パリからバルセロナへ直通する夜行列車は、惜しくも廃止されてしまいました。
しかし、フランス国内の夜行列車とスペインのローカル列車を乗り継いでバルセロナへ行く方法がまだあります。
この行き方では途中で乗り換えが必要ですが、国境のピレネー山脈の景色が驚くほど美しいルートです。
2022年10月初旬、パリから夜行列車でスペイン国境のラトゥール・ドゥ・カロルまで行き、そこからスペインの電車でバルセロナへ向かいました。
①フランスの夜行列車、アンテルシテ・ド・ニュイ(ICN)
国内夜行列車は座席車と二等・一等クシェットのみ
フランス国内の夜行列車、アンテルシテ・ド・ニュイ (Intercités de Nuit:夜行都市間列車の意味。以下ICN)はパリと南フランスを結んでいます。
数は多くありませんが、2021年に環境意識の高まりを受けてパリ~ニースの夜行列車が復活したことは、日本でも話題になりました。
パリからラトゥールまでの所要時間は、約12時間弱と結構長いです。
なお、バルセロナへはICNでセルベール(Cerbere)まで行って、そこからローカル列車で辿り着くこともできます。
バルセロナ着の時間もほとんど変わりませんが、こちらのルートはラトゥール行きと違って毎日運行ではありません。
ICNの編成は簡素で、座席車と簡易寝台車のクシェットから成ります。
部屋に洗面台がある個室寝台車はありません。
クシェットには二等と一等があり、その違いは二等クシェットが3段ベッドが2つ並ぶコンパートメントなのに対して、一等は2段ベッドになっている点です。
また、食堂車や売店などの設備も無いので、必要なものは事前に購入しておきましょう。
ちなみに、クシェットにはペットボトルの水は付いています。
私が乗車した金曜日初の便では、座席車には2つのタイプの車両がありました。
一つは新しい3列座席で、もうひとつが古いタイプの車両です。
客層はやはり若い人が多かったです。
クシェットはそれぞれのコンパートメントに内側からロックをかけることができるので、快適性・治安面からクシェットをおすすめします。
1等クシェットの乗車記:パリ・オステルリッツ駅を出発
ラトゥール・ドゥ・カロル行きのICNはパリ・オステルリッツ駅(Gare d’Austerlitz)から出発します。
フランス南西部への列車が発着する駅ですが、現在その多くが高速列車TGVとなって他の駅を利用するので、この駅から出るのは夜行列車くらいになりました。
ヨーロッパの保養地の別荘やカフェを思わせる、パリのターミナル駅にしてはかわいらしい駅でした。
なお、オステルリッツの名前はナポレオンがチェコでロシア・オーストリア連合軍を破った戦いの地名に由来しますが、列車の行き先とは関係なく、駅がある場所が戦勝を記念してそのように名付けられています。
誤解を与えないためにも、中世初期にイベリア半島からのイスラム勢力を追い払った、カール・マルテルやシャルルマーニュの名前を付けた方が良いのではないかと個人的には思います。
金曜日の夜ともあって、出発の40分程度前に列車の発着番線が判明するや否や、長蛇の列ができあがりました。
係員にチケットを見せてゲートを通ると、小さい頃図鑑で見たことのある電気機関車が迎えてくれました。
小さな目に運転窓の部分が窪んだ、一度見たら忘れられない顔です。
私が利用したのは一等クシェット、つまり2段ベッドが2つ並ぶコンパートメントです。
同室に乗っていたのは中年の太った男性一人だけでした。
隣の部屋では女性客が大きな声で楽しそうに話をしています。
21時45分、2分遅れで列車はゆっくりと出発しました。
大都市パリとはいえ、街の灯りはまもなくまばらになります。
懐かしい夜汽車の感慨と共にビールを飲み終えたころ、相部屋の男性はワイシャツ姿のまま既に寝ていました。
コンパートメントにロックをかけて、私も就寝します。
翌朝、列車は薄ぼんやりした夜明け前の谷間を走っていました。
ところどころ、山荘やお城のような家から明かりが漏れています。
朝目覚めて見る景色に感動するのは、夜行列車の大きな醍醐味です。
だんだんと明るくなり、谷が広がるごとに駅に到着し、ハイキング姿の客たちが降りていきます。
同室の男性もワイシャツのままで降りていきました。
機関車がアシカの鳴き声のような警笛を鳴らしながら、ピレネー山脈へのアタックは続きます。
TGVでフランス・スペイン国境を越えると海側を通りますが、景色の良さならば断然こちらの内陸部のルートがおすすめです。
終着の国境駅、ラ・トゥール・デ・カロル(Latour de Carol)に到着です。
いかにも峠の駅といった佇まいの広大な駅です。
12時間夜汽車に揺られて行きついた駅前は実に寂しいものでした。
駅の規模の割には閑散としている、上越線の水上駅を思わせます。
ただ、朝食には都合の良いカフェが駅前にあります。
パリの物価に慣れていたので、3€少々でも大きなサンドイッチが来て驚きました。
店内には私の他に外国人がいて、店主に何か尋ねていましたが言葉が通じていないようでした。
