ロシアとウクライナの戦争が長期化し、日々混迷を深める国際情勢にそそのかされる形で、私はバルト三国旅行を思い立った。
2025年9月初旬~中旬にかけて12日間、バスが主な移動手段であるこの地域を専ら鉄道で巡ろうというわけだ。
本記事はバルト三国旅行の前座として、出国から初日のポーランド滞在までの旅行記である。
ワルシャワからリトアニアへ向かう前に、ポーランド東部のルブリン(Lublin)を訪れた。
なお、バルト三国全般に関する内容については以下記事を参照していただきたい。
「速い、安い、悪くない」の中国国際航空
初日の前夜より羽田空港発の中国国際航空422便に搭乗し、北京経由でポーランドのワルシャワへ飛ぶ。
中国国際航空は日本でもヨーロッパでも就航都市が多く、西側諸国と違ってロシア上空を飛べるので所要時間も短く、そして何より料金が圧倒的に安いという魅力がある。
私はここ最近ヨーロッパ行きで頻繁にお世話になっている。
アメニティは最低限で、日本発着便はパーソナルモニターが無いのだが、サービス全般に関しては言われているほど悪くはない。
格安航空会社ではないので機内食・預け荷物も無料だ。
北京は上海協力機構首脳会議が行われた直後だった。
世界の分断の象徴(西側メディアが好きな構図では「善良な民主主義陣営」対「悪の権威主義体制」)として注目されていたこともあり、運行計画等で何か狂わされるかと覚悟していた。
しかもこの日は中国にとって「抗日戦争勝利記念日」である。
しかし、深夜の北京空港は何事も無く静かだった。
結局ワルシャワ空港には15分早く到着。
入国審査では職員がロシアとベラルーシのビザ(2017年分)を怪しげに眺めてから、私のパスポートにスタンプを押した。
ワルシャワは旧市街こそ歴史的建造物が復元されているが、中央駅周辺は味気ないコンクリートの建物ばかりだ。
あいにくの灰色の重たい空と相まって、あまり気分の良いスタートではなかった。
ポーランド東部の旧ロシア領、ルブリン
乗るべきリトアニア行き列車は7時55分発で、悔しいことに今朝空港に着いたのでは間に合わない。
ワルシャワには3回くらい来たことがあるので、今日は訪れたことがないルブリンに行って来ようと思う。
ウクライナ・ベラルーシ国境近くにある東部の都市である。
ワルシャワからは列車で約2時間なので日帰りも十分可能だ。

一部加工して利用
クラクフ・グダンスク・ヴロツワフなど、人気のあるポーランドの地方都市はどれもワルシャワより西に位置する旧ドイツ・オーストリア領だ。
東部の都市ルブリンは第三次ポーランド分割(1795年)でオーストリアに組み入れられたが、ウィーン会議(1815年)以降はロシア領となっており、その意味でも貴重な存在である。
そして、中世における二大国のポーランドとリトアニアの国家連合を決めた「ルブリン合同」の舞台なので、明日からリトアニアに行く私としてもゲン担ぎになる。
ワルシャワからルブリンへは列車で約2時間。
軽食堂車も連結されている快適な新型電車だ。
車窓は単調で、途中に大きな都市もない。
その代わりに時々現れる農村の風景が際立っていた。
ルブリン中央駅から旧市街までは、薄汚れた通りを30分以上歩いた。
見上げると、住居の朽ちかけたベランダが今にも落っこちてきそうだ。
14世紀建造という長い歴史を持つ煉瓦造りのクラクフ門より旧市街へ。
それまでの町並みとは対照的に旧市街は個性的な建物が並び、その華やかさは東欧よりもむしろイタリアを思わせる。


クラクフ門の正面へと続く大通りも賑やかで、朝と比べて気温が一気に上がった昼間には老若男女がアイスクリームを手にしていた。
この通りがクラクフへと繋がっていた歴史的な道だったので、ルブリンにクラクフ門があるわけだ。
街のランドマークはルブリン城。
小島のように城壁に囲まれていた旧市街から陸橋を渡った先にある。
その独特の形は他のどんな城にも似ていない。
それもそのはずで、この建物は本当は城ではなく、丘の上にある城を牢獄として作り変えたものなのである。
城の中庭に行くと、いかにも増改築を繰り返したであろう節操のない姿が露わになる。
また、塔に登ると街を見渡すことができる。


最大の見所は城だった時代のままの礼拝堂だろう。
ポーランドなのでカトリックかと思いきや、柱や天井のフレスコ画に圧倒される正教会のスタイルとなっていて、ロシア世界との近さを感じさせる。
それにしても、正教会が多数派の地域でもこれほど立派なものはなかなかない。

他にも宝飾品や絵画の展示があった。
その中には19世紀のポーランドの画家ヤン・マテイコによる「ルブリン合同」の絵も最奥に飾られている。
ルブリン合同は1569年にこの城で行われた。
これは実際の様子の描写ではなく、画家がこの歴史的事件を表現・象徴したい人物を配置して描いたものである。
結果として「リトアニア文化のポーランド化」をもたらしたため、ルブリン合同の評価は概ねポーランドで肯定的、リトアニアで否定的なようだ。
であれば、ポーランド人によるこの絵は英雄的・愛国的なニュアンスで描かれたはずだ。
とはいえ、そんな偏見を持たずフラットに眺めれば、絶望しているように見える人もいる。

ルブリンの旧市街は小さくまとまっているので、6時間の滞在では相当ゆとりがあった。
結局こんなに余裕があったのはこの日だけだった。
さらに足を延ばせばザモシチという世界遺産に登録された街が近くにあるので、1日~2日かけて訪れるのもよいだろう。
今日は夜行便明けの旅行初日なのであまり欲張らずに、カフェでゆっくりビールを飲むことにする。
夕方になると旧市街には観光客が減って、逆に地元の人が増えてきた。
駅に戻ってくると、駅舎とルブリン城がよく似ていることにやっと気づいた。

ルブリンは知名度こそあまり高くないが、十分訪れるに値する都市だった。
明日からがいよいよ本番。
ワルシャワから列車で8時間半かけてリトアニアの首都ヴィリニュスへ向かう。
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