鳥取~新山口そして九州へ、山陰本線特急「スーパーおき」5時間半の旅【車内・車窓・混雑具合】

旅行記

かつて「偉大なるローカル線」と讃えられた(揶揄された?)山陰本線。
そんな古色蒼然とした山陰本線のイメージを払しょくする列車が特急「スーパーおき」です。
風光明媚な単線非電化の路線を振り子式気動車が高速で駆け抜け、終着の新山口駅では新幹線にも連絡し、九州へのアクセスにも使えます。

2023年4月、鳥取駅から新山口駅まで「スーパーおき5号」の全区間に乗車し、次いで山陽新幹線に乗り換え博多駅を目指しました。

オレンジ線が「スーパーおき」、紫線が山陽新幹線のルート
国土地理院の地図を加工して利用
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最高速度120㎞/hの振り子式ディーゼル特急

新山口~鳥取、378㎞の距離を5時間以上かけて結ぶ

「スーパーおき」は鳥取または米子から山陰本線を走り、益田からは山口線を通って新山口まで行く列車です。
1日3往復設定されており、鳥取を発着するのは1.5往復、残りは米子発着です。
鳥取~新山口、距離にして378㎞の所要時間は5時間少々。
全国でも指折りのロングラン特急です。

なお、「スーパーおき」の他に、鳥取~米子~益田の山陰本線内で完結する「スーパーまつかぜ」もあります。
こちらは7往復運転されていて、「スーパーおき」も含めるとこの区間の特急列車は、なかなか充実した内容だといえます。

車両はキハ187系

「スーパーおき」に使われる車両はキハ187系
最高速度は120㎞/hで、カーブ通過時も高速で走行できる振り子式車両です。
2001年より営業運転を開始し、山陰地方の「スーパーまつかぜ」・「スーパーいなば」にも使用されています。

普段は2両という短い編成で、自由席と指定席が1両ずつあります。
必要最低限の機構だけ備えたシンプルな顔は、お世辞にも特急らしい容姿ではありません。
おとなしそうに見えても、実は負けず嫌いで頑固な山陰気質を反映しているのでしょう。

キハ187系
益田駅にて

山陰本線内は自由席がおトク

「スーパーおき」・「スーパーまつかぜ」の予約はJR西日本の「e5489」からできます。
区間によっては「web早得」が設定されていることもあります。

「web早得」が無い区間、あるいは直前にチケットを購入する場合は、自由席がおすすめです。
というのも、鳥取~出雲市または米子~益田の101㎞以上の区間では、特例によって自由席特急券が1,320円になるからです。
普通の自由席特急券は101~150㎞が1,860円、151~200㎞が2,200円。
指定席(通常期)ならそれぞれ530円高くなるので、これはかなりおトクです。

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新幹線乗り継ぎで山陰~九州の移動にも使える「スーパーおき」

「スーパーおき」は新山口で新幹線と連絡しており、山陰地方各都市間のみならず、陰陽連絡列車としての性格も有しています。
また、「やくも」(岡山~米子~出雲市)または「スーパーいなば」(岡山~鳥取)経由で、岡山から新幹線に乗り換える方法もあります。
この章では山陰各都市対博多を鉄道移動するにあたって、どの経路が最適かを探っていきます。

陰陽連絡列車の概略図

とりあえず、主要都市と博多までの所要時間を表にまとめました。
岡山駅・新山口駅での乗り換え時間(実際は大して長くない)も考慮しています。

本数鳥取米子松江出雲市益田
「おき」36時間5時間4時間半4時間2時間半
「やくも」124時間4時間半5時間
「いなば」64時間
新幹線乗り継ぎによる博多駅までの所要時間の目安

こうして見ると、「スーパーおき」と競合するのは伯備はくび線経由の「やくも」です。
遠回りながらさすがは電車特急。
陰陽連絡列車の白眉はくびといえましょう。

所要時間が拮抗するのは松江発で、いずれのルートでも約4時間半となります。
この場合は「スーパーおき」の方が遥かにおすすめです。
その理由は2点あり、1つ目は松江~益田の車窓が素晴らしいことです。
そして2つ目の理由は料金です。
「スーパーおき」経由は「やくも」経由より乗車距離が200㎞以上短くなるだけでなく、新幹線利用区間も短いため、「やくも」乗り継ぎで16,610円のところが11,880円(全て自由席の場合)で済みます。

