島国の日本には当然のことながら国際列車は存在しない。
もっとも国土には多様性があるので、景色のダイナミックな変化を感じられる場所は幾つもあるが、あの国境越えの独特な旅情を味わうことはできない。
しかし、お隣韓国への国際航路なら運行されている。
これを鉄道連絡船に見立てて列車と組み合わせれば、「疑似国際列車」の旅ができるのではないか。
不穏な国際情勢と燃油サーチャージ高騰によって海外旅行がどんどん遠のいている昨今、それでも海外鉄道旅があきらめられない私はこのような空想を思い立ったのだった。
日韓航路で最も一般的なのは博多港と釜山港を結ぶフェリーだ。
しかし空想とはいえ、疑似国際列車には然るべき「歴史的正当性」が必要である。
不要不急の遊びとしてやる以上、最も利便性が高い経路を安易に採用して堕落に流れるわけにはいかない。
かくして、飛行機での海外渡航がまだ一般的でなかった1940年8月の「満洲支那汽車時間表」という時刻表を見ると、当時日本領だった朝鮮の釜山へは山口県の下関から連絡船が運航されている。
東京から我が国の看板列車・特急「富士」が終着下関駅で釜山行き連絡船と接続し、釜山からは急行「ひかり」が朝鮮半島を縦貫して当時の満洲国首都・新京(現・長春)まで走っていた。

これ以上の格式を備えたルートはない。
幸い、下関・釜山間の関釜フェリーは現在でも運航されている。
そして下関も釜山も港と駅は徒歩圏内なので、これを鉄道連絡船として見立てることに違和感はない。

航路が決まったところで、次はそれに接続する日韓双方の鉄道ルートを検討しよう。
まず日本側だが、東京駅から下関駅は予想以上に時間がかかる。
最も速いのは東海道・山陽新幹線「のぞみ」で九州の小倉駅まで行って、そこから再び関門海峡をくぐって下関駅に至る方法である。
もちろん飛行機を利用するのはルール違反なので論外。
しかし一旦来た道、それも海峡トンネルを引き返すというのは、ルートとして美しくない。
そもそも関門トンネルが開業したのは1942年のことである。
ここは1940年の情勢に準拠して、「鉄路の果てまで辿り着き、さらにそこから船で韓国を目指す」という旅情を演出するべきだろう。
よって、新山口駅で「のぞみ」から「こだま」に乗り換えて新下関駅まで行き、在来線で下関駅に至る経路を採用する。
ルートの美しさを重視した結果、乗り換え時間が新山口・新下関両駅で20分以上と不細工な接続となってしまう点は甘受しなければなるまい。
無数に運行されている「のぞみ」の間に上下関係はないが、一等展望車付きの特別急行「富士」の代役であるからには、新型車両のN700Sで運用される便を敢えて選んだ。
もちろん新幹線は1940年当時なかったが、「富士」や「ひかり」に相当する看板列車に乗るという観点からはこちらが相応しい。
ちなみに、2026年秋よりN700Sにはグリーン車を越える個室座席が順次導入される予定で、現代日本の看板列車としてより相応しい姿を見せてくれそうである。

韓国側では、釜山からソウルまで京釜高速線を利用しよう。
韓国の高速鉄道・KTXの中でも最も重要な路線で、日本でいう東海道新幹線に当たる。
こちらも2024年に登場した最新型車両のKTX青龍に乗車する。
最高速度320km/hで運行可能な、韓国が誇る国産高速電車である。
まだKTX青龍の本数が少なく船からの乗り継ぎは悪かったが、自分で決めたルールなので仕方がない。

最終的に出来上がった旅程が
東京1112発→新山口1533/1558→新下関1620/1641→下関1651着(約1,100㎞)
下関港1945発→釜山港800着(約200㎞)
釜山1234発→ソウル1459着(約420㎞)

こうして「歴史考証」やら「看板列車」やらに考慮した末に、総距離1,700㎞、所要時間27時間半の疑似国際列車旅行が出来上がった。
費用は諸々の税金を含めて約4万円だった。
ちなみに何も考えずに飛行機を使えば、東京からソウルまで2時間半、料金は往復でも3万円台だ。

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