小倉から日田へ、廃線跡を走る日田彦山線BRTひこぼしラインの乗車記【車窓・見所を紹介】

ローカル線

2017年7月の豪雨被害で運休していた日田彦山線ひたひこさんせんの添田駅・夜明駅よあけ間が、2023年8月にBRT(バス高速輸送システム)として復旧しました。
鉄道は廃止されたのは残念ではありますが、BRTという形で路線は存続したことには一安心といったところです。

2023年9月上旬、早速日田彦山線に乗りに行って来ました。
鉄道のまま営業している添田駅までも渋くて魅力のある区間なので、そちらも合わせて収録しています。

青線が日田彦山線、黒丸付近がBRT乗り換えとなる添田駅。
国土地理院の地図を加工して利用。
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BRTひこぼしラインは青春18きっぷで利用できる

日田彦山線は九州の小倉駅から日豊本線で3駅のところにある城野駅じょうのを起点に、かつての炭鉱地帯を経て大分県の夜明駅で久大本線に接続する路線です。
2017年の豪雨被害で運休になった添田駅・夜明駅間は、もともと利用者数が少なかったためにJRと自治体の間で復旧のあり方や費用負担の協議で難航し、結局同区間をBRTとして営業する方法で決まりました。

BRTとは”Bus Rapid Transit”の略で、日本語では「バス高速輸送システム」と訳されます。
車両は通常のバスなのですが、途中で専用道路を通るのが特徴です。
バスのように市街地では小回りが利き、かつ専用道路では速達性・定時性に優れているので、バスと鉄道の両方の要素を持った輸送体系です。

JR九州のホームページ(https://www.jrkyushu.co.jp/train/hikoboshiline/)より

BRTによって運行される区間は「BRTひこぼしライン」という愛称が付けられました。
BRTひこぼしラインもJR九州の路線に含まれるので、青春18きっぷで利用することができます。
また日田彦山線は夜明駅までですが、BRTは特急が停車する日田駅ひたまで直通しています。

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乗車記【小倉~夜明】キハ147形で石炭輸送なき線路をいく

特急電車や通勤電車が頻繁に行き交う小倉駅
その隅のホームに古めかしいディーゼルカーが停車していました。
田川後藤寺行き日田彦山線のキハ147形です。

城野駅までは複線電化された線路です。
都会を鈍重な二両編成の列車が走ります。

城野駅から日田彦山線に入りました。
ディーゼルカーもようやく周りの風景と馴染み、それまで結構いた乗客は駅に停車する度に減っていきます。
北九州の都会からあっという間に田舎に来ました。

このあたり筑豊と呼ばれる地域は昭和中期まで炭鉱地帯として賑わっていました。
だいぶ廃線になったとはいえ、鉄道路線が稠密なのも石炭輸送に活躍したためです。
今はセメントの産出が行われているようで、露天掘りによってえぐられた痛々しい姿の山の傍を通り過ぎます。

採銅所という印象的な駅には、格式のある駅舎が構えていました。
後で調べたところ「採銅所」は昔の自治体の名前で、今は銅の産出は行っていないようです。

対向列車待ち合わせのためしばらく停車。
かつてはもっと長い編成の列車だったのでしょう。
ホームのうち利用されているのは一部だけで、残りの部分は自然に帰りつつあります。

やがて右手に、上半分が水平に切り取られた異様な姿の山が近づいてきます。
石灰石の採掘のために台形になってしまった香春岳かわらだけです。
ここまで綺麗に切断処理されてしまうと、中途半端に露天掘りされているような痛々しさはもはや感じられません。

2022年3月

田川伊田駅はこの辺りの中心となる駅で、ここで乗客がほぼ入れ替わりました。
この駅には平成筑豊鉄道の田川線と伊田線が乗り入れています。
カーブの途中にあり、古めかしい雰囲気ながらやたら広い構内を持つ、石炭輸送華やかなりし時代の名残を何とかとどめている駅です。
なお駅舎は新しくなっていますが、レトロ調の黒い建物です。

こういう駅に「萌える」方は、ここから徒歩で行ける田川市石炭・歴史博物館に是非足を運んでみてください。
産業遺産や炭鉱住宅のレプリカがあってロマンを感じることでしょう。

2019年7月
「ロマンチック」な石炭・歴史博物館
2022年3月

その隣の田川後藤寺駅が終着。
ここも田川伊田駅と同じでローカル線のジャンクション駅です。

2022年3月

少し乗り換え時間があるので、うだるような暑さの中で駅周辺を散策。
近くにコンビニはなく、商店も閉まっているところがほとんどでした。
老人が一人手持ち無沙汰に腰かけているアーケード街の入り口に、昔の賑わっていた頃の白黒写真が貼ってあります。
果たしてこれは笑っていいのやら…