もっとも、「スーパーおき」は1日3往復しか運転されていないので、その点は「やくも」と比べると圧倒的に不利です。
とはいえ、福岡~出雲の航空便は2往復なので、需要を考えればそんなものなのかと思います。
鳥取発着は「スーパーいなば」と時間面で勝負になりません。

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「スーパーおき」の車内・サービス

普通車のみでグリーン車なし

特急スーパーおきの車内

「スーパーおき」はグリーン車無しで普通車のみです。
また自由席と指定席の客室は差別化されていません。

素っ気ない外観と同じく、内装はやや渋くシンプルです。
個々のパーツを見ると安っぽさを感じなくもありませんが、全体の雰囲気としては悪くないと思います。

特急スーパーおきの座席

途中駅で買い物できる機会は少ない

最長5時間半にわたる長旅になりますが、車内販売や自動販売はありません。
また、「スーパーおき」や「スーパーまつかぜ」が途中駅で5分以上停車することもほとんどないので、基本的に食事・飲み物は出発前に買っておくものだと思ってください。

ちなみに、これから乗車記で紹介する「スーパーおき5号」新山口行きの場合、益田駅の1番線で4分停車し、改札のすぐ隣に売店があるので、急いで買い物すれば何とか間に合いそうです。

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【自由席でも座れる】「スーパーおき5号」全区間の乗車記

便宜上、①山陰本線前半(鳥取~出雲市)、②山陰本線後半(出雲市~益田)、③山口線(益田~新山口)、おまけの④山陽新幹線(新山口~博多)に分けて紹介します。

鳥取~出雲市:穏やかな海と宍道湖の景色

4月中旬の平日、「はまかぜ1号」で鳥取に着いたのはちょうどお昼ごろでした。
昼食には長過ぎな、観光するには短過ぎな1時間半という時間を過ごし、「スーパーおき5号」の自由席に乗り込みます。
列車は15分ほど前に入線しました。

前の章でも解説した通り、益田まで買い物はできないので、鳥取駅で入念な準備をしました。
特別パッケージなっていた大山Gビールは、私のお気に入りの地ビールの一つです。
そして地元感のある地酒の生酒に、二十世紀梨ジュースを揃えます。

それらの相手をするのが山陰名物の「あご焼き」。
地元で「あご」と呼ばれるトビウオのすり身を焼いたものです。
私は基本練り物が好きではありませんが、「あご焼き」と宇和島の「じゃこ天」は別です。
魚の独特な風味が感じられ、工業製品っぽさがないのが理由ですが、そのことを知人に話すと「酒呑みらしい嗜好ですね」と言われました。

さて、準備万端で鳥取駅を出発。
自由席は半分程の席が埋まり、指定席はガラガラです。
おすすめの座席は、もちろん日本海側の進行方向右側です。

山陰本線の鳥取~益田は、キハ187系投入に合わせて高速化が行われました。
なので、見るからに地味な車両なのに走り出すと意外と速くて驚きます。
鳥取大学前駅から学生も乗車し、その後左手に湖山池を見ます。

やがて右手に海が見えます。
この辺りは列車から見える海岸線は比較的穏やかです。

東郷池が右手に広がるとまもなく倉吉駅に着きます。
最初は海かと勘違いしますが、対岸には保養施設が見えます。

倉吉駅からは山陰本線とは思えないくらい直線が続きます。
鳥取駅までの53㎞を最速列車は30分で走破するほどです。
やや内陸寄りの高台から海を見おろします。
左側には大山が聳えているはずですが、この日はあいにく曇り空で見えませんでした。

