【未来の記録①】2034年10月1日、リニア中央新幹線品川~新大阪全線開業の日

我脳引鉄

時速500㎞で走る未来の乗り物、リニア中央新幹線。
紆余曲折はありながら、2030年代半ばの開業を目指して建設・開発が進んでいる。

現在(2024年6月)から10年先、2034年10月1日のリニア中央新幹線開業日の様子を伝える新聞記事が偶然手に入ったので、読者にも御覧に入れよう。
冒頭にコラム欄の「用語解説」を引用した後、本篇の取材記事を紹介する。

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【用語解説】リニア中央新幹線

リニア中央新幹線は品川・新大阪間を結ぶ新幹線である。
超電導磁気浮上式リニアモーターカーを採用し、最高速度は従来型の新幹線よりも大幅に速い500km/hに達する。

ルートは下の地図に示す通りである。
品川駅(東京都)と新大阪駅(大阪府)の間には橋本駅(神奈川県)・新甲府駅(山梨県)・南信州飯田駅(長野県)・美濃中津川駅(岐阜県)・名古屋駅(愛知県)・亀山駅(三重県)・大和西大寺駅やまとさいだいじ(奈良県)の7つの途中駅が各県一つずつ設けられた。

赤線がリニア中央新幹線のルート、青点に駅を示す。
国土地理院の地図を加工して利用。

橋本駅は横浜線・相模線・京王相模原線が乗り入れる利便性が選定理由となった。
新甲府駅は唯一鉄道のアクセスの無い駅で、甲府盆地南部に設置された。
南信州飯田駅は飯田線、美濃中津川駅は中央本線との交差点にある。
関西本線と紀勢本線が乗り入れる亀山駅は、東海道新幹線開業以前には交通の要衝として栄えた駅で、リニア新幹線開業による復活が期待される。
大和西大寺駅は近鉄の京都線・奈良線・橿原線が交差する十字路で、近鉄奈良駅(JRの奈良駅より市中心部に近い)だけでなく京都へのアクセスも比較的良い。
品川・新大阪間の総距離は約440㎞で、東海道新幹線よりも70㎞、東海道本線と比べると100㎞以上も短縮された。

なお、当初は2027年に品川・名古屋間が先行開業する予定であったが、紆余曲折の結果、本日2034年10月1日を以って一挙に全線開業に至った。
この経緯について、静岡県史では「本県知事による粋な計らいによる」とのみ記されている。
もっとも、他県の工事の進捗状況からも2027年の先行開業は不可能だったとみられ、静岡県だけの「功績」に帰するのは適切ではないという批判もある。

名古屋のみに停車する最速達列車「富士」は同区間を67分で結ぶ。
準速達の「大和」は名古屋に加え、橋本と大和西大寺にも停車する。
また、各駅停車タイプの列車名には「武蔵」が選ばれた。
なおネーミングについて、一部の団体・国から「旧日本海軍を想起させる」との懸念の声も寄せられ、中には東海道新幹線の車内雑誌やJR東海の名誉会長(故人)の政治スタンスを以って、同社の「右翼思想の表れ」と主張する者まであった。
しかし、そもそも「のぞみ」「ひかり」とて戦前の南満州鉄道で使われていた列車名であり、今やこうした批判も言いがかりだと認識されている。

リニア中央新幹線の営業用車両は、かの初代東海道新幹線車両にあやかって「L0系」と名付けられた。
従来の東海道新幹線と同じ16両編成であるが、1両当たりの座席数が少ないため、1編成の定員は約1300人から約1000人に減った。
また、1時間当たりの運行本数も10本と、これまでの13本から少なくなっている。

写真は山梨県立リニア見学センターのMLX01-2

航空機からの旅客移転はもちろん、需要創出効果も間違いなくあるため、輸送量が従来の東海道新幹線とどの程度棲み分けできるかが問題となろう。

(追記)
翌2035年、東海道新幹線はオープンアクセス(鉄道事業参入自由化)により、新規オペレーター3社と既存のJR東海が競合するようになった。

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品川駅朝6時、処女列車「富士1号」出発式

2034年10月1日、深さ約50Mの品川駅リニア中央新幹線地下ホームは国内外の要人と見物客で埋め尽くされた。
式典が始まったのは早朝5時半。地上ではようやく秋の日の出を迎えた頃だろうが、ホームの熱気は真夏の昼間を思わせる。

