エンジン響くバリトン歌手「ひだ」、キハ85系とその時代【普通車・グリーン車の車内・座席など】

キハ85系 東海の車両
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キハ85系の概要

「ひだ」と「南紀」に投入される

キハ85系は高山本線と紀勢本線向けに、JR東海が1988年より製造したディーゼル特急車両です。
翌1989年に高山本線の特急「(ワイドビュー)ひだ」(ワイドビューの部分は列車名ではない)の一部列車に投入されました。

それまでのキハ80系(キハ82)は1960年代の設計で、走行性能も接客設備も2週くらい遅れていましたが、キハ85系の登場によって特急列車だけでなく路線そのものが大きくイメージアップされました。

青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸で展示されているキハ80系。
出力は弱く、座席も普通車ではリクライニングしなかった。

1992年には紀勢本線の非電化区間を走る「南紀」も、キハ80系からキハ85系に置き換えられました。

外観

キハ85系の車体側面
ステンレス車体にJR東海のオレンジのライン

ステンレス車体にJR東海のコーポレートカラーであるオレンジ色の帯が入っています。
先頭部は大型窓が備わった非貫通型と、分割併合が可能な貫通型があります。貫通型の車両でも前面展望は楽しむことができます。

キハ85系の貫通型先頭車(普通車)からの前面展望
貫通型先頭車(普通車)からの前面展望

デビューして30年経ってもそれほど見た目は古くはありませんが、ディーゼル特急といえばキハ82やキハ181系だった当時の人々にとっては、まさに次世代の車両に思われたことでしょう。

また、「ワイドビュー」を名乗るだけあって、側面の窓はとても大きいです。

キハ85系の貫通型の先頭車
貫通型の先頭車

振り子式ではないがハイパワー

国鉄時代の気動車は特急用車両でも出力不足でした。
前任者のキハ80系の初期のグループなどは、勾配区間では高校生の自転車にも抜かされたという有名なエピソードがあるくらいです。
ところがキハ85系はそれまでの鈍足な気動車という固定観念を打ち破り、電車に匹敵するほどの加減速性能を実現しました。
また、振り子式ではありませんが曲線通過速度はやや高く、カーブの手前にある速度制限標識を見る限り、一般車両(本則)より15㎞早く走っているようです。

紀勢本線の非電化区間の速度制限標識。
一般車両は70㎞だがキハ85系は一番上の85㎞で通過することができる
紀勢本線の非電化区間の速度制限標識。
一般車両は70㎞だがキハ85系は一番上の85㎞で通過することができる。

実際に、キハ85系投入前の1987年4月(国鉄民営化の月)の時刻表と見比べると、それまで高山本線の特急「ひだ」は名古屋~飛騨高山間で2時間45分~3時間かかっていたところを、平均して30分程度も所要時間が短縮されています。
「南紀」に関しても、特に軌道改良されていないはずの多気~新宮間で、所要時間が2時間半弱だったのが2時間少々にまでスピードアップしているのが際立っています。
曲線通過速度向上もありますが、パワーアップしたことで勾配での速度向上や各区間での加減速性能が増したことも大きいと思われます。

2022年7月より「ひだ」は後継車両HC85系へ

さすがのキハ85系とはいえ、デビューしてから既に30年経った車両故に、特にデッキ部分などは古さも目立つようになってきました。
そして、2022年7月1日より、いよいよ後継となる新型車両HC85系が高山本線の「ひだ」に投入されました。

後継車両のHC85系

キハ85系と比べておとなしめな印象が否めなかったHC85系ですが、またたくまに勢力を拡大し、2022年12月には冬の寒気の中、富山を発着する「ひだ」の運用にも就きます。
そして2023年3月のダイヤ改正を以て、「ひだ」の全定期列車が新型のHC85系で運転されることがJR東海から発表されました。

「南紀」もHC85系化。定期列車からは引退へ。

そろそろキハ85系乗り納めも考えなくてはならなくなった2023年の年明け元旦、JR東海の社長インタビューによって、2023年7月に「南紀」の全定期列車もHC85系化されるというニュースが飛び込んできました。
ここに、キハ85系は定期特急運用を失うことになり、臨時列車等細々とした雑務を除けばいよいよ引退することが明らかになりました。

後輩のHC85系のデビューから僅か1年。
骨太のバリトン歌手らしく、潔く舞台から降りるようです。

気動車の常識を覆すパワーで一世を風靡したキハ85系と、環境負荷を低減しながら前任者並みの高性能を実現させたHC85系。
新旧の特急気動車の設計思想の違いは、時代の変化をそのまま映し出しています。

