【戦後鉄道の白銀時代】2001年10月の時刻表に見る在来線高速化の最盛期

時刻表深読み

1987年の国鉄分割民営化以来、JR各社は新型車両導入や線路改良によって、目覚ましいスピードアップを実現させました。
発足したばかりの新会社の勢いは好景気の波に乗り、技術革新の面では停滞していた感のある国鉄末期の鬱憤を晴らすような、現在では考えられない程の野心を時刻表にも見出すことができます。
本記事ではJR時刻表の2001年10月号より、在来線特急列車を中心に「JRの青春時代」を追っていきたいと思います。

当時の時代背景は

  • 90年代前半にバブル景気が崩壊し、「失われた10年」と言われていた平成不況の真っただ中。
  • この年の4月、「自民党をぶっ壊す」小泉純一郎が内閣総理大臣に就任する。
  • 直近のバス事業の規制緩和により登場した格安の「都市間ツアーバス」(現制度の新高速乗り合いバス)はまだ認知度が低かった。
    また航空業界では、3年前に低価格戦略を打ち出したスカイマークが新規参入。LCCの台頭は10年以上先。
  • 新幹線では九州新幹線(博多~鹿児島中央)・東北・北海道新幹線(盛岡~新函館北斗)・北陸新幹線(長野~金沢)が未開業
  • 国内人口は前年比で0.3%増加。継続的な人口減少時代は2008年から。

このように、当時の日本は浮ついたバブルが崩壊後の不況下にありながら、小泉・竹中路線の「構造改革」により本格的なメスが入れられるまでの、一種の過渡期であったといえます。

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在来線高速化の頂点

民営化後から1990年代を通じて活発だった高速化が一段落したのがこの頃です。
その後は所要時間が延びる傾向にあるため、日本の鉄道史において在来線(とりわけ特急列車)のダイヤ上での頂点を成していた時代と言い換えることができます。

高速化の先頭に立ったJR西日本

JR各社の中で一般的にスピードアップに最も熱心だったのはJR西日本で、「健全な危機感」のもとで所要時間短縮に邁進していました。
特に顕著だった「サンダーバード」「オーシャンアロー(現・くろしお)」と「スーパーやくも」、そして京阪神地区の新快速を、現在(2021年)と国鉄民営化時(1987年4月)のダイヤと比較してみます。
なお、以下の表ではいずれの区間も最速列車の所要時間を記し、列車名は2001年に合わせています。

列車と区間1987年の所要時間2001年 2021年
【北陸本線】サンダーバード(大阪~金沢)2時間51分2時間29分2時間31分
【伯備線】スーパーやくも(岡山~出雲市)2時間58分2時間42分2時間57分
【紀勢本線】オーシャンアロー(新大阪~新宮)3時間54分(※1)3時間35分4時間13分
新快速(京都~姫路)1時間40分1時間25分1時間32分
※1 天王寺止まりのため、新大阪~天王寺の17分を加えた時間

高速特急の代名詞「サンダーバード」は大幅に改良された北陸本線を走るため、表定速度(停車時間も含めた平均速度)が100㎞を超えており、北陸新幹線開業で金沢止まりになるも依然として俊足を誇っています。

「サンダーバード」用に登場した681系。
160㎞運転も視野に入れていたが、後に「はくたか」運用で実現した。

しかし、伯備線・紀勢本線といった一部単線でカーブが多い路線では、2001年と比べて現在は所要時間が延びています。
特に「オーシャンアロー」の本家である「くろしお」は、カーブでも高速で走れる振り子式車両の代替に非振り子式車両が投入されるという、明らかな後退現象が見られます。

京阪神地区の新快速は並走する私鉄各社に対抗するべく、JR西日本がとりわけ力を入れていた列車で、スピード運転の象徴的存在となっていました。
京都~姫路130㎞のうち、途中駅に10個も停車しながら表定速度が一時期90㎞を超えていたのは驚きです。
東京から関西に来て、新快速の速さに驚いた人も多いのではないでしょうか。

