特急「はまかぜ」は大阪駅から播但線(姫路~和田山)経由で山陰本線を走る列車で、うち1往復は鳥取駅を発着します。
この列車の特徴は、瀬戸内海・日本海という2つの海を両方見ることができる点です。
また、姫路城・竹田城跡・城崎温泉といった兵庫県の著名な観光地を経由し、有名な余部橋梁を渡る唯一の特急列車でもあります。
2023年4月に、朝の大阪駅を出発する「はまかぜ1号」に終点の鳥取駅まで乗車しました。
鳥取への別ルート、特急「はまかぜ」
大阪から鳥取まで所要時間は4時間
特急「はまかぜ」は臨時列車を除いて1日3往復設定されており、うち鳥取まで行くのは1往復です。
大阪からの所要時間は城崎温泉まで3時間、鳥取まで4時間程度です。
その他の便の行き先・始発は浜坂・香住・城崎温泉があります。
大阪~城崎温泉には電車特急「こうのとり」がほぼ1時間毎に運転されています。
その中で「はまかぜ」の存在意義は、途中で神戸・明石・姫路を経由することにあります。
つまり、「こうのとり」は尼崎から福知山線で北に行ってしまいますが、「はまかぜ」は人口の多い阪神・播磨地区で乗客を拾うことができるのです。
大阪~鳥取となると、「正規ルート」の「スーパーはくと」が2時間半で結んでいるので、少なくとも姫路以東から乗るのは合理的ではないでしょう。
ただ、あくまで「合理的ではない」だけであって、敢えて1時間半余計に時間を使っても乗る価値のある列車だということを、次々章の乗車記を読んで分かってもらえれば幸いです。
車両はキハ189系
「はまかぜ」に使用される車両は、2010年にデビューしたキハ189系です。
途中の播但線の北部と城崎温泉以西が非電化で、そのためにディーゼルカーになっています。
しかし、京阪神の新快速の邪魔にならないよう、最高速度は130㎞/hと俊足の車両です。
顔つきは前任者の国鉄型キハ181系とそっくりですが野暮ったさはなく、銀色の車体にワインレッドをまとったクールな印象です。
基本は3両編成で、多客期には2編成を繋げて6両で運転されることがあります。
全席指定席で自由席はない
「はまかぜ」は全車指定席の列車で、自由席車両はありません。
それほど混雑する列車ではないので、混雑期でなければ予約が取れないケースはほぼ無いと思われます。
近年首都圏や京阪神地区では、検札の省略やネット予約へ誘導してコストカットを図るため、自由席を廃止する列車が増えています。
進行方向左側のA座席がおすすめ
大阪発の場合、進行方向左側のA,B席が瀬戸内海沿いの景色が楽しめます。
「でも、もっと綺麗な日本海側は右側では?」
と思うことでしょうが、実は日本海側もA席なのです。
なぜかというと、「はまかぜ」は姫路駅で進行方向が逆になるからです。
よって、瀬戸内海側だった座席はそのまま日本海側になります。
途中の播但線も右側(つまり海側)の方が景色は良いと思います。
とにかく、車窓に関しては「はまかぜ」の座席はA席一択です。
城崎温泉までの料金は「こうのとり」と同じ
予約はJR西日本の予約サービス「e5489」からできます。
冒頭述べた通り、大阪から豊岡・城崎温泉へは、福知山線経由の特急「こうのとり」と競合しています。
若干「はまかぜ」の方が走行距離が長いですが、特例で「こうのとり」と同じ料金が適用され、通常期の料金は6,140円です。
所要時間も両者であまり変わりません。
ただし、「こうのとり」には各種「WEB早得」が設定されているのに対して、「はまかぜ」にはこうした割引商品がありません。
ちなみに、大阪から鳥取まで乗り通す場合の料金は7,460円です。
ショートカットルートを走る「スーパーはくと」は7,220円なので、1時間半も遅くてその上高いという残念な状況です。
自分でやっておいて何ですが、「はまかぜ」で大阪・姫路から鳥取に行く人は想定されていないでしょうから、これは特に問題にもなりません。
「はまかぜ」の車内・サービス
普通車のみ、前後端の列にコンセント有り
「はまかぜ」は普通車のみで、グリーン車は連結されていません。