2019年10月

王子製紙の工場を見ながら日野川を渡ると米子駅に着きます。
事実上ここで岡山駅から来た電車特急「やくも」も合流し、山陰本線は俄然賑やかになります。
旧国名では鳥取市が因幡国、米子市が伯耆国に属しますが、明治初期に一度は伯耆国が島根県に併合されたのも、時刻表を見ている限りは至極当然に思えてきます。
もっともこれが東北地方だったら、島根県の出雲国・石見国・隠岐国も全部まとめて一つの国だったでしょう。

大した自然境界もなく島根県に入り、目の前に鉄鋼の工場がある安来駅やすぎに着きます。
私がずっと台所で使っている包丁も、この地の名産「ヤスキハガネ」です。
ここで特徴的なズーズー弁を話す元気なおばさんが3人乗ってきました。
松本清張の「砂の器」をご存じの方なら言わずもがな、西日本にあって出雲地方だけは東北弁に似た方言が使われています。

やがて右手に中海が見えます。
遥か遠方の対岸は境港市です。

県庁所在地の松江駅はやはり他の主要駅より栄えています。
米子で乗客が減りましたが、ここで混んできました。
松江から出雲市までが一番混んでいた区間ですが、それでも自由席は満席というほどでもありません。
車内を見ると私以外はほぼ全員マスクを着用しています。
さすがは無菌主義者が知事をやっている県だけあります。

湖の後ろに去っていく松江市街の中から国宝の松江城の天守閣も辛うじて確認すると、しばらく宍道湖のほとりを走ります。
外界に放たれた日本海と違って、宍道湖は穏やかで明るい景色です。
この付近の車窓が第一パートにおけるクライマックスです。

宍道湖が見えなくなると、出雲平野に出ます。
鳥取駅からちょうど2時間、15時46分に出雲市駅に到着。
「やくも」の復刻塗装狙いか、ホームに撮り鉄が沢山いました。
車内は空くかと思っていましたが、乗って来る人が多くて意外でした。

出雲市~益田:日本海沿いの絶景

出雲市駅を出発して、しばらくは緑の整然とした水田が広がります。
その一方で、これより西は石州瓦の赤い屋根の民家が目立って多くなります。
私が日本で最も好きな何気ない田園風景は、特徴的でありながら自然にも溶け込む石州瓦が散らばる中国地方のそれです。

出雲市駅から15分ほどすると、断崖絶壁の日本海沿いを走ります。
海を真下に見ていると、高速化された特急列車に乗っていることを忘れてしまいます。
ちょうどこの辺りが出雲国と石見国の境で、第二パートのみならず「スーパーおき」全体でも屈指の絶景区間でもあります。

大田市駅おおだし付近では左手に、かつて山陰本線の急行の列車名だった三瓶さんべ山も見えるのですが、この時は天気が良くなく見えませんでした。
以降も海沿いですが、海岸はかなり穏やかになります。
石州瓦は水田にも海にもよく似合います。

やがて江の川を渡り江津駅ごうつに着きます。
川沿いに広島県の三次駅までを結んでいた三江線が廃止されたのは2018年のこと。
中国地方最大の河川の河口部に位置する割には、平野部も市街地も小さいです。

その後も海沿い。
波子駅はしの手前の、砂浜に臨む集落は圧巻です。

浜田駅周辺は比較的大きな街で、降りる人が多かったです。
その後通り過ぎる橋や港の風景は、他の長閑さとは違って印象的でした。

暫くすると、また激しい地形の海岸沿いを走ります。
特に三保三隅駅みほみすみまでの区間は、昔から撮影地としても有名です。
この駅では少年が一人だけ乗ってきました。
相変わらず小さな漁港を幾つも通り過ぎながら、列車は17時30分に益田駅に到着しました。

車内はだいぶ空いて、今や指定席の方が混んでいます。
これより「スーパーおき」は山口線経由で瀬戸内海を目指します。
山口線というとSLがとても有名ですが、陰陽連絡線としての性格もあるのです。

益田~新山口:遠ざかる津和野盆地の絶景

これまで高速化された山陰本線を駆けてきた「スーパーおき」は、旧態依然とした益田以西の山陰本線に見切りをつけ、山口線の線路へと転じます。
山口線の景色も右側の方が良いので、今の座席をキープしましょう。

