四国を南北に横断する土讃線は、特急「南風」(岡山~高知)が1時間毎に走る幹線としての使命を果たしている。
高性能な特急車両のおかげで気づきにくいが、瀬戸内海側と太平洋側を隔てる四国山地に挑むこの鉄路には、吉野川の渓谷美を筆頭に「名所」が至る所に存在している。
そんな土讃線とじっくり向き合うには普通列車に乗らなければならない。

国土地理院の地図を加工して利用
2025年11月中旬、土讃線の非電化区間である琴平駅から高知駅まで普通列車に乗車した。
かつて災害の多さから呼ばれていた「土惨線」ならではの、まさに泥臭い普通列車旅を堪能してみよう。
普通列車の本数は少ない
土讃線で高知を目指すのは、実はとても難しい。
何といっても普通列車の本数が少なすぎるのだ。
琴平から高知まで乗り通せるチャンス(ダイヤグラムでのスジ)は、1日のうちたったの2回(逆方向も同様)のみである。
途中の阿波池田駅で乗り換えが必要になるが、数少ない区間列車同士の接続も考慮されているとは言い難い。

下り始発列車(12時34分)の1時間20分後に上り最終列車(13時53分)が来る
所要時間も長い。
特急列車が1時間少々で走破してしまう琴平~高知を、普通列車は3時間半~4時間程度(乗り換え時間を除く)も要する。
これほどまでに差がついてしまう理由は、列車のスピードはもちろんのこと、前線が単線のために途中駅で通過列車や対向列車を待つ時間が長いためだ。
なかには20分停車というケースもある。
土讃線の普通列車旅というのは、かように贅沢な遊びなのである。
車両はクロスシートとロングシートの混合でトイレあり
土讃線の普通列車の車内は変わったレイアウトになっていて、車両中央部を対象点としてロングシートとクロスシートが左右交互に配置されている。

JR四国の普通列車には、長距離運転にもかかわらずトイレ無しの列車が存在する。
ただ土讃線に関しては幸いトイレ付き車両が運用されている。
仮にトイレ無し車両が来てしまった場合でも、途中駅の停車時間が長いのでその間に済ませてしまおう。
車窓は右側のほうがおすすめ
琴平から高知へ向かう場合、総合的には進行方向右側の車窓の方が良い。
吉野川の渓谷美だけでなく、山越え区間のダイナミックな景色をより楽しむことができるためだ。
ただし、大歩危小歩危の車窓ハイライトポイントは左側にあるので、どちらか一方が「ハズレ」というわけでは決してない。
そもそも土讃線の普通列車は空いていて座席の移動がしやすいので、あまり乗る際に左右を気にしなくても良いかもしれない。
次の乗車記の章でも解説する通り、土讃線にはスイッチバックなど多様な見所がある。
左右のみならず前後の車窓も含めて、ゆったりとした空気の流れる車内から楽しもうではないか。
乗車記:琴平→高知
乗車記に先立ち、琴平~高知の全体見取り図を示しておこう。
- 第1部(琴平~阿波池田):山越え第1ラウンド。坪尻駅のスイッチバックと吉野川の河岸段丘が見所。
- 第2部(阿波池田~大歩危):山越え第2ラウンド前半。大歩危小歩危を左右に眺める土讃線屈指の絶景ハイライト区間。
- 第3部(大歩危~土佐山田):山越え第2ラウンド後半。山あいの集落を訪ね歩く。最後に急勾配を下ってゆく。途中の新改駅には2回目のスイッチバックがある。
- 第4部(土佐山田~高知):四国山地越えを終えた乗客を迎えてくれるのは、高知平野の明るい南国の日差し。
分かりやすい「絶景ポイント」や「フォトスポット」は第1部と第2部に集中している。
しかし、私はそのような「点」だけ押さえて読者に満足して欲しくない。
山を切り開いてつくった小さな村の駅に降り立ったり、長旅の果てに高知平野が現れた時の喜びを味わうことこそ、地道な普通列車の醍醐味なのだ。
【第1部】(琴平~阿波池田):坪尻駅のスイッチバックと吉野川の河岸段丘


