途中下車しながら各駅停車でゆっくり旅をする、つまり「乗り歩き」をするには、おそらく山陽本線が一番良い路線だろう。
まず景色が良い。
瀬戸内海を各所で眺めることができるし、石州瓦のならぶ田園風景も格別である。
そして古代以来の海と陸の回廊である山陽本線沿線には、立ち寄ってみたい魅力的な町が多数点在している。
最近はローカル線でもロングシートの車両が増えたが、山陽本線は新型車両でもクロスシートだ。
そればかりか、時が止まったように国鉄車両が活躍しているエリアもある。
また少なくともほぼ1時間毎に列車が走っているので、スケジュールが組みやすいのも有難い。
2025年3月中旬、新しくなった3日用の青春18きっぷで山陽路を西へ向かった。
本記事はその序章、東京発「サンライズ出雲」で岡山駅まで個室寝台「ソロ」を利用した乗車記である。
3日前に予約できた「サンライズ出雲」のソロ
山陽本線に乗るために、まずは出発地点を決めなければならない。
愚直に神戸駅(山陽本線の始点)でもよいが、去年の夏に神戸駅~姫路駅で「乗り歩き」をしたので、岡山駅をスタートにしようと思う。
問題は東京から岡山駅にどうやって行くかである。
新幹線だと所要時間は3時間程度なので一番無難だ。
飛行機は直前だと高いし、そもそも格安キャリアが就航していないので論外。
しかし、鉄道好きとしては寝台特急「サンライズ」も捨てがたい。

「サンライズ」は唯一残った定期夜行列車で、その希少性から人気が高く予約するのがとても難しい。
特に一番高価な「シングルデラックス」はプラチナチケットである。
今から20年近く前、生意気にも学割利用で東京発熊本行きのブルートレイン「はやぶさ」のシングルデラックスを出発前日でも難なく購入できた頃が懐かしい。
出発の数日前に諦めながらもe5489で検索すると、幸運にも「サンライズ出雲」の一番安い個室寝台の「ソロ」が手に入った。
これで岡山には6時半前に着ける。
東京から新幹線で3時間で行けるといっても、夜行列車ならではの利便性である。
ちなみにe5489でのB寝台個室の予約は表記が厄介である。
例えば下の写真のようにB寝台が×でも、実際は設備によっては空室があるケースも考えられるので注意しよう。
詳細はこちらの記事で解説している。



B寝台が4種類もあるためにややこしいシステムになっている。
サンライズのソロは狭い
そんなわけで、夜汽車に乗るついでに会社に寄ってから、東京駅へ向かったのだった。
「サンライズ」の東京発は何年か前に10分早くなって21時50分。
21時30分頃にホームに着くとちょうど乗車が始まった頃だった。
予約した1階のソロへ入室する。
車内放送では全室予約済みとのこと。
ソロは一番安い個室なので正直言って室内は狭い。
荷物を置くスペースも入り口付近しかないので、大きなスーツケースを持ち込む際は要注意だ。
岡山までのような「寝るだけ」の乗車時間ならよいが、1,000円程度の追加料金で荷物置き場とテーブルの付いたシングルの方がおすすめである。
とはいえ、狭いながらもプライバシーが確保される個室寝台は「俺の基地」そのもの。
通勤客が列をなすホームを見やりながら寝そべって酒を飲むのは、夜行列車ならではの至福の時間である。

ドアをノックする音とともに「○○番のお客様、車掌です。切符の拝見に伺いました。」と早口が聞こえた。
ドアを開けて「どうもこんばんは」と言うと、車掌氏は黙ってメモ用紙を見ながら「早よ切符だせや」と言いたそうな雰囲気である。
これはいつものことであるが、私は「JR東日本の車掌の愛想が悪い」と非難したいのではない。
「検札業務」というシステム化された作業において、人間同士のコミュニケーションなど想定されておらず、それ故に車掌を「人間扱い」して挨拶などする私のような客にこそ問題があるだ。
「阿房列車」で内田百閒が「ボイ」と軽妙なやり取りをしていた時代ではないのである。
定刻21時50分に「サンライズ」が東京駅を出発した。
アメリカの超大手金融機関をはじめ、そうそうたる企業やその商品のロゴが窓に過ぎ行く。
投資信託を通じて私はほんの僅かながらそれらの株を保有している。
彼らが私のために今日も働いてくれているのだ。
夜汽車の旅人になれば、低賃金労働者の身でありながらそんなことさえ考える。
品川駅を通過したあたりでミニロビーに足を運んだ。
ここはたいてい鉄オタらしき野郎どものたまり場になっているが、今日は若いカップルや家族連れもいた。
大船駅あたりで自室に戻って部屋の灯りを暗くした。
やはり灯りがだいぶ少なった窓外を眺めて「俺の世界」に浸る。
カーブが多くなって熱海駅に到着する23時21分には、酒も尽きて就寝準備ができている。
翌朝、「サンライズ」は薄暗い山間部を走っている。
時刻は6時前、県境の峠を越えて岡山県に入っているようだ。
途中で雨が降ったのか、窓が少し濡れていた。
6時27分、岡山駅に到着。
「出雲」と「瀬戸」の分割ショーは観ずに改札を出る。

とりあえず朝食でもと思っていると、唯一空いていていた大手ハンバーガーショップを見つけた。
普段こういうところには行かないのでカウンターの前で悩んでいると、店員が「お決まりでしたらどうぞ」と言う。
「サンライズ」の車掌と同じで、明らかに「早よせい」とほのめかしている。
結局よく分からないまま注文して、思っていたのとは違うセットを食べながら、合理化された社会における夜行列車のあり方について考えた。
それはともかく、スタート地点に着いた。
次回の記事では、山陽本線に乗る前に少しだけ岡山の城下を散策することにしよう。
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