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キハ85系の車内とサービス

普通車の車内と座席

キハ85系普通車の車内
普通車の車内

床はカーペット敷きで、座席の座り心地も写真からも分かる通りゆったりとした造りになっています。
観光路線で運用されているためか、普通車とはいえ大変快適な車両です。
通路より一段高い所に座席があり、座ると腰くらいの位置まで大型窓が広がっている、ワイドビューかつハイデッカーな車内です。
2010年代の車両と比べても見劣りしないどころか、むしろ優れています。

高山本線は狭い渓谷を縫って走る車窓と、高山・飛騨古川など沿線の武家屋敷から、外国人に「サムライルート」として知られているらしいのですが、東京や大阪から名古屋で「ひだ」に乗り換えた人は、世界に誇る新幹線の窮屈さと、ローカル線特急の快適さの落差に驚くことでしょう。

座席のモケットは3種類ありますが、赤色と青色のものが多く、車内の高級感を演出しています。

キハ85系の普通車の座席
普通車の座席

グレー座席の場合は床の色調と馴染んで落ち着いた雰囲気です。
後述するパノラマ型グリーン車の車内に似た感じがします。

キハ85系の普通車の座席
普通車の座席

4列の半室グリーン車の車内と座席

キハ85グリーン車(半室タイプ)の車内
グリーン車(半室タイプ)の車内
キハ85系グリーン車(半室タイプ)の座席
グリーン車(半室タイプ)の座席

キハ85系のグリーン車には2つのタイプがあります。
一つは中間車の半室タイプのグリーン車と、もう一つは先頭車のパノラマ型の全室タイプのグリーン車です。

よく全室タイプと比べて、半室タイプのグリーン車が4列シートだの、シートピッチが狭いだのと批評されますが、私が問題視したいのはそうした分かりやすい数字ではありません。
4列シートであっても幅はそれなりに広いですし、そもそもグリーン車で見知らぬ人が隣に座るケースはあまりありません。
またシートピッチが1250ミリから1160ミリになったところで不快に感じるほどの高身長の人が、いったいどれくらいいるのでしょうか?

私が問題視したいのはそのような数字の部分ではなく、客室の内装・雰囲気が普通車とほとんど変わらない点です。
JR九州の885系にも同じことが言えますが、普通車が十分過ぎるほど水準が高いのも事実とはいえ、もう少し差別化してほしいものです。

パノラマ型3列の全室グリーン車の車内と座席

さて、何だかんだいって同じ料金でグリーン車に乗るなら、3列シートで先頭車の展望も楽しめる全室タイプの方が魅力的なのは事実でしょう。

全室タイプのグリーン車は「ひだ」のうち富山発着の列車の、富山寄りの先頭車両です。
「ひだ」でも高山や飛騨古川止まりの便は半室グリーン車で、2往復はグリーン車自体がありません。

キハ85系パノラマ型全室グリーン車の車内
パノラマ型全室グリーン車の車内

他の車両では座席のデザインは派手めなものですが、こちらは清楚な印象です。
なお、1列のC席の方が高山本線では景色が綺麗です(特に高山以北)。

キハ85系パノラマ型全室グリーン車の座席
パノラマ型全室グリーン車の座席

車内販売はない

キハ85系の廃止された車販準備室と思われる区画と自動販売機
廃止された車販準備室と思われる区画と自動販売機

「南紀」「ひだ」に限らず、JR東海の在来線特急では車内販売は全て廃止されています。
キハ85系に自動販売機はありますが、いかんせん種類が少ないので事前に買い物は済ませておきましょう。

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総評

JR東海にとって記念すべき発足後初となる新型車両ですが、373系、383系といった後に登場した現役の「ワイドビュー」車両と比べても、車内の快適さや内装のグレードは優れています。
遠距離恋愛をテーマにした、かの有名なCM「クリスマス・エクスプレス」で企業イメージを高める頃の同社の勢いが感じられます。

バブル期と重なる1980年代後半から1990年代前半は、日本の鉄道にとって好景気だけでなく国鉄民営化の影響もあり、車内設備に関していえば2010年代の車両も凌駕する傑作車両が各地で誕生した時期でした。
キハ85系は、いかつくて野暮ったいディーゼル特急車両のイメージを一新した、歴史に残る名車であるといっても過言ではありません。

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