飯田線を普通列車で7時間全線完乗、秘境と山岳の旅【車窓の左右・混雑や見所など】

ローカル線

飯田線は東海道本線の豊橋駅(愛知県)と、中央本線の辰野駅(長野県)を結ぶ路線です。
元は4つの私鉄から成るのを戦時中に国有化したので、地形に忠実に線路が建設されており、天竜川の谷やアルプスの山々の車窓を存分に楽しむことができます。

飯田線を4つのパートに分けると以下の様になります。

  1. 豊川沿いの平野部を走り利用客も多い、豊橋~本長篠(第一パート)
  2. 天竜川沿いの峡谷と秘境駅が続く、本長篠~天竜峡(第二パート)
  3. 伊那盆地南端の飯田市街地周辺、天竜峡~飯田~市田(第三パート)
  4. アルプスに挟まれた伊那谷を遡っていく、市田~辰野(第四パート)
赤線が飯田線。各パートの区切れを黒印で示した。
国土地理院の地図を加工して利用

このうち、特に景色が良く鉄道旅行において主部を成すのが第二・第四パートです。
2022年4月上旬に、豊橋駅から普通列車のみを乗り継いで辰野駅、そして岡谷駅まで行きました。

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豊橋~本長篠

普通列車の所要時間は6~7時間。車内にトイレ有。

飯田線の路線長は200㎞弱で、それほど長大な路線ではありません。
しかし、時刻表の紙面にびっしり数字が並んでいることから分かる通り、駅が非常に多いため普通列車の所要時間も長くなります。
乗り換え時間を含まない所要時間は、列車・スジによって異なりますがおよそ6~7時間です。
豊橋から辰野まで直通できる場合と、途中で乗り換えが必要な場合があります。

本長篠までの第一パートは列車本数も結構多く、特に豊川まではJRのローカル線というより名鉄の支線のような感じです。
車両は新しいボックスシート型の形式(313系)と、やや古い2人掛け転換クロスシート(213系)のものが使われていて、いずれにもトイレがあります。
今回私が乗ったのは古い転換クロスシートの車両でした。

豊橋駅の名鉄線ホームに停車中の213系
2021年3月

乗車記:初めの市街地部分では混雑する

豊橋駅の飯田線のホームは名鉄と同じで、最初の数キロは線路も共有しています。
長い編成の名鉄の電車は通勤通学客を乗せた満員電車ですが、2両編成の飯田線の電車は数人立っているくらいでした。
出発する前から気分はもうローカル線。
とはいえ、あくまで名古屋・岐阜に向かう名鉄特急と比べてのことであり、走り出してみるとそれなりに混んでいるように感じます。

なお、ホームや線路を共有した事情は、1927年に名鉄(当時は愛知電気鉄道)が豊橋まで乗り入れるにあたって、飯田線の前身の豊川鉄道の単線に加え、もう一つ線路を新設してお互い複線の利益を享受することになったのです。
私鉄同士ならではの助け合いが今にも続いているのです。

名鉄の電車(左)と飯田線の電車(右)

豊橋駅を出ると、東海道本線と並んで豊川を渡ります。
なかなか爽快な開幕に気分も良くなります。

10分少々で主要駅である豊川駅に到着。
早くも複線区間は終わり、あとはずっと単線です。
車内では学生は減りましたが、行楽客らしき中年グループも乗って来て賑やかになりました。

右手の豊川がつくった平地を進んでいきますが、少しずつ左手の山地が近づいてきます。
この辺りはまだ列車本数も多いので、度々対向列車待ちで10分近く停車します。
田園地帯の快晴の空の下、ホームに桜の花びらが散っていきます。
日本の春らしい風景です。

ところで豊川駅から先は電子マネーが利用できず、ほとんどが無人駅なので、各駅で車掌が下車する客の切符を回収・確認します。
乗客もそこそこ多く、また何と言っても元私鉄のため駅間が短いので、これは相当なハードワークです。
今回もガタイの良い真面目そうな若い男性の車掌が、駅に着くたびに出口に一番近いドアから飛び出して、回収を済ませると最後尾まで走っていました。
この路線の風物詩と言ってしまえばそうなのかもしれませんが、業務効率化のための投資を怠り、現場職員の酷使によって対処する(当然生産性は上がらず、よって賃金も上昇しない)という、まことに日本的な労働慣行も飯田線の(負の)一側面です。