特急「剣山」で阿波池田駅に到着後、琴平駅まで特急「南風」に乗った。
高知駅を朝発車する便のためか、自由席は立ち客がいるほど混んでいた。
琴平駅では1時間あるので駅近くのうどん屋へ。
香川県だからうどんなのではなく、純粋に寒くて温まりたかったのだ。
琴平駅12時03分発の普通列車は1両編成だったが、それでも車内は空いていた。

列車は讃岐平野の南端を走っていゆく。
まだ山越えのための助走区間である。
この地域に独特の、まるで作り物のような円錐型の山が遠くに見える。

だがすぐに平野は尽きて、土讃線の旅もこれからが本当の始まりだ。
ここでのハイライトは何といっても、徳島県に入って最初の坪尻駅でのスイッチバックである。
いつの間にか雨が降っている。
引き込み線からは紅葉と滝が見事な渓流がすぐ傍に見えた。


坪尻駅では岡山行き特急列車の待ち合わせのため3分ほど停車した。
この駅を発着する列車は上下3本ずつだが、周りには人が住んでいる気配はない。
静まり返った山峡の駅に「タタンタタン」という音が線路から伝わってきて、そして特急列車がエンジン音を唸りあげながら通り過ぎてトンネルに消えていった。

1日で何回もお目にかかれない貴重なシーンを見届けて、乗客たちは車内に戻っていく。
これを見るためにわざわざ車で駅まで来ている夫婦もいた。
第1ハイライトを終えて、車内でホッとしたいところだが、すかさず第2ハイライトが現れる。
山間部を抜けた列車は吉野川の河岸段丘に出る。
右手に吉野川を見下ろしながら、川沿いの平野へ降りていくのである。
やがて線路は180度旋回して進路を東から西へ変更するが、その途中で吉野川を渡る。


そして徳島線と合流する佃駅を過ぎ、12時48分に終点の阿波池田駅に至る。
実にダイナミックな第1部の締めくくりである。
四国の真ん中、阿波池田駅
阿波池田駅は私が四国で一番好きな駅だ。
山あいの狭い平野に佇む駅は市街地の規模に反して驚くほど広く、ホームの向こうにも留置線や職員用宿舎がある。
南北を土讃線が貫き、そして東方向へは徳島方面への徳島線がこの駅から出ている鉄道交通の要衝なのだ。


地図上でもこの駅はちょうど四国の真ん中あたりにある。
ここ三好市ではなく、高速道路のジャンクションがある愛媛県の自治体が「四国中央市」を名乗っているのは、鉄道ファンとしては何とも悔しい気がする。
それはともかく、跨線橋の上から周りの山へと延びていく線路を見るだけで、これからの道中が楽しみになってくる。


高知行き列車まで1時間程ある。
改札近くに売店はあるが、残念ながら駅そばや駅弁は無い。
駅周辺には飲食店が結構あるので食事には困らないだろう。
宿泊施設を兼ねた洒落たレストランで鹿肉を食べた。
この辺りでは随分とジビエを推しているようだ。
幸いクマはほとんど出ないらしい。
店内で追加の地ビールを調達して高知までの長旅に備えよう。
【第2部】(琴平~大歩危):土讃線屈指の絶景が左右に
高知行きの列車は先ほどの阿波池田行きと同じ車両だった。
13時49分に阿波池田駅発。
次の三縄駅を過ぎてから渡る吉野川には、もはや今までのようなゆったりした落ち着きは感じられない。

いよいよ第2部のハイライト区間、大歩危小歩危である。
土讃線の数ある見所の中でも真打ち登場といってよい。
まず小歩危駅の手前で小歩危の渓谷が左手に見える。
川が蛇行しながら山を裂いた様子がよく分かる、非常に迫力のある景観だ。
特急列車で車内アナウンスが流れるのもこの辺りである。

