40年ぶりの新型車両、273系特急「やくも5号」乗車記【車窓・混雑度など】

幹線

2024年4月、山陽と山陰を結ぶ特急「やくも」に新型車両273系が投入されました。
1982年の伯備線電化以来、実に42年ぶりの新車です。
乗り心地が悪いことで有名だった従来の381系と比べて、新型の273系は同じ振り子式車両ながら格段に乗り心地が改善されているのが大きな特徴です。

2024年4月、デビュー翌週の273系「やくも」で岡山駅から終点の出雲市駅を目指しました。
本記事では273系の概要・車内や、実際の乗車記を通して車窓や混雑具合を紹介していきます。

青線が「やくも」の経路
赤点は松江駅
スポンサーリンク

酔わない新型振り子車両273系

特急「やくも」は岡山駅で新幹線と連絡し、伯備線で中国山地を貫いて山陰路の米子・松江・出雲市まで行く列車です。
1982年の伯備線電化以来、国鉄型の381系がリニューアルを繰り返しながらも40年以上に渡って運用されてきました。
そして2024年4月、そんな「やくも」にもついに新型車両の273系が投入されました。

381系はカーブでも車体を傾けてスピードを落とさずに走れる「振り子式車両」の初回作ですが、その古さ故にとにかく揺れの大きさが難点でした。
また遠心力が働いてから振り子機能が動作するまでに時間差があり、乗り物酔いが生じる人が続出しました。
リニューアル編成の愛称「ゆったりやくも」をもじった「ぐったりはくも」などという悪口もあるほどです。

381系「やくも」

273系はそんな汚名を返上すべく、最新型の振り子方式を採用したことで揺れが大幅に抑えられました。
実際、私は273系初乗りの日に旧型381系にも乗車して比べてみたのですが、同じ特急料金を徴収するのは不公平なくらい乗り心地に格差がありました。

273系ではカーブ通過時の不快な遠心力作用は感じられません。
もっとも振り子式車両特有の振動はあるので、むしろ直線区間で高速走行している時の方が揺れを感じます。
一方の旧型車両はカーブでも直線でもよく体が揺さぶられます。
走行中に白い服を着てコーヒーを飲むのは怖くてできませんでした。

スポンサーリンク

予約はe5489のWEB早得で、おすすめの座席はD席

「やくも」の予約はJR西日本のネット予約サービスe5489から行うことができます。
早めに予約すると割安な「WEB早得」があります。
山陽新幹線乗り継ぎで新大阪や新神戸からの切符でも割引になります。
ただ、「WEB早得」は関東の駅では受け取りできないので要注意です。

e5489では好きな座席を選ぶことができます。
景色が良いおすすめの席は進行方向右側(岡山発)のD席です。
雄大な大山や宍道湖はいずれも右側から見えます。

なおこれら車窓ハイライトは出雲市側にありますが、岡山寄りの区間では左側の方が川沿いの景色が良いです。
また、「やくも」では途中の新見から混んでくるということは普通ありません。
なので、混雑期でなければ敢えてA席を予約して、途中で空いているD席に移るのも良いだと思います。

スポンサーリンク

273系の車内と座席

普通車の車内

273系の普通車の車内
普通車の車内

普通車は全体的に木目を多用したナチュラルな印象が強いです。
座席も381系の重たい雰囲気から、青と緑の明るい色になりました。
大型の荷物置き場と全席にコンセントがあるのも時代の流れです。

273系の普通車の座席
普通車の座席

グリーン車の車内

273系のグリーン車の車内
グリーン車の車内

グリーン車は381系と同じで横3列の座席配置です。
床はカーペット敷きでフットレスト付きと、十分に普通車に対して差別化されています。
なお独立した1列座席(C席)は、大山や宍道湖が見える側です。
既に述べた通りこちらの方が景色が良いので、一人でグリーン車を利用する場合は迷うことなくC席を予約しましょう。

