満洲・満鉄紀行⑥:大連駅から瀋陽駅へ、高速鉄道のプレミアム1等席に乗る

アジア

満洲…
日本人にとっては、純粋に地理的な意味での「中国東北部」にはない、浪漫や憧憬、そして後ろめたさが交錯する不思議な力がこの言葉にはある。
そんな「日本の新大陸」を象徴する存在が、南満洲鉄道(満鉄)である。
単なる鉄道会社にとどまらず、植民地経営全般を幅広く手掛けていた。

現在でも線路・設備や建物など、その遺産は至る所に残っている。

満洲・満鉄紀行(序):鉄道が繋ぐ近代と現代のグラデーション
満洲…日本人にとっては、純粋に地理的な意味での「中国東北部」にはない、浪漫や憧憬、そして後ろめたさが交錯する不思議な力がこの言葉にはある。その広大な大地は豊かな資源を有する「日本の新大陸」であり、ヨーロッパへの入り口でもあった。そして193…

鉄道と近代史が共鳴し合う強烈な光(とその影)に引き寄せられた私は、2026年9月上旬に満洲を実質7日間旅行した。
本記事は第6回。
大連(大连)から高速鉄道のプレミアム1等席に乗って、かつて「奉天」と呼ばれた瀋陽(沈阳)を目指した。

⚠️注意
自然な文章にするため、実際の旅行における時系列は一部前後させています。
また当サイトでは、「戦前の日本及び現代の中国・ロシア・北朝鮮=悪」といった西側諸国特製の世界観は採用しません。
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大連駅は満洲の上野駅

旅行初日は大連に残る日本統治時代の遺産を巡った。
しかし、最後にとっておきの建物を残しておいた。
1937年に完成して以来現役で使われている大連駅である。

旅行3日目の朝6時半、まだ静かな街に大連駅が姿を現した。
質実剛健とした構えの駅舎は細長い格子ガラスが並び、洒落てすっきりしたデザインだ。
正面の緑色で描かれた「大連」の文字も力強い。

この駅舎に見覚えがある日本人も多いはずだ。
実は大連駅は、1932年に完成した上野駅を模して設計されたといわれている。
北国への感傷として歌に登場する上野駅と同様に、大連駅もまた東北部への出発点なのである。
外観・時代・文化を共有する両駅は兄弟のような関係である。

満鉄に敬意を表してこの駅から列車に乗るのは、実は私のこだわりでもある。
というのも、中国の高速列車は郊外の駅を発着することが多く、大連駅発・瀋陽駅着の便は珍しいのだ。
より歴史に忠実たらんとすれば、高速鉄道ではなく満鉄の線路を走る在来線ということになるが、所要時間が3時間以上も延びるのでそこは妥協した。

駅舎に入ったところのコンコースも、昭和初期らしい空間の雰囲気をよく残していた。
戦前の大連駅は満鉄の始発駅で、日本が誇る哈爾浜行きの特急「あじあ」号も日本からの客船に接続してこの駅から出ていた。
「あじあ」号は蒸気機関車牽引でありながら130㎞/hで走り、しかも全車両にエアコン付きという当時世界屈指の名列車であった。
そんな駅から私も北を目指すのだ。
大連駅でなく大連北駅から列車に乗るのでは、大宮駅から東北新幹線に乗るのと同じくらい旅情が削がれてしまう。

広大な待合所は新しくできた部分なので、さすがに日本時代を偲ぶべくもない。
柱のデザインがレトロになっているだけでも感心しなければならない。

中国の駅の待合所は非常に広い
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プレミアム1等席(優選一等座)はグリーン車以上グランクラス以下

中国の高速鉄道は検札が始まるまで、ホームへ自由に出入りすることができない。
しかし検札が始まる前から、せっかちな中国人は長い列を作って待っている。
出発の20分前(始発駅の場合はだいだいこのくらいの時間)に検札が始まり列が動いた。

これから乗車する「復興」号は、ヨーロッパでお馴染みのドイツ新幹線ICEの中国版車両だった。
まずはお世話になる列車の顔を拝むために先頭車両へ向かうも、ホームに立っていた係員に制止された。
これは中国の駅ではよくあることだ。

しかし乗車前の顔合わせは私にとって重要な儀式である。
今度は16両編成の列車の最後部に行くと、こちらには係員はおらず無事儀式を済ますことができた。

一仕事終えて、ようやく予約した8号車に乗り込む。
今回予約したのはプレミアム1等席(優選一等座)。
最初くらいは「あじあ」号の1等車に乗る気分でも味わおうと奮発したのだ。
運転台近くのスペースがプレミアム1等席となっていて、客室は同じ号車の普通席とはデッキで隔てられていた。
1&2列配置の電動リクライニングシートが前後に2組だけ並ぶ特別な空間である。
大型の座席に身を沈めて出発を待つ。
2日間慌ただしく観光してきたから、実に贅沢な時間である。

