日本の屋根を翔ける、信越本線(第三セクター含む)普通列車の乗車記【車窓や駅弁など】

幹線
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信越本線はかつて、北関東の高崎駅から軽井沢・長野・直江津経由で新潟へと至る路線です。
しかし、北陸新幹線の開業・延伸に伴い並行区間は各県の第三セクター鉄道に移管されたり、急勾配で知られた横川~軽井沢はバス運行となっています。
そのため、現在の信越本線は高崎~横川、篠ノ井~長野、直江津~新潟と分断されており、路線名を整理した方が良いくらいです。

本記事では高崎~新潟を一貫して「信越本線」として紹介していきますが、その車窓は山あり谷あり海ありと、様々な特徴を見せてくれる路線でもあります。
その性格によって信越本線を4つの区間に分けると

  1. 日本海縦貫線の一角をなす新潟~直江津
  2. 中部日本の山岳地帯を横断する直江津~長野
  3. 千曲川沿いの各都市から浅間山の麓の高原へと至る長野~軽井沢
  4. 信州への入り口から関東へと至る横川~高崎

となります。
2020年3月に長岡から新潟を、同年7月に長岡から高崎まで乗車した時の様子を綴っていきます。
なお写真は別の日の物も使用しています。

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新潟~直江津

北陸本線の続き

冒頭に述べた通り、新潟から直江津までは日本海縦貫線の一部として、北陸本線と接続する性質を持っています。
この区間は車窓の印象からさらに3つのパートに分けられ、①上越新幹線と並行して越後平野を走る長岡まで、②山間部を走る柏崎まで、③日本海沿いの直江津まで、といった具合です。

普通列車の運転系統は長岡で分かれており、本数は長岡までは1時間に1~2本、その先もだいたい1時間に1本です。
新潟から直江津までの普通列車の所要時間は、乗り換え時間含まずに3時間弱です。
また1日あたり数往復の快速の他、直江津を経て上越妙高で新幹線と連絡する特急「しらゆき」が1日5往復あります。
昔は新潟から金沢行「北越」や長野行「みのり」が運転されていましたが、現在は「しらゆき」が新幹線と共にこれらの列車の後継の役割を果たしているといえます。

特急「しらゆき」

平野、山そして海

新潟駅からは越後線や白新線も発着しています。
特急「いなほ」はここから秋田方面へ向かいますが、羽越本線と信越本線の接続は新潟駅でなく、少し南の新津駅です。

新潟駅では駅弁が結構な種類の駅弁が販売されていますが、おすすめは「えび千両ちらし」。
海老だけではなく、うなぎなどの魚介も入っている高級感のある弁当で、グランクラスの食事サービスに出てきてもおかしくないくらいです。

新潟駅の駅弁、えび千両ちらし
えび千両ちらし

新潟~長岡は平野部

前節で述べた通り、新潟から長岡までは越後平野を進んでいきますが、車窓としては平凡です。
途中の新津駅は羽越本線の始点であるだけでなく、磐越西線も分岐する鉄道のジャンクションです。

新津駅は広い構内を持つ

新津から少し行くと若干山が近づいてきますが、基本的に直線主体で平野を快走します。
視界を遮るものが少ないので、長岡駅の近くでは上越新幹線の高架が遠くでも見られます。
秋ごろに来れば水田も見事なのでしょうが、春先だと雪解け水でびっしょり濡れていてあまり良い景色ではありません。
ただし、この季節は遠くに雪山が見えるという良さはあります。

巨大なオール2階建て新幹線も小さく見える。

長岡~柏崎では山間部

長岡駅は事実上の信越本線と上越線の連絡駅です。
実際は一つ先の宮内駅で両線が分かれます。

信越本線の新潟行きの電車(手前)と上越線の電車(奥)