続いて大歩危駅までの区間では、右手に大歩危峡が流れる。
相変わらず自然の恐ろしい力を見せつける隘路だ。
崖の上には観光施設が並んでいて、辛うじて設けた岸辺には遊覧船が停まっている。

迫力ある眼下の渓谷に目を奪われてしまうが、対岸の山腹に目をやるとかなり上の方まで耕されて集落が存在していることに気付く。
平地が少ない地形での逞しい知恵なのだろうが、あの狭い土地に住んでいる人はどんな生活をしているのだろうかと思う。

【第3部】(大歩危~土佐山田):山間部の僻村
大歩危駅からは今までよりさらにトンネルが多くなる。
長いトンネルを抜けて着くのは土佐岩原駅。
つまりここで高知県に入ったわけである。
灰色の雲の間から、ようやく明るく青い空が顔を見せた。
気付くと乗客は4人に減っていた。
土讃線の普通列車は1日数本だが特急列車は1時間毎に走っているので、通過待ちのため駅での停車時間が非常に長い。
まるで高速道路に間違って進入してしまった自転車のような存在である。
静まり返った小さな駅のホームに降りて深呼吸するのは、普通列車ならでは贅沢だ。

大杉駅では20分間も停車するので、駅の周りを散策してみた。
国鉄時代に造られた古いコンクリートの駅舎の横に、山小屋のような三角屋根の新しい駅舎が並んでいる。
駅の目の前を流れる川を渡ると幾つかの住宅があるが、商店や飲食店はなかった。
新しい駅舎にある待合所にはライブラリや伝言板などもあって、無人駅ながら利用客から愛されている駅であることが窺える。
また一部の特急列車はここ大杉駅にも停車する。


その後も防災のために線路切り替えが行われたトンネル区間となる。
長大トンネルを抜けると、すぐに橋梁の上にある土佐北川駅に着く。
一体誰のために、こんな所に駅を設けたのだろうかと不思議に思える。

さて、実は線路は高知県に入ってからも、じわじわと上り勾配が続いている。
横断線で一般的な「県境=サミット」という図式が土讃線には当てはまらないのである。
土讃線のサミットは繁藤駅。
いかにも峠の駅らしい雰囲気だ。
特急列車通過待ちも兼ねて、1両のディーゼルカーも一息つくといったところか。

繁藤駅を出ると、10㎞以上に渡って急勾配をただひたすらに下っていく。
「高知平野へ落ちていく」、といった表現の方が相応しいかもしれない。
通過するトンネルの数は約20個にもなる。
そして、その途中には2回目のスイッチバックとなる新改駅がある。
険しい山越え区間に隠れるように佇む駅だった。


【第4部】(土佐山田~高知):フィナーレは高知平野
ついに平野が開けた。
南国の西日は一際眩しい。
第3部の車窓はありきたりな平野に過ぎないが、第1部・第2部の四国山地越えをしてきた者にとっては、達成感に浸れる余韻のようなものである。
まもなく土佐山田駅に着いた。
久々の街らしき街だ。
乗客が数人しかいなかった車内は、俄かに学生たちで賑やかになった。

ここからは沿線人口が一気に増えるので、普通列車の本数も多くなる。
さらに後免駅からは、ごめんなはり線(安芸・奈半利方面)から来る列車も乗り入れてくる。
しかし相変わらず単線なので、反対列車待ち合わせのための停車はますます長くなる。
高知駅までもう少しなのに、帰宅する学生たちを乗せて悠長に10分も停車するのはいかがなものか?

16時44分、終着の高知駅に着いた。
阿波池田駅から約3時間、琴平駅からは3時間40分(乗り継ぎ時間除く)の旅が終わった。
こうして普通列車で地道に四国山地を横断した人なら、四国は大きな島だと感じるようになることだろう。


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