ウィーンからチューリッヒへ、2階建てナイトジェット個室寝台車の乗車記

ドイツ・オーストリア・中欧

オーストリアの首都ウィーンとスイス最大の都市チューリッヒ。
ヨーロッパで最も清潔・安全で観光客も多い両都市間の移動は、夜行列車「ナイトジェット(NJ)」を利用することで快適かつ時間を有効に活用することができます。

2024年3月上旬、ウィーンからチューリッヒまでナイトジェットの寝台車に乗車しました。
本記事では実際の乗車記や、この区間のナイトジェットを利用するにあたっての注意点などを説明していきます。
なお、車内設備・予約方法や費用などナイトジェット全般に関する情報は、ナイトジェット総論の記事をご覧ください。

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ダブルデッカー寝台車の「ウィンナー・ワルツ号」

2階建て車両で運転、おすすめは2階のシャワー付き個室

まずは「ヨーロッパのブルートレイン」こと、ナイトジェットの概要から。
ナイトジェットはオーストリア国鉄が運行する夜行列車のブランド名で、帝都ウィーンを中心に周辺各国に幅広いネットワークを有しています。
その高いサービスレベルが評価されたことで、衰退傾向にあったヨーロッパの夜行列車復権の立役者となり、さらなる路線網拡大や新型車両導入が進められています。
設備は座席車・クシェット(簡易寝台)・寝台車の3種類です。

さて、ウィーン・チューリッヒ間のナイトジェットには、珍しい2階建て車両が運用されています。
2階の一部はトイレ・シャワー付き個室(compartmen plus)になっています。
通常の個室寝台(compartmen)と比べると遥かに広いので、予算に余裕があればこちらの方がおすすめです。
ちなみに、この便には「Wiener Walzer(ウィンナー・ワルツ)号」という列車名が付けられています。

今回乗車した通常の個室は1階部分で、他のナイトジェット車両の寝台車と比べても狭い部屋でした。
1人で利用する分には不便な点はありませんが、2人だと窮屈に感じると思います。

個室内に洗面台があり、朝食もチケット代に含まれているのはナイトジェット寝台車共通です。
朝食はアラカルトメニューから選ぶことができます。
メニューが書いた紙が個室にあるので、6品目を選んでチェックを入れてクルーに手渡します。

ハンガリー発の便もあるので予約時には注意

ここでウィーン・チューリッヒ間のナイトジェットを予約する際に注意すべき点があるので説明します。
OBBのページで同区間の列車を検索(”Filter”から直行便限定にすることを推奨)すると、夜行列車が2つ出てきます。
しかも出発時間は違うのに到着時間が同じなので不思議に思われるでしょう。

これはどういうことかというと、ウィーン・チューリッヒ間のナイトジェットとは別に、ハンガリーの首都ブダペスト発ウィーン経由チューリヒ行きの夜行列車「ユーロナイト(EN)」が存在し、その列車が途中でナイトジェットに追いつき、併結した状態でチューリッヒに到着するのです。
逆方向のチューリッヒ発の場合は、一緒に出発して途中からブダペスト行きユーロナイトだけ先に走っていきます。
いずれにせよ、ウィーン発着だと出発時刻・滞在時間ともにナイトジェットの方が利用しやすいです。

なお、ユーロナイトはハンガリー国鉄による運行なので、車両やサービスが異なります。
ユーロナイトにも寝台車はありますが、ナイトジェットのような2階建て車両ではなく、シャワー付きのcompartment plusもありません。
もっとも、ナイトジェットの通常個室よりは広いうえに料金も比較的安いので、敢えてこちらを利用するのも悪くはありません。
ハンガリー国鉄の寝台車の車内やサービスについては、ブダペストからミュンヘンまでの夜行列車乗車記で紹介しているので、気になる方は併せてご覧ください。

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乗車記:2時間も遅れるも絶景を堪能

16年前の初海外旅行以来、ウィーンに来たのはこれで何回目だろうか?
コロナ騒動後の1年半だけでもう4回目だ。
始発駅となるウィーン中央駅は2010年代に開業した通過式の新しい駅である。
紛らわしいがウィーン・ミッテ駅(Wien Mitte)とは別の駅なので注意されたい。

