尼崎から福知山へ、丹波路快速で福知山線を行く【車窓・車両や所要時間など】

幹線

福知山線は東海道本線の尼崎駅(兵庫)と山陰本線の福知山駅(京都府)を結ぶ路線です。
1980年代に電化が行われ、通勤路線へと脱皮した路線ですが、その一方で渓谷美の車窓楽しむこともできる路線です

2023年1月上旬、尼崎から丹波路快速に乗って福知山を目指しました。

黄色線が福知山線、途中の赤点が乗り換えた篠山口駅付近。
国土地理院の地図を加工して利用
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JR宝塚線、尼崎~篠山口

丹波路快速の車両は新快速と同じ223系・225系

JR宝塚線・東西線・神戸線が結びつく尼崎駅

福知山線のうち、大阪~尼崎~篠山口はJR宝塚線という愛称名が付いています。
大阪方面からやって来る列車の他に、JR東西線から直通してくる列車もあり、新三田までは快速運転が行われています。
宝塚、さらには新三田までは列車の本数も多いです。
尼崎からの快速の所要時間は宝塚まで20分弱、篠山口まで1時間程度です。
また大阪から尼崎までは10分弱です。

快速列車の中には「丹波路快速」を名乗る列車があります。
通常の快速と丹波路快速の違いは車両です。
通常の快速の車両は基本的に4扉ロングシートの通勤電車ですが、丹波路快速は新快速と同じクロスシートでトイレ付の223系・225系が使われています。
また福知山線内には大阪~城崎温泉の特急「こうのとり」が1時間毎に運転されています。

223系の丹波路快速

ちなみに、尼崎駅での東西・宝塚線と神戸線の列車の乗り換えは、ちょうどのタイミングかつ同一ホームで行える絶妙なものです。
日々階段を使って湘南新宿ラインと山手線を乗り換えている関東の方は、是非利用者本位の関西の鉄道を実感してください。

乗車記:新線トンネルの合間に武庫川渓谷の景色

年末年始の騒ぎも一旦は落ち着いた1月の朝。
尼崎駅を7時半ごろに出発する丹波路快速に乗車しました。
土曜日ということで4両編成の電車はそれほど混雑しておらず、無事窓側の席を確保します。

尼崎駅を出ると、大きくカーブして進路を北にとり、2005年の脱線事故現場を通過します。
私が高校生の時ですが、クラスメートの家族が一本前の電車に乗っていたと聞きました。
しばらくは町工場の合間を走りますが、やがて山腹にまで広がった住宅地が右手に現れます。
福知山線の宅地化を象徴する光景です。

競合する阪急宝塚線が時々絡んできます。
スピードではJR快速が優っても、そのブランド力では美しい小豆色(阪急マルーン)の阪急電車に敵わないことは、関西の方ならご存じでしょう。
左手に宝塚劇場、続いて立派な阪急の宝塚駅を見て、こちらは特に変哲のない宝塚駅に到着します。

宝塚駅を出ると、街を囲む山から逃げることはできません。
かつては武庫川沿いの線路をディーゼルカーが走っていたのですが、1980年代の複線電化を機に線路が付け替えられ、トンネルで山地を突破するようになりました。

移転した武田尾駅たけだおはトンネルとトンネルの間の高架にあります。
子供の頃よくここで降りて、旧線のトンネルが真っ暗なハイキングコースを歩いたものです。

トンネル主体の新線は道場駅どうじょうまで続きます。
関西の近郊区間が関東と違うのは、車両のクオリティーの高さに加え、自然が近いことです。
都心から快速電車で関東平野を脱出するのに2時間くらいかかりますが、大阪駅からは30分で渓谷を見ることができます。

谷が広がり三田駅さんだに到着。
この辺りにもマンションが立ち並んでいます。

JR宝塚線の愛称は篠山口駅までですが、もはやこれより先は通勤路線の雰囲気を見出すことはできません。
マンションに代わって入母屋造りの民家が増えます。
列車は摂津から丹波へと向かっていくのです。

山間部のカーブ途中にある古市駅は福知山線の最高地点(標高は211m)です。

古市駅

後ろの席では、声の大きな男性が社会問題について一席ぶっています。
「今の日本は少子化が進んでるやで?働いてへん高齢者がな、ぬくぬく年金むしり取ってな、社会保険料が上がってどないすんのや?」
問題提起自体はごく一般的ですが、それにしても随分きつい表現をするなと思って振り返ると、彼も高齢者でした。

列車は篠山盆地の入り口となる篠山口駅に到着。
ここでホームの向かい側で待つ普通列車に乗り換えです。

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篠山口~福知山

篠山口からの車両はクロスシートの223系

篠山口から先の区間は複線から単線になり、朝以外の時間帯は普通が1時間に1本となります。
車両は丹波路快速と同じタイプですが、編成が短く一部ロングシートもあるなど、ややローカル線仕様になっています。
篠山口~福知山の普通列車の所要時間は1時間弱です。

篠山口~福知山の223系普通列車

乗車記:分水嶺と県境を越え福知山へ

福知山行きの電車は2両編成で、4両編成の丹波路快速の客の多くが乗り換えたため混雑していました。
仕方なくドア近くのロングシートに座ります。
土曜日のこんな時間に、かような所に来ているのは行楽客くらいだろうと思っていたのですが、景色を見ている人はほとんどいません。

篠山盆地をかすめるように走り、また右手に渓谷が現れました。
急流は列車と同じ方向に流れていますが、この篠山川は加古川に合流して播磨灘(つまり瀬戸内海側)に注ぎます。

加古川線が分かれる谷川駅付近でまた穏やかな地形になります。
日帰り一人旅をするようになってこの辺りに来た時、枯れ木にぶら下がる柿を見て、何と鄙びた場所に来てしまったのだろうと、缶コーヒー(もちろん酒はまだ飲んでません)を飲みながら感嘆したのを覚えています。

柏原駅かいばらからは平坦な地形となり、右手を流れる竹田川は最終的に瀬戸内海ではなく日本海に注ぎます。
この辺りが本州で最も標高の低い中央分水界です。
線路のサミットと分水界が異なるので、福知山線はその構成がやや複雑な路線といえます。

終点の一つ手前の丹波竹田駅を過ぎると軽い山越えです。
心なしか民家の屋根は灰色以外に、日本海側に特徴的な黒光りするものが散見されます。
山越え自体は最後のおまけ程度のものですが、このタイミングでようやく京都府に入ります。

盆地が開け、といっても霧で視界はあいにく良くないのですが、福知山の市街地が広がります。
右手には山陰本線と共に福知山城がうっすらと浮かび上がりました。

高架式の福知山駅に到着。
北近畿地方の鉄道の要衝です。
瀬戸内海沿いの早朝の尼崎より、福知山の方がずっと寒いです。

駅のコンビニでは、お互い中高年女性の客と店員が遅めの新年の挨拶をしています。
寒いのにギャル風の女性が黒いミニスカート姿だったのはともかく、現金で払っていたのは予想外でした。
駅構内は立派ですが、やはりここは田舎だなと思います。

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山陰本線の補助線から通勤路線へ

1970年代までは、京都が起点の偉大なる山陰本線に対して、福知山線は大阪へ至る補助線のような存在でした。
しかし、電化・複線化によって新たなアイデンティティーを獲得しました。

通勤路線とローカル線が混在している面白さこそ、福知山線の最大の魅力だと思います。

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