ヨーロッパ北東部に位置するバルト三国。
その域内の移動手段といえば、つい最近までは専らバスで、鉄道は衰退の一途をたどっていた。
しかし今、鉄道が見直されつつある。
ヴィリニュスからリガを経てタリンまで、三ヵ国の首都が鉄道で移動できるようになったのである。
さらにはポーランドの首都ワルシャワからヴィリニュスまで列車で行くことも可能だ。
本記事ではバルト三国を鉄道を使って周遊したい人のために、どこにどんな列車が走っているか、そもそもどんな都市に行けばよいか、そしてダイヤの調べ方・予約方法などを解説する。
最重要路線:ワルシャワ~ヴィリニュス~リガ~タリンを結ぶ「バルトストリームライン」
バルト三国を旅行する人はたいてい複数国を訪れることだろう。
南に接するポーランドにも足を延ばすかもしれない。
これら4か国の首都を結ぶワルシャワ~ヴィリニュス~リガ~タリンのルートは、バルト三国周遊をするうえで最重要な路線である。
当サイトではこのルートを、ウクライナ人に破壊された天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」ならぬ「バルトストリームライン」と呼ぶことにする。
日本でいう東海道・山陽新幹線のような存在だ。
バルトストリームラインを走破するためには4本の列車を乗り継ぐ必要がある。
すなわち、①ワルシャワ~モツカヴァ(ポーランド・リトアニア国境)、②モツカヴァ~ヴィリニュス、③ヴィリニュス~リガ~ヴァルガ(ラトビア・エストニア国境)、④ヴァルガ~タリンである。
これらの列車は全て毎日1往復運行されている。
およその所要時間は①が5時間半、②2時間半、③7時間、そして④は3時間半である。
このうち①と②、それから③と④の列車は同一ホームで接続している。
よって実質的な「スジ」としては2列車ということになる。
参考までに執筆時現在(2025年9月)のダイヤを載せておく。
なお、ポーランドとリトアニアの間には1時間の時差があるので注意しよう。
| 北行き↑ | 南行き↑ | |
| ワルシャワ | 755 | 2005 |
| モツカヴァ | 1435/1515 | 1452/1525 |
| カウナス | 1626 | 1338 |
| ヴィリニュス | 1729//705 | 2103//1230 |
| リガ | 1104/1116 | 1637/1655 |
| ヴァルガ | 1351/1410 | 1349/1411 |
| タルトゥ | 1511 | 1249 |
| タリン | 1734 | 1025 |
ポーランドとリトアニアの間には時差がある
バスと比べると本数は少ないのは否めないが、所要時間と料金はほぼ同じだと思ってよい。
バスと差別化できるポイントとしては、①には食堂車が連結されており、②、③のリトアニア鉄道の列車にも車内販売がある。


バルトストリームラインには訪れるべき地方都市が多い
私がバルトストリームラインの重要性を強調するのは4か国の首都を結んでいるためだけではない。
この路線上にはバルト三国の歴史・文化を知るうえで有意義な数々の地方都市が存在するのである。
東京だけ観光して帰っていく訪日外国人を見たら、もっと日本のことを知ってもらいたいと貴方は思わないだろうか?
小国バルト三国にしても同じである。
首都だけでなく地方都市にも行って、「表向き」ではない各国の姿を見て欲しい。
バルトストリームラインを乗り通すための列車は1日1往復でも、各国の首都~主要地方都市間なら本数がだいぶ増えるので、スケジュールも組みやすくなるだろう。

