ヨーロッパの鉄道からの車窓というと、どんなイメージですか?
多くの人が、家もまばらで、なだらかな起伏のある丘陵地帯を思い浮かべるのではないでしょうか。
そんなヨーロッパにあって、日本のローカル線も顔負けの、山岳地帯を走る鉄道があります。
それが「バール鉄道」と呼ばれる、セルビアの首都ベオグラードから隣国モンテネグロの首都ポドゴリツァを経由して、バールに至る路線です。
この路線は、ヨーロッパでも有数の景勝区間として知られています。
私は2019年3月にベオグラードからポドゴリツァまで、夜行列車「Lovcen」号の寝台車を利用しました。その時の体験・情報をお伝えします。
バール鉄道の歴史と今
意外と歴史は浅い
旧ユーゴ時代の1950年代、首都ベオグラードとアドリア海沿いの港湾都市バールを結ぶ鉄道の建設が、国家プロジェクトとして始まります。
距離は約500キロ。険しい山脈を貫くため、途中幾つものトンネルや橋梁を通ります。中でも有名なのが、ポドゴリツァの割と近く(ベオグラード寄り)にある「マラ・リエカ」橋梁で、世界で最も高い橋です。
結局難工事の末に全通したのは1975年でした。
現在ではその景色で人々を魅了する鉄道に
旧ユーゴの物流の大動脈として期待されたバール鉄道ですが、その本領を発揮した期間は意外と短いものでした。
90年代初頭からの旧ユーゴ解体の結果、政治経済が不安定化し、さらにその後のNATO空爆により、インフラは弱体化していったのです。
この辺りのくだりは、長い年月をかけて開通したものの、そのころには本州対北海道の輸送体系が根本から変わっていた、青函トンネルの話を思い出してしまいます。
しかしそうは言っても、鉄道が衰退しているこの地方においては珍しく、都市間を結ぶ長距離列車に加え、寝台車を連結した夜行列車が走っている絶景区間という、大変貴重な存在であることには間違いありません。
現在ではベオグラードからポドゴリツァまで約10時間。終点バールまではさらに1時間かかります。
「Lovcen」号寝台車の乗車記
予約は現地でしかできない。費用は格安。
セルビアとモンテネグロの列車はネットで事前予約できません。そのためエージェントを利用しない限りは、現地の駅で購入することになります。
気になる費用ですがかなり安い印象です。
私が利用した2人用(相部屋)個室寝台でも、ベオグラード~ポドゴリツァまで合計6000円程度でした。サンライズ出雲のB寝台個室料金より安いです。
現在の出発駅はベオグラード中央駅
まず、乗車時の注意点はベオグラード側の駅です。
街中心に位置し、風格のあったベオグラード本駅は廃止され、現在ではベオグラード中央駅を発着します。(乗車記の当時はトプチダー駅から乗車)
「中央駅」とは名乗っているものの、市内中心部からバスでのアクセスとなる味気ないこの駅は、日本式に表現すれば「新ベオグラード駅」のような存在です。
私の乗った寝台車は2人用で、同室になったのは若いモンテネグロ人の男性でした。彼によるとこの区間、というよりこの辺の国の列車は数時間単位でよく遅れるそうです。
「それに比べて、日本では数分の遅れでも車掌が謝るんだろ?」
と、よくご存じでした。
彼に限らず、東欧の人々の日本のイメージは「先進的」「効率的」そんなキーワードが多い印象です。まあ、間違いでもないけど一面的、といったところでしょうか。
さて寝台車はモンテネグロ国鉄の車両ですが、西欧の車両の中古車と思われます。
もちろんそれでも洗面台付きの部屋で快適ではありますが、ライトが一部つかなかったり、と古さはしっかり味わえる設備です。
その他にも2等座席とクシェット(簡易寝台)を連結しています。
見所はポドゴリツァ到着前の30~60分前から!
この列車は途中セルビアとモンテネグロ国境を通過します。それぞれの国で出入国のパスポートコントロールがあります。
ですが、深夜起こされたからといって、目的地までギリギリ寝るのはもったいないです。
なぜならポドゴリツァの少し手前の、ヨーロッパ屈指の絶景区間を通るからです。
絶景区間は、だいたいポドゴリツァ到着の30~60分前くらいからが目安です。
日本でもお目にかかれないような険しい山岳地帯。数々の橋梁とトンネル、そして急勾配・急曲線が、建設者たちの苦労を我々乗客に思い知らせてきます。
中でも有名なのが、先に触れた「マラ・リエカ」橋梁。この橋は通過後に車窓からも確認できます。
例え睡眠不足でも、この区間の絶景を見ていると目が冴えてくるはずです。
ちなみに予想に反して私が乗ったときは、定刻に発車し、定刻に到着しました。
知られざるバルカンの魅力
列車の説明をした後は、舞台となるセルビアとモンテネグロ両国について簡単に紹介します。
セルビアとモンテネグロってどんな国?
セルビアは旧ユーゴの中心地で、首都ベオグラードはこの地方でも最大の都市です。食事はトルコ料理にやや近いですが、豚肉のグリルが多いです。文字は普通のアルファベットとキリル文字の併用です。
ベオグラードは、ヨーロッパ的な都会の街並みに、社会主義的ないかつい建物が混在している都市といえます。
一方モンテネグロは2006年、当時のセルビア・モンテネグロから独立した小国です。やはりシーフード料理や、イタリアの影響からかピザのスタンドが目立ちます。ここではキリル文字は使われていません。
アドリア海のリゾートで有名ですが、実のところ首都ポドゴリツァにはこれといった見所はなく交通の要所といった位置づけです。
なお物価はユーロ導入国であるモンテネグロのほうがやや高いです。
治安はどう?
結論から言って治安は悪くないです。
敢えて注意すべきことは
- ベオグラードでは政治集会(反米・反国連・親ロシア)が多い
- モンテネグロのリゾート地ではハイシーズンに泥棒が比較的いる
- 良くも悪くも東洋人は目立つ
といったところです。
いずれにせよ、過度に心配になる必要はありません。
ヨーロッパ鉄道の秘境
東欧旅行と言っても、多くの人が訪れるのはチェコ・ハンガリーあたりでしょうか。
しかしマイナーとはいえ、バルカンにも魅力的な鉄道路線はあります。近代化からは取り残された地域ですが、それはそれで情緒のある旅となるでしょう。
チケットもかなり割安なので、バール鉄道はヨーロッパ鉄道旅行に慣れてきた人にはぜひお勧めしたい路線です。