祝!全線再開、特急「ひたち」&普通列車で常磐線上野~仙台を走破【車窓・駅弁など】

幹線
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2011年の東日本大震災より9年。
最後まで不通区間となっていた富岡~浪江間の復旧により、常磐線は2020年3月14日に全線再開しました。

その数日後、早速普通列車と特急「ひたち」に乗って東京から仙台までを常磐線で往復しました。
なお本記事で収録したのは下り線(仙台行き)ですが、写真は復路のものも使用しています。

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上野~水戸・勝田

取手までの電車区間は複々線

綾瀬~取手までは複々線化されており、通勤路線の様相です。
快速線には特急列車やグリーン車付きのE531系による中距離列車の他に、グリーン車が無い取手行きの快速電車が走っており、それぞれの輸送需要に応えています。
以前は中距離列車を「普通」と呼び、短距離の「快速」と区別していましたが、現在では両方とも「快速」と表記されています。
始発駅は長らく上野駅でしたが、2015年に上野東京ラインが開業すると品川発着の列車が多くなりました。

一方の各駅停車は綾瀬からは東京メトロの千代田線、さらにはその先の小田急線に乗り入れています。
それぞれの会社の車両が行き来して、首都圏ならではの賑やかさです。

常磐線鈍行線を走る小田急の車両

水戸まではグリーン車や特急利用も検討したい

上野から水戸までの普通列車(取手までは快速)の所要時間はおよそ2時間です。
E531系にも一部にはボックス席はありますが、乗車時間はそれなりに長いのでグリーン車を利用するのも手です。

またこの区間はそれほど車窓に見せ場も無いので、いっそのこと特急を使って時間を稼ぐのも選択肢として考えられます。

首都圏から関東地方へ

首都圏発の中距離列車は全てE531系

朝6時過ぎ、上野駅を出た列車は東北本線を走り、日暮里駅から右に大きくカーブして常磐線に入ります。
右手に東京スカイツリーを見ながら、下町を進んでいきます。

常磐線の東京寄りは川が多く、北千住駅の前後で隅田川・荒川、金町駅~松戸駅では江戸川を渡りますが、その度に都心から離れた雰囲気に変わっていくような気がします。

取手までは川が多い。
橋を渡るたびに都会が離れていく。

そして利根川を渡るとすぐに取手駅に着き、ここで複々線区間は終わります。
取手駅を過ぎると幾分住宅も減りますが、列車本数も減るので車内は逆に混んできました。

取手からは複線となり、車窓も長閑になる

龍ヶ崎市駅~牛久駅はやや丘陵地の様相ですが、勾配や曲線も緩く、高速運転向けの線路となっています。

土浦駅で都会らしくなりますが、その後も水田と起伏のある台地の繰り返しの車窓が続きます。

友部駅を出ると突然上下の線路が離れて、間に広大な空き地が広がります。
これは戦時中に軍事輸送のための貨物操車場が計画されていた土地です。
結局操車場をつくる前に終戦となり、一部は車両基地になっているようですが、その他は太陽光パネルと看板くらいしかありません。

操車場予定地。
上り線はその先にある。

赤塚駅の手前くらいからは水戸市の郊外住宅地になり、右手に千波湖が見えると臨時駅の偕楽園駅を経て、水戸駅に到着します。
水戸駅はなかなか大きな駅で、特急列車も1時間に2本運転されています。
江戸時代より江戸と水戸は往来が多かったのですから、それも当然でしょう。

水戸駅のキオスクでは駅弁が販売されています。
「あんこう三昧弁当」はあんこう鍋をイメージしたのか、糸こんにゃく入りでご飯もみそ風味です。

水戸駅の駅弁、あんこう三昧弁当
人はともかく、魚の味は見た目ではない。
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水戸・勝田~いわき

「ときわ」は大半が勝田行き

常磐線の特急列車には「ひたち」と「ときわ」の2種類がありますが、停車駅が多く運転距離が短い「ときわ」は多くの列車が水戸の次の駅である勝田止まりです。
また首都圏から2階建てグリーン車を連結してやって来る中距離列車もほとんどが勝田から先へは行かないので、水戸・勝田を境に大きな輸送量の差があることが分かります。

とはいえ、いわきからその先の四ツ倉までは複線化されています。
そこには、茨城県北部から福島県南部にかけての海岸線にあった常磐炭田で産出された石炭を、首都に輸送するという常磐線の当初の目的が関係しています。