さて、寝台車の利用客(割引運賃含む)は駅のOBBラウンジを利用することができる。
ここではコーヒーなどソフトドリンクが自由に飲め、Wi-Fiやトイレも使えるので、夜行列車旅の備えをするのに大変便利だ。
以前ウィーンを中心に乗り鉄三昧をした時などは、OBBラウンジが旅行中の拠点のようになっていた。

出発20分前くらいにホームへ向かうと、既にチューリッヒ行きナイトジェットが入線していた。
編成中2両の寝台車だけ2階建て車両なので殊更に目立つ。

指定された1階の通常個室へ。
好意的に表現すると、ベッド・テーブル・洗面台が「コンパクトに」配置されている。
なお2人利用の場合はベッドが2段になる。
この車両は1990年代の製造なので、やはり古さも感じる。
個室は内側からロックすることができるが、最近の寝台車のようにオートロック式ではない。
つまり外からロックすることはできないので、トイレ等に行く時は貴重品も身につけるよう注意したい。

寝台車の通路

出発を待っていると愛想の良い美人のクルーがやって来て、コップを持って「プロセッコ?」と尋ねる。
寝台車ではウェルカムドリンクとしてスパークリングワインが付いている。
しかし、スパークリングワインはドイツ語では「ゼクト」である。
ということは、彼女はイタリア系(スイスではイタリア語も公用語の一つ)なのだろう。
それはともかく嬉しいサービスなのだが、私にとってナイトジェットの寝台車は1週間で3回目(に加えミニキャビン1回)なので、流石に飲み飽きた。

21時39分、ウィーン中央駅(Wien Hbf)を出発。
美人クルー含む3名の乗務員が改めて検札に来た。
中年男性がリーダー格らしく、「チケットがモバイル画面の時はこうこうして…」と若い2人に説明している。
最近クルーを大量に新規採用したようで、いつもは各車両1人しかいない乗務員が数人いることが今回では度々あった。
(少なくとも建前では)「人手不足」を理由にどんどんサービスが縮小していく日本の鉄道とは大違いである。

もちろん晩酌はプロセッコだけでは終わらない。
用意したオーストリア産の赤ワインはアルコール度数13.5%。
ピノ・ノワールにしては高めで、キノコやトマトの香りがした。

出発から2時間くらい、ザルツブルク中央駅(Salzburg Hbf)に近づくと、車輪の軋む音が響いている。
暗闇を照らしながら山越えする夜汽車に揺られながら床に就いた。

翌朝、ブラインドを開けると銀世界だった。
時々通過する駅はどれも山小屋のような駅舎だった。
グーグルマップを見るとまだオーストリア領で、時刻から考えて列車は遅れているらしい。
もともとブダペスト発の便を待つ時間的余裕があるうえ、オーストリアもスイスもヨーロッパ有数の定時性の高い国なのだが珍しいことだ。

個室を出て通路側(進行方向右側)の景色を見て、思わず息をのんだ。
薄暗い朝の谷間は白く煙っていて、遥かな山頂が隠れた峻険な雪山のすぐ下を川が削っていた。
洋の東西の違いはあれど、水墨画の世界である。
少し開けてくると、待ってましたとばかりに緩くなった山の斜面に家が現れる。
どれも小規模のリゾートホテルのように見えた。

やがて個室側、つまり進行方向左側からも深い谷が見えた。
通過する小さな駅は雪に埋もれている。

8時ごろにクルーが朝食を持って来て、そのタイミングでベッドを収納して昼間用の座席にセットしてくれた。
ナイトジェット寝台車の記事では毎回書いているが、選ぶ6品目のうちパン(大きなのが2つ)・コーヒーor紅茶・パンに付けるもの・オレンジジュースの4つは基本形だと思って欲しい。
今回は違うが、パンに付けるもののおすすめはレバーペーストだ。

