細長い日本列島に、総延長3,000㎞に及ぶ新幹線網が張り巡らされている。
日本地図を見た時、この多様性に富む国土に九州から北海道まで夜行新幹線があったら面白いのではないかと、ロマンチックな人なら考えるかもしれない。
そこで、夜行列車を求めて1年半の間に4回渡欧した筆者なりに、博多・札幌間を運行する夜行新幹線を考えてみた。
その構想が実現した2035年初春の新聞記事より、九州と北海道を結ぶ夢の夜行新幹線の様子を追ってみよう。
冒頭のキーワード解説で概要を説明し、その後実地での取材と続く。
ちなみに、発行元は環境問題や交通権に関心がありつつも、郷土愛を通じて地域の、ひいては国家の再興を目指す、左右を問わず幅広い読者層を持つ「緑と国民のための新聞社」である。
【キーワード解説】寝台新幹線「北斗星」・「あさかぜ」
夜行列車復活
「サンライズ出雲・瀬戸」廃止以来途絶えていた定期夜行列車の灯が、我が国でも再び輝き始めた。
実は夜行新幹線の構想自体は1960年代からあった。
しかし、夜間の騒音や東海道新幹線の過密ダイヤ・保線作業との兼ね合いなど、様々なハードルがあったため実現しなかったのだ。
そんな中、新幹線網は札幌まで延び、リニア中央新幹線によって東海道新幹線の過密も解消された。
そしてAI技術の発達により、2020年代には深刻だった人手不足も改善しつつある。
機は熟した。
かくして先日、東京経由で博多・札幌間の約2000㎞を1晩で結ぶ夜行新幹線が運行を開始したのである。
福岡・札幌間のちょうど真ん中が東京にあたるので、首都圏を深夜に通過する。
つまり事実上東京を無視するという画期的な列車である。
【ダイヤ】福岡・札幌間を14時間弱
夜行新幹線には新型車両HQ100系が運用される。
最高速度は260㎞/hに抑え、その代わりに環境適合性・快適性・客室スペースの確保を重視している。
そして午前0時~6時までは夜間時間帯として、国鉄時代の想定通り保線作業ができるよう単線運行し、騒音を考慮して最高速度も控えめに160㎞/hとする。
沿線の人口の多さと需要創造効果が見込まれるため、16両編成の列車が1日2往復運転される。
以下が大まかなダイヤである。
博多 | 広島 | 新大阪 | 名古屋 | 静岡 | 那須塩原 | 仙台 | 盛岡 | 札幌 | |
北斗星(北行) | 1900 | 2010 | 2145 | 2240 | 2345 | → | → | 600 | 845 |
あさかぜ(北行) | 2100 | 2210 | 2340 | → | → | 600 | 700 | 745 | 1040 |
あさかぜ(南行) | 840 | 730 | 600 | ← | ← | 2345 | 2245 | 2200 | 1900 |
北斗星(南行) | 1045 | 935 | 800 | 700 | 600 | ← | ← | 2345 | 2100 |
便宜上、北行=札幌行き、南行=博多行きとした。
「北斗星」は札幌での、「あさかぜ」は福岡での時間帯を重視した列車である。
ここで問題になるのは列車行き違いをどう処理するかだ。
単線運行する時間帯の時刻だけ抜き出すと、下の表のようになる
新大阪 | 348km | 静岡 | 167km | 東京 | 152km | 那須塩原 | 344km | 盛岡 | |
北斗星(北行) | – | 000 | → | 130 | → | 300 | → | 600 | |
あさかぜ(北行) | 000 | → | 300 | → | 430 | → | 600 | – | |
あさかぜ(南行) | 600 | ← | 300 | ← | 130 | ← | 000 | ||
北斗星(南行) | – | 600 | ← | 430 | ← | 300 | ← | 000 |