長岡駅でも駅弁が買えます。
新潟県ではなぜか牛肉の弁当をよく目にしますが、ここの「牛めし」は見た目通り結構からい味付けです。

長岡駅の牛めし弁当
長岡駅の牛めし弁当

列車は長岡駅を出発し、宮内駅で上越線を分けた後、平地を走って来迎寺らいこうじの手前で信濃川を渡ります。
このあたりからだんだんと山間部らしくなってきます。

信濃川を渡る

越後岩塚駅からは緩い上り勾配が始まり、山村の風景が広がります。
特にサミットを越えた後の長鳥駅付近は、信越本線の車窓の中では最も地味な印象です。

越後岩塚駅
長鳥駅付近の車窓。

安田駅からは勾配も緩み、乗客の乗り降りも増えてきました。
海側を走っていた越後線と合流する柏崎駅は周辺にホテルも何軒かある街です。

線路が平坦になり、柏崎が近づくと家が増え新しくなる。
柏崎駅付近

柏崎~直江津からは海沿い

柏崎からしばらくは信越本線で唯一海が見える区間です。
特に鯨波駅~青海川おうみがわの車窓が綺麗です。
天気は曇りでしたが、瀬戸内海と違って日本海は晴れていない方が日本海らしいです。

鯨波~青海川の車窓。
遠くに見えるのは原発か?
青海川駅

青海川駅、笠島駅米山駅と海のすぐ傍にある駅が続きますが、柿崎駅からは海沿いを走るものの松林に遮られてあまり海面は見えません。
それまで日本海と断崖に挟まれた部分を走っていたのが、辺りには工場もちらほら現れてきます。

黒井駅付近

直江津駅の前で何本か川を渡ります。
左手前方にはこれから挑む山々がそびえており、我々をこれまでとはまた違う信越本線へと誘っています。

直江津駅付近で川を渡る
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直江津~長野

直江津駅の駅弁は絶品!

直江津駅のホーム

直江津駅は信越本線と北陸本線が接続する東日本のターミナル駅です。
駅構内は非常に広くホームも長大で、歩いているだけで旅情に浸れる私の好きな駅です。
残念ながら、昔は多数発着していた優等列車は「しらゆき」のみになってしまいましたが、各地へ向かう塗装の異なる普通列車が出入りするのを見るのも嬉しいものです。

ここの駅弁は全国的にも認められたクオリティーで、「鱈めし」と「さけめし」は共に駅弁大将軍で優勝しています。
私とてこういう時には「連れがいれば…」と思うわけですが、なんと両方が味わえる「二大将軍弁当」というものが販売されていました。
ドイツ哲学でいうところの「アウフヘーベン」です。

直江津駅の駅弁、「二大将軍弁当」
直江津駅の「二大将軍弁当」。
派手さはないがその完成度の高さは食べてみればわかる。

さて、信越本線は直江津駅を境にその性格を大きく変え、日本海縦貫線の役割を北陸本線に任せ、この先は中部日本の横断区間となります。

もともと高崎~直江津が官設鉄道として、直江津~新潟が私鉄として建設されましたが、国有化を機に信越本線としてまとめられました。
そうした経緯もあってか、高崎からの信越本線のキロポストは直江津で一旦0㎞に戻され、新潟に向けて再スタートを切るようになっていました。

直江津駅で信越本線のキロポストがリセットされていたことを示すモニュメント

信越本線の中のローカル線

そのほとんどが複線化されている信越本線にあって、この区間だけが単線主体の線路です。
しかも途中の二本木駅にはスイッチバックもあり、本線というよりもローカル線さながらの雰囲気となっています。
1990年代くらいまでは長距離スキー列車も多く運転されていましたが、JRから切り離されたことやレジャーの多様化もあって、今は地味な路線です。

運転本数はやはりおよそ1時間毎で、運行会社が変わる妙高高原駅で乗り換えになりますが、接続時間は概して良好です。
乗車時間だけだと1時間半程度の所要時間です。

直江津から軽井沢までの元信越本線は、以降ほとんどの区間が第三セクター鉄道となるので、青春18きっぷは使用できません。
もっとも、新潟県のえちごトキめき鉄道は青春18きっぷ利用者用の割引切符を販売しているようです。
あるいは土日用の「週末パス」だと私鉄区間でも有効で、青春18きっぷと違って閑散期でも利用可能なのも嬉しい点です。

