「フレッシュひたち」でデビュー
常磐線485系を置き換えた「フレッシュひたち」
E653系は常磐線に残った国鉄型485系の置き換え用のため、1997年に登場した車両です。
それまでは速達型の651系による「スーパーひたち」と、停車駅の多い485系の「ひたち」が運転されていましたが、「ひたち」に代わって「フレッシュひたち」としてこのE653系が投入されます。
タキシードボディーの洗練された紳士651系とは対照的に、E653系は編成ごとに異なる鮮やかなカラーリングが特徴で、車内もよりポップな雰囲気でした。
もっとも列車名に「フレッシュ」が付いて新型車両になっても「スーパーひたち」が上位の列車であることには変わらず、明るく開放的なE653系は当初からビジネス指向の強い常磐線ではやや浮いた存在といえなくもありませんでした。
またE653系にはグリーン車が連結されていないのも「格下感」を印象付けました。
いわき以北の「ときわ」に配置予定も震災で白紙
主役の座を譲らない651系も登場から20年以上経った2010年、常磐線特急の運行体系変化と新型車両導入の計画が発表されます。
それによると、2012年に特急列車の運転をいわき駅で分割し、いわき以南は新型車両E657系による「ひたち」、いわき以北はE653系「ときわ」として運行されるはずでした。
E657系は651系と同様スマートで真面目な、隔世遺伝の影響が色濃い車両でしたが、E653系にとって彼らと運行分離されることで余計な気遣いも不要になり、自分らしさをアピールできるという期待もあったことでしょう。
しかし2011年3月に襲った東日本大震災の影響で常磐線の一部区間が不通となり、この計画は白紙撤回されます。
E657系の増備は遅れながらも実施され、2013年に先代の651系(代走や普通列車運用が残っていた)より一足早く常磐線から撤退しました。
「いなほ」運用で本領発揮
ロマンチックな夕日がイメージされている。
常磐線に辞表を叩きつけたE653系は、新しい活躍の場を新潟に見出します。
羽越本線特急「いなほ」は上越新幹線を介して沿線の観光需要もそれなりにある列車ですが、車両は未だに国鉄型の485系が使われていました。
そこで、余剰になった交直両用のE653系に白羽の矢が立ちました。
2010年8月
「いなほ」用に改造されたE653系は、外観には日本海に沈む夕日や稲穂をイメージした塗装が施され、沿線にぴったりの装いになりました。
さらにモノクラス制だったのが、秋田寄りの先頭車が1両まるごとグリーン車に改造されました。
この「いなほ」のグリーン車は在来線特急では最高との呼び声高いもので、座席の前後の間に仕切りまである豪華仕様です。(後述)
また北陸新幹線が金沢まで延伸した2015年には、信越本線系統の新井~直江津~新潟間に新設された特急「しらゆき」にも充てられました。
E653系の車内とサービス
以下では「いなほ」編成について説明していきます。
また「しらゆき」編成にはグリーン車はありません。
普通車の車内と座席
座席のモケットは張り替えられていますが、「フレッシュひたち」時代の面影を比較的よく残しています。
青と黄色の座席が並ぶ客室は明るい雰囲気で、観光輸送が多い羽越本線にはよくあっていると思います。
雰囲気は良いですが、よく言えば航空機のようにスタイリッシュ、悪く言えばやや窮屈さを感じる座席でもあります。
グリーン車の車内と座席
前の章でも述べた通り、「いなほ」のグリーン車は他の車両と比べても大幅にグレードの高いものです。
JR東日本の車両のグリーン車は4列座席が多いですが、こちらでは3列座席となっています。
前後にパーテーションがあるため落ち着いて過ごせる。
グリーン車に改造するにあたり、普通車時代でいう2列ごとに1列配置となったために、前後の座席との間隔(シートピッチ)が通常の2倍もあります。
しかしそれでは広すぎて落ち着かない、と思うなかれ。
座席の前後に木目調の仕切りがあるので、非常に快適な居住性となっています。
もちろんコンセントもあります。
4列座席の半室グリーン車となってもおかしくない定員ですが、ここまで豪華な仕様にしたのは英断といえるでしょう。
ただ欠点が無いのかというとそうではなく、普通車を改造したものの窓から上の内装は基本的にそのままになっています。
そのあたりが少々安っぽさを感じなくもありません。
グリーン車にはラウンジスペースがある
グリーン車の車両の端にはラウンジスペースがあります。
ここはもちろんグリーン車利用客専用のエリアです。
羽越本線は日本海の景観が非常に素晴らしい路線で、このスペースを使うことでより一層車窓を楽しむことができます。
また山側の座席を取った人にもありがたい設備でしょう。
車内販売は廃止
「いなほ」ではまだ車内販売が残っています。
しかし営業する区間は新潟~酒田のみで、販売されている商品もあまり多くありません。
ソフトドリンクやお酒、菓子などはありますが、ホットコーヒーの提供はありません。
(追記)
2021年3月を以て「いなほ」の車内販売は営業終了となりました。
「いなほ」のグリーン車は2人掛け座席のA席がおすすめ
「いなほ」のグリーン車の座席では2人掛けのA、B席が海側です。
ですからグリーン車3列シート信者以外は、一人であってもA席を取ることをおすすめします。
というか、相当な繫忙期でなければグリーン車で見ず知らずの他人が隣り合って座ることはめったにないと思います。
また上り(新潟行き)よりも、下り(酒田・秋田行き)の方が車窓を楽しむことができます。
これはなぜかというと、羽越本線の複線化にあって新設された線路は従来の線路に横付けする(腹付線増)スペースは無かったので、内陸部をトンネルで通している(別線線増)区間が所々あるからです。
上り線だけトンネル区間になるため、その分車窓が楽しめない。
ちなみに、私なんかはこうした複線化のやり方を見るのが好きなので、山側の車窓も気になるのですが、そういう時にはラウンジスペースに行けば済む話です。
主に「いなほ」と「しらゆき」で運用される
E653系のメインの運用は特急「いなほ」と「しらゆき」ですが、新潟地区では乗車整理券要の快速「らくらくトレイン村上」・「らくらくトレイン信越」や、その他臨時列車にも使われています。
また写真の夕日塗装の編成以外にも、「いなほ」用に瑠璃色やハマナス色の編成も少数ながらあります。
2018年からは常磐線に国鉄色を纏って臨時列車としても運転されています。
斬新な外観だったはずのE653系ですが、突然レトロな装いで、しかも故郷の常磐線に戻って来るとは、なかなか器用で芸達者なものです。
総評
常磐線で運用されていた時代は個性を抑制されているような感じもあったE653系ですが、新潟地区に転勤して「いなほ」に運用されたことでようやくその本領を発揮しました。
いわば、会社では眼鏡をかけて仕方なくオフィスカジュアルの服装だった人が、休日にプライベートで会うとカラーコンタクトにお洒落な服を着て見違えるほど魅力的に見えた、といった趣があります。
当初の運用から離れた後に転属先で不遇を託つ車両が多い中、E653系は珍しく第二の人生で輝き始めた存在といえるでしょう。
在来線特急車両の転用先が見つかりにくい時代に、一つのモデルケースとして注目に値すると思われます。