ただでさえカルロスゴーンに似た特徴的な顔つきの店主が、目や頬の筋肉をフル活用しながら、これでもかというほど大袈裟な身振り手振りで「分からない」を表現しています。
やはりここはまだフランスです。
②スペインの近郊電車
チケットは車内で車掌から12€で購入
ラ・トゥール・デ・カロルからバルセロナ行きの電車に乗ることができます。
切符は現地調達となりますが、駅の窓口ではなく、車内で車掌から買います。
値段は12€でした。
列車はバルセロナの近郊電車という位置づけなので、車両は長い編成の電車です。
所要時間は約3時間と結構長いですが、車内にはトイレが付いています。
8両編成に乗客数人で出発
スペインでは、ヨーロッパの標準的なものより広い線路幅(軌間)が採用されています。
そのため、主要幹線の駅にあるローカル線の0番線のような切り欠き式ホームで待ちます。
出発時刻から20分以上経って、ようやく折り返し列車がやって来ました。
乗り込むのは私も含めて5人程度ですが、列車はなんと8両編成。
しっとりとした国境駅に、落書きだらけの電車が都会の喧騒を連れてきました。
札幌地区の通勤電車が、そのまま根室や稚内に直通している光景をイメージしてください。
国境を越えても、相変わらず壮大なパノラマを望むピレネー山脈越えです。
上り勾配が続きます。
速度は遅いままですが、川の流れの向きが列車と同じになりました。
ようやく下りに転じたようです。
山あいにあるやや大きな駅に着くと、乗客が増えました。
しかし山越えはまだ終わりません。
石造りの古い橋が、この交通路の歴史を感じさせます。
やがて視界が開け、地中海らしいオレンジ色の屋根の家が見えてきました
この辺でようやくスペインに来た実感が湧いてきました。
しかし、私自身のスペイン入りを最も強く印象付けたのは、情熱的な目を輝かせた、薄着で胸元を露にした乗客たちでした。
バルセロナが近づき、車内は通路まで埋まるほどの大混雑です。
出発当初の乗車率が嘘のようです。
14時過ぎにバルセロナ・サンツ駅に到着。
地下にあるターミナル駅です。
朝から曇り空でしたが、今や晴れています。
羽織っていた上着を脱いでオスタル(スペインのペンションのような宿泊施設)に向かいました。
予約方法と費用
ICNの予約はフランス国鉄のサイトから行うことができます。
以下、そのやり方を説明します。
座席車はseat、クシェットはberth
英語のトップページにアクセスしたら、まず目的地を真ん中の検索窓に入力します。
その後に出発地、続いて日付等をいれます。
ここは都市名のparisだけで結構です。
検索結果画面です。
昼間の列車の乗り継ぎなども表示される時は、フィルターのDirect travelをかけるとやりやすいです。
右側の設備選択欄には二等と一等の2つがあります。
上の写真は二等を選んだ場合です。
字が小さくて分かりづらいですが、上の22€が二等座席(seats)、下の45€は二等クシェット(berths)です。
一等を選んだ場合、設備は一等クシェットしかありません。
221€のBusiness Premiereも利用する設備は同じで、変更・返金が手数料なしでできるだけです。
これらの料金は1カ月先の3月の水曜日で照会しているので、かなり安く感じられます。
私が乗車した10月上旬の金曜日の便は、全体的にもう少し値段が高かったです。
今回は2等クシェットを予約してみましょう。
show detailsから青っぽい色のボタンを押下して進みます。
2等クシェットは3段ベッドですから、上・中・下段から好きなものを選択します。
特にこだわりがなければ下段がおすすめです。
クシェットは基本男女を区別しませんが、女性専用のコンパートメントも一部あります。
なお、Lowerの横にあるLower (imperative)は「確実に下段」の意味です。
クレジットカードが使えない場合もあり…
次に、変更・返金条件などを確認します。
青いボタンを押下すると、乗客の名前、続いてメールアドレス・電話番号(頭の080の代わりに+8180)を入力します。
最後に支払いです。
ここが意外と難関で、外国のクレジットカードが承認されないというケースに度々遭遇します。
個人的な経験からすると、短期間に(とりわけ久々に)繰り返し海外サイトを利用すると、カードがはじかれやすくなる傾向にあるような気がします。
数日後に試すとできることもありますが、個別に原因を特定するのは難しいです。
どうしても予約できない場合は、多少の手数料を払っても代理店サイトの利用も検討しましょう。
国境越えの景色が魅力的
TGVでも6時間以上を要するパリ・バルセロナ間。
夜行列車ICNを使うと、夜発で翌日昼間着とやや所要時間が長くなりますが、ヨーロッパでも屈指のダイナミックな国境越えを演じる景色は、それを忘れさせてくれます。
スマートな高速列車でもなく、デラックスな個室寝台車でもない、昭和のブルートレインを思わせる懐かしい夜汽車の旅がここにはあります。
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