静岡・東京・那須塩原各駅における赤字・青字のペアは、それぞれ行き違いをする列車の組み合わせである。
終電の後、あるいは始発の前ということで、東京駅でも客扱いを行う。
駅の配置は東京を中心にほぼ左右対称型なので、全体の収まりが良くなった。
いずれの駅も車両基地があるので乗務員のやりくりがしやすく、さらに複線の線路のどちらを使っても列車待ち合わせが可能である。
【車内設備】5種類のクラスと食堂車付き
HQ100系には以下5種類の客室及び食堂車がある。
3種類ある個室は全て1~2人用である。
①座席車(プレミアムシート)
通路を挟んで2席&2席のグリーン車と同じ配置の座席。
席と席の間はパーテーションがあるので、隣の人はあまり気にならない。
夜のみ、あるいは朝のみの利用もできる。
②カプセルキャビン
編成中最も革新的な設備。
2023年にオーストリア国鉄の夜行列車「ナイトジェット」で登場したカプセルホテル式の設備。
2段ベッドが客室に並び、それぞれのブースはスライドドアでロックできるようになっている。
つまりプライバシーは確保され、「個室感覚」というよりは「狭い個室」そのものである。
ベッドだけでなく荷物置き場と靴箱もそれぞれ各自に用意されている。
③普通個室(スタンダードルーム)
編成中最も標準的な設備で、1人でも2人でも利用できるように2段ベッドのうち上段は畳める構造になっている。
下段ベッドは対面式の座席にもなるので、就寝時以外でもくつろげる。
「サンライズ出雲」の「シングルツイン」に似たレイアウトで、「カプセルキャビン」と違って部屋の中でも立つことができる。
また、2部屋繋げて4人で利用することもでき、家族旅行にも対応できる。
④上級個室(デラックスルーム)
2人でも十分な広さを持つ個室には専用のシャワー・トイレも付いている。
個室内にはアテンダントコールボタンがあり、食堂車に行かなくても飲み物・食事を購入して自室で楽しめる。
つまり、その気になれば乗車駅から降車駅まで個室に籠ることができるわけである。
翌朝の朝食のセットメニューはチケット代に含まれている。
⑤豪華個室(スイートルーム)
最上級クラスの寝台個室。
設備・広さだけでなく、内装も豪華となっている。
ウェルカムサービスとして、福岡県産の「あまおう苺」と北海道産ワインが用意されている。
朝食には食堂車で調理したホットミールが部屋に届けられる。
食堂車
沿線の酒・飲み物や夜食用の一品料理を提供している。
また、メインの食堂車の他に飲み物だけ提供するミニラウンジもある。
JR各社が大好きな「ご当地グルメ対決」キャンペーンで、食堂車を盛り上げている。
「辛子明太子VSイカの塩辛」や「焼きカレーVSスープカレー」、「福岡麦焼酎VS北海道地ビール」など、各ジャンルで南北のグルメ大国を味わうことができる。
札幌行き「北斗星」の取材記
2035年初春。
春の気配を感じる暖かい晩の博多駅。
その割には随分と厚着姿の人々がホームに集まっていた。
それもそのはず。
彼らは北国の札幌行き寝台新幹線「北斗星」を待っているのだ。
やがて重厚な塗装のHQ100系が悠然とその姿を現す。
興奮気味の乗客たちを迎え、待ちかねたように定刻19時に出発した。
我々「緑と国民のための新聞社」九州支部の取材班が予約したのは「スタンダードルーム」だが、やはり豪華個室が気になる。
入線待ちの時にアポを取っておいた夫婦の厚意により「スイートルーム」を訪ねた。
70歳を過ぎてもお元気な二人は、スキーをするため北海道へ行くという。
「バブル期に新婚旅行で乗ったのもブルートレイン「北斗星」で一番豪華な「ロイヤル」でした。まるであの頃に戻ったみたいですよ。」
調子よく話す夫の隣で、妻は微笑しながら頷いている。