各列車が全体的にスピードダウンしているのは、2005年に発生した福知山線脱線事故の背景にある、同社の「ダイヤ至上主義」が批判され、方針転換を余儀なくされたのがきっかけです。

生き残りをかけて健闘した「三島」会社

経営基盤が比較的弱い北海道・四国・九州のいわゆる「三島」会社は、域内の高速バス(一部は航空機)との競合で、それぞれの中枢都市(札幌・高松または岡山・博多)を中心とした特急網を充実させます。
彼らが次々と世に送った革新的な新型車両は、性能の高さのみならず、その魅力的な外見によって1990年代の鉄道史を鮮やかに彩ることになりました。

シックな外観に車内設備も充実したJR九州787系

まずは四国と九州の特急について見ていきます。

列車と区間1987年 2001年 2021年
【予讃線】いしづち(高松~松山)2時間34分2時間17分(※2)2時間17分
【土讃線】しまんと(高松~高知)2時間32分2時間2分2時間6分
【日豊本線】ソニック(博多~大分)2時間42分1時間59分2時間3分
【長崎本線】かもめ(博多~長崎)2時間7分1時間47分1時間48分
※2 岡山発着便と分割併合するための停車時間を除いた数字

どの区間も民営化後に大幅にスピードアップし、現在でもほとんど2001年の水準を維持していることが分かります。
2000年代以降のJR九州は都市間特急列車の高速化から、観光列車の充実へと舵を切ります。
クルーズトレインを筆頭に、その後2010年代前半より全国的に顕著となった乗車体験訴求型の流れをつくったといえます。
JR四国も、その経営環境の厳しさがよく指摘される割には、紀勢本線のように開き直ることなく大健闘していると思います。

次に北海道の特急です。

列車と区間 1987年 2001年 2021年
【石勝線・根室本線】スーパーおおぞら(札幌~釧路)4時間25分3時間34分3時間59分
【千歳線・室蘭本線】スーパー北斗(札幌~函館)3時間47分3時間3時間29分
【函館本線】スーパーホワイトアロー(札幌~旭川)1時間29分1時間20分1時間25分

一時期「スーパー北斗」は2時間59分という、スーパーの広告商品のようなダイヤで走っていましたが、その後は停車駅も増えて3時間になりました。
環境に恵まれた電車特急「サンダーバード」に並ぶ、日本有数の高速特急でした。
「スーパーおおぞら」もほとんど単線で軌道も軟弱という悪条件にもかかわらず、史上最高性能の気動車キハ283系により、国鉄時代では考えられないスピードアップを実現しました。

JR北海道のキハ281系。
文字通り道内の高速化時代を開拓した存在。

いずれにせよ民営化後に高速化を果たしますが、その後は株式相場でいう「半値戻し」のように所要時間が延びています。
JR北海道では2010年代に事故やトラブルが相次ぎ、限られた資源を安全対策に割いたため、最高速度も120㎞、曲線通過速度も抑え気味になってしまったのです。
その中で線形が非常に良い函館本線の電車特急は、車両性能低下の影響が小さくとどまっています。

優先順位が異なるJR東海とJR東日本

これまで紹介してきた4社と比べて、JR東日本とJR東海の立場は特殊です。

列車と区間1987年2001年2021年
【中央西線】ワイドビューしなの(名古屋~長野)3時間9分2時間43分2時間53分
【高山本線】ワイドビューひだ(名古屋~富山)4時間35分(※3)3時間35分3時間47分
【中央東線】スーパーあずさ(新宿~松本)2時間44分2時間25分2時間23分
【常磐線】スーパーひたち(上野~いわき)2時間28分2時間7分2時間7分
(※3) 最速ひだ(名古屋~高山)と北アルプス(高山~富山)を合算

まず、JR東日本は首都圏の通勤電車の輸送確保が第一命題で、同じ都市圏でも並走する私鉄との競争を強く意識する京阪神とは事情が異なります。
今ではスタンダードになった幅広車体の通勤電車が登場したのもこの頃です。
特急の高速化で特筆されるのは、中央本線の「スーパーあずさ」と常磐線「スーパーひたち」で、いずれも高速バスとの競争が激しく、かつ新幹線と競合しない路線です。