日本の屋根を走る

真っすぐ続く複線の北陸本線の線路から、「失敬します」とばかりに我々単線の信越本線の線路が分かれていきます。

北陸本線(右の線路)と信越本線(左)の線路。
今では共にえちごトキめき鉄道となっている。

直江津からしばらくは山を遠くに見ながら上越市の広々とした平野を走ります。
そんなのんびりとした風景の中から忽然と現れるのが、北陸新幹線と接続する上越妙高駅です。

新井駅までは平坦な線路で市街地や工場もあり、普通列車もそれなりに混雑していましたが、この先はいよいよ急勾配が延々と続きます。

新井駅から長野方面を望む。
山越えが始まることが分かる。

乗客がすっかり減った列車は険しい山に入っていきます。
勾配と曲線のためスピードもそれまでより遅くなっています。

新井駅の次の二本木駅は、全国でも珍しいスイッチバックが見られる駅です。
駅そのものもレトロな感じで、駅前の集落は山あいに佇んでいるといった風情があります。

二本木駅のスイッチバック
二本木駅よりスイッチバックの線路を見る。
①新井方面から左手前の線路を通って奥のシェルターある所に停車。
②そこからバックして二本木駅に到着(今ここ)。
③再度進行方向を変え右奥へ伸びる上り勾配を進んでいく。
二本木駅

二本木駅からは曇り空ながら右手に妙高山などが望まれます。
急勾配はずっと続き、高原のような雰囲気になってきます。

長野との県境を目の前に控えた妙高高原駅からは、しなの鉄道の管轄となるので乗り換えが発生します。
高原リゾートらしい駅ですが、近くに牧場でもあるのか、天然のたい肥の芳醇な香りが漂っていました。

妙高高原駅

なおも上り急勾配は続き、次の黒姫駅あたりがサミットになります。
進行方向右手で長野県に来た乗客を迎えてくれるのは黒姫山でしょうか。

古間ふるまからは下り急勾配が始まり、進行方向と同じ向きに流れるようになった川沿いの谷を降りていきます。
車内では登山帰りと思しき初老の男女数名が、マスクを着けて歓談しています。
疲れているのでしょうが、大した体力・心肺能力です。

牟礼むれで一旦谷が開けますが、またすぐに深い谷間となります。

元気な登山客に感心していたところ、今度は私の席と通路を隔てたボックスに、マスクをしていない若い女性二人が乗ってきて、大声で会話をしています。
それどころか、口元のみならず胸元まで結構露ではありませんか。
彼女たちのおかげで、自分が座っているボックスの反対方向の車窓は眺めづらくなりました。

さてそんなことより、飯山線が合流する豊野駅の前で車窓が開けて、善光寺平の平地が広がるパノラマはとても見事です。
その先は平坦な線路で、長野らしく果樹園なども見られます。

長野駅の駅舎は近年新しくなっています。
個性的ではありますが、どこか「ガイジン受け」を狙った感じがしないでもありません。

この日は長野で1泊しました。
駅弁を買ってもいいのですが、旅程としては北陸本線の続きで、ずっと駅弁ばかりだったので今回はお預けとしました。
居酒屋で馬刺しと日本酒を堪能し、ホテルに戻って地ビールを何本か飲んでいました。

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長野~軽井沢

篠ノ井まではJR

直江津からは第三セクターになっていた信越本線ですが、長野~篠ノ井までの短い区間が離れ小島のようにJRのまま移管されずに残っています。
この部分は長野から松本・名古屋へ向かう特急「しなの」が通るルートのため、JRとしても手放さなかったのでしょうか。
このことからも分かる通り、長野~篠ノ井は「信越本線」というより、格下の亜幹線であるはずの「篠ノ井線」(塩尻~松本~篠ノ井)の延長部分といったほうが的確です。

