「日本の風土は多様だ」とよく言われる。
実際にそれは確かなのだが、細長い日本列島をただ「縦走」しただけではその多様性を感じることはできない。
というのも、たいてい気候・風土の変わり目は山地を越える、つまり国土を「横断」する場面だからである。
その点、高知~岡山~島根に至る南北400㎞のルートは、東京から長崎までの東西1,400㎞よりも遥かに日本の広さを見せつけてくれる。
2025年11月下旬、陽気に包まれた南国土佐から日本海側の出雲へ、特急「南風」(高知~岡山)と「やくも」(岡山~出雲市)を乗り継いで、日本列島を横断した。

特急「南風」で高知から岡山へ
前日は普通列車に乗ってきた土讃線を、今日は特急「南風」で走破する。
普通列車の時とは違った視点で、また土讃線に乗ることとなる。
高知平野は南国の日差し
ニュースではこの日は全国的に寒くなると言っている。
しかし黒潮に面した南国土佐は朝でも日差しポカポカで、薄手の上着でも羽織ろうものなら暑いくらいだ。

市内散歩を終えて、高知駅を11時13分に出発する特急「南風12号」に乗車する。
非電化・単線・急カーブ・急勾配といった過酷な条件の土讃線を走る「南風」には、振り子式(カーブでも高速で走れる仕組み)でエンジンも強力な2700系という高性能車両が使われている。
2700系は「南風」以外にも「あしずり」(高知~宿毛)・「うずしお」(高松~徳島)など各地で運用されており、非電化区間の多い四国にあってはまさに看板車両である。

高知駅を出発してしばらくは高知平野を走る。
左手に見える山並みは青々としていて、すぐ近くに迫る冬の気配など微塵も感じさせない。
後免駅では行き違い列車遅れのため5分遅れた。
高知県にしては珍しく列車本数がそこそこ多い区間だが、あいにく単線なので私はいつもここで遅延に出くわす。

四国山地は秋の気配
土佐山田駅を過ぎると、「南風」はいよいよ四国山地越えに取りかかる。
エンジンは唸り、車体を傾けながら、急カーブに急勾配の線路を85km/hの速度で突き進んでいく。
高性能な2700系の面目躍如だ。
だんだんと木々が色づいてきた。
サミットにある繁藤駅を通過すると、ふっとエンジン音が静かになった。
これもディーゼル特急ならではの山越えの臨場感である。
それまでの絵具をこぼしたような青空は消え、急に曇ってきた。
ちなみにサミットを越えても県境はまだ先で、依然として高知県を走っている。


大歩危駅は徳島県に入ってすぐの停車駅だ。
ここからしばらくが大歩危小歩危を左右に見る土讃線きっての景勝区間だが、この時は紅葉も見事だった。
高知駅を出発してたったの1時間で、たちまち秋が深まったようだ。


「表四国」の瀬戸内海側へ
吉野川沿いの平坦な段丘にある阿波池田駅を経て、もう一度山越えをすると香川県に入る。
讃岐平野に独特の円錐型の山が点在する。
そして瀬戸内気候になっただけあって、再び青空が輝きだした。

琴平駅・善通寺駅・多度津駅と、特急「南風」は快速電車のようにきめ細かく停車していく。
四国山地の道中での飛ばしっぷりとは対照的だ。
それでも各停車駅で乗って来る人が多く、比較的閑散としていた車内もだいぶ席が埋まってきた。
全国で面積が最も狭い香川県とはいえ、ここは四国の心臓部なのである。
かつての「表日本」「裏日本」という表現を借りれば、瀬戸内海側が「表四国」、黒潮側は「裏四国」となる。
これを「差別的表現だ」と憤る読者もいようが、私に言わせれば厳然たる地域格差を見て見ぬふりをする方が不誠実である。
丸亀駅付近では造船所の巨大なクレーンが見える。
余談ながら、かつて私が予言したように、長らく斜陽産業とされてきた造船業は経済安全保障の観点から、ここ最近俄かに注目を浴びるようになった。
関連銘柄の株を仕込んでおかなかったのが悔やまれる。
旧態依然の代表格だった瀬戸内の重工業(造船・防衛など)が見直されているのは喜ぶべきことか、それとも懸念すべきことか?

