【陰陽連絡線の白眉】特急やくもパノラマグリーン車利用、伯備線の乗車記

幹線

伯備線は山陽本線倉敷駅と、山陰本線伯耆大山駅(米子駅から2つ東の駅)を結ぶ路線です。
新幹線と接続した特急「やくも」が運転され、山陽と山陰を横断する陰陽連絡線のうち、最も重要なルートとして機能しています。

2021年10月、岡山駅から普通列車に乗って途中の新見駅で降り、そこから特急「やくも」のパノラマ型グリーン車を利用して米子駅まで行きました。

赤線が伯備線。国土地理院の地図を加工して利用。
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岡山~新見の普通列車

普通列車の本数は多い

伯備線のちょうど中間地点にある新見駅までは、普通列車もだいたい1時間毎に運転されています。
その他にも総社や備中高梁止まりの列車があります。
注意点としては、伯備線の普通列車は始発が岡山ではなく、赤穂線や山陽本線から直通するものが結構あるため、岡山から乗っても座れないことが考えられることです。
ただ、備中高梁からは混んでいることはほとんどないでしょう。
岡山から新見までの普通列車の所要時間はおよそ1時間半です。

懐かしい塗装の国鉄型車両。新見駅にて。

特急「やくも」は陰陽連絡列車のエースらしく、基本的に1時間に1本の本数です。
しかし、新型コロナウイルスの影響で、2021年現在は約半数の列車が運休中となっています。
参照:JR西日本のニュースリリース

また、「やくも」のうち4往復はパノラマ型グリーン車で運転されます(うち2往復は運休中)。
参照:JRおでかけネット
この編成では、米子寄り先頭グリーン車で前面展望が楽しめるようになっています。
座席・インテリア等は通常のグリーン車と変わりません。

乗車記:高梁川に沿って北上する。左側の座席がおすすめ。

通勤通学客でごった返す平日の朝の岡山駅。
赤穂線からやって来る7時25分発の伯備線普通列車新見行は、既に学生でいっぱいで座席を確保することはできませんでした。
テストが近いのか皆真剣に参考書を読んでおり、英語の単語帳かと思いきや、多くの生徒が見ているのは数学の本でした。
まあ確かに高校の数学も、理系の難関校レベルでない限りは解放の暗記(「3次関数をみたらとりあえず微分する」など)でほとんど対処できる(ただし整数問題だけは抽象的思考力を問われる)訳ですから、通学時間の復習も無駄ではありません。

と、学生時代を懐かしく思い出しているうちに倉敷駅を過ぎ、伯備線の線路に入ります。
岡山から離れて田園風景にはなりますが、相変わらず複線なので「本線から外れた」という気分にはなりません。

特急停車駅の総社駅そうじゃで、テスト前でやや緊張気味に見受けられる学生たちが降りていきました。
これで空くのかと思いきや、今度はポロシャツ・短パン・学生帽姿の小学生が沢山乗って来ました。
テストの怖さなど知らない彼らで、車内は急に賑やかになりました。

ところで伯備線前半部分の導き手、高梁川は倉敷駅を出てまもなく左手に現れます。
その後も暫くは川を渡らず北上するので、進行方向左手の座席がお勧めです。

少しだけ高い位置にある日羽駅ひわからは、黄金色の水田と集落を見渡します。
その後小学生たちも下車して、車内は静かになりました。

やがて川沿いの山の斜面にへばりつくように形成された備中高梁の市街が見えてきます。
その奥には山城の備中松山城があるはずです。
備中高梁駅びっちゅうたかはし周辺は伯備線の沿線ではこの辺りが一番人口が多そうで、最後まで残った学生たちが大勢降りていき、車内はガラガラになりました。

備中高梁駅からは伯備線はほとんど単線になります。
右手には山が迫り、左手の川の向こうにはまだ集落が見られます。

高梁川はだんだん細くなり、蛇行も激しくなるので、伯備線も忠実にその流れに従うことなく、橋梁で渡ることが多くなります。

井倉駅の前は石灰石の掘削現場と工場のようで、穴をあけられた白い山肌が剝き出しになっています。

井倉駅から次の石蟹駅いしがまでは1982年の電化に伴い、川沿いにS字カーブを描く旧線を放棄して新たに複線の線路を建設した線形改良区間です。
実際に乗ってみると、トンネル主体で乗り心地が良く、とりわけ独特の振動がある特急「やくも」に乗るとそれが顕著です。
トンネルの合間に旧線の橋梁が見えます。