E501系普通列車はトイレ付

水戸~いわき間の普通列車、E501系
水戸~いわき間の普通列車はE501系

水戸からいわきまでの普通列車は、以前は首都圏の中距離列車でよく見かけたE501系が主に使われています。
起動時のモーター音が音階に設定されていたため「歌う電車」として知られていましたが、現在では機器が交換されたためか歌声を聞くことはできません。

車内はあいにくロングシートのままですが、一番端の車両にはトイレが設置されているので、車内が空いていれば安心して飲食ができます。

勿来の関を越えて福島県へ

水戸駅を出ても列車は平坦な線路を走っていきます。
やがて遠くに工場を見ながら久慈川橋梁を渡ると、程なくして大甕駅に到着して乗客が結構降りていきました。

その次の常陸多賀駅を過ぎると右手には太平洋が広がります。
東北本線だと仙台の少し先からしか見えませんが、常磐線では海とのご対面は意外と早いものです。

海が見えた。
列車の旅でやはりこの瞬間は嬉しいもの。

日立駅からも所々海が見えますが、やや内陸の山寄りを進んでいきます。
このあたりからちらほらトンネルをくぐるようになります。
高萩駅や磯原駅も海岸の近くで、左側にはなだらかな山が見えます。

左手にはずっと山がなだらかに横たわっている

その名に反して海からは離れている大津港駅~勿来駅は茨城と福島の県境、関東と東北を隔てた山越えが始まります。

いよいよ福島県へと進んでいく

といってもそれほど急な勾配があるわけでもなく、短いトンネルが2つある程度で、途中には海も広がります。
海を見ながらの山越えとは珍しいものです。

険しい山越えを覚悟していると、予想に反して海沿いを走る
ついにみちのくに来た

福島県に入ってしばらく工場と水田を見て走りますが、植田駅からはまた山越えになります。

上下線が離れている。
山間部の複線化でよくあるパターン

内郷駅からは街らしくなって、列車はいわき駅に到着します。

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いわき~仙台

いわき~原ノ町は列車本数が少ない

いわきからはさらに本数が減り、ここから仙台へ行く「ひたち」は3往復のみです。
さらに、いわき~原ノ町まで通しで運転する普通列車は日中は数時間も間が空くケースもあり、常磐線で最も閑散とした区間です。

しかし、当サイトで繰り返しお伝えしている、列車本数が少ない区間は車窓が良いという方程式通り、太平洋の海岸線が一番きれいなのもこの区間です。
今回私はご祝儀のために特急を利用しましたが、平時はできれば普通列車に乗りたいところです。
また原ノ町から先は仙台との結びつきが強いためか、1時間に1本かそれ以上の普通列車の本数があります。

原ノ町駅のE721系とE521系
原ノ町駅。
奥が仙台から来たクロスシートのE721系。
手前のいわき行きE521系は一部車両がクロスシート。

「ひたち」はいわき止まりのはずだった

今やめでたく仙台行きの「ひたち」が走っていますが、2010年に発表された計画では常磐線特急はいわきを境に運転系統を分割される予定でした。
E657系による上野~いわき間の「ひたち」と、E653系によるいわき~仙台間「ときわ」といった輸送形態になるはずでしたが、2011年の東日本大震災で白紙撤回されました。

結局全線開通後もその通りにならず「ひたち」が全線で運転されているのは、おそらく復旧を印象付ける狙いがあるのでしょう。

仙台行きのE657系「ひたち」に乗車

いわき駅からは特急「ひたち」に乗って仙台へと向かいます。
常磐線の特急は全てE657系による運転です。

E657系は2012年に登場した車両で、かつて「スーパーひたち」に使われていた651系と似た、洗練された白い車体が特徴です。
また車内もシックな雰囲気で乗り心地も上々、さらに普通車であっても全座席にコンセントが付いています。

E657系の普通車の車内
E657系「ひたち」の車内(普通車)

注意点としては、「ひたち」の車内販売の営業はいわき駅で終わってしまうということです。
幸いいわき駅には駅弁(時刻表には書かれていない)の販売もあり、買い物には困らないので調達しておきましょう。