瀬戸大橋を渡り、本州では冷遇される
さて、右手前方には瀬戸大橋がついに姿を現した。
島々をつたって本州へと延びてゆく吊り橋を眺めるのは、遠くからの方が良い。
橋の袂で四国を出る乗客を見送ってくれるのは、大規模な臨海工業地帯だ。
思えば、高知平野には工場のようなものは見当たらなかった。


高知を隔絶させている四国山地に比べれば、瀬戸大橋を走るのは楽なものだ。
本州側に渡り、児島駅がJR四国とJR西日本の境界となる。

これから意気揚々と政令指定都市岡山へ乗り込みたいところだが、意外にも列車はあまり速くない。
児島駅からはJR西日本の区間で、同社にとっては瀬戸大橋線の重要性はJR四国ほど高くない。
しかも四国から来た列車はいわば「よそ者」である。
そんな縄張り意識のおかげで、我らが特急「南風」は平坦な干拓地を、急峻な四国山地と変わらないスピードで走らざるを得ない。
張り合いのないエンジン音が2700系の無念を表現しているようだ。
僭越ながら山陽本線を跨いで、続いて山陽新幹線の下を失礼して、岡山駅には定時の13時40分に到着した。

岡山は高知よりも寒かった。
丸めてカバンに収納していた上着を羽織る。
特急「やくも15号」で岡山から出雲市へ
岡山駅では14時13分発の「やくも15号」に乗り換え。
特急「やくも」の車両は昨年デビューしたばかりの273系という振り子式電車だ。
乗車率は半分弱といったところか。
なお「やくも」は全席指定制になっている。
晴れの国岡山は曇りだった
倉敷駅から陰陽連絡線の伯備線に入り、高梁川を遡るように北上していく。
ちなみに倉敷市は全国でも豊田市(愛知県)に次いで製造品出荷額の大きい都市で、美観地区だけでなく瀬戸内工業地帯も象徴している街である。
伯備線の倉敷側は複線化されており、土讃線と比べるとだいぶ条件は良い。
瀬戸内気候に属する岡山県は降水量が少なく日照時間が長いので、「晴れの国」とPRしている。
だがどういうわけか、私が訪れる日はたいてい曇っている。
この日もそうだった。

左手前方の屈曲する川の先に、備中高梁駅のある高梁市街が山腹まで広がっている。
一度降りてみたいとずっと思っている駅だが、なかなかその機会がない。
いずれにせよ伯備線の最初の車窓ハイライトだろう。

徐々に中国山地を攻略
備中高梁駅から先は単線になる。
四国山地と違って中国山地はなだらかなので、いつの間にか山越えが始まっている感覚だ。
高梁川の蛇行は激しくなり、切り立った崖や滝が目につく。
この辺りも紅葉は見頃を迎えていた。

中国山地を東西に縫う姫新線・芸備線と交わる新見駅は、鉄道交通の要衝で伯備線のほぼ中間地点となっている。
ただ本州横断はここからが本番である。
急勾配を進んで分水嶺を越えるのはこの先なのだ。
緯度も標高も高くなるにつれて、色鮮やかだった紅葉は生気を失い、冷たい風に吹き飛ばされるのを待っているような姿になり果てていった。

新見駅から急勾配・急カーブを攻略すること約20分、サミットのトンネルに入ったところで下り勾配に転じる。
重力と強いブレーキを体で感じる。
このサミットが伯備線の最高地点(標高474m)で、岡山と鳥取の県境でもある。
中国山地よりもずっと険しい四国山地を越える土讃線の最高地点が、繁藤駅の347mだから意外に感じる。
山陰に出ると景色が一変する
ともあれ日本海側に出た。
一般的な気候のイメージとは対照的に青空が蘇る。
植生にしても、冬眠準備を始めた落葉広葉樹から常緑針葉樹が主体になったため、車窓全体としても生き生きとしてきた。