やがて高梁川沿いに新見の市街地が現れ、終点新見駅にいみに到着です。
新見の市街地は備中高梁と比べるとこじんまりした印象です。

新見駅は姫新線そして事実上芸備線と接続する駅で、鉄道交通の要衝として存在感があります。
とはいえ、これは奥歯に物が挟まったような言い方で、姫新線も芸備線も廃止の噂が絶えない超ローカル線なので、実際は「伯備線の中間地点の主要駅」くらいが妥当な評価です。

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新見~米子の特急「やくも」

普通列車の本数は減る

新見駅を境に普通列車の本数が大きく減り、2~3時間間隔が空くようになります。
所要時間も2時間以上かかる列車が結構あります。
これは特急「やくも」の本数は変わらない一方で、伯耆大山~米子の5㎞弱を覗いて単線になるため、行き違い停車が多くなる点が大きく影響しています。

鳥取県内の区間列車も時々ありますが、列車本数・線路設備といい、山陽側と山陰側の格差が明確になっています。

乗車記:険しさを増す谷。最後は右手に大山を眺める。

新見駅は国鉄にありがちな役所風の建物ではなく、赤い屋根が特徴的な民家のような駅舎です。
同じ列車で来たと思われる行楽客のおばさんたちが、コテコテの関西弁で話しています。
岡山は地理的には中国地方ですが、やはり関西の影響を強く感じます。
現に岡山県出身の知人は阪神タイガースファンです。

9時8分発の特急「やくも3号」に乗車します。
「やくも3号」は先頭のグリーン車がパノラマタイプになっており、平日のグリーン車にしては乗車率はなかなかです。

さて、新見駅を出るといよいよ上り勾配は険しくなります。
寄り添うのは高梁川の支流である西川です。

この辺りは坂だけではなく、急カーブも連続しており、振り子式電車の面目躍如です。
新幹線連絡特急が走る伯備線ですが、線路そのものは決して高速運転向けではありません。

足立駅あしだち付近も石灰石の山地で工場がありました。
中国山地越えも最終局面です。

新郷駅にいざと上石見駅かみいわみの間にある谷田峠トンネルに入った所が伯備線の最高地点(473M)で、岡山県と鳥取県の県境でもあります。
トンネルを抜けて山陰側に出ると、下り勾配はきついものの辺りは意外と平らです。
新見を過ぎた辺りから曇り空から少しずつ晴れてきましたが、ここで日差しが急に強くなりました。
冬だったら正反対の展開だったのでしょう。

木々に目をやるとギザギザした針葉樹林が主体となっており、植生の変化からも山陽から山陰に来たことが分かります。

鳥取県側でお世話になるのは日野川で、生山駅しょうやま付近まではその支流の石見川の細い流れに沿って走ります。
赤茶色の屋根の民家の割合が増えたような気がします。

江尾駅えびを過ぎて暫くすると辺りが開けてきて、列車のスピードも速くなります。
中国山地横断もほぼ終わった感があります。
赤茶色だけでなく、日本海側でよく見られる黒光りする屋根の民家が増えてきます。

岸本駅付近より、右手後方に伯耆富士こと大山が望まれます。
全般的には進行方向左側の方が車窓が楽しい伯備線ですが、最後の見せ場では右側に移動しましょう。
「やくも」では車内アナウンスもありました。
細く険しく刻まれた谷を見てきた後に、雄大な山に迎えられるのはいい気分で、酒を用意していなかったのを後悔しました。

もう米子に近いというのに、あいにく長閑な景色で、宅地が進んだ岡山県側の倉敷~総社とはだいぶ雰囲気が違います。

伯耆大山駅が伯備線の終点で、ここから山陰本線に入ります。
ここには貨物駅もあり、前に座っている少年が国鉄型の電気機関車を見て「あれめっちゃ好きや~」と叫んでいます。
その年で昔の電気機関車に発情するとは、なかなか早熟な鉄道ファンなのでしょう。

