【稚内~旭川の乗車記】宗谷本線を特急「サロベツ」(ノースレインボー代走)利用で途中下車の旅

幹線
スポンサーリンク

宗谷本線は、旭川駅から日本最北端の稚内駅を結ぶ路線です。
一応「本線」の格付けはされて特急も走っていますが、特に名寄駅以北の輸送量が小さく、廃線の危機にも瀕している路線です。
新旭川駅で石北本線を分けた後は、接続する路線は全て廃止されており、厳しい状況が窺えます。

稚内駅から普通列車で音威子府駅で下車し、そこから特急「サロベツ」で旭川を目指しました。

スポンサーリンク

稚内~音威子府は見所が多い

日本最北の稚内駅

稚内駅で出発を待つキハ54形普通列車
稚内駅で出発を待つキハ54形普通列車

駅舎が新しくなった稚内駅は、1面1線のホームの小さな駅です。
特急の終点となる駅というとターミナルっぽさを期待してしまいがちですが、これが宗谷本線の現状ということなのでしょう。

しかし日本最北端としての旅情の演出は忘れずに行われています。
道内主要駅や東京駅、果ては指宿枕崎線の終点の枕崎駅からの距離が書かれた標識が並んでいます。

ここからキハ54系の普通列車に乗車します。

稚内駅のホーム
小さい駅ではあるが終着駅の雰囲気はある

宗谷本線の車窓ハイライトは南稚内~抜海

稚内駅を出ると、最果てのイメージとは裏腹に高架線を走り、港を見ながら市街地のある南稚内駅に着きます。

稚内駅付近の高架線から港を見下ろす
高架線から港を見下ろす
南稚内駅
稚内の一つ手前の南稚内駅。
周辺には飲食店やホテルが点在する

さて、ここから次の抜海駅までが宗谷本線のハイライト区間です。
列車は左右にカーブしながら進んでいきますが、やがて右側に日本海が現われ、天気が良ければ海に浮かぶ利尻富士を望むことができます。

宗谷本線南稚内駅~抜海駅間の車窓
日本海が広がる車窓
宗谷本線南稚内駅~抜海駅間の利尻富士
日本海に利尻富士が浮かぶ

ゆるく曲がった海岸線となだらかな起伏からなる風景は、根室本線(花咲線)の別当賀~落石間を思わせます。

今回は稚内からスタートしましたが、クライマックスを最後の方に持ってくるためにも、旭川から北上する方が気分としては盛り上がると思います。

抜海から先も緩やかなアップダウンで丘陵地帯を走ります。
その名の通り兜沼のすぐ近くにある兜沼駅から先は、レールと枕木は貧弱とはいえ直線区間が長く急カーブも少なく、本線としてのメンツを必死に保っているようです。

兜沼駅
兜沼駅
宗谷本線の直線区間
意外と直線区間も多い

この先しばらく幌延駅あたりまでは、特急の列車名の由来となったサロベツ原野を走っていきます。
時々遥か彼方から、相変わらず利尻富士がその威容を我々に見せています。

宗谷本線のサロベツ原野と利尻富士の車窓
サロベツ原野の遥か向こうでは、利尻富士がまだ列車と乗客を見守っている。

幌延駅はかつて羽幌線が分岐していた駅です。
羽幌線は日本海沿いに南下して留萌駅まで行く路線ですが、幌延駅からは北に向かって出発し、すぐに南下していました。

幌延駅の跨線橋から稚内方面を望む。
幌延駅の跨線橋から稚内方面を望む。
左上の途切れた線路が羽幌線跡。

幌延駅からは天塩川に沿って走るようになります。
特に雄信内おのっぷない問寒別といかんべつ間は天塩川と共に線路も屈曲し、宗谷本線には珍しくトンネルもあります。
列車は急カーブの連続する区間をゆっくりと進みながら音威子府駅を目指します。

天塩川に沿って走る宗谷本線音威子府付近
天塩川に沿って走る
スポンサーリンク

音威子府~名寄は天塩川に沿って走る

天北線が分岐していた音威子府駅

稚内から旭川までおよそ中間地点となる音威子府駅は、かつて天北線(音威子府~南稚内)が分岐していた駅でした。
古風で堂々とした駅の佇まいは、華やかなりし時代の面影をとどめています。

音威子府駅の歴史あるホーム
音威子府駅の歴史あるホーム

この駅は駅そばがとても有名で私も楽しみにしていたのですが、営業時間内であったにもかかわらず、売り切れで食べられませんでした。(駅に着いたのは平日の13時ごろ)

駅には天北線資料室があります。

音威子府駅の天北線資料館
天北線資料館

駅名標や駅事務室の再現の他、昭和30年代の音威子府駅構内の模型もあります。

ノースレインボーエクスプレス代走の「サロベツ」に乗車

さて、音威子府駅から旭川駅までは、特急「サロベツ」を利用します。
宗谷本線の特急は「宗谷」「サロベツ」共に、通常はキハ261系基本番台が使用されます。
従来の振り子式車両よりコスト重視型ではありますが、内装は進化している車両です。