いわき駅の駅弁、シャモ鍋弁当。
いわき駅で買ったシャモ鍋弁当。
駅弁にしては珍しく、優しく繊細な味わい。

なお常磐線特急はえきねっとを使うことで便利に安く予約することができます。

復旧した路線を行く

久々にいわき以北に運転された特急列車に感動しながら、しばらくは比較的住宅地の多い所を走ります。
四ツ倉駅でついに複線区間が終わり、以降はほとんどが単線になります。

四ツ倉駅を通過。
今まさに単線になるところ

単線になってから久ノ浜ひさのはま駅~末続駅~広野駅にかけての区間が、常磐線の車窓のハイライトといえます。
やはり海岸近くを走るのですが、トンネルの合間に見えるのはそれまでの人工的な海岸ではなく、崖と自然のままの海です。

絵になりそうな美しい太平洋が広がる
穏やかな海の表情からは9年前の出来事は想像すらできない

ところで海側には使われなくなったトンネルの跡が散見されます。
これは電化の際に、断面の小さいために放棄された旧トンネルです。

放棄された旧トンネル。
廃線跡の一部は保線作業用に使われている。

広野駅から木戸駅までは一時的に複線になり、その間に2020年3月に常設駅になったJヴィレッジ駅があります。

見た目も名前もいかにも新しいJヴィレッジ駅

富岡駅からはいよいよ最後に復旧した区間となります。
富岡駅も海が近いのですが、およそ開放感などというものはなく、まるで新たに干拓地を造成しているかのような殺風景な景観です。
私なんかは常磐線が全線開通したことがゴールだとついつい思ってしまいますが、まだこのあたりの復興は始まったばかりなのだと思わせられます。

富岡駅周辺。
9年といえば長いが、この辺りにとっては空白の時間だったのだろうか。

富岡駅を出るとカーブして海岸から離れていきます。
逆に上り線で富岡駅に向かうと海が迎えてくれてなかなか感慨深い所です。

富岡駅からは海から離れ内陸を進む

この先は一度は放棄された土地ということもあり、やはり工事用車両や廃屋が目立ちます。
一方で線路や路盤は新しく、何とも違和感のある光景です。

列車が通ることになった区間だが、周囲は廃屋が目立ち痛々しい

大野駅~双葉駅では遠くに福島第一原子力発電所と思われる施設が眺められます。

遠くに見えるのがおそらく福島第一原子力発電所。

浪江駅からは山がちの車窓となりますが、やがて開けてきて東北らしい風景になり、原ノ町駅に到着します。

防雪林に囲まれた家と水田

原ノ町駅を後にして少しばかり丘陵地に差し掛かりますが、やがて車窓は平坦になっていきます。
新地駅あたりからは整備された耕作地を高架線で通過していきます。
おそらく震災後に付け替えられた線路でしょう。

高架線になり見晴らしも良くなる

駅周辺でもとても新しい集落が広がり、大都市近郊の新興住宅地のような雰囲気になっています。

新しく整備された駅前

逢隈駅の過ぎて阿武隈川を渡り終えると、左手には蔵王山が雪を被ってそびえていました。

阿武隈川を渡ると常磐線の旅は終わりが近い

すぐに岩沼駅を通過。常磐線はここが終点で、この先は東北本線の複線の線路を走ってようやく仙台駅に到着です。

首都圏から被災した常磐線を走破して特急列車が仙台まで来るというのは、非常に感慨深いものがあります。

仙台駅のホームにて。
震災を乗り越えて特急列車がやって来た。
常磐線全線再開と特急「ひたち」の直通運転を知らせる仙台駅のポスター
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復旧から復興へ

1964年10月号の時刻表。
青森行き特急「はつかり」を筆頭に、優等列車の多くが東北本線ではなく常磐線を経由していることが分かる。

常磐線は元はといえば、石炭を首都圏に輸送する目的で建設された路線でした。
また線路が平坦なために、昔は上野から仙台以北へと向かう優等列車は常磐線を経由していましたが、1960年代に東北本線が大きく改良されると、域内輸送を主眼とした路線になります。
やがて首都圏沿線の宅地化により、通勤輸送も重要視されています。

日本の近代化の過程において、いつでもどこでもそうだったように、鉄道がつながった時人々は将来の希望をレールに託してきました。
東日本大震災から9年を経て、常磐線は今度は復興のシンボルとしての役割を果たそうとしています。

変わりゆく時代と共に歩み続けたきた常磐線には、「東北本線の裏街道」にはとどまらない魅力が溢れています。

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