鳥居駅
飯田線の駅はこじんまりとしており、どこか私鉄らしさを感じる。

さて、新城駅しんしろからは幾分山間部らしい風景になっていきます。
そして、鳥居駅長篠城駅の間の豊川を渡った所で、左手に長篠城跡が見えます。
散歩をする人たちが電車を眺めていました。

鉄砲というテクノジーで武田軍を破った長篠の戦の舞台を、アナログ体質の飯田線の電車が過ぎていく。

第一パートは特段車窓が優れているわけでもありませんが、全体に染み渡る私鉄らしさに加え、市街地→田園→山間部、そして最後に有名な史跡といった具合に展開が明快で、この後の山場である第二パートの導入部分としての役割を果たしています。

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本長篠~天竜峡

列車本数が最も少ない区間だが空いている

本長篠まではおよそ1時間に1本の列車が確保されていますが、ここから先は日中は数時間に1本しか普通列車が運転されていません。
飯田線で最も列車本数が少ない区間ですが、沿線人口が少ない(ほぼ無い駅さえもある)ので概して空いています。

秘境駅の代表格、小和田駅
2021年3月

ということは、いうまでもなく車窓が素晴らしいです。
秘境駅を辿りながら天竜川の渓谷美を堪能できる本パートは飯田線の白眉です。
ここは特急列車ではなく、普通列車で各駅の雰囲気を楽しみましょう。
なお、臨時急行の「飯田線秘境駅号」という列車があり、秘境駅にしばらく停車してくれるサービスがあるようですが、鉄道マニアや観光客と一緒に押し寄せて「秘境」を味わえるものなのでしょうか?

乗車記:天竜川の渓谷美。車窓は左側一択。

本長篠駅を出ると、右手に宇連川うれがわが流れています。
岩場がそそり立つ荒々しい姿です。
ここで進行方向右側の席に移動したくなりますが、この先天竜峡までは左側の方が川沿い区間が多いので、飯田線第二パートでは左側の席を確保するようにしましょう。
並木も綺麗で製材所も駅近くにありました。
停車中に深呼吸するものの、花粉症で苦しくなってきたのですぐに車内に退散します。

2021年3月

三河川合駅からは息をのむような険しい地形となります。
乗客はいよいよ飯田線の旅本番だと意気込み、車掌は乗客も減って駅間も長くなってホッとすることでしょう。

一旦下りに転じて東栄駅を出た所で静岡県に入ります。
すると、おあつらえ向きに茶畑が目立つようになります。

ようやく飯田線にとっての最良のパートナー、天竜川と出会うと中部天竜駅に到着。
やや水量が少なく感じましたが、主役登場に期待が膨らみます。

中部天竜駅では20分停車しました。
時間潰しのためには、よく目立つ赤い橋を渡って、今度はつり橋を渡って戻って来る「散歩コース」があります。
この辺りも林業で生計を立てているようです。

中部天竜駅周辺
2021年3月

中部天竜駅を出発すると間もなく、大きな発電所を左に見ます。
周りの風景に似つかわしくない姿に驚いているとすぐに佐久間駅さくまです。

山の向こうに造られた佐久間ダムによって、飯田線の旧線は湖底に沈みました。
そのため佐久間~大嵐おおぞれのルートは水窪川みさくぼ沿いに変更されました。
つまり、飯田線は天竜川と末永き契りを交わした後たった一駅で浮気するという、道徳的にはよろしくないことをやってのけます。

佐久間駅を出ると天竜川を背にして長いトンネルを走ります。
直線のためか、高揚した気分のためか、列車のスピードが速く(とはいえ80㎞程度だが)なります。

城西駅しろにしを出て3つ目に渡る第六水窪川橋梁は、「渡らずの橋」として有名なS字橋です。
対岸に渡るのか思いきや上陸せずにまた元の岸に引き返してしまいます。
なぜこんな奇妙な線路選定をしているのかというと、地盤が不安定で落石などの危険度が高いため、あえて川上を走っているのです。

渡るようで渡らないs字橋
2021年3月

水窪駅周辺は川沿いの集落が山の斜面にも広がっています。
峡谷を見てきた乗客にとって、鉄道の恩恵に浴することができたこの街並みはいっそう賑やかに感じられます。

この日は天気が良かったのですが、川沿いの景色というのは雨の日の方が幽玄な雰囲気が出て面白い(写真は撮りづらいが)と思います。

水窪駅付近
2021年3月

短い間ながら色気に富んだ水窪川でしたが、飯田線はここでケジメをつけ、また長大トンネルを突っ走って天竜川に戻り、大嵐駅おおぞれに着きます。
エメラルドの水を湛えたこの川は、やはり包容力が違います。