次第に雪が消えていくとスイスに入国。
スイスはEU加盟国ではないが、シェンゲン協定には加盟しているのでパスポートコントロールはない。

今から16年前の2008年3月、大学時代に行った最初の海外一人旅で最初に乗った列車がこの「ウィンナー・ワルツ号」(当時はナイトジェットのブランドはまだなくユーロナイトで、始発はウィーン西駅)だった。
今よりずっと金がない時だったので、6人用コンパートメントの座席車を利用した。
興奮と緊張で一睡もできなかった。
その頃はスイスはシェンゲン協定非加盟だったので、未明に太った男性の係官が乱暴にコンパートメントのドアを開けて、灯りを付けてパスポートコントロールを始めたのをよく覚えている。

途中で進行方向が変わり、個室側が右側になった。
平地では地面に緑が蘇ったが、石器のように鋭く尖った山はまだ雪を纏っている。

朝食は済んだがチューリッヒまではまだ時間がありそうだ。
おかわりのコーヒーを買いに車両端の車掌室へ。
ところが、お釣りの持ち合わせが無かったようで、若い男性クルーは「じゃあ無料でいいよ」と言ってくれた。
上司のクルーがいないタイミングで行って良かったと思った。

右手に湖が見えてきた。
対岸には壁のようにして山がそそり立っている。
氷河で削られた跡なのかは分からないが、正面は波打つような形状で雪が等高線を書き込んでいるようだ。

荷物を纏めていると異変に気付いた。
圧縮袋に入れていた朝食前は確実にあった私の衣服が消えているのだ。
アジアの中進国から来た男の服など、この国では泥棒でも盗むはずがなく、ましてや寝台車の他の乗客やクルーが盗るなどありえない。
考えられるのは、ベッドを畳むときにシーツや枕と一緒に紛れてしまった可能性である。
果たしてベッドをもう一度起こしてもらうと、壁から圧縮袋が出てきた。

昼間用の座席にした状態

そうこうしているうちに、今度はチューリッヒ湖のほとりを走っていた。
湖岸に沿って北上すれば終点のチューリッヒに着く。
先ほどのヴァレン湖と違って、対岸は楯状の緑の大地で白い家が建てこんでいる。
まるでカルスト台地のような景色である。

定刻より2時間も遅れた10時半頃、ようやくチューリッヒ中央駅(Zuerich Hbf)に到着した。
ヨーロッパの鉄道では、どういうわけか列車が遅れるほど乗務員の機嫌が良くなる傾向にある。
今回も列車から降りる時に華やかなお見送りをクルーたちから受けた。
駅の公衆トイレやほとんどの店でもクレジットカードは使えるが、一応最低限の両替はした方がよいだろう。

チューリッヒというと金融経済都市の印象が強いが、チューリッヒ湖へ注ぐ川沿いに広がる旧市街は、自然豊かな南ドイツの地方都市を思わせる雰囲気だ。
意外とぬくもりを感じる街並みとは裏腹に、この日は雨風が冷たかった。

スイスは多言語国家で、チューリッヒはドイツ語圏にある。(もっともチューリッヒのドイツ語は標準語とはだいぶ異なり、ドイツのテレビでも字幕がつくらしいが。)
街中でも様々な言語が聞かれる。
大衆的なレストランで相席になった地元民らしき夫婦はフランス語で会話し、ウェイトレスにはドイツ語を使い、そして私とは英語で話していた。

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自然と文化が奏でるウィンナーワルツ

「朝起きたら昨日までとは別の所を走っていた。」
この感慨が夜行列車の魅力の一つといえるでしょう。
広大なハプスブルク帝国の首都として栄えたウィーンが「文化」なら、ザルツブルク以西やスイスは「自然」です。

ウィーンフィルのニューイヤーコンサートで演奏されるウィンナーワルツは、音楽の構成としては概して単調です。
しかし「ウィンナーワルツ号」は車窓風景の変化が豊かで、寧ろ寝ているのが勿体ないくらいに感じます。
ウィーンとチューリッヒを結ぶ夜行列車は、自然と文化が響き合うウィンナーワルツなのです。


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