右手に川を見ながらゆっくりと登って行きます。
今までずっと海沿だったので、ひっそりとした谷間の車窓には心落ち着くことでしょう。
やはり、石州瓦はこの景色にも似合います。
段々畑には赤いツツジの花も咲いていました。

やがて山陰の小京都、津和野の街並みが左手に見えてきます。
ここで左側座席に移動したくなりますが我慢しましょう。
津和野駅ではスーツケースを持った観光客が何人か乗車。

津和野駅を出てから暫くが、山口線で一番の絶景区間です。
まるで飛行機が離陸するように、列車は山ひだを巻きながら坂を登ります。
津和野の街並みと、山腹の太鼓谷稲成神社、そして山頂の津和野城が、右手後方に去っていきます。

その後トンネルが続き、登りきったところで山口県に入ります。
安来から3時間半程度。
小さな県とはいえ、相当ボリュームの大きな島根県の旅でした。
サミットに達すると、開けた盆地を緩やかに下ります。

三谷駅みたにを過ぎてしばらくすると、今度は深い谷沿いを進みます。
やがて右手前方に山口市街を見下ろします。
中国山地を越えて、ついに「表日本」に来たのです。

県庁所在地の山口駅に到着。
終点の新山口まであと10分少々にもかかわらず、意外と乗って来る人がいました。

細い平地を通って、終着の新山口駅に着いたのは19時13分。
5時間半に及ぶ長い道のりでした。

新山口から新幹線で九州博多へ

「スーパーおき」で新山口駅まで来たら新幹線で九州まで行かなければ、締めのエスプレッソが無いディナーになってしまいます。
というわけで、10分の乗り継ぎで19時23分発「さくら565号」に乗り博多駅を目指します。
「スーパーおき」と博多方面行き山陽新幹線の接続は、2023年3月のダイヤ改正で改善が図られました。

見たところ、新山口駅で降りた乗客のほぼ全てが新幹線に乗り換えた模様です。
接続する「さくら」は普通車指定席でも2&2列の座席ですが、博多までの35分程度なら自由席で良いと思います。
自由席はそこそこの混雑度で、何とか窓側の席に座ります。

山陽新幹線の新山口以西は特筆すべき景色は無いので、暗くなってもさほど「損失」はありません。
むしろ早朝からずっと使用していたスマホを充電できて安心します。
関門海峡をあっという間にくぐって小倉駅に到着。
昼間は松江を見て都会だと思いましたが、人口百万近い北九州市に来ると考えが変わりました。

19時59分に博多駅に到着。
思えば、玄界灘に面する福岡市も「日本海沿いの続き」くらいは名乗る資格があるはずです。
冬は雪が降りますし、水炊き・モツ鍋・ふぐちりなど、鍋料理が多いのもそうした風土と関わりがあるでしょう。

いやはや、博多駅の人の多さを改めて感じます。
豚骨ラーメンや明太子を脳裏に浮かべながら、休む間もなく福岡空港に向かい羽田へ飛びました。
帰宅した頃には日付が変わっていました。

博多駅前
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「ダサい」は誉め言葉、山陰で健闘するキハ187系

山陰本線の鳥取~益田は、鳥取・島根両県の人口・産業が集中し、陰陽連絡列車を中心に多数の振り子式特急が行き交う区間です。
全区間乗る人は通常いないでしょうが、「スーパーおき」は乗客が入れ替わりながら山陰各都市間輸送でそれなりに利用されていました。
東北地方の日本海側を走る「いなほ」(新潟~秋田)・「つがる」(秋田~青森)は新潟近郊・弘前~青森以外の乗車率が目立って悪かったのと比べると、山陰地方の特急列車たちは2両編成ながら本数も多く健闘しています。

松江城から眺める松江市内と宍道湖
2021年10月

巷では「ダサい」と言われるキハ187系。
2両編成の素っ気ない容姿は、しかし、戦国時代に尼子家(出雲国)再興のために人生を捧げた忠臣、山中鹿介が三日月に祈った「願わくば我に七難八苦を与え給え」を体現するが如く、過疎化の進む厳しい環境に立ち向かう覚悟でもあるのです。


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