田川後藤寺駅から先ほどと同じ車両に乗って添田駅に到着。
ここでBRTに乗り換えです。
降りたホームがもうBRT乗り場になっています。

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乗車記【夜明~日田】鉄道の廃線跡も走るBRT

しばらく待っていると向こうの車庫から、コミュニティバスのような青いバスがやって来ました。
2両編成の列車の客がこんな小さなバスに乗れるのか心配になりましたが、列車はガラ空きだったので乗り換え客は全員着席できました。

新車の香り漂うBRTに乗車。
とりあえず1列の席に座りましたが、景色が良いのは右側の2列座席でした。
意外なことに座席にはコンセントが付いていました。

BRTひこぼしラインの車内
BRTひこぼしラインの車内

BRTは電車のような静かな音で動き出しました。
次の駅は病院の玄関口。
早速BRTならではの小回りを活かしています。

道の駅の勧遊舎かんゆうしゃひこさん駅から乗る人が多く、狭い通路に立つ人も出ました。
行楽客以外に背広を着た人もいます。
遊びに来ている客よりも仕事で乗っているであろう男性の方が、ずっとスマホで写真や動画を撮っていてBRT乗車を楽しんでいるようです。
ストレスから解放される束の間を満喫する背広姿に、私も親近感を感じます。

彦山駅からは専用道路を走ります。
鉄道時代の用地を活用してBRT用の道路が整備されています。
新たな駅は小さな停留所ですが、時々線路跡や鉄道時代のホーム跡が見えます。
やはりそれらと比べると、だいぶスケールダウンしてしまったのだなと感じずにはいられません。

やがて長さ4㎞を超える釈迦ヶ岳トンネルに入ります。
これも鉄道時代のトンネルを活用したもので、BRTの速度ではかなり長く感じられます。
すぐ傍で通路に立っている男性が、トンネル区間を走行中ずっと前面展望の動画を撮っています。
私には全く同じ光景が続いているようにしか見えないのですが、見るべき人が見れば興味深いことがあるのでしょうか?

トンネルを出ると、誠に微笑ましい棚田の風景が広がります。
乗っていると分かりませんが、撮影地としても有名だった「めがね橋」と呼ばれるアーチ橋を走ります。
出演者が国鉄型ディーゼルカーから新しく小さなBRTになって、また新しい絵になるのでしょう。
路盤はまだ一週間しか経っていないので真新しいですが、トンネルは鉄道時代のままなのでくすんでいます。

専用道が終わる宝珠山駅ほうしゅやまで降りる人が沢山いました。
ここは木造の立派な駅舎が残されています。
県境の駅でもあり、少し走ると大分県に入ります。

一般道路になってからも、駅近くにホームや線路跡が残っている所があります。
相変わらず川沿いを走ります。

久大本線の線路の下をくぐり夜明駅に到着。
この駅でほとんどの客が降りました。
ここから日田駅までは久大本線とBRTひこぼしラインが並行する区間です。
せっかくなので終着の日田まで乗ります。

緑に覆われた川沿いのドライブインの跡をいくつか通り過ぎると、日田盆地が開けて光岡駅てるおかに着きます。
そろそろ下校時間になり、女子高校生が数人乗ってきました。
それまで車内に残っていたのは記念乗車組らしき人ばかりだったので、ようやく然るべき客が来たという感じです。

日田市役所前などに寄り道するBRTもありますが、この便はまっすぐに日田駅を目指します。
ゆったりした河原の土手を、ランドセルを背負った日焼けした少年たちが走っています。

時間どおりに終着の日田駅に到着しました。
大分県で海沿いの都市を除くと日田市が一番大きく、駅前はいかにも「地域の中心都市」といった雰囲気です。
ただし久大本線の中では、圧倒的な知名度を持つ由布院の影に隠れている感はあります。

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新と旧

日田駅に到着したBRT

日田彦山線は鉄道区間とBRT区間で全く様相が異なる路線となりました。
石炭を採掘していた時代の壮大な残骸を見ながら国鉄型ディーゼルカーに揺られる鉄道区間は、日田彦山線、をはじめ鉄道、さらには日本が元気だった過去を偲ばせます。

一方のBRT区間は、縮小時代に突入した現代における過疎路線のあり方を示しています。
とにかく、曲がりなりにも夜明駅まで復旧した日田彦山線は、新たな夜明を迎えたのです。

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