その次の小和田駅こわだは長野・静岡・愛知の県境近くに位置し、鉄道以外にアクセス方法が無いという飯田線の中でも有数の秘境駅です。
佐久間ダム建設により集落が水没した後、この駅だけがかつての人の営みを伝えています。
こういう駅では毎度のことですが、この日も鉄道ファンらしき人が一人乗ってきました。

小和田駅

列車は長野県に入り、その後も天竜川を左手に、崖に貼り付くようにして進んでいきます。
相変わらず小さなトンネルが執拗に続きます。

平岡駅周辺は水窪以来の街です。
それまでは川を見下ろす形でしたが、川面近くの高さを走るようになります。
その分川が広く、屈曲も激しくなったように感じられます。

徐々に左右の山地が退いていきます。
それにしても飯田線では保線係の姿をよく見かけます。
車窓が良い線区ほど乗客が少ないが線路を守る費用は掛かる、という事実は鉄道旅行者にとって最大の悩みどころです。

天竜川は人造湖らしきエメラルド色が消えて流れも速くなってきました。
名物の川下り舟に手を振り返します。

仕上げに天竜川を渡って、終点の天竜峡駅に到着です。
岡谷行きの列車まで30分近くあるので、駅前を散策しました。
河原には桜など花が咲き、遠くの山はまだ雪を被っています。
演歌のカラオケの映像で使われそうな絵です。

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天竜峡~飯田~市田

前パートから一変して混雑する区間

沿線最大の都市、飯田市内を含む第三パートは、列車本数は1時間に1本程度にまで回復し、列車あたりの乗客数も一気に増えます。
車窓も車内も雰囲気が一変するので、別の路線に乗り換えた気分になります。

飯田から先は篠ノ井線の松本や長野まで足を延ばす列車も設定されています。
そのため、JR東海ではなくJR東日本所属の水色の電車もラインナップに加わります。

乗車記:飯田市街を縫う。車窓は右側の方が良い。

入線してきた辰野方面茅野行きの電車は、先ほど豊橋から乗って来て、その後留置線に引き上げた車両でした。
この間飯田行きの特急を先に通したのですが、駅の配線の都合により同じ車両でも別列車として出直してきたようです。
今度は後ろの車両に乗りました。

停車中に豊橋駅で買った駅弁、吉田伝説を開きます。
豊橋の定番の稲荷ずし以外にも、実にたくさんの種類のおかずがあって楽しい弁当です。
揚げ物や練り物が多いので、お酒も忘れないように。

列車は一変して開けて伊那盆地を走ります。
飯田市街地を挟む第三パートは、前後の峡谷部と山岳部を繋ぐ間奏曲のような存在です。
車窓は天竜川が見える右側の方が良いです。

車窓よりも興味深いのは客層です。
のんびりと列車旅を楽しむ長距離客がほとんどだった第二パートに対して、地元の短距離客が随分と増えました。
難読駅の鼎駅かなえでは高校生がドッと乗って来て混雑しました。
飯田に近づくにつれて住宅も増えます。

ところで、下山村駅(鼎駅の一つ手前)と伊那上郷駅(飯田駅の2つ先)との直線距離は2㎞程度。
飯田線は天竜川に直角に注ぐ松川を遡ってまた戻るので、同区間の距離は6.4㎞で14分を要しています。
飯田駅の停車時間によっては歩いた方が早く、確実に推理小説のトリックに使えます。

飯田線飯田駅付近の概略図
下山村駅と伊那上郷駅の間に駅が4つある
飯田市街を右手に見ながらUターンして松川を渡る。

飯田駅でも学生の乗り降りが多く、天竜峡までは暇人ばかりだった車内はすっかり活気を取り戻しました。
長距離客は相変わらずクロスシートにどっかり座り、短距離客はドア近くに立っています。
市街地を縫うように走り駅間が1㎞に満たない所もあるので、路面電車や市内の路線バスに乗っている感覚です。

伊那上郷駅から元善光寺駅にかけて、天竜川流域の市街地を見下ろしながら列車も勾配を下ります。
退屈そうで実はそこそこ見所があるのが第三パートです。

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市田~辰野

駒ケ根以北はそこそこ混雑する

市田駅で運転系統が分かれているわけではありませんが、沿線風景は大きく変わります。
途中に駒ケ根市や伊那市といった伊那盆地の都市が続くので、特に駒ケ根以北から乗客が増える傾向にあります。