沿線人口もそこそこ擁しており、運転本数も1時間に1~2本です。
所要時間は約1時間半ですが、時々快速列車も運転されています。

千曲川と浅間山の車窓

長野駅からしばらく新幹線と並走します。
沿線には市街地と果樹園が続いています。

篠ノ井しののいで篠ノ井線を分けると、千曲川を渡って山が近くなります。
乗り換えになることも多い戸倉駅からは徐々に勾配を登って行きますが、千曲川流域には集落がそれなりに多く、車内は昼間でも意外と人が乗っています。

信濃川改め千曲川を渡る
坂城駅付近の車窓。
川のもたらす集落形成の影響力がよく分かる。

新幹線乗り換えの上田駅で乗客が入れ替わり、田中駅を過ぎると勾配はさらに急になります。
沿線の住宅もかなり減ってきて、山なみが綺麗に映えています。

田中駅付近

平原ひらはらからは高原らしい景色となり、川沿いにあった水田は山麓の畑に変わっています。
軽井沢の2つ手前の信濃追分駅は信越本線全体で最も標高が高い駅で、海抜は955mです。
やや雲を被っていますが、左手には浅間山が清々しくそびえています。

信濃追分駅付近。
このあたりが信越本線のサミット。
浅間山とその麓の高原野菜の畑

ゴルフ場やショッピングモール、別荘を見ながら列車は軽井沢駅に到着します。
古くからの避暑地として有名な軽井沢ですが、新幹線で気軽に来れるためか駅周辺は相当商業化されており、まるで東京の一部になったかのようです。
ここの旧駅舎は以前では高級保養地の駅の雰囲気を保って開放されていましたが、今では九州の車両などでお馴染みのデザイナーの玩具と化してしまいました。

軽井沢駅は買い物、グルメには都合がよい。

ここまで4日間に渡ってひたすら普通列車の旅を続けてきた私の横で、家族連れ・グループ客・カップルが楽しそうに新幹線乗り場へと消えていきます。
この複雑な疎外感・切なさを心地良いとさえ思えるようになれば、貴方も立派にストイックな乗り鉄の仲間入りです。

軽井沢駅から高崎方面を望む。
右が新幹線、左は廃線となった信越本線。
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横川~高崎

碓氷峠に挑んだ鉄路

国鉄時代の駅名標が残されている

これまで第三セクター鉄道に転換されながらも続いてきた「信越本線」ですが、軽井沢駅でついに線路は途切れてしまいます。
北陸新幹線開業時より、軽井沢駅から横川駅までの鉄道路線は廃止され、JRバス(青春18きっぷ等利用不可)が同区間で運行されています。
両駅に跨る碓氷峠には江戸時代まで関所があり、今も昔も関東と信州を隔てる存在です。

通称「ヨコカル」と呼ばれたこの区間はJR線で最も勾配のきつい難所として知られていました。
66.7‰(水平方向1000mあたり66.7m垂直方向に上る。一般に鉄道では25‰程度でも「急勾配」と表現される。)というとんでもない坂では、特急電車でも「峠のシェルパ」こと、電気機関車EF63の補助を必要としていました。

電気機関車EF63としなの鉄道の新型車両
電気機関車EF63としなの鉄道の新型車両

廃線時には複線の線路でしたが、それとは別に、明治時代の開通以来1963年まではラックレールで進むアプト式の線路が使われていました。

「ヨコカル」のアプト式の廃線跡のうち、途中の熊ノ平信号場までの6㎞程度までが遊歩道として整備されています。
私は昔、さらに先の軽井沢駅まで歩き通したことがありますが、道路を歩くとおそらく15㎞以上はあると思われます。
自分でやっておいて言うのもなんですが、今思えば休日ならバイクなども走ってきて危険でしょうから、正直徒歩移動はお勧めしません。

また横川駅に隣接した「碓氷峠鉄道文化むら」では、電気機関車を中心として珍しい車両も数多く展示されています。
車両だけでなく碓氷峠の鉄道に関する資料もあるので、こちらは是非立ち寄るとよいでしょう。