国力が落ちる我が国において、彼らが最後の「富裕世代」なのだろう。
二人は子供ができたのを機に、狭い東京の家から福岡に移住した。
30年近く国の人口が減り続けているなか、今なお人口増加が続く福岡市は最も活力のある地方都市と言えよう。
幸せそうな夫婦に感謝の言葉を述べてお暇する。
もう関門海峡を通って本州に来た。
暗闇の中に大きな工場が不気味に佇んでいた。
今は徳山駅周辺だろう。
外が明るければ、その向こうには穏やかな瀬戸内海が煌めいているはずである。
「スイートルーム」の隣の車両は二番目に高価な「デラックスルーム」だ。
工業都市から環境未来都市へと変貌する北九州市の半導体関連企業に勤める、景気のよさそうな40代後半の男性から取材許可を得た。
「うちの業界では九州と北海道の交流が増えているので、この列車は出張には便利ですね。翌朝は朝食も届けてくれて、部屋にはシャワー・トイレもあるので快適です。確かに料金はそれなりに高いですが、飛行機代とホテル代を考えると「北斗星」の方が良いですね。」
彼が注文したホットコーヒーをクルーが部屋に持ってきた。
仕事の続きの邪魔をせぬよう、ここで退散する。
広島駅・岡山駅と政令指定都市が続く。
赤い顔をしてお土産を抱えた人たちが、上り列車の自由席乗車口に列をなしている。
これから大阪や、リニア中央新幹線を乗り継いで東京に向かうのだろう。
新大阪駅で大勢の客が乗ってきた。
航空機の輸送量からすると関西対札幌が最も需要の大きい区間である。
さて、ここまで高価格帯の個室寝台を紹介してきたが、夜行新幹線は豪華寝台だけでなくリーズナブルな設備も用意されている。
国内初採用となった「カプセルキャビン」を覗いてみよう。
客層は多様だが、どちらかというと若い世代が多い。
神戸市に住む一人旅の女子大学生の話を聞いた。
「カプセルキャビン」は安くて治安面でも安心できるので有難い、と彼女は言う。
「食堂車で近くの人と話せて楽しかったです。新幹線や飛行機で黙って数時間過ごすだけが移動やないですね。」
そして彼女が夜行新幹線を選んだもう一つの理由が、環境負荷の小さい移動手段であることだ。
環境問題に着目するきっかけは意外な事だった。
「幼い頃、今くらいの季節になると祖母がイカナゴ(小魚の一種)のくぎ煮を作ってくれてたんですけど、今はもうイカナゴはほぼ取れへんのです。気候変動は身近な事にも繋がっとんねんなと痛感しました。」
最近の若者の意識は欧米先進国に追いつきつつあるようだ。
さて、名古屋駅を過ぎた。
食堂車は静岡駅到着まで営業している。
紙の時刻表片手に、「沿線銘酒5種飲み比べセット」(広島・兵庫・京都・福島・宮城)を賞味する50歳前後の男性がいた。
「スタンダードルーム」は贅沢を求めなければ十分な広さ・設備だそうだ。
彼は厳島神社観光後に広島駅から乗車し、翌朝は盛岡駅から平泉に行くという。
「後の鎌倉政権に滅ぼされる者たちゆかりの地を、一夜のうちに辿ってみようと思いました。」
中国地方と東北地方の繋がりを意識することは少ないが、夜行新幹線はそんな機会も与えてくれるわけである。
「私は畿内の摂津出身の人間ですが、地方の歴史文化を学びながら旅をするのが好きなんです。」
自分なりにこだわりの旅をしながら、彼は15年以上「鉄旅遊民」というサイトを運営しているらしい。
23時45分に静岡駅着。
博多駅からおよそ900㎞である。
夜行新幹線の強みは、その速達性ゆえに、有効時間帯に広範囲のエリアをカバーできることである。
人口の集中する東海道・山陽新幹線区間は、その特性がいかんなく発揮される。
夜間時間帯に入って列車は160㎞/h運転となり、すれ違う列車もなくなった。
博多駅出発前に確保しておいたシャワー券を使って共用シャワーを浴びて、自室の「スタンダードルーム」に戻って就寝。
1時半頃に目が覚めると、東京駅に到着したところだった。