そしてJR東海は東海道新幹線という超優良資産を継承したことで、そちらに資源を重点的に投資するのは当然です。
とはいえ数少ない特急の中で、中央本線「ワイドビューしなの」の振り子式383系や、高山本線「ワイドビューひだ」のキハ85系といった、歴史に残る傑作車両を登場させている点も見逃すことができません。

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昼行特急の影で晩節を汚された寝台特急

前章では在来線特急を中心に解説しましたが、この時代はまだ九州や北海道行きの寝台特急が運転されていました。
北海道行きの「北斗星」「トワイライトエクスプレス」「カシオペア」は、利用客数云々よりも鉄道会社間の大人の都合によって廃止された面もありますが、魅力的な豪華編成というコンセプトは現在でも受け入れられるだけに惜しまれます。

一方で九州行きのブルートレインは、特急電車の高速化が進む中で九州内では完全にお荷物になってしまった感がありました。
特に酷いのが東京~長崎の寝台特急「さくら」で、九州では電車特急に4回も抜かれるという有様です。

主な駅1987年2001年2001年ダイヤの備考
東京16401803
沼津18151953夕方の通勤時間帯のため、思うように走れない
小倉709859
博多806955
鳥栖8341019着/1037発かもめ9号(博多発1002、以下同)、つばめ7号(1005)を先に通す
肥前山口9131108/1118かもめ11号(1022)を先に通す
長崎10401305通過する途中駅で、かもめ13号(1102)を待避している
寝台特急「さくら」の時刻表
基本的に発車時刻を記した

このように、「かもめ」とは正反対に「さくら」は国鉄民営化当時よりも1時間所要時間が長くなっていることが分かります。
同じ特急でありながら、博多を1時間以上(割合にして50%以上!)後に発った電車特急に、それも通過するはずの駅にわざわざ運転停車して抜かれるという屈辱的なダイヤになっています。
高速道路を馬車が走っているのと大して変わりません。

元祖ブルートレイン20系。
機関車に牽引される客車はスピードが遅く、接客設備でも70年代以降は時代から取り残されていった。

こんなことになってしまうのは、自社の電車特急を高速で、それもなるべくパターンダイヤで運転するために、足の遅い寝台特急がダイヤ作成のうえで後回しになっているからです。
また、東京1803発はまあ良いとして、小倉・博多到着があと1時間早ければまだ利用価値は高くなりそうです。
しかし、稠密ダイヤの北九州地区では通勤電車を優先するため、便利な時間帯に沿線人口の多い区間に入ることができません。
これは夕刻・夜間の東京口でも同じことが言えます。

分割民営化によりJR各社は各々の地域事情に合った経営が可能になりました。
その反面、それは国土全体を見渡した視点を失わせ、日本の鉄道に「部分最適」を蔓延はびこらせたのは現状を見れば明らかです。
4社に跨る東京~九州のブルートレインは、鉄道会社のセクショナリズムが産んだ最大の被害者だったのです。

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現状維持への不安

2001年と比べて現在(2021年)の在来線は良く言えば成熟、悪く言えば停滞しています。
前に触れたように高速化を牽引してきたJR西日本・北海道の不祥事も一因ですが、「ツアーバス」や割安な新規航空会社の参入など、競合する交通機関で価格破壊が起こったことも環境を悪化させました。
さらには人口減少社会に突入したことも、1990年代に見られた積極性を削ぐ要因となりました。
もっとも、経済の規制緩和にせよ人口動態にせよ、これらは構造的な流れであって、いわば長期的な下落トレンドの中で短期的な反発が上がりきったあたりが、今回紹介した2001年だったという評価もできると思います。

ともかくそれ以降はコストパフォーマンスを重視した車両が主役になるなど、需要の先細りに対して受け身に対応する姿勢が強まります。
そして、その縮小均衡の先にある姿は、予想されたよりもずっと早く、2020年の新型コロナウイルスという思いもよらない形で、突如として具現化することになるのです。

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