しかし私が乗った日は、偶然ながらジョイフルトレインの「ノースレインボーエクスプレス」による代走でした。

「サロベツ」で代走するノースレインボーエクスプレス
「サロベツ」で代走するノースレインボーエクスプレス

2階建て車両付きで全車両ハイデッカー、そして高級感のあるラウンジもあり、バブル景気に登場した車両ならではの華やかさがあります。
3号車の2階席に乗車しましたが、他の車両と違って床が絨毯でシックな雰囲気でした。

ノースレインボーエクスプレスの2階席の客室
ノースレインボーエクスプレスの2階席の客室
ノースレインボーエクスプレスのラウンジ
2階建て車両の1階部分にはラウンジがある

川沿いの車窓が続く

音威子府駅を出て宗谷本線の旅も半分過ぎたことになりますが、依然として本数は少なく、相変わらず列車は天塩川に沿って南下していきます。
ところどころ谷が狭まり、線路も蛇行します。

日本一の赤字路線として知られた美幸線が分岐していた美深駅あたりからは視界が開けて畑が広がりますが、しばらくするとまた川沿いを走るようになります。

美深駅付近の車窓
美深駅付近の車窓

美深駅は稚内へ向かう途中に、列車の停車中に少しだけ見学しました。
特急停車駅らしく跨線橋があり、夜で入れなかったのですが、駅には美幸線資料館もありました。

美深駅の跨線橋
美深駅の跨線橋。
夜ならではの雰囲気がある。

やがてあたりは市街地になり、宗谷本線有数の規模を持つ名寄駅に到着します。

スポンサーリンク

高速化された名寄~旭川

名寄本線・深名線が分岐していた名寄駅

名寄駅の駅舎
名寄駅の駅舎

名寄駅も昔は名寄本線・深名線が分かれる、道北の鉄道の十字路でした。
駅構内はとても広く、跨線橋や駅近くの歩道橋から見渡した風景は、壮観でもあり悲愴的でもあります。
駅周辺にはホテルも結構あり、宗谷本線の途中駅の中では拠点にするのに適しています。

名寄駅の広い構内
広い構内が昔の繁栄を語る

名寄駅から旭川方向の線路沿いに10分くらい歩いたところに、蒸気機関車などから成る、排雪列車「キマロキ編成」が展示されています。
その勇壮な姿は列車からも容易に見ることができます。

名寄以南は高速化され本数も増える

名寄以南は単線ながら線路改良されており、最高速度も95㎞から120㎞(以前は130㎞)に上がります。
また時刻表で宗谷本線のページを見れば一目瞭然ですが、ここから運転本数が急増します。
快速「なよろ」も4往復設定されており、諦めムードが漂うこれまでから一転して、都市間輸送・地域輸送に健闘する地方幹線の姿になります。

ちなみに、JR北海道が「単独では維持不可能」としているのは、宗谷本線の名寄以北の区間です。
つまり、日本最北端の駅が名寄駅になる可能性もあるということです。
参照:http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2016/161118-3.pdf

塩狩峠を越えて旭川へ

名寄からはようやく天塩川とは別れます。
畑の中を進みますが、和寒駅からは宗谷本線随一の山越え区間、三浦綾子の小説で知られる塩狩峠にさしかかります。
それまでの平坦な線路が一変して、急曲線と急勾配がしばらく続きます。

宗谷本線の塩狩峠越え
山間部を走る
宗谷本線の塩狩駅
塩狩駅を通過

サミットにある塩狩駅を経て、蘭留駅あたりで峠越えが終わると水田地帯が広がり、やがて石狩川を渡ります。
このあたりまで来ると前方に大きな市街地が望まれ、終着の旭川も近いことが実感されます。

宗谷本線で石狩川を渡る
石狩川を渡ると旭川は近い

貨物駅である北旭川駅からはようやく複線区間になり、次の新旭川駅では石北本線が合流します。
線路も高架になり、今までずっと実質ローカル線だったのが都市近郊路線に変わります。

宗谷本線の複線区間の旭川四条駅
複線区間の旭川四条駅。
すっかり都市部に来た。

旭川駅は札幌に次ぐ北海道の重要な拠点となる駅で、函館本線・石北本線・宗谷本線そして富良野線の列車が発着します。

旭川駅で並ぶキハ183系、789系、ノースレインボーエクスプレス
道内各地へと向かう列車が発着する旭川駅
スポンサーリンク

ロシア・ヨーロッパへの国際回廊になる夢

前述した通り、宗谷本線の名寄駅以北は廃止の可能性があります。
しかしそんなローカル線でも、日本とロシアそしてヨーロッパへの国際回廊になる可能性を秘めた路線でもあります。

ロシア国鉄では本土とサハリンを結ぶ橋の建設が現実味を帯びており、さらにはサハリンと北海道をトンネルもしくは橋で結ぶ野心的な計画もあります。
領土問題を利用して政治家が度々火遊びをする、その割には内向きな日本ではありますが、このチャンスを活かすことはできないのでしょうか。

時刻表路線図に示された北方領土
2019年のJTB時刻表より。
このページは鉄道路線図のはずだが、右上の窓は何を意図しているのであろうか?

鉄道は長期的・大局的な視点で運営されるべきものです。
懸念や問題点も山積しているものの、この構想が実現すればJR北海道の苦境と日本の鉄道全体を覆う停滞感を打破することが期待できます。
そんな国際列車が走る夢がある路線が、安易に廃止されないことを祈っています。

タイトルとURLをコピーしました