273系のグリーン車の車内
グリーン車の座席

グループ用のセミコンパートメント

グリーン車のある先頭1号車には「セミコンパートメント」という設備があります。
これはグループ用のボックス席で、2人用と4人用(3人でも利用可能)が2つずつあります。
真ん中に大型のテーブルがあり、座席には一応仕切りのようなものも備えられてはいるのですが、「コンパートメント」という表現は安居酒屋よろしく、いささか誇張に感じます。
「ちょっとプライベートな特別感のあるボックス席」くらいのイメージが良いかと思います。

スポンサーリンク

乗車記

乗車記の前に要点を列挙します。

  • 車窓ハイライトは3回ある。①備中高梁駅直前(左)、②米子に着く前の大山(右)、③松江から先の宍道湖(右)
  • それ以外でも石州瓦の民家・田園風景・渓谷など車窓は全体的に良い
  • 平日であればさほど混雑はしないと思われる。特に米子から先は空いてくる。
  • 「揺れるやくも」の汚名を返上する快適な乗り心地

4月上旬の平日の朝。
新神戸から新幹線に乗り岡山駅に着いたのは、「やくも5号」出発の25分ほど前。
駅弁と地酒を用意してホームに向かうと、鳥取行きのディーゼル特急「いなば」が停車していた。
反対側の1番線では普通電車に乗る人で長蛇の列ができている。
自分はこれから新型特急に乗るのだという優越感が湧き上がってくる。
それにしても、岡山地区の普通電車も新しくなっていて驚いた。
ついこないだまで、岡山駅はJR四国の車両を除いて国鉄型車両の聖地であった。

会社の出張らしきグループ客の男性一人が、「やくも」に新型車両が投入されたばかりなのだと他のメンバーに嬉々として力説している。
だが、聞かされている方は興味が無いようで、表情一つ変えずに機械的にうなづくのみであった。
男性には同情を禁じ得ない。

東へ出発していく「いなば」を見送る際に、その向こうでスタンバイしている273系「やくも」が目に入った。
人目をはばからずに「おっ!」と声が漏れてしまう。
入線してきたのは出発10分前。
警察官が見守る中、撮影会が始まった。

9時13分、滑らかに岡山駅を出発。
ホームでの高揚感の割には、乗車率は思いのほか低く半分程度だった。
もっともこの日は2編成繋げて8両編成だったから、普段4両で走る時はもう少し混んでいるのかもしれない。

「晴れの国岡山」を自称するだけあって、いつのまにか青空が広がっていた。
曇り空に飲み込まれそうだった桜の花は、今や生き生きと淡く咲いている。
堅苦しいスーツを着て歩いている若い男女は新社会人だろうか?
我らが273系のように初々しい姿である。

倉敷駅を過ぎて伯備線に入ると少しだけ揺れが大きくなる。
新型車両になって乗り心地が劇的に良くなったのは事実だが、「揺れない」というのは誇張である。
振り子式車両の構造上致し方ないものの、走っていると細かい振動はどうしても生じてしまう。

新幹線の下をくぐり、左手に高梁川が寄ってきた。
おすすめの席は右側と先に書いたが、新見までは川沿いの左側の方が景色が良い。
一旦狭まった谷が再び広まると、山腹から屈曲する川に向かってなだれ落ちるような高梁市街が前方に見えてくる。
私はここが伯備線の一つ目の車窓ポイントだと思っている。

備中高梁駅からは基本的に単線になる。
旧型「やくも」だとこの辺りからよく揺れるのだが、さすが新型車両ではそれも目立たなかった。

渓谷やセメント工場などを見ながら、伯備線の中間地点にある新見駅に到着。
ここは鉄道交通の要衝なのだが、接続する姫新線も芸備線も、いつ廃止されてもおかしくない超ローカル線である。
そんな中、伯備線は山陽と山陰を繋ぐメインルートとしてよく頑張っていると思う。