ギザギザした肌の山を眺めながら川の流れとともに下って根雨駅に停車。
峠越えも終盤で、だいぶ川幅も広くなってきた。
やがて遥か前方、今越えようとしている中国山地の隙間から、なんと雪山が姿を現した。
山頂を夕日で輝かせて実に神々しい大山だ。
温暖な高知平野から2つの山地と一つの海を越えて、とうとうを雪景色を見るのだから感慨もひとしおである。
車窓に関心のなかった周りの乗客たちも、ここぞとばかりにスマホで写真を撮っていた。

ようやく米子平野に降りて列車のスピードが上がる頃、右手には「伯耆富士」に相応しく堂々とそびえ立つ大山がよく見える。
伯備線には何度も乗ったことがあるが、これほど山頂から裾野まで露出度の高い大山は初めてだ。
水田地帯を北上して、伯耆大山駅(通過)で山陰本線と合流。
これで事実上の国土横断は終わった。

山陰地方で最も賑やかな区間を行く
大きな製紙工場を見ながら日野川を渡り米子駅に到着。
ここで半数近くの客が下車した。
鳥取と島根の県境を越えて、隣の安来駅にも停車。
駅前には金属工場が鎮座している。
山陽と山陰の産業集積の格差は歴然としているが、それでも四国の太平洋側(高知)よりは山陰の方がずっと工業化が進んでいることが分かる。
特に「やくも」の通る米子駅から出雲市駅にかけての区間は電化されているだけでなく、山陰本線にしては珍しく一部複線化まで行われており、山陰地方の心臓部となっている。


右手に広がる中海を見た後、松江駅に到着。
ここで残っていた客のほとんどが降りてしまった。
松江市は山陰地方最大の都市だが、最近では人口は20万人を下回った。
この調子ではいつ鳥取県と島根県が合併させられるだろうかと、参院選(両県が合区で一つの選挙区になった)のたびに地元の人は心配しているかもしれない。
ちなみに四国太平洋側の高知・徳島も同様である。
松江駅を出て、宍道湖の東端に沿って大きくカーブし、対岸の市街地に松江城の天守閣がチラッと見える。
このドラマチックな展開を目にすれば、そうは言っても流石は山陰の首都だなと思わずにはいられない。
今度右手に寄り添うのは宍道湖。
宍道駅まで断続的に湖のほとりを走る。
もう外は暗くなっていた。
微かに光を残している夕日を目指して、「やくも」は出雲平野を駆け抜けた。

17時23分、終点の出雲市駅に到着。
高知駅から400㎞の国土横断だった。
駅の外に出てみると寒さが身に応えた。
ここ日本海側では皆が厚手のコートを着ているのに、黒潮に面する高知から来た私は薄手の上着姿でいかにも季節外れだ。
初秋から冬までの季節の移り変わりを、たった6時間余りで早送り再生してきたのだから仕方がない。


エピローグ:「サンライズ出雲」で東京へ帰る
さて、東京までの帰路は今晩18時57分発の寝台特急「サンライズ出雲」を利用する。
「サンライズ」に乗るなら、東京行き「サンライズ出雲」が一番楽しい。
東海道・山陽本線と違って伯備線のような軌道条件の悪い夜道をひたすら走るのは、まさに「夜汽車の旅」らしい風情が味わえるからだ。
というのは、重たいロングレールではないから、「ガタンガタン」という走行音を一晩中聞いていられるのである。

今回乗るのは最も一般的な「シングル」という個室寝台車。
数日前に予約したので、一番豪華で人気が高い「シングルデラックス」は当然売り切れだった。
南から北への国土横断の帰り路、長い夜を共にするのは出雲市駅で購入した奥出雲葡萄園の赤ワイン、そしてつまみは高知のカツオと島根のノドグロだ。


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