まずワルシャワ発の列車に接続する②の列車(モツカヴァ~ヴィリニュス)では、是非ともリトアニア第二の都市、かつて臨時首都でもあったカウナス(kaunas)で途中下車したい。
ヴィリニュスまで1時間のところだ。
カウナス~ヴィリニュス間には頻繁に2階建て車両の電車が運転されているので、ヴィリニュスを起点に日帰りすることもできる。
③の列車(ヴィリニュス~リガ~ヴァルガ)に関しては、ヴィリニュスから4時間でリガまで首都間を移動してしまう人も多いかもしれない。
リトアニア側では、両首都のちょうど真ん中に位置するシャウレイ(Šiauliai)が途中下車の候補となる。
13世紀にリトアニアがドイツ騎士団を破った古戦場でもあるが、有名な観光スポットの「十字架の丘」への起点でもある。
また次章で詳しく述べるが、第二次世界大戦までドイツ領だったクライぺダへの支線が分岐しているのもシャウレイだ。
ラトビア側では、「地球の歩き方」には載っていないマイナーな都市になるがエルガワ(Jelgava)を勧めたい。
首都リガとは違った歴史を歩んだクールラント公国の首都がエルガワである。
リガからは1時間もかからないし列車本数も多いので、ここは途中下車というよりリガからの日帰りの方が現実的だろう。
リガから先だとツェーシス(Cēsis)がお勧めだ。
本記事で紹介しているのは都会だが、ツェーシスはラトビアの古い田舎町で、雰囲気たっぷりの中世の城が楽しめる。
④の列車(ヴァルガ~タリン)で極力途中下車すべき都市はエストニア第二の都市にして同国の「精神的首都」タルトゥ(Tartu)だ。
首都タリンは要塞都市・貿易都市としての性格が強いのに対し、タルトゥはより歴史が古く学術・文化の中心を担った都市なのである。
エストニア国立博物館があるのもこの都市で、「エストニアの京都」といったところである。
以上、本章で紹介したバルトストリームライン上の都市の所要時間をまとめると、
ワルシャワ~7.5h~カウナス~1h~ヴィリニュス~2h~シャウレイ~1.5h~エルガワ~30m~リガ~1.5h~ツェーシス~2.5h~タルトゥ~2.5h~タリン
となる。
バルトストリームライン外の支線で行ける地方都市
本章ではバルトストリームラインから外れた所にある都市について述べたい。
まずリトアニアには、前章でも触れたシャウレイから分かれる支線で行けるクライペダ(Klaipėda)がある。
第二次世界大戦までドイツ帝国の最東に位置した港町で、ドイツ語では「メーメル」という都市名だった。
ヴィリニュスからの直通列車が1日数本運転されていて、所要時間は4~5時間である。
ラトビアだとリガから3時間程度の所にある第二の都市ダウガフピルス(Daugavpils)が面白い。
ここも「地球の歩き方」には載っていないが、ロシア系住民が半数を占める多文化都市である。
またリガからエルガワを経由して港町リエパーヤ(Liepāja)に至る路線もあるが、本数が少なく時間帯も悪いのが惜しまれる。
そしてエストニアではタリンから3時間、バルトストリームラインだとタパ(Tapa)から分岐する支線で行けるナルヴァ(Narva)に行こう。
ここはロシア国境の都市で、ロシア系住民は9割にも及ぶ。
ナルヴァ城からは対岸にロシアのイヴァンゴロド城が見える。
予約・現地でのチケットの買い方
バルト三国の列車を予約するうえで最も有用なのは、リトアニア国鉄のサイト(LTG Link)である。
リトアニアの国内線はもちろん、リトアニアを発着する国際列車(ワルシャワ~ヴィリニュスやヴィリニュス~リガなど)の予約も行うことができる。
予約に際してシートマップから座席を選べる。
また、リガ~タリンのようなラトビア~エストニア間のチケットまでこのサイトで購入可能だ。

ただし、列車・区間(リガ以北)によってはチケットは有効でも座席指定はできない点に注意しよう。
例えばワルシャワ~ヴィリニュスの場合、乗り換えとなる国境駅からの列車は決まった座席は割り当てられない。
ヴィリニュス~タリンだと、座席指定されるのはリガまでとなる。
リガ~乗り換えとなる国境駅ヴァルガまではそのまま座っていればよいが、ヴァルガ~タリンの列車は空いている席に座ることにある。
要するに、同じLTG Linkでの予約でも路線によって勝手が違うので、詳細については個別記事を参照していただきたい。
リトアニア以外の国内線のチケット購入はラトビア国鉄のサイト(Vivi)やエストニア国鉄のサイト(Elron)で行うことができる。
ネット予約以外でのチケットの買い方は各国で事情が異なる。
リトアニアでは駅の自動券売機で買う
リトアニアでは駅に自動券売機がある。
チケット購入の流れはLTG Linkのサイトと同じだ。
この場合でも現金使用は不可でクレジットカードが必要となる。
ヴィリニュス~カウナスの2等車など、座席指定がない商品なら事前購入せずにこちらを利用するのがよいだろう。