予想通り、車内には鉄道ファンの姿も見られた。
彼らはもうとっくに寝ているが、対向列車とすれ違う時だけ起きて電車の写真を撮っている。
つくづく私は鉄道好きというより旅行好きなのではないか感じる。

いっそう道は険しくなった。
多数の鉄橋を渡りながら右に左にカーブする。
入母屋造りの石州瓦の民家では、軒先に老人が腰かけて「やくも」を見送っていた。
まるで42年前の伯備線電化で381系がやって来た日を思い出しているようだった。

伯備線のサミットはトンネル内にある。
ついに下りに転じると耳の中でパリッとした感触があった。
山陰に来ると雲が厚くなり、針葉樹林が目立つようになっていた。

生山駅しょうやま付近で少し開けてきた。
左手前方には、まだ雪を被った大山が見え隠れする。
それを目指して「やくも」は日野川沿いに下っていく。

この辺りで早めの昼食にする。
岡山駅で買った「あなごめし」は広島県三原駅の駅弁で、穴子の食感が大変良かった。
「三光生原酒」は新見市の酒で、一般的な日本酒として精製される前のワイルドな風味だった。
「ワイングラスで飲むフルーティーな吟醸酒なんぞ邪道なり!」と普段思っている日本酒好きにはたまらないだろう。
「地鉄地酒」をモットーにする私にとっても、「やくも」の旅に相応しい役者である。

ようやく平野部に至ると右側に大山が見えてくる。
ここからは車窓の見所は右手に集中しているので、空席があればこちら側に移動しよう。
岡山とは違って山陰の空は曇りだったが、伯耆富士の呼び名に違わぬ優美な山容をよく拝むことができた。

山陰本線と合流し、大きな工場を見ながら橋を渡ると米子駅に着く。
降りる人が結構いた。
ここからしばらくは山陰地方で最も列車本数が多い区間で、一部は複線化もされている。

次の安来駅やすぎは島根県にある。
ここで乗ってきた人が「ステイ席」と言っているのが聞こえる。
松本清張の「砂の器」をご存じの方はお分かりだろうが、西日本では出雲地方だけ東北弁に似た「ズーズー弁」が使わている。
「やくも」は3月から全車指定席していせきになったので、それまで自由席を利用していた地元客にとっては実質値上げとなるので不満なのだろう。

右手には中海、続いて宍道湖と接続する斐伊川が見える。
松江駅でほとんどの乗客が降りた。
客層は観光客が多かったのでやはりそうなる。
私も今日はここで宿泊するが、「形式美」を尊重して終着の出雲市駅まで行く。

松江駅を出ると大きく左にカーブし、市街地の中に一瞬だけ松江城の天守閣が見えると、菜の花と桜に彩られた宍道湖畔にとりついた。
ここからが山陰本線パートの車窓ハイライトで、大山の時と同様に車内放送が流れる。
僅かに残ってくれた乗客へのサービスというべきだろうか。
映画版「砂の器」のテーマ曲「宿命」が脳裏に流れる。

ラストスパートで出雲平野を突っ走り、12時17分出雲市駅着。
中国地方を南北に縦断してきて、273系の塗装は石州瓦の色なのだと分かった。

余韻に浸る間もなく、一畑電車に乗り換えて出雲大社に向かう。
出雲地方は大陸に近く、古代史において大変重要な地だった。
出雲大社前駅に着くとすぐに雨が降ってきた。
しとしと雨に濡れる社はいっそう厳かな雰囲気を湛えているようだった。

スポンサーリンク

噛めば噛むほど味の出る山陰

本州では東京から最も遠い山陰地方。
僻地でありながら出雲大社・石見銀山といった遺産を有するこの地方を旅すると、良くも悪くも、ここが世の中の動きから隔絶されているような印象を抱きます。

そんな「裏日本」にも、ようやく新型特急電車が誕生しました。
これを機に、派手さは無いものの歴史について知れば知るほど興味が湧いて、また行きたくなる山陰の魅力が発掘されていくことを期待したいものです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました