハ181系を置き換えるべく登場したのがキハ187系です。
益田から山口線に入り新山口で新幹線と連絡する「スーパーおき」と、鳥取~益田の山陰本線内の都市間を結ぶ「スーパーくにびき」として2001年より営業運転を開始しました。
キハ187系の増備は続き、岡山発の智頭急行経由鳥取行きの「いなば」も本形式による「スーパーいなば」となりました。
HOT7000系と共に智頭急行線を高速で走っています。
「スーパーくにびき」はその後「スーパーまつかぜ」に列車名を改めました。
ちなみに「まつかぜ」は昔、京都から東海道線・福知山線経由の山陰本線特急として九州の博多まで運転されていた長距離特急で、大阪から日本海に沿って青森まで行く「白鳥」と並んで「時代を超越した偉大な特急」と讃えられていた列車です。
振り子機能と強力エンジンの高加速度を持つ
最高速度こそキハ181系と変わらない120㎞ではありますが、振り子式を採用することで曲線通過速度を高めています。
また車両あたりのエンジン出力は2倍近く(500ppsから900pps)にもなり、加速度も同じ特急型気動車とは思えない程に進化しています。
キハ181系の「ボワーッ」という起動時のエンジン音は特徴的でしたが、キハ187系の「ドゥルルル・ガリガリ」音も非常に強い印象を与えます。
ところで米子~倉吉間における最速列車の所要時間は30分ですが、平均速度にすると106㎞にもなります。
線形も良くて高速対応の設備とはいえ、最高速度120㎞でこの数字は立派なものです。
顔はださいと不評だが...
野暮ながら年老いても特急車両としての風格は保っていたキハ181系ですが、その後継者であるキハ187系はもはやそうした体裁へのこだわりは捨てたようです。
山陰本線で普通や快速列車に使われているキハ121・126系と大して変わらず、2両編成と身長も低いために、特急らしい威厳というものは感じられません。
それどころか正面を警戒色の黄色に塗って「いちいち顔のこと言ってくんな」と、寧ろ潔ささえも醸し出している有様です。
振り子式よりもコストパフォーマンスに優れた空気ばね式の車体傾斜が主流になる少し前の時代なので、そこにコストがかかった分だけ顔の予算は削られてしまったのでしょう。
キハ187系の車内とサービス
キハ187系はモノクラス編成でグリーン車はありません。
また指定席と自由席がありますが、両者とも同じです。
普通車の車内と座席
車内は床・荷物棚・窓枠とも茶色で纏められた、どこかレトロな雰囲気がします。
床は素っ気なく、その他の個々のパーツも、特に木材の上質さといったような優れたものではありませんが、客室全体の仕上がりとしてはシックで良いと思います。
座席に関しても同様のことが言えます。
また正面部分が簡素な造りになっている分、先頭部には前面展望が楽しめる座席もあります。
車内販売は無い
キハ187系で運転する列車には車内販売はありません。
一部の「スーパーおき」の運転区間は鳥取~新山口と現代の特急にしては非常に長く、所要時間は5時間半にも及びます。
実際はそれほど長く乗車する人は少ないと思いますが、食事や飲み物を買い忘れてしまっては相当な苦行になるので要注意です。
キハ187系の運用と山陰本線特急の列車名について
「おき」「まつかぜ」のものと異なる。
「スーパーおき」「スーパーまつかぜ」そして「スーパーいなば」の全列車に使われています。
同じ気動車特急で播但線経由で浜坂や鳥取に行く「はまかぜ」もありますが、こちらは2011年にキハ181系から別形式のキハ189系に置き換えられました。
ところで最初の方で述べた往年の「まつかぜ」ですが、1985年には米子を境に系統分離され、大阪~米子が「まつかぜ」のままですが、米子~博多は「いそかぜ」となりました。
その後1986年、「まつかぜ」は運転区間のうち城崎(現・城崎温泉)まで電化されたことで、電車特急「北近畿」(現・「こうのとり」)に後を譲って廃止されます。
つまり、途中で何度も乗客が入れ替わるような伝統ある長距離特急が、地域経済圏内で完結した列車に細分化していきます。
一方の「いそかぜ」は小倉止まりとなり、キハ187系「スーパーくにびき」登場後はさらに益田~小倉と運転区間は縮小されます。
要するに、かつての「まつかぜ」から分離されたのが「いそかぜ」であり、その「いそかぜ」がさらに細分化されたのが、「スーパーくにびき」改め今の「スーパーまつかぜ」という訳です。
結局「いそかぜ」の方は新型車両によって「スーパー化」されることなく、乗客の少なさを理由に廃止されます。
そして島根県対九州間の輸送は、「スーパーおき」と新幹線の乗り継ぎで対応するあたりに、陰陽連絡線によって流れが分断されている山陰本線の実情が見えてきます。
総評
山陰本線の西部を取り巻く人口動態を考慮すると、2両編成というみすぼらしさも、そこで生き残るためのなりふり構わぬ方策です。
かつての列車と比べると編成も運転区間も相当短くなってスケールダウンしたことは否定できませんが、「まつかぜ」の名前を引き継いで「偉大なるローカル線」と呼ばれてきた山陰本線のイメージを一新した車両です。
私が松江に滞在した時に、居酒屋の女将さんが「山陰地方の人は地味でおとなしく見えても、実は情熱を持っている人が多い」と話していたのを覚えています。
ダサいと言われながら、豪快なエンジン音を轟かせながら険しい海岸線に沿って快走するキハ187系にも、山陰気質のDNAは受け継がれているのかもしれません。