製紙工場を見ながら、我々を導いてくれた日野川の河口を渡って、少し走ると米子駅に到着します。
この駅は最近まで国鉄らしい駅舎でしたが、新しいものを建設中で仮駅舎での営業でした。
車両基地もあってディーゼルカーがたむろする駅だけに、やや拍子抜けでした。

ちなみに、米子駅は鳥取県で、もう一つ西の安来駅からは島根県です。
その先も県庁所在地の松江、湖のある宍道、神話の郷の出雲市までは、山陰本線でも有数の賑やかな区間です。

明治初期、一時的に鳥取県は島根県に編入されますが、鳥取県の西側の伯耆国はその後行われた「分離独立」に反対していたそうです(鳥取市があるのは県東部の因幡国)。
伯耆国最大の人口を誇る米子市の地理的特性を考慮すると、その気持ちも分からないでもありません。

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線形改良・複線電化で高速化された伯備線

岡山→米子の所要時間(最速)備考
1968年10月3時間12分急行「おき」
1972年3月2時間38分出力増強気動車の特急「やくも」
1982年11月2時間17分振り子式電車の「やくも」
2000年頃1時間57分停車駅や余裕時間を削減した「スーパーやくも」

関西と山陰を結ぶメインルートとなった伯備線ですが、この地位を確立したのは1970年代になってからです。
それまでは急行列車が3往復するだけの亜幹線でした。

伯備線出世のきっかけは1972年3月の山陽新幹線岡山開業で、これを機に新幹線と連絡する特急「やくも」が新設されました(特急運転は前年から)。
この時に投入されたのは強力なエンジンを積んだキハ181系で、特急化による停車駅削減と急勾配区間での速度向上により、米子方面行の最速列車では30分以上スピードアップしました。
それ以前は福知山線または播但線から山陰本線に入るルートが主流でしたが、亜幹線の伯備線が幹線であるはずの山陰本線を出し抜いた形になります。

そして10年後の1982年、伯備線は全線が電化され、さらに曲線でも高速で走行できる振り子式電車が投入されました。
この間に備中高梁までの複線化も完了しており、伯備線は陰陽連絡線としての役割をますます強くします。
かくして、伯備線は「陰陽連絡線の白眉はくび」となったのです。

国鉄民営化後の1994年、新生各社がスピードアップに熱心に取り組む中、JR西日本は「スーパーやくも」を設定します。
車両は通常の「やくも」と同じですが、停車駅を減らしたり曲線通過速度をさらに上げたりして、岡山~米子は1時間57分と、ついに2時間の大台を切りました。
その後は停車駅の少ない「スーパーやくも」は廃止されますが、再度リニューアルされて居住性を高めた381系が老体に鞭打って40年経った今(2021年)も活躍しています。

なお、支線が新幹線とタッグを組んで長大な本線から旅客を奪うという構図は、東北新幹線開通後の田沢湖線(盛岡~大曲)でも見られます。
それまでは東京から秋田までは奥羽本線の特急「つばさ」が最速でしたが、盛岡で新幹線から特急「たざわ」に乗り換えるのがメインルートとなりました。
田沢湖線はその後、線路幅を新幹線に合わせる大工事により「秋田新幹線」を名乗るまでになったので、伯備線以上に出世した路線といえるでしょう。

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中国山地を越えて山陽から山陰へ

山陽側から分水嶺の谷田峠トンネルに入る。

鉄道趣味的な伯備線の魅力は、やはり唯一の定期国鉄型特急車両による「やくも」の存在でしょう。
しかし、中国山地を越えて山陽から山陰への風土の移り変わりこそ、陰陽連絡線の大きな旅の楽しみです。
上り列車か下り列車か、あるいはどの季節に乗車するかで、その印象は異なるでしょう。
いずれにせよ160㎞程度の伯備線に乗るだけで、日本の広さ・多様性を実感できると思います。

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