満洲…
日本人にとっては、純粋に地理的な意味での「中国東北部」にはない、浪漫や憧憬、そして後ろめたさが交錯する不思議な力がこの言葉にはある。
そんな「日本の新大陸」を象徴する存在が、南満洲鉄道(満鉄)である。
単なる鉄道会社にとどまらず、植民地経営全般を幅広く手掛けていた。
現在でも線路・設備や建物など、その遺産は至る所に残っている。

鉄道と近代史が共鳴し合う強烈な光(とその影)に引き寄せられた私は、2026年9月上旬に満洲を実質7日間旅行した。
本記事は第14回、丹東市滞在の後半。
北朝鮮の酒と食事を満喫し、国境の橋と対岸を見渡せるリバービューの客室に宿泊した。
⚠️注意
自然な文章にするため、実際の旅行における時系列は一部前後させています。
また当サイトでは、「戦前の日本及び現代の中国・ロシア・北朝鮮=悪」といった西側諸国特製の世界観は採用しません。
「朝鮮3啤酒坊」で北朝鮮の大同江ビールを飲み比べ
鴨緑江断橋・中朝友誼橋、そして鴨緑江の遊覧船など、丹東観光を一通り終えた。
19時を過ぎたのでそろそろ夕食にしよう。
昨晩は瀋陽の北朝鮮レストランで同国のビールの美味しさに驚かされた。
そこで今日は、丹東市内にある北朝鮮で最も有名なブランド「大同江ビール」の飲み比べができるレストランに行こうと思う。
ハングル文字の看板が並ぶ通りを歩くこと10分、「朝鮮3啤酒坊」というレストランに着いた。
なお、中国では「北朝鮮」ではなく、「朝鮮」または正式な「朝鮮民主主義人民共和国」の呼称が用いられる。
「啤酒坊」は「ビール工房」。
「3」は何の意味か分からないが、中国語の固有名詞で漢数字ではなくアラビア数字が使われるのは珍しい。

店の入り口にビールのタンクがある。
どうやら北朝鮮ブランドのビールをここで製造しているようだ。
円形テーブル席と舞台がある昭和レトロ風な北朝鮮レストランの一般的なスタイルとは違って、店内はカウンター席付きの現代的なビアカフェのような雰囲気だった。
ウェイトレスもチマチョゴリ姿の人はおらず、白いミニスカートの制服だった。
従業員同士の会話では朝鮮語が聞き取れたから、おそらく彼女たちは北朝鮮出身なのだろう。
店内のテレビには、ハングル文字の歌詞とともに自然風景が映されていた。
カラオケ画面のように見えたが、BGMはほとんど聞こえない。
また、やはりここも撮影禁止だった。
そうした様子から、この店も北朝鮮が経営に関与しているのではないかと思われた。
さて、まずはお目当ての大同江ビール飲み比べを注文。
6種類のビールが小さめのコップに並べられていた。
右から左へとだんだん色が濃くなっていて、見ているだけでのどが鳴る。
「ヴァイツェン」や「エール」といった外来語を嫌ったのかどうかは知らないが、それぞれに製法やスタイルではなく、数字の番号が振られていた。
肝心の味も期待を裏切らなかった。
どれも個性的かつ高品質だ。
後で調べたのだが、種類によっては白米を原料に使っているらしい。
たしかにやや白濁したビールがあり、まろやかな味わいだった。
一方で色も味わいもコーヒーを思わせる黒ビールもあった。
一般に中国や韓国のビールは、よく言えば飲みやすい、正直に申せば薄くて物足りない。
しかし北朝鮮のビールは違う。
アジア各国で主流の清涼飲料水の延長のようなビールではなく、本場ヨーロッパに通じる本格派だ。
これで私の「北朝鮮が日本と並ぶアジアのビール大国」説はほぼ確信となった。
もっとも、地方では餓死者が出るほど食糧事情が悪いと報じられる国で、随分贅沢に貴重な穀物を利用しているなとの思いが浮かばないわけではない。
食事では豚レバー炒めと「海鮮餅」を注文した。
豚レバーはオイスターソースで野菜と炒めたもので、朝鮮料理というよりワインバーで提供されそうな洗練された一品だった。
そしてもう一品の海鮮餅。
中国語の「餅」は平らに焼いた小麦粉の食品全般のことを指す。
よって、名前からしてどんな料理かは予想がついた。
果たして、ウェイトレスが「チヂミ」と言って海鮮餅を運んできた。(そもそも「チヂミ」は北朝鮮での呼び方が日本に伝わったという)
私が「よく知っている」という反応を見せながら「カムサムニダ」(朝鮮語で「ありがとう」)と礼を言うと、はにかみながら彼女は去っていった。
概して、北朝鮮の給仕は丁寧だが、愛想をつくることはあまりしない。
ところで、海鮮餅の上にのっていたのはマヨネーズと鰹節だった。
そう。我々が想像する「海鮮チヂミ」よりも、日本のお好み焼きに圧倒的に近いのである。
強いて言えば、青のりの代わりに韓国のりが使われているあたりが朝鮮式というべきか。
丹東市の北朝鮮系レストランという、異国の異質な空間で食事をしているはずなのだが、故郷の関西弁でも聞きながらお好み焼きを食っているような気分だった。
私の中で北朝鮮という国がぐっと身近に感じられるようになった。
いわゆる定番郷土料理を提供し、歌や踊りのショーがある伝統的な国営レストランとはまた別の、都会的で個性的な形態のレストランだった。
それにしても、こんな美味しいビールがいろいろ飲める店が近くにあったら、私なら毎週通うだろう。
丹東の人がうらやましい。
ホテルの客室から眺めた北朝鮮
今晩宿泊するのは橋のすぐ隣にある老舗ホテルだ。
それも奮発してリバービューの部屋を予約した。
川に面した部分はほぼ全面がガラス張りになっている。
そして客室には「北朝鮮を覗いてください」と言わんばかりに望遠鏡が備えられていた。
ちなみに、翌朝は一生懸命に対岸を観察したが、やはり人や車の動きはほとんど見られなかった。
国境に架かる中朝友誼橋・鴨緑江断橋ともに、青・緑・赤の3色で順にライトアップされていた。
ここが橋の全景が一番よく見える場所なので、メディアに使われる写真はこのホテルから撮ったと思われるアングルのものが多い。

しかし、明るく彩られた橋の先に視線を移すと、対岸の新義州市の夜景は何とも寂しいものであった。
ビルから所々光が漏れているのみで、とても人口30万人の都市とは思えない。
夕方に鴨緑江の遊覧船に乗った時には、北朝鮮側に人が生活している気配がほとんどないのが気になっていたが、今こうして見渡すとその疑念はより一層現実味を帯びて迫ってくる。
逆に向こう側から見れば、高層ビルが建ち並び、賑やかな看板が眩しい中華人民共和国は、自由と繁栄の象徴のように映るのかもしれない。


22時過ぎ、橋のライトアップが終わった。
色鮮やかに飾られていた国境は闇に沈み、まばらな光だけが残った。
昼間に土産物屋で購入した北朝鮮産のドングリ焼酎(超美味)を吞みながら、私は映えない夜景をなおも眺めていた。

やはり北朝鮮という国はステレオタイプ通りの、暗くて貧しい謎めいた国なのだろうか。
お好み焼きそっくりのチヂミの味を思い出しながら、芳醇で土っぽい香りがする素朴な焼酎を舌の上で転がした。
そして対岸に住む人々の暮らしに思いを馳せた。


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