本州と九州に三方を囲まれた小さな島、四国。
とはいえ、全体をしっかり観光するにはそれなりの日数を要する。
「2泊3日の休みを利用して手軽に四国を周れないか」と思案した私は、「四国みぎうえ」周遊コースを思いついた。
ここでいう「四国みぎうえ」とは、高松駅を起点とすると予讃線・土讃線経由で阿波池田駅、そして吉野川沿いに徳島線を東進して徳島駅に至る、要するに香川県及び徳島県北部地域のことである。
さらに徳島駅から高徳線に乗れば高松駅に戻って一周が完成する。
関西地方に近いこのエリアは城・寺社・街並みなどの史跡がコンパクトに充実しており、鉄道によるアクセスも良好なので、文字通り「四国旅入門編」としてお勧めできるモデルコースでもある。
2024年7月中旬、実家(兵庫県西宮市)を拠点に1日目は高松、2日目は徳島に宿泊して「四国みぎうえ」を鉄道で辿った。
本記事で収録した1日目は瀬戸大橋から四国に入り、丸亀と高松を訪れる。
丸亀市は人口10万人程度と香川県では2番目の規模で、歴史的にも幕藩体制下では高松の松平藩と丸亀の京極藩という2藩体制が県内に敷かれた。
小さいながらも香川県の東西を感じる1日だった。
瀬戸大橋を渡って丸亀へ
新神戸駅9時15分発の「のぞみ5号」に乗車。
指定席の乗車率は半分くらいで外国人の割合が高い。
山陽新幹線で指定席に乗る時は「さくら」や「みずほ」の方が横4列座席で快適なのだが、今日は乗車時間も短いので乗り継ぎがスムーズな「のぞみ」にした。
岡山駅からは高知行き特急「南風」に乗る。
今日は海の日のためか増結して4両と、四国のディーゼル特急にしては「長大編成」である。
車内はそこまで混んでいないが、子連れがいて賑やかだった。
なお、「南風」に運用されるのは2700系という最新型車両で、振り子式ディーゼルカーにもかかわらず乗り心地は快適、各座席にコンセントがある。
また、「南風」は1時間毎に運転されているのでスケジュールも組みやすい。
岡山駅を出発すると、早速大きく左に大きくカーブして進路を南にとり四国を目指す。
車窓の平坦の水田地帯は江戸時代に干拓されたところで、次の停車駅である「児島」(本州側)も昔は瀬戸内海に浮かぶ島だった。
本州と四国を結ぶ重要幹線の瀬戸大橋線だが、途中の茶屋町駅まではほぼ単線で、最高速度も100km/hに抑えられている。
茶屋町駅を通過して児島駅で乗務員が交代して、JR四国の区間になる。
列車が瀬戸大橋に躍り出た。
私が乗る時はいつも曇りなのだが、多数の島の間を大型船が行き交う天然の運河らしい光景だし、中世まで活躍した海賊にとってもこの上ない地理的条件である。
それにしても、親に注意を促されても全く車窓に関心を寄せない子供たちはどうしたことだろうか?
ちなみに瀬戸大橋は既存の在来線に加えて新幹線が通れる構造になっており、最後の新幹線空白地帯となった四国でも、その実現に向けた動きが進んでいる。
個人的には人口規模からして新幹線が北海道にあって四国に無いのは不自然だと思うし、観光地として過小評価されがちな四国を見直すためにも、四国新幹線開業に期待したい。
さて、瀬戸大橋を渡って上陸する乗客を迎えてくれるのは、四国のイメージを裏切るほど大規模な工業地帯である。
中国地方と同じで、四国も瀬戸内海側は工業化が進み、太平洋側との格差が著しい。
ちなみに、香川県は面積が全国最小にもかかわらず、6位の秋田県よりも人口が多い。
10時43分、最初の目的地丸亀駅に着いた。
歩いて丸亀城へ行く。
街の規模の割にはかなり堂々たる城で、優美な造りの石垣を巡らせている。
お行儀の良い円錐型をした讃岐富士こと飯野山や瀬戸内海を見渡す本丸跡に、ちょこんと3階建ての小さな天守閣が乗っかっている。
高級なショートケーキの上にある冷凍イチゴのような気がしないでもない。
次に行くのは京極家の大名庭園の中津万象園である。
少し遠いし雨が降ってきたので、城入口の案内所でタクシーを呼んでもらった。
「しかし、梅雨明け前の今の時期に海の日いうのは間違うとりますなあ。」
と地元の人しか知らない細い道を通りながら運転手が言う。
車が海に向かって走ると、正面に造船所が見えてきた。
「あれは今治造船。本社のある今治よりこちらの方が大きいんです。もっとも造船業も今は不況ですわな。」
「中国・韓国勢に押されてるわけですか?」
「昔は中国から働きに来てた人がようさんおったけど、今は中国に帰ってしまいました。もう向こうの方が賃金が高いらしいんです。」