写真は山梨県立リニア見学センターのMLX01-2

時計の針が6時ちょうどを指すと同時に、気の遠くなるほどの拍手と歓声に応えるように、新大阪行き「富士1号」がスルスルと、しかし威厳をもって動き出した。

興奮冷めやらぬホームで、感慨深げにリニアを見送っていた老紳士がいた。
東京生まれのA氏、80代後半の団塊世代。今からちょうど70年前も東京駅で東海道新幹線の「ひかり1号」も見送ったという。
高度経済成長期に銀行へ就職して企業戦士としてモーレツに働き、定年を迎える頃はリーマンショック直前で絶頂期だった外資系投資銀行に勤務していた。
そんな経歴のA氏は、没落しつつある日本が挽回するきっかけとしてリニアに期待をかける。

元ジャパニーズビジネスマンA氏:「この前、大学生の孫が「卒業旅行で海外に行きたいけど、韓国は物価が高すぎて無理」なんて言ってたんですよ。私が40代の頃なんてパリやニューヨークで贅沢に家族とショッピング、定年後に妻と行った韓国も近くて安い国でした。でも10年くらい前から「海外旅行できるのは金持ちだけで、特に欧米なんか高嶺の花」という風潮になりましたよね。
思えば東海道新幹線が走り始めた時代だって、鉄道は斜陽産業と言われていたんです。だから今日開業したリニアには、日本は衰退国家というイメージを払拭して欲しいですね。」

目頭を熱くしながら語る彼の言葉には、その年齢からは信じられないほどの力がこもっていた。

70年前の東海道新幹線出発式のイメージ

A氏の話を聞き終えて間もなく、新大阪発の上り一番列車が7時7分に品川駅に到着した。
降りてくる乗客は皆興奮気味だ。
「なんや、もう東京に着いてもたんかいな。」
「ホンマはまだ名古屋とちゃうんか?」
「じゃあ、お前はまだあれに乗っとけや。」
「アホか!」
二人とも豚まんの紙袋を下げている。

その後も続々とリニアが発着する。
まるでもう何年も前からリニアがそこにあるように、ダイヤグラムに従って粛々と運行される鉄道は、日本が世界に誇るシステムである。

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リニアの車中にて

さて、取材班も実際にリニア中央新幹線に乗って新大阪駅に向かうことにした。
磁気浮上するため、飛行機のように全席指定席で立ち席での利用はできない。
従来の新幹線より車体が小さめで、座席数も横1列で4席だった。

写真は山梨県立リニア見学センターのMLX01-2

品川駅を発車。
初めは車輪走行を行い、150km/hくらいから磁気浮上になる。
床の振動が無くなり、飛行機が離陸した時の感触に近い。
浮上走行になってから僅か数分で最高速度の500km/hに達した。

初老の男女数人が九州のガイドブックを見ながら談笑している。
彼らは九州旅行に出かける同級生グループだ。

リタイアした旅行者B氏:「定年も過ぎて今年で65歳なんですけど、年金支給開始年齢が引き上げられて、あと3年待たないともらえなくなったと皆で愚痴ってました。
これから新大阪で山陽新幹線に乗り換えて博多まで行きます。トータルで東京から3時間半ちょっとで行けるなら、飛行機とあまり変わらない思いましてね。私が小さい頃は親戚のいる福岡まで新幹線でしたけど、その後はずっと飛行機。まさかまた列車で行くことになるとは思いませんでした。」

東京対福岡は東京対札幌に次いで国内線航空旅客数で第二位の輸送量を誇る。
同区間での新幹線シェアは2020年代では10%未満だったが、今後は鉄道利用が増加すると思われる。
リニア効果は東京が近くなる西日本~九州にも大いに波及しそうだ。

隣の車両では最新機種のePhone25を操作する会社員がいた。
これから大阪の本社に出張するという電機メーカー勤務のC氏(30代)だ。
彼女は若い頃に「Z世代」と呼ばれていたが、今の子供はそんな言葉があったことも知らない。

