駅そばで有名な音威子府駅と天北線資料館を訪問する

北海道の駅
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音威子府駅は宗谷本線の特急も停車する途中駅です。
旭川と稚内とちょうど中間あたりの距離にあり、かつてはこの駅から天北線も分岐していました。

今では沿線人口も列車本数も少ないですが、道北の鉄道の要衝だったころの面影が感じられるとても魅力的な駅です。

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音威子府駅を散策

駅の雰囲気が抜群

音威子府駅ホーム
歴史を感じるホーム
音威子府駅の跨線橋
古めかしい跨線橋

2面3線の駅で、古く立派な跨線橋があります。
駅舎は民営化後に改築された比較的新しいもので、山小屋風の建物で内装にも木が使われています。
駅舎はバス乗り場も兼ねており、ここから天北線の代替バスも出ています。(ルートは鉄道とは異なる)

音威子府駅の駅舎
駅舎は新しくなっている

静まり返った夜中(といっても21時前)に途中下車しましたが、心が研ぎ澄まされるような雰囲気でした。
旅館のような木の香りとそば屋から残り香が漂い、そして虫の声だけが聞こえてきます。

音威子府駅の待合室
静寂に包まれた待合室

駅のホームも歴史ある屋根と鉄骨がこの駅の風格を表しています。
昔はそば屋がホームにあったそうですが、乗り換え時間を利用してこの旅情あるホームで、時間を気にしながら人々は蕎麦をすすっていったのでしょう。

音威子府駅の夜のホーム
夜中に列車を待つ
音威子府駅の夜の風景
夜の駅の風景。
駅員も乗客も、そして地元の人もいない。

有名な駅そば

音威子府は駅そばがある駅としてもよく知られており、昔から旅行者の間で人気があったそうです。

ただし営業時間は短く10:30~14:00までで、水・木曜日が定休日です。
また、営業時間内であっても売り切れ次第終了となり、私が平日の13時過ぎに行った時にも既に閉店していました。
後述する天北線資料室の訪問者ノートにも「そばが食べられなくて残念だった」という書き込みが多数ありました。

店主がご高齢の方なので致し方ないですが、地元民からも旅行者からも愛される店の営業が、このように縮小していくのは残念な気持ちになります。
日本の地方の過疎化の象徴といえそうです。

音威子府名物のそばの写真
音威子府名物のそばの写真

天北線資料室

駅には天北線資料室が併設されています。
天北線は音威子府駅から浜頓別経由で南稚内駅までを結んだ路線で、1989年に廃止されました。

天北線資料室の入り口
天北線資料室入り口。
特急型気動車のイラストが見えるが、天北線にこの種の車両が走った実績はない。

資料室には駅名標や天北線を走った急行「天北」のマークが飾られており、駅事務室の再現のようなスペースもあります。
どれも懐かしさを感じさせる備品です。

音威子府駅の天北線資料室にある昔の駅事務室の再現
昔の駅事務室の再現
音威子府駅の天北線資料室の「天北」のヘッドマーク
天北線には1往復だけ急行「天北」が走っていた

音威子府駅や天北線の歴史の解説や、昔の白黒写真の展示も充実しています。
音威子府駅の重要性や、鉄道建設を巡るエピソードなどが分かります。

天北線資料室にある音威子府駅と天北線の歴史解説と写真
音威子府駅と天北線の歴史解説と写真

また、昭和30年代の華やかなりし時代の音威子府駅構内の模型が興味深いです。
現在残っている駅舎とホームが小さく見えるくらい広大な駅構内には、留置線や機関庫・転車台があったようです。

天北線資料室にある昭和30年代の音威子府駅構内の模型。
昭和30年代の音威子府駅構内の模型。
今よりもずっと広大な敷地を有していたことが分かる。
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音威子府から稚内への鉄路

音威子府から稚内へと向かう鉄道路線は、先に浜頓別経由の天北線が「宗谷線」として1922年に開通しています。
その僅か4年後の1926年に幌延経由の現在の宗谷本線部分が「天塩線」として開通し、1930年に旭川~幌延~稚内港(現在の稚内)を宗谷本線と改称し、現在の形になりました。

天北線と宗谷本線の路線図
天北線と宗谷本線の路線図

この経緯からも、当時日本領だったサハリンへの航路と結びついた稚内への路線が、日本の縦貫幹線として重要視されていたことが分かります。

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鉄道の街、音威子府

稚内へ向かう2つの路線の交差点であった音威子府駅は、天北線が廃止された今でも昔の繁栄の面影が感じられます。
この山奥に佇む堂々とした駅の姿は、中国地方にある芸備線と木次線が落ち合う備後落合駅を思わせます。

天北線資料室の模型で見られる転車台や機関庫の跡は、今や草むらに覆われて見ることができませんが、だからこそ我々にかつての姿を想像させてくれます。

音威子府駅構内
構内の多くの部分は自然に帰った

「北海道で一番小さな村」である音威子府村は、鉄道と共に栄えた村でもあります。
宗谷本線の名寄駅以北は、場合によっては廃止の可能性も否定できない状況ですが、観光列車では味わえない、地味な鉄道の魅力に満ちた音威子府駅には、これからも現役の駅でいて欲しいと思います。

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