キハ189系の顔つきからは想像しがたい、温もりを感じる内装で快適な車内です。
特に床の模様のお洒落さが目を引きます。
最前列・最後列のみコンセントが設置されています。
車内販売はないが、姫路駅で買い物チャンスあり
他の列車と同様、車内販売や自動販売機はありません。
しかし、途中の進行方向が変わる姫路駅では各列車5分程度停車するので、その間に食事・飲み物を調達することができます。
大阪発の場合だと、停車するホームには中華麺のえきそばで有名な「まねき食品」の店舗があり、そこで駅弁を買えます。
また、階段を降りたコンコースにコンビニがあるので、ホットコーヒーくらいは大丈夫でしょう。
「はまかぜ1号」の乗車記
本章では①JR神戸線(大阪~姫路)、②播但線(姫路~和田山)、③山陰本線(和田山~鳥取)に分けています。
JR神戸線:瀬戸内海と明石海峡大橋の眺め
夜行バスから降り立った朝ラッシュの大阪駅は曇り空。
ホームには10分前に出発する「スーパーはくと」が停車していました。
この列車に乗ると、鳥取駅には2時間早く着きます。
その後、7時48分発の「はまかぜ」が入線。
ガラ空きの「はまかぜ」から人ごみのホームを眺めます。
空しい優越感と言うべきでしょうか。
「座席はA席一択」と述べましたが、実はこの日私が予約していたのはD席でした。
海が見えてきたら移動することにしましょう。
ディーゼルカーながらスルスルと大阪駅を出発し、淀川を渡ります。
鉄橋を走る音が4時間超の旅の序曲です。
通勤電車が前に詰まっているためか、あまり速くは走れません。
ゆっくりと尼崎駅を通過し武庫川を渡ると、線路沿いにある私の実家が見えました。
幼少時代の私は列車が走る音を聞いただけで、その種別を当てることができたと伝わっています。
右手の山の中腹には、かつて通った高校も見えます。
やがて左側から港、右側から六甲の山なみが迫って来て三ノ宮駅に到着します。
ここが神戸市の中心駅です。
続けて神戸駅にも停車。
思ったほど客は増えませんでした。
いよいよJR神戸線の車窓ハイライト、右手に瀬戸内海が広がります。
天然の運河には大小沢山の船が行き交っています。
源平の古戦場は、今でもJR線・山陽電鉄・国道がせめぎ合う隘路です。
そして線路がやや高台に上がると、後方には明石海峡大橋がよく見えます。
駅前に明石城の建つ明石駅を過ぎ、播磨平野を進んでいきます。
姫路駅の手前ではビルの合間に姫路城が見え隠れします。
姫路駅のコンコースのコンビニから帰って来ると、いつの間にか乗客が増えていました。
播但線:姫路城と竹田城跡
ここで進行方向が変わるので座席を回転させます。
後ろには外国人夫妻がいたので、状況を説明し回転する方法を教えます。
おそらく彼らは昨日は姫路城を観光して、これから城崎温泉に向かうのでしょう。
外国人にもよく知られた兵庫県の二大観光地を結ぶ「はまかぜ」の面目躍如です。
さて、第二パートの播但線の始まりです。
ここで乗客のマスク着用率が低いことに気づきます。
思えば、東京の電車でも私に限らず、マスク無しの人は関西弁を話している気がします。
私は右側(海側)座席に移りましたが、左側には姫路城が、今度は遮るものもなく、その白い立派な姿を見せています。
播但線は寺前駅までは電化されていて、沿線にはそこそこ家があります。
単線ながら100㎞/hくらいのスピードを出すので、格段に揺れが大きくなりました。
次第に前方には山地が立ち塞がります。
寺前駅を過ぎ非電化区間になると、都市近郊の風景から段々畑が点在する谷間の農村の風景へと変わります。
急曲線が連続し、前方にこれから渡る鉄橋が見えることもあります。
生野駅はほぼサミットにあります。
この分水界を越えると日本海側に来ると晴れてきました。
エンジンの音が変わり、ブレーキをかけながら春の里を降りていきます。
竹田駅は「東洋のマチュピチュ」こと、竹田城跡の最寄り駅で、ここから40分程歩いた所にあります。
天守閣があるわけではないので、左手の山を仰いでも城跡を確認することはできませんが、駅前は寺や神社が並び風情があります。