ちなみに、天竜峡以北は伊那電気鉄道という私鉄によって建設されました。
もともと伊那盆地の人々は鉄道誘致に積極的でしたが、中央本線が木曽谷に沿って建設されたので、地元の鉄道会社が設立されたという経緯があります。
最近まで中央リニア新幹線の候補ルートとして、諏訪湖付近から伊那谷を南下して飯田に至る案(結局は不採用)を長野県が推していたのも、そうした歴史と関係がありそうです。

乗車記:伊那谷を急勾配で登る。車窓は右が谷、左が山

市田駅で市街地は途切れ、乗客もかなり減りました。
列車はこれより急勾配を登り、右に南アルプス、左に中央アルプスを仰ぎながら、細長い伊那谷を進んでいきます。

伊那大島駅で学生はほとんどいなくなりました。
左右からアルプスの山が近づいてきます。
ここから駒ケ根あたりまでが山岳路線らしい、飯田線後半のハイライト区間です。
右側の眼下には河岸段丘の果樹園が広がっています。

深い谷は右手ですが、山の景色は左側の中央アルプスの方が近くて迫力があります。
よって第四パートの車窓の左右の優劣はつけ難いです。

もっとも、とにかく細かい急曲線が続くので、中央アルプスが右手に見えることもよくあります。
近くに座っていた中年夫婦も、右に左に次々と現われる秀麗な山を見て、スマホ片手に大はしゃぎで左右の席を往復していました。

資本力の小さく建設技術も乏しかった伊那電気鉄道は、線路規格が低く長い橋梁も避けて建設しました。
そのため川を越えるために、わざわざ川幅の狭い上流まで迂回する地点が2か所、伊那本郷駅~飯島駅田切駅~伊那福岡駅にあります。

U字型の線形を描く伊那谷の飯田線。
谷の向こうに先ほど通って来た線路の盛土と架線柱(写真中央部)が見える。

伊那福岡駅からやや開けて乗客が増えました。
相変わらず山頂が白く輝く中央アルプスを見ながら市街地を走り、駒ヶ根駅に到着です。
ここでも10分以上停車するので駅周辺を散歩しました。
車内に帰ってくると学生がたくさん乗っていました。

今度は右手の南アルプスの方が綺麗な雪山を見ることができるようになりました。
ここから先はそれなりに沿線人口が多いようです。

アルプスの威容ある車窓が一段落したタイミングを計ってか、沢渡駅さわんどあたりで久しぶりに天竜川が右手に寄り添ってきます。
それにしても、第二パートの大嵐~天竜峡で見た時とは全く表情の異なる、盆地を流れる大人しい川です。

伊那松島駅付近

この辺りは風景の変化に乏しく、これまで何時間もスリルに満ちた車窓を楽しんできた乗客にとって、最後の方は退屈してしまうのは仕方のないことです。

なお、飯田線の旅の最終盤になって工場が散見されます。
長野県は意外と精密機械などの内陸型工業が発達しています。
明治時代より製糸業が盛んだった諏訪盆地をはじめとして、東京からも名古屋からもアクセスが良いという立地も関係しているのでしょう。

中学校の社会科の内容を思い出しているうちに飯田線の終着駅、辰野駅に到着。
中央本線の短絡線が開通したことで、メインルートから外れ特急も通らなくなりましたが、それなりに大きな駅でした。
天竜峡での乗り換え時間を省いて乗車時間は約7時間。ようやくここまで来ました。
標高はいつの間にか722Mと、10M未満だった豊橋から相当上がっていることに驚きます。

辰野駅

せっかくなので天竜川と心中する意味も込めて、諏訪湖(天竜川はここが源流)近くの岡谷駅まで行きました。
特急も停車する駅ですが、ハイウェイの高架を見上げる駅の周辺にはあまり人はいませんでした。

岡谷駅の跨線橋からの眺め
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秘境だけにとどまらない飯田線の魅力

作家の宮脇俊三氏は「鈍行列車に乗り、92の駅に停車しながら7時間かかって全線完乗してみるのも、自分がどれくらい鉄道好きか知る尺度になる」(全線全駅鉄道の旅5)と述べています。
鉄道愛好家にとっての飯田線の存在感の大きさがよく分かろうものです。

今まで見てきたように、飯田線は景勝地や見所が豊富な乗り応えのある線区です。
本記事で分類した4つのパートそれぞれに個性と見せ場があり、慌ただしくも楽しい時間が過ぎていきます。
「乗り鉄」のプライドをかけてストイックに乗り通すのも良いですが、途中下車しながらの旅も味わい深いものでしょう。

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