家庭重視派会社員C氏:「今まで出張の日は用件が済んだら大阪で一泊していたのですが、日帰りができるので本当に便利になりました。何より嬉しいのは、面倒な夜の付き合いに参加せずに今日東京に帰って来れることですよ。仕事もいいけどプライベートはもっと大切ですから。」

旅行でもリニアを使うか尋ねると

家庭重視派会社員C氏:「でも家族で旅行をする時は「のぞみ」に乗って、富士山や浜名湖を見ながらゆっくり行くのも旅情があっていいかなと思いますね。学生時代だったらタイパ重視で絶対リニアだったと思いますけど、最近は移動も旅行の一部だと感じているので。」

旧線の東海道新幹線「のぞみ」から眺める富士山。
最高速度は285㎞/hで、ゆっくり景色を見ながら旅情を感じられた2020年代初頭の写真。
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新大阪駅はやはり大阪のまま

さて、開通したリニア中央新幹線であるが、道中は山間部はもちろん、都市部でも用地買収を避けて地下を走るため、ほとんどがトンネルである。
特に品川・名古屋間は9割弱がトンネル区間となっている。

我々の乗る「富士」は品川駅出発後67分で新大阪駅に到着した。
「のぞみ」だったら、東京・大阪間のちょうど中間地点の浜名湖辺りを走っている頃か。
外の景色があまり見えず、走行中は静かで振動も少ないため、500km/hで走っている実感は正直なかったが、「新大阪」と書いた駅名標を見ると改めてその速さに驚く。
例の九州旅行グループが慌てて空き缶を集めていた。

ホームではひときわ大きな声をあげている若者の一団があった。
縦縞のユニフォームを着ている阪神ファンなのは間違いない。
まずはこちらが読売新聞社ではないことを明らかにしたうえで話を聞いた。
彼らはこれから阪神巨人戦を観戦しに東京に行く由。
ナイトゲームが終わった後でも最終便に乗れば大阪に帰って来れるという。

阪神ファンD氏:「リニアが開業した今年は絶対に阪神が優勝や。なぜって、東海道新幹線開業(1964)・プラザ合意(1985)・※新中東戦争(2023)...重要な出来事があった年には必ず阪神が優勝するいう風に決まっとる。(甲子園球場がある)西宮市の高校生は政治経済の授業でみんなそう習うんや。」
※注)イスラエルとパレスチナの原理主義組織「ハマス」との軍事衝突のこと。前年勃発したロシアウクライナ戦争に続いてグローバル世界の分断・多極化を決定づけ、第三次世界大戦を予感させた出来事として認識されている。

なるほど。確かに言われてみればそうである。
しかし、時間距離的に東京がここまで近くなれば、大阪も標準語化する不安はないのか聞くと

阪神ファンD氏:「ありえへん。うちらは上京した途端に標準語使いよる東北の人間とちゃうんや。むしろ、東京の若い女の子らが関西弁使いだすんとちゃうか?

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さらに都市部へ人口が集中する懸念

試験走行中のL0系プロトタイプ
2024年5月

最後に、リニア中央新幹線開業が国全体の人口動態に及ぼす影響について。
都市工学が専門のE教授は

E教授:「高度経済成長期前まで、日本は「二眼レフ構造」だと言われていた。つまり、東京と大阪という二つの大きな中心があるという意味だ。しかし、東京一極化が進むにつれて大阪の相対的な力は弱まり、「二眼レフ構造」は崩れた。
両都市が1時間で結ばれたことにより、今後は関東・中京・関西を包容する「巨大な一帯を核とする構造」になっていくのではないか。」

そのうえで、人口がこの「巨大な一帯」、つまり東海道メガロポリスに集中し、地方がさらに過疎化していく危険性について、教授は次のように警鐘を鳴らす。

E教授:「既にこの一帯の都市圏人口は国の総人口の半分を越えている。何も対策をしなければ、地方からますます人口が集中していくことだろう。地方都市の「コンパクトシティー」ならぬ、日本国全体の「コンパクトカントリー」政策になりかねない。リニアは永久磁石の力で推進する乗り物だが、地方から都市部に人々を過度に吸い寄せる磁石であってはならない。

兎にも角にも、リニア中央新幹線は本日無事に開業した。
その圧倒的な利便性を享受しつつ、懸念される副作用にどう対応していくのか、その困難な模索は始まったばかりである。(了)





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