ラトビアでは有人窓口で買う
ラトビアはバルト三国の中で最もアナログなやり方が残っている。
駅の友人窓口に並んでチケットを購入するのだ。
リガ駅では現金を使用することができた。
手渡されるレシートのような紙ペラがチケットなので、間違って捨ててしまわないようにしよう。
エストニアでは車内で買う
IT大国のエストニアではネット購入が基本だ。
タリンとタルトゥのみ駅にチケット売り場あるのを帰国後に私は知った。
残る方法は車内の券売機、あるいは車掌から買うかの2つである。
券売機の使用方法はElronのサイトを参照していただきたい。
券売機はドアの近くにあるのですぐ分かる。
どうしても現金を使いたい場合は車掌から購入しよう。
オンラインまたは車内の券売機で買うと、車掌または駅のチケット売り場と比べて10%割引になる。
Elronのサイトや車内に載っている料金表は割引されていない方である。
制度的にネット購入が誘導されているにもかかわらず、厄介なことにElronのチケット購入ページにアクセスできない(あくまで私の場合)事象が発生している。
詳細は私には知る由もないが、それでも現地のWi-Fi環境ではたいていアクセスできるようになった。
出国前にチケットを確保する必要はないので、現地に着いてから試してみるのがよいだろう。
座席指定される1等車は券売機では買えないが、それ以外なら必ずしもネット購入にこだわる必要はない。
参考:Elronのチケット案内
定時性は高く遅延は少ない
バルト三国を鉄道旅行して一番驚いたのがその定時性の高さだった。
私は10日間で16回列車に乗車したが、遅れたのは1回だけ。
それも終点に着く直前になって2分遅れただけだった。
日本の車掌なら律儀に謝罪するかもしれないが、この程度は通常誤差範囲内と認識される。
単線区間の列車行き違いのために途中で数分遅れることもあるにはあった。
これは日本の亜幹線でも頻繁に起きる事である。
そういった場合でも、結局遅れを取り戻して目的地には定時に到着していた。
バルト三国の国鉄がドイツやフランスよりも優秀というよりは(本当にそうなのかもしれないが)、列車本数が比較的少なく、ダイヤグラム上でも孤立しているので余所の遅れの影響を受けないのが要因と思われる。
ともかく、バルト三国の鉄道では時間通りの運行を期待してよい。
バルト鉄道の過去の情景と未来の展望
最後にバルト三国の鉄道の今ではなく、過去と未来の話をしたい。
私は2011年にもバルト三国を訪れたことがあった。
最初に訪れたのはリガだったが、その時の輸送手段は飛行機でも船でもなく、モスクワからの夜行列車である。
2010年代まで、バルト三国の鉄道は域内輸送よりも、ロシアとを結ぶ長距離輸送が主役だった。
モスクワ・サンクトペテルブルクから各国首都に向けて夜行列車が運行されていたのだ。
長きに渡るバルト三国とロシアとの繋がりを体現していたそれらの列車も、当然ながら現在は運行されていない。
代わって今ではバルト三国内の都市間列車が復活しつつあるのは冒頭述べた通りである。
それぞれ異なる歴史を辿った小国たちが、皮肉なことにロシア帝国体制下でようやく「バルト三国」として纏まった歴史がある。
今起こっているのはそれと同じように思われる。

2011年11月
現在、ワルシャワからタリンに至る高速鉄道路線Rail Balticaの計画・建設が進められている。
つまり当サイトで勝手に名付けた「バルトストリームライン」の発展版である。
これにより、ヴィリニュス~タリンが3時間半程度で結ばれるだけでなく、貨物輸送の効率化、さらにはNATOにおける軍事物流の利便性向上も促進されるという。
このプロジェクトの完全開業は2030年とされている。
今のバルト三国の鉄道網はロシアと同じ1520㎜の軌間(線路幅)だが、新たに建設されるRail Balticaはヨーロッパと同じ1435㎜である。

私がただ電車の薀蓄話をしているわけではないのは、読者も既にお分かりであろう。
バルト三国の東から西への移行(これを「回帰」と西欧の人が言いたい気持ちは分かるが必ずしも適切ではない)を象徴するプロジェクトだ。
19世紀後半、ドイツ帝国宰相ビスマルクは「鉄は国家なり」(当サイトのキャッチフレーズ「鉄道は社会なり」はこれに由来する)という言葉を残した。
21世紀も第二四半期を迎えた現代でも「鉄道は国際社会なり」が成り立つのだ。



















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