【日韓擬似国際列車の旅⑥】終着はソウル駅の旧駅舎、そして旅は「延長戦」へ

アジア

2026年6月末日、日本・韓国両国の新幹線と下関・釜山間のフェリーを乗り継いで、東京発ソウル行き「日韓擬似国際列車」の旅に出かけた。
日本が朝鮮や中国に進出していた1940年の時刻表を基に、現在の最新型高速列車を当時の看板列車に見立てることで、戦前の鉄道黄金時代の海外渡航を今日に蘇らせようとする試みである。

【日韓擬似国際列車の旅・序】東京から韓国・ソウルまで鉄道と船を乗り継ぐ1700㎞
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本記事は第6回。
現在のソウル駅の隣にある1925年築の旧駅舎を訪れて、この日韓擬似国際列車の旅を締めくくろう。

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東京駅に似た旧ソウル駅舎

14時59分、KTX青龍が終着ソウル駅に到着した。
現在のソウル駅はガラス張りで商業施設も併設した近代的な建物となっている。

その隣にあるのが日本統治時代の1925年に建てられた旧駅舎だ。
1940年当時、急行「ひかり」(釜山~ソウル~平壌~長春)の乗客たちが降り立ったのは、東京駅に似たこの優美な煉瓦造りの旧・京城駅である。
今回のテーマは戦前の鉄道旅行を追体験することが目的なので、ここを訪れなければ旅を締めくくることができないのだ。

現在の旧駅舎は「文化駅ソウル284」というアートスペースとして使われている。
284という数字は史跡番号らしい。
「アートスペース」といっても、現役時代の雰囲気をしっかり残しつつ、所々に現代的な演出が加えられている程度である。
また重厚な外観はほとんど変わっておらず、日本時代の建造物にもかかわらず歴史に対する敬意のある改装だった。
展示は不定期で行われるようだ。

まずエントランスの中央ホールに入ると、吹き抜けの広い空間で天井にはステンドグラスがあしらわれている。
半円形の窓やドーム型を描く上部、そしてギリシャ神殿のような柱が並ぶ内装は、ヨーロッパ式デザインの駅舎というより立派な博物館を思わせる。

天井のステンドグラス

隣にある大きな部屋が3等待合室。
ここでは歴代車両の模型が展示されていたが、乗客が使ったベンチも再現されていた。

中央ホールを挟んで反対側には1,2等待合室がある。
現在の普通車が当時の3等に当たり、2等はグリーン車、1等はグランクラスに相当する。
こちらは小さな部屋で、柱の模様が装飾的だった。

2階の見所は大食堂だ。
ここは韓国初の洋式食堂で、当時のソウル駅が西洋文化摂取の最前線であったことを窺わせる。

食堂を抜けた通路からは、現在のソウル駅ホームが見えた。
一番手前のホームへは赤いカーペットを敷いた臨時用の階段が続いており、イベント時にはここからホームへアクセスできるのだろう。
跨線橋(今はない)へと続いていたと思われる階段も保存されていた。
ここぞ現代と過去が交錯する地点である。
過去にこの駅に到着した人々は最前線の西洋建築に新しい時代を見出し、今を生きる我々が過去に思いを馳せるのである。

2004年に高速鉄道KTX開業に伴い現駅舎ができたことで、この建物はその役割を終えた。
新しい韓国の鉄道の幕開けに際して、植民地時代の遺物として撤去されてもおかしくなかったはずである。
だが、「時代を通じて人が出会い文化が生まれる」というコンセプトでこうした場が残されているのは、日本人・鉄道ファンならずとも喜ばしい。
過去の急行「ひかり」、そして現在のKTX青龍。
未来のソウルの歴史と文化は、どんな列車が紡いでいくのだろうか?

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ソウルの街を散策

旧駅舎を後にして、夕方のソウルの街を散策する。
大都会というイメージとは裏腹に、中心部の大通り沿いにも町工場のような工務店がたくさんあり、思った以上に「生活臭い」都市だった。
洗練された首都・東京よりも、人間味のある大阪に近いかもしれない。

飲食店街には日本料理店も多く、「おでん」と書いた暖簾を出す店もあった。
屋外の席で地元の若者が食べているものを覗くと、出汁ではなくコチュジャンのような調味料につけている。
「これ、おでんちゃうやろ。」
と独りで呟くと、女の子たちが私の方を見てにっこりと笑った。
海外一人旅ですっかり身についた癖だが、韓国では日本語を理解する人が結構いるから油断ならない。

以上、関釜フェリーに始まった長い1日を終えてホテルへ帰る。
ビールとチャミスル(焼酎)以外の酒が買えなかったことだけを悔やみながら、お茶を買うためにスーパーに行くと、「清酒」と漢字で書かれたワンカップがあった。
日本からの輸入品かと思ったが、日本酒と似た韓国産のお酒らしい。
期せずして良いものを見つけた。

宿泊するのは中心部にある4つ星ホテル。
フロントで名前を英語で伝えてパスポートを提示する。
すると若いフロント氏は「お待ちしておりました。本日より2泊でお間違いありませんか?」
と流暢な日本語を話したので驚いた。

スーパーで買った「白花」という名の清酒ワンカップは、酸味がとても強くて白チーズを思わせる芳醇な香りだった。
一般的な日本酒とは全く異なり、新しい個性派の「クラフトSAKE」に近いイメージである。

部屋は清潔で広く、何よりバスタブと洗浄機能付きトイレがあったのには感動した。
日本では当たり前だが、ヨーロッパでこの2つが揃っていることはまずない。
便器は韓国メーカーのものだった。
日本の専売特許だったはずの洗浄機能付きトイレも、韓国メーカーの猛追を受けるのだろうか?
これまでに何度も繰り返されてきた光景である。

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延長戦へ

旅行中は滅多に見ないテレビをつけてみた。
NHKは想定内だったが、「孤独のグルメ」(韓国語字幕)も放送していたのには笑った。
韓国でも人気番組らしい。

野球中継が23時近くになっても続いていた。
試合は延長11回までもつれている。
ツーアウト満塁からヒット性の当たりをファインプレーでサヨナラ阻止して引き分けに持ち込むという白熱した展開で、ついつい見入ってしまった。
それにしてもワンカップ片手にテレビで野球観戦とは、もはや海外旅行ではなく「昭和男」の日常ではないか。

とにかく、東京発ソウル行きの日韓擬似国際列車の旅は終わった。
もっとも、1940年当時の急行「ひかり」はソウル止まりではなく、その先の現・北朝鮮を経て満洲国(現・中国東北部)へと向かっていた。
残念ながら、現在の国際情勢ではそのルートを再現することは不可能である。
しかし、ソウルから北朝鮮国境付近へと延びる路線(京義線)は今でも営業している。
中途半端な形となるが、やはりここは「乗り鉄」の名に懸けて行ける所まで行かなければならない。

そんなわけで、日韓擬似国際列車の旅も延長戦へ突入することにしよう。

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