信越本線における導入部分

JRバスで県境を越え、横川駅は既に群馬県です。
ここから高崎まではおよそ30㎞で、所要時間も30分少々の短い区間です。
本数は意外と多くなく、1時間に1本程度です。

分断された線路

北関東の高崎を起点とすると、信州への入り口である横川までのアプローチを成す区間といえます。
今でも高崎駅では横川止まりの路線を「信越線」と呼称しており、違和感を覚えずにはいられません。

この区間の車両は一昔前に首都圏でも見られた片側3つ扉の近郊型で、座席はロングシートなので信越本線の最後にしてはやや興ざめな感じがします。
ただ、トイレは設置されています。

関東平野へ

まず横川駅ですべきことは名物駅弁、「峠の釜めし」を買うことです。
新幹線開業前は特急「あさま」でも、機関車を連結するために横川駅でしばらく停車したので、その間に駅弁を買い求める人が沢山いたようです。
ここには駅そばもあって、良い駅だと感じます。

横川駅の名物駅弁、峠の釜めし。
その名の通り鶏肉・タケノコ・玉子など滋養に富む。

軽井沢では涼しく晴れた夏空だったのが、JRバスで群馬県に来るとどんよりと曇っていました。

横川駅を出てもしばらく深い谷を走っていきます。
川の向こうには日本昔ばなしに出てきそうな、山頂がギザギザに尖った山が見えています。

関東地方に入った横川からも険しい道が続く

松井田駅あたりから開けてきて、沿線には田畑が広がります。
安中あんなかの傍の山腹には、這いつくように工場群が立ち並ぶ異様な景色が見られます。
乗客は若い婦人も増えてきて、車内がどんどん都会の雰囲気になってきました。
ですが、仮に目の保養になったとしても、列車旅が終わりに近づくのは決して愉快なものではありません。

安中駅付近

群馬八幡駅を過ぎて烏川を渡ると高崎市の市街が広がります。

川を渡ってとみに住宅が増える

上越線を跨ぎ、新幹線に寄り添っていく高崎駅の手前は、鉄道のジャンクションらしい所です。
首都圏でもお馴染みの近郊型電車を見ると、もう帰ってきてしまったのだと実感させられます。

都会の空に煤煙を噴き上げながら高崎駅に到着するSLよこかわ号
高崎駅に到着

高崎駅からは信越本線・上越線のみならず、八高線や両毛線の列車も発着しています。

終点の高崎駅で駅弁を買ってこの旅行を終えましょう。
有名な駅弁はいくらかありますが、おすすめは老舗の「鳥めし」です。
私は関東地方に限ると高崎駅の鳥めしが一番旨いと思っています。
「鶏肉でもこんなに食べ応えがあるのか」と思わせる逸品です。

高崎駅の駅弁、鳥めし
高崎駅の駅弁、鳥めし
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自然が移り変わる山岳路線

信越本線は、運行会社としても物理的にも分断されていることからも分かる通り、区間ごとに独立した役割があります。
車窓も平野、山あり谷あり、海沿いもありといった具合に変化に富んでいますが、やはり印象的なのは日本の脊梁部ともいえる山岳線ならではの迫力ある景色でしょう。
さらに、この路線には季節それぞれの魅力があります。

拙い旅行記の締めとして、著名な鉄道作家である宮脇俊三氏による(と思われる)一節を引用したいと思います。

(前略)急峻な上り勾配に挑めば、前途いよいよ険しく、トンネルを貫いて線路は続く。
(中略)そしてサミットに達した歓喜の長緩汽笛一声は、乗務員の喜びの叫びであり、旅する人の郷愁でもある。
サミット通過の汽笛、そんなものは規則にはないが、列車旅をする人の心には、きっと聞こえるさわやかな笛である。
こんな山深い地方の路線は、防災、防雪設備に守られている。一面の銀世界や、防雪林の中を驀進する列車の姿は、美しく、また力強い。

日本鉄道名所5 勾配・曲線の旅(小学館)より、「サミットを行く」

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