中津万象園は海沿いにあり、潮風を浴びながら庭園を散策するのはいい気分だ。
海は見えないが、辺りは工場が多いのでむしろ見えない方が良い。
池に浮かぶ島にも東屋や神社があり、傘の形に整えた松もあった。
池は京極家先祖の地、近江の琵琶湖を模ったようで広い。
四国の心臓部を通って県都高松へ
中津万象園で1時間程度を過ごし、最寄り駅の讃岐塩屋駅(丸亀駅の西隣)まで歩いて15分程。
2両編成の電車は混んでいた。
複線電化された路線を多種多様な列車が頻繁に行き交う。
こんなに賑やかで恵まれた区間は四国の中ではここ瀬戸大橋の袂だけである。
坂出駅で岡山から来た快速「マリンライナー」に乗り換える。
工業地帯を過ぎると、丸亀城から見えた飯野山のような円錐型の山が点在する、この地域独特の景観が広がる。
「雄大」なわけでは決してないのだが、何処か日本離れした風景である。
高松駅はヨーロッパや私鉄のターミナル駅らしい行き止まり式なので旅情を感じる。
駅の正面にある高松城は直接海に面していて、堀の水は海水になっている。
そのため、堀には黒い鯛など海の魚が泳いでいた。
内堀の水は濁っていたが魚のえさも販売されており、その気になれば養殖事業が起こせそうである。
城の階段にも海藻らしきものがこびりついていた。
屋根付きの橋を渡って天守閣があった本丸跡に立つと、すぐ目の前に瀬戸内海が見える。
そして左手には琴電の高松地区港駅が城にへばりつくようにある。
その琴電に乗って栗林公園に行こうと思う。
高松藩松平家によって整備された日本を代表する大名庭園で、高松市街の南にある。
高松駅から栗林公園へはJR高徳線で2つ目の栗林公園北口駅からもアクセスできるが、せっかくなので琴電に乗りたい。
高松築港駅を発車した電車は、ちゃんと城の堀に沿って90度左に曲がってガタガタと走る。
路面電車に乗っているような感覚である。
狭い車内は地元の人で結構混雑していて参考書を読む学生が多かった。
栗林公園駅から徒歩で5,6分、栗林公園は圧巻の広さで、一通り歩くだけでも1時間半くらいを要する。
驚いたことに客の半分以上が外国人だった。
色・形が多様な松やソテツなど変化に富んだ植物があり、見所が多く説明書きも丁寧なので入園者を飽きさせない。
豊かな緑の中で朱く塗られた橋が紅一点に映える。
水蒸気が煙る幽玄な雰囲気も日本的で良いが、晴れてくると風景が鮮やかになり活き活きとしてきた。
高松と丸亀を比べた時、城の威容は丸亀に軍配が上がるが、庭園は高松の方がはるかに見応えがある。
ホテルにチェックインし、ハードスケジュールの疲れを癒す間もなく繁華街に繰り出した。
祝日なので酒場は混んでいたが、何とかカウンター席に座れた。
刺身はもちろん、タコや鱧、そして「オジサン」なる名の白身魚の天ぷらも旨かった。
ところで、方言で「○○けん」を使う人が多い。
丸亀のタクシー運転手は典型的な関西アクセントで、香川県は四国の入り口だからそんなものかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
おすすめの地酒という「大瀬戸の花嫁」を愛想の良い若い女性が持って来てくれた。
「これはええ名前のお酒やなあ。」
「はい。こちらのお酒を頼まれる方はたくさんいらっしゃいますよ。」
いかにも、「瀬戸の花嫁」という曲が瀬戸大橋線や予讃線の駅メロに使われている。
瀬戸内海を思わせる明るくもノスタルジックな曲調を、四国旅行の折に覚えている方もいらっしゃることだろう。
「大瀬戸の花嫁」は中口のスタイルに旨味・コクがありながら酸味が全体を引き締めているバランスの良い味わいで、幅広い料理や食後の晩酌にも対応できそうだ。
その包容力はまさに「良妻賢母」と評するに相応しい。
ホテルに戻って大浴場とマッサージチェアでリラックスした後、今日最後の「仕事」として、高松駅で買った「さぬきワイン」のテイスティングをした。
「ソヴァジョーヌ・サヴルーズ」というゲームのラスボスみたいな名前の辛口赤ワインで、香川大学で開発されたブドウ品種を使っているらしい。
濃いガーネット色で香りも強いが、アルコール度数は11%と低めで飲み口も軽めだった。
オリーブ産地だけにブドウ栽培にも力を入れているようで、注目したい日本ワイン産地の一つである。
2日目は弘法大師生誕の善通寺を経て徳島県に入り、阿波池田駅から吉野川に沿って徳島駅を目指す。
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