「ワイドビューしなの」デビュー
中央西線の振り子式車両「しなの」
その国土から急曲線が多い我が国の在来線において、曲線通過速度を向上させることはスピードアップの大きな要因です。
国内で初めて曲線通過時の遠心力を緩和する振り子式を採用したのが、国鉄時代に開発された1973年に登場した381系でした。
381系は中央西線(名古屋~塩尻間)の電化に伴って名古屋~長野間の特急「しなの」に投入され、大幅なスピードアップを果たしたのでした。
中央西線は名古屋・松本・長野といった中部地方の主要都市を結ぶための亜幹線ですが、木曽路の山の中を延々と走るために急曲線が多く、所要時間短縮のためにはただ単に電車化するだけでなく、曲線通過速度の向上が不可欠だったのです。
制御付き振り子と自己操舵台車を装備
383系はそれから20年後の1996年、老朽化した381系の後継車両として本格的に中央西線に投入されました。
この車両を使った列車は「(ワイドビュー)しなの」と命名され、従来の車両と区別されます。(「ワイドビュー」の部分は列車名ではないため以下では「しなの」で進めます。)
前任者からは様々な面において進歩が見られます。
まず振り子機能については381系の遠心力に任せた自然振り子式ではなく、制御機能付きの振り子式になっています。
これによりそれまでの不快な振り遅れがなくなり、快適性が向上しました。
また自己操舵台車という、自動車でいうステアリング機能を持った台車も開発され、曲線通過時のレールへの負担軽減が図られています。
最高速度は130㎞で曲線通過速度も381系の本則+20㎞から、他のJR各社の振り子車両よりもやや高い+35㎞に向上しました。
JR東海にとって383系を活用できるのは在来線特急の収益が最も高い中央西線くらいですが、そこにとどめるのが勿体ないくらいの性能です。
特に名古屋~塩尻間は所要時間が2時間強だったのが、さらに平均10分程度短縮しました。
ただ、383系は内弁慶(あるいはJR他社が非協力的)なところがあり、中央西線以外ではその能力をフル活用していません。
かつて、名古屋から東海道本線を通って大阪まで直通する便もありました。
2015年3月の時刻表によると、「しなの9号」は大阪8時57分発、米原10時03分着05分発で、名古屋には10時58分着でした。
もともと線形の良い東海道本線を全力で走ったら、例えば大阪~岐阜間のような新幹線による恩恵を受けにくい区間では便利な列車だったはずですが、残念ながら大阪発着便は現在では廃止され、全て名古屋止まりとなっています。
383系の車内
普通車の車内と座席
キハ85系、371系と豪華さがウリの車両を造って来たJR東海ですが、383系は性能を重視しており、車内設備に関しては特に優秀といったわけではありません。
「ワイドビュー」を謳っているだけあって窓は縦にも横にも大きいのが特徴です。
普通車であってもフットレストが付いていて、座席の前後の間隔(シートピッチ)もそこそこ広いです。
グリーン車の車内と座席
グリーン車も普通車と同じで4列シートです。
床はカーペット敷きでフットレストも高級なものになっていますが、全体としてはそれほど普通車と変わらないかなといった印象です。
パノラマ型グリーン車のおすすめの座席は?
「しなの」のグリーン車は長野寄りの先頭車で、前面展望が楽しめるパノラマ型になっています。
1番席が先頭または最後尾の車両になりますが、A,B 席は目の前に運転台があります。
そのため1番のC,Dが前面展望が満喫できる座席です。
もっとも中央西線において景色が良いのは寝覚の床などが見えるA,B側なので、このあたりが痛しかゆしです。
それからグリーン車では、偶数番号の席の方が大型窓の後ろ側になるために眺めが良いです。
酔う・揺れるの評判について
383系「しなの」は「酔いやすい」とか「よく揺れた」という人がいます。
これについて検証したいと思います。
私が考えるにそのような評判の原因は3点あると思います。
原因1:そもそも振り子式車両だから
振り子式の車両は曲線通過時は遠心力を緩和してくれるのですが、直線を走っている時でも細かな振動があります。
それほど不快なものでもありませんが、高速で走っている時にはやはり目立ってしまうかもしれません。
これは383系の特性というよりも、このタイプの車両全体に当てはまることです。
むしろ381系はもちろん、九州などで走っている他の電車特急よりも揺れは穏やかに感じます。
原因2:中央西線の軌道条件が悪い
「しなの」は停車時間も含めた表定速度が90㎞を超える(一部区間では100㎞以上)俊足列車ですが、中央西線は単線や急曲線が多く、高速運転には不向きな路線です。
そのためポイント通過の際などに揺れることが多いです。
そして軌道強化も不十分な区間も多く、同じ速度で走っていても主要幹線と比べて乗り心地は悪くなります。
つまり「舗装状態の悪い道路を、車両性能に物を言わせて走っているのだ」と考えると分かりやすいかと思います。(決して危険という訳ではない。)
実際に名古屋発の列車だと、乗り心地が悪化するのは軌道が弱く、最高速度も120㎞に落ちる中津川を過ぎてからです。
また中津川以降であっても、複線トンネルで線路改良した田立~南木曽や薮原~奈良井などでは比較的安定しています。
原因3:きめ細かく加減速を繰り返す
下段は貨物列車、中段は普通列車、上段が383系の曲線通過速度を示している。
「しなの」は非常に勤勉で体育会系な走り方をします。
何が言いたいのかというと、カーブを通過してまた次のカーブまで少し距離がある時、そのままの速度で惰行運転する列車が多いですが、「しなの」はすぐに加速して次のカーブに差し掛かる頃にまた減速する、といったことを頻繁に繰り返します。
そのため前後方向のショックが多くなるのです。
結論:383系に大きな欠陥は無い
以上見てきたように、「しなの」の揺れの原因は車両固有の問題というより、線路の良し悪しであったり、そもそも振り子式車両共通の仕様によるところが大きいです。
また加速減速を繰り返す目一杯の運転をしているということは、逆に所要時間短縮(つまり商品価値の向上)のための歓迎されるべき努力といわなければなりません。
総評
1990年代の所謂「振り子ブーム」の時代にはJR各社で振り子式車両が製造されましたが、その中にあっても完成度の高い車両だと思います。
JR東海というと東海道新幹線ばかりが注目を集めますが、他の在来線の特急車両でもかなり質の高いものを造っています。(失礼ながら373系は除く。)
「コスパ重視の空気バネ式の奴らには負けてられん」と言わんばかりに疾走する383系は間違いなく名車です。
ただ、その能力をJR東海の中央西線だけでなく、東海道本線などの幹線においても発揮してくれたら、在来線特急の可能性をもっと引き出せるのではないかと感じずにはいられません。