満洲…
日本人にとっては、純粋に地理的な意味での「中国東北部」にはない、浪漫や憧憬、そして後ろめたさが交錯する不思議な力がこの言葉にはある。
そんな「日本の新大陸」を象徴する存在が、南満洲鉄道(満鉄)である。
単なる鉄道会社にとどまらず、植民地経営全般を幅広く手掛けていた。
現在でも線路・設備や建物など、その遺産は至る所に残っている。

鉄道と近代史が共鳴し合う強烈な光(とその影)に引き寄せられた私は、2026年9月上旬に満洲を実質7日間旅行した。
本記事は第15回。
丹東から高速鉄道を乗り継いで(瀋陽北駅で乗り換え)、満洲国の首都・新京、つまり現在の長春を目指す。
⚠️注意
自然な文章にするため、実際の旅行における時系列は一部前後させています。
また当サイトでは、「戦前の日本及び現代の中国・ロシア・北朝鮮=悪」といった西側諸国特製の世界観は採用しません。
丹東駅へ
今日は全体で8日間の旅程のうち、中日の5日目。
たいてい疲れの第1波のピークが襲ってくる頃だ。
それでいて昼間は気温30度に迫る暑さときている。
ホテルで預けていたスーツケースを受け取ると、エントランスにタクシーが待機していた。
面倒だからタクシーで丹東駅まで行こうと思い、運転手に声をかける。
彼はジェスチャーで50元(≒1,250円)と提示した。
しかし、この金額は高すぎる。
私は勘違いしたふりをして、スマホの翻訳アプリで「駅まで5元ですね?」と打って見せた。
すると、愛想の良かった運転手は一転して「話にならぬ」といった素振りを見せて去っていった。
たしかに、50元を提示してきている相手に対して5元を主張するのは、交渉術としてはお粗末かもしれない。
しかし私にも言い分がある。
昨日乗ったタクシーは駅からホテルまで6元だったのである。
「50元でも日本円にすれば安い」という発想は、物価の安い国における日本人の悪い癖である。
そんなわけで、炎天下のなか15分ほど歩いて丹東駅に向かった。

月曜日の昼間だが待合所は非常に混雑していた。
私が乗る14時20分発の列車乗り場にも、既に長い列ができている。
列に並ぶ中国辺境の田舎者たちに交じって、明らかに垢抜けた雰囲気の若い女性グループが4人ほどいた。
お揃いの大型スーツケースに、上下黒のシャツとパンツに白いジャケット姿だった。
チケット代わりになる身分証明証としてパスポートを持っているから外国人だろう。
私は列の中から知り合いを探すふりをして(もちろんそんな人はいない)、彼女たちのパスポートの表紙を覗くと、やはり北朝鮮籍の人たちだった。
なぜ「やはり」かというと、瀋陽と丹東のレストランで「北朝鮮美人」のパターンをよくよく学習していたからである。
その身なりからして、何らかの形の「公務」と察せられる。
そのような人は専用のバスで移動するのかと思っていたが、普通に定期列車に乗っているので驚いた。
しかし、驚いたのはおそらく私くらいで、周りの人たちは特に何ら関心も示していなかった。
昨日瀋陽駅では私のパスポートを見て「リーベン!(日本人)」と叫ぶ人がいたが、今回はそのようなこともなかった。
丹東や瀋陽では、北朝鮮の人より日本人の方が珍しいだろうか?
丹東駅~瀋陽北駅:山越えで天気が変わる
さて、今日の目的地・長春までは丹東からの直通列車が限られるので、途中の瀋陽北駅で乗り換えとなる。
中国の高速鉄道で乗り換えをするのは初めてだ。
最初の瀋陽北駅まで乗る列車は、瀋陽から丹東まで来た時と同じ、イタリアの高速電車・ペンドリーノ型の中国版だった。
相変わらず大混雑で、デッキや通路まで人が溢れている。

昨日乗った時と同様にトンネルで山を越えていく。
トンネルをいくつか過ぎていくうちに、快晴だった天気がいつの間にか曇りになっていることに気付く。
視界は悪くなるが、この区間の景色なら昨日十分に堪能したから問題ない。
何より容赦ない日差しから解放されて安堵した。

16時ちょうど、瀋陽北駅へ定刻に到着。
乗り換え時間は27分ある。
乗り換え時間の目安は30分
中国の駅は非常に広く、発車5分前には搭乗口が閉まるので、乗り換えの場合には十分な時間を確保しておく必要がある。
今回は降りた地点の近くに階段があり、出口ではなく乗り換えの案内に従って進むと、すぐに待合所に着くことができた。
結論から言うと、27分という接続時間は余裕だった。
なお、出口に行ってしまうと、荷物検査からやり直しとなるので注意しよう。
しかし、今回はスムーズに事が運んだケースなので一般化はできない。
たしかに中国の高速鉄道は定時性が高く、5分以上遅延するリスクは低い。
しかし問題は、降車位置や混雑具合によっては、乗り換えに要する時間が長くなる点である。
乗車時間が5分前であることも踏まえ、少なくとも15分以内の接続時間は避けるべきだろう。
30分前後が無理も無駄もない理想的な接続時間と思われる。
瀋陽北駅~長春駅:ひたすら満洲の大地をゆく
さて、瀋陽北駅16時27分発、長春経由吉林行きの列車は、国産の「復興号」のスマート編成という最新鋭の車両だった。
最高速度は世界最速の350km/hに達し、客室の快適さも日本の新幹線と遜色ない。
乗り心地も先ほどのペンドリーノ型と比べると格段に良かった。

つい10数年前までは中国の高速列車を「パクリ」「危険」などと言って見下す日本人が多かった。
残念ながら、今でもそうした見方は根強いかもしれない。
しかし、そうこうしているうちに、中国の高速鉄道は新幹線の強力なライバルとして立ちはだかっているのである。
ともあれ、かつて特急「あじあ」号が走った満鉄本線に戻ってきた。
車窓も再び満洲らしい広大な平原へと変わる。
最初の15分くらいは「日本の新大陸」の感慨にふけるも、ずっと景色が同じなのでついついウトウトしてしまった。
これでは「あじあ」号に申し訳ないと感じ、食堂車(実際は売店)へコーヒーを買いに行く。
今回もホットコーヒーはなく、ペットボトル入りのカフェラテを購入した。
それも25元(≒620円)だった。
中国の物価にしてはかなり高い価格に驚き、おかげで目が覚めた。
車両の最高速度は350km/hだが、実際には300km/hを少し超えるくらいまでしか出さなかった。
この区間は日本なら東北新幹線に相当するが、なぜか抑え気味で走っている。
やがて、低く垂れた雲の合間からオレンジ色の光が漏れてきた。

日没までに間に合わせたように、列車は17時43分に長春駅へ滑り込んだ。
瀋陽北駅から1時間16分。
あっという間である。
ちなみに、特急「あじあ」号は奉天駅(現・瀋陽駅)を13時50分に出発して、新京駅(現・長春駅)に17時20分に着いた。
3時間半から2時間以上の短縮効果は大きいが、「あじあ」号を牽くのが蒸気機関車だったことを考えれば穏やかな変化ともいえる。
それだけ「あじあ」号は速かったのだ。
夕暮れの長春は、昼間の丹東よりも15度近く気温が低かった。
初めて薄手の上着をスーツケースから取り出す。
満洲の秋もあっという間にやって来た。

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