こんな時間だが、ホームでは目をこすりながら乗り降りする人が散見される。
その向こうには博多行きの「あさかぜ」が停まっていた。
翌朝。
「北斗星」は日の出前の北上盆地を走っているようだ。
外は薄暗く、広大な水田を覆う雪が時おり白く輝く。
簡素な屋根の民家は針葉樹で風雪から守られていた。
左右の山なみは、まだまだ冬の威厳を湛えている。
寝ているうちに別世界に来たのだな、と実感する。
日本は広い。
ヨーロッパだったら博多から国境を3つくらい通過していることだろう。
やがて青函トンネル通過のアナウンスが入った。
座席車の「プレミアムシート」は昨晩から若干乗客が入れ替わっているようだ。
新青森駅から乗車した30代半ばの女性は、昨年札幌に転出した幼馴染の友人を訪ねるという。
現在は地元の観光施設で働いている彼女も、20代の頃は東京に出て新宿のコールセンターに勤務していたが、やはり給料が大きく下がっても青森の方が落ち着くと感じて、数年前に里帰りしたのだった。
「札幌に行ってしまった友人も、私に会えば津軽弁に戻ると思いますよ。」
恥ずかしそうにそう語る表情は、地元に愛着を持ちながらも自身の訛りに卑屈な態度をとる、東北人特有のメンタリティであろう。
2020年頃まで120万人だった青森県の人口も、ついに100万人を割り込んだ。
もともと東京・仙台への転出が多かったが、北海道新幹線札幌開業後は札幌への流出も進んでいるという。
南北からストロー効果を受ける青森県の立場は、新幹線の負の影響を如実に示しているのかもしれない。
右手に函館湾と函館山を眺めるが、やがて異国情緒漂う港町に背を向けて新函館北斗駅に着く。
あくまで目指すは札幌なのだ。
8時45分、終着の札幌駅に着いた。
駅も電車も大変混雑しているが、通勤通学時間帯ダイヤの影響を受けずに済むのも新幹線ならではのメリットである。
タワーを背負った駅を出ると、札幌の街は雪であった。
ぶるぶる震える我らが九州男児の取材班の横で、女子高校生たちがアイスクリームを舐めながら談笑していた。
80年ぶりに蘇る「点と線」
博多から札幌まで、僅か14時間弱ではあるが壮大な旅であった。
そこで痛感したのは、夜行列車は金持ちと暇人の時間潰しではない、生活に根差した実用的な移動手段であるということだ。
ふと、やはり日本の西の果てから北の果てまでを舞台とした、松本清張の「点と線」を思い出した。
1950年代後半当時の特急「あさかぜ」は、新幹線が無く、特急列車さえ希少だった時代の人々にとって憧憬であった。
それは、今の「北斗星」・「あさかぜ」も同じである。
もし、清張が2030年代に生きていれば、九州と北海道を結ぶ列車にどんなトリックを仕掛けるのだろうか?
深夜の東京駅か、あるいはリニア中央新幹線絡みか、などと興味は尽きない。
それと関連して、「点と線」において事件の黒幕的存在を担う「時刻表鉄」の安田亮子が作中で遺した随筆「数字のある風景」の一節を以って、本記事のまとめとしたい。
(時刻表から現在時刻が記された駅名を探しながら)私がこうして床の上に自分の細い指を見ている一瞬の間に、全国のさまざまな土地で、汽車がいっせいに停っている。そこにはたいそうな人が、それぞれの人生を追って降りたり乗ったりしている。私は目を閉じて、その情景を想像する。そのようなことから、この時刻には、各線のどの駅で汽車がすれ違っているかということまで発見するのだ。たいへんに愉しい。汽車の交差は時間的に必然だが、乗っている人びとの空間の行動の交差は偶然である。私は、今の瞬間に、展がっているさまざまな土地の、行きずりの人生をはてしなく空想することができる。
松本清張「点と線」
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