なおも川沿いに緩やかに下っていくと、山陰本線と合流して和田山駅に到着します。
屋根の剥がれたレンガ造りの機関庫と給水塔がまだ残っています。
和田山駅で6分停車。
大阪駅から2時間少々乗ったので、時間面ではここが中間地点です。
山陰本線:余部橋梁と日本海側の絶景
暫くは引き続き円山川沿いに走ります。
播但線で見たときよりもずっと川幅は広く、水量も豊かです。
この辺りからカニの看板をよく見かけるようになります。
豊岡駅で背広姿の人たちが降りていきました。
風情のある温泉街が有名な城崎温泉駅には10時46分に到着。
ここでほとんどの人が降りますが、乗って来る人も多少いました。
ここから鳥取までは優等列車が「はまかぜ」のみになるので、地元の人にとっては貴重な列車です。
前の外国人夫妻がまだ乗っていて不思議に思っていると、車掌が何か話しかけています。
どうやら城崎温泉駅で降り損ねた模様。
次の竹野駅で彼らを迎える駅員の、マスク越しでも分かる不思議そうな表情は何となく見覚えがあります。
そういえば、「こいつ何しに来た?」と言いたそうに私を見る、東欧の地方で出会った駅員たちと同じ様子ではありませんか。
竹野駅を過ぎると、ついに「はまかぜ」の旅で車窓が最も美しい日本海沿いの区間が始まります。
それに合わせて大阪駅で買っていた「京都麦酒」を取り出します。
麹の風味に白ワインのようなアロマを感じる、完成度の高い地ビールでした。
複雑な海岸線をトンネルで切り抜けながら走っていきます。
そして、少し開けて黒い屋根の民家が固まっている所には駅があります。
この日本海側ならでの情景は、日本海そのものより美しいです。
香住駅周辺は少し住宅地が広がり、また断続的に海が見えます。
通過する鎧駅(香住駅の次)は、入り江の小さな漁港に面しています。
青春18きっぷのポスターで有名になった後は、駅の外れにベンチまで設けられました。
そしてその次のやはり通過する餘部駅手前で余部橋梁を渡ります。
高さ40M余り。
真下に民家が集まり、その向こうには海が広がります。
2010年に今のコンクリート橋梁になるまで使われていた赤い鉄橋は、一部が保存されて観光施設になっていて、舗装された通路を歩くことができます。
余部橋梁という一大イベントを終えると、しばらく内陸部を走ります。
入り江に臨む集落も良いですが、黒・赤、時には藁葺き屋根の民家が混在する山村の風景もまた良しです。
やがて浜坂駅に到着。
城崎温泉ほどの知名度はありませんが、ここもカニと温泉の観光地です。
大阪駅出発後まもなく神崎川を渡って以来、ずっと兵庫県にいましたが、ここからようやく県境を越えて鳥取県に入ります。
まるでZ字を描くように、兵庫県の海を辿って来ました。
浜坂を出てから10分くらいで通過する東浜駅付近で海は見納めです。
屈曲した砂浜と折り重なって押し寄せる波と黒光りする木造民家は、4時間以上に及ぶ「はまかぜ」の車窓の中でも屈指の一コマです。
岩美駅を過ぎて、久々に水田地帯が広がります。
もう鳥取平野に来たのかと勘違いしますが、この後まだ山越えがあります。
もうすぐ鳥取駅に着くはずなのに、いつまでも山の中を走っていて不安になってきます。
あと数分というところで、ようやく前方が開けてきました。
12時8分、右手に鳥取城跡を見ながら市街地を通り、高架式の鳥取駅に到着。
ここまで乗っていたのは10人くらいでした。
2022年9月
ちょうどお昼時だったので、駅前の市場食堂で550円のランチ定食をしました。
そして1時間半後、「スーパーおき」に乗って5時間半かけて新山口に行き、新幹線で博多へ、そして飛行機で羽田に戻り、日付が変わる頃帰宅しました。
「スーパーはくと」と「こうのとり」の間で
城崎温泉行「こうのとり」と鳥取方面行「スーパーはくと」という主役の間で、「はまかぜ」は彼らが取りこぼした需要を拾うような隙間商品だといえます。
「はまかぜ」の旅は、そんな隙間にこそ美しいものがあるのだということを実感する旅でもあります。
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