中国には日本のグランクラスに相当する「商務席」というクラスがあるが、プレミアム1等席はこれに近い。
いわば、付帯サービスを省略したグランクラス(B)のような位置づけだろう。

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関東州から満洲国へ

7時18分、定刻に出発。
厳粛な瞬間である。
本シリーズも序章を含めて第7回目にして、ようやく鉄道の旅が始まった。
列車は後ろ髪を引かれるようにゆっくりと大連市街を進む。

まもなくアテンダントがウェルカムドリンクを持ってきた。
選べる種類は少ないがオレンジジュースをもらう。
翻訳アプリを介して、「寒ければ毛布をお持ちします」「何かあれば申し付けください」と、大変丁寧な接客だ。
シックな紫の制服に身を包んだ彼女は東北人らしく背が高く気品の漂う容姿だったが、私物の腕時計だけが「今どきの女の子」らしいポップなピンク色だったので、殊更に印象を掻き立てられた。

市街地を抜けると、車窓右手に金州湾(渤海東部)が広がった。
見事な黄金色の水田を見ていると、かつての関東州と満洲国の国境付近にさしかかる。
誤解されやすいが、大連は1932年に建国された満洲国の領土ではなく、日露戦争後から日本が権益を保持していた関東州の一部である。

満洲国に入国し、続いて遼東半島の付け根を抜ける。
スピードは300km/h程度。
背の高い高粱こうりゃん畑が果てしなく広がり、所々に古い工場が見られる。
これが満洲の大地なのかと思う。
特急「あじあ」に乗った日本人たちも、この光景に「日本の新大陸」の限りない可能性を感じたに違いない。
何しろ、大連の市街地を除いてトンネルが一つもないのだ。

途中駅でもプレミアム1等席に乗って来る人がいて、定員6人の客室は満席となったが、客室は静かだった。
スマホで動画を見ている女性もイヤホンをしていて、後ろの男性のいびきだけが響き渡っている。
対照的に普通車は団体客がいるのか騒がしく、お菓子や弁当・ラーメンなどが座席のテーブルを賑わせていた。
土曜日の朝というのもあるだろう。
こちらはいかにも「中国らしい」雰囲気である。

ホットコーヒーが飲みたくなったのでアテンダントに聞くと、無いとのこと。
5号車の食堂車(実際は売店)にもペットボトルのカフェラテしかなかったので諦める。
車内にお湯の出る機械はあるので、インスタントを持って来なかった私の準備が悪いのではあるが、プレミアム1等席をジュースだけで過ごさなければならないのは残念だった。

ヨーロッパ鉄道のプレミアムクラスならアルコールも含むウェルカムドリンクや軽食が提供されたり、そうでなくとも食堂車かバーに行けばカプチーノやワイン・ビールは必ずある。
その点中国の鉄道は、快適な車両に豪華な座席を備え、美人のアテンダントを乗務させるところまでは良いが、車内サービスではまだまだ未熟だと感じる。
無論、グランクラス以外の車内サービスをする気すらない日本は論外である。

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瀋陽は満鉄の心臓部

やがてアテンダントが「まもなく瀋陽駅に到着します。」と告げにきた。
まだ終点ではないが、プレミアム1等車の乗客6人全員が瀋陽で降りるようだ。

夥しい数の機関車が待機する広大な車両基地を通り過ぎる。
瀋陽駅は大連~哈爾浜を南北に縦貫する路線と、北朝鮮国境の丹東(旧・安東)~北京に至る路線が交差する鉄道交通の要衝である。
日本統治時代、瀋陽は奉天と呼ばれていた。

満鉄時代の路線図
瀋陽鉄路陳列館にて

9時35分、瀋陽駅に到着。
瀋陽駅は駅舎は、緑色のドームを載せた赤レンガの建物だ。
大連が上野なら、この優美な旧奉天駅は東京駅と非常に似ている。
クラシカルな駅舎の背後には、大きなアーチ形の天井を持つ新しい駅舎が被さるようにして建っている。
不思議なことに新旧の駅舎は、まるで一体となっているように見えた。

夜にはライトアップされる

朝早い列車に乗ったので、これから瀋陽を1日中観光できる。
満鉄の要衝ゆえに、様々な歴史の舞台となった奉天を散策しよう。





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