キハ85系特急「ひだ」グリーン車と普通列車利用、高山本線の旅【車窓の左右や見所】

幹線

高山本線は岐阜駅から本土を横断して、日本海側の富山駅に至る路線です。
その魅力は何といっても深い山と谷の景色にありますが、古い町並みが残る飛騨高山や名湯の下呂など観光地も沿線に抱えるため、外国人観光客からは「サムライルート」として知られているようです。

高山本線はその運転系統によって4つに分けられます。

  • 住宅と工場の集まる濃尾平野、岐阜~美濃太田
  • 渓谷と観光都市と温泉のある高山本線の代名詞、美濃太田~高山
  • 観光ムードが消えて冬は雪深い崖っぷちを走る、高山~猪谷
  • 富山平野の屋敷林と立山連峰、猪谷~富山

景色の面からは、概ね美濃太田~高山~猪谷が山間部に相当するので、中間部が長い「緩ー急ー緩」の三部形式ととらえることもできます。

2021年4月上旬に富山駅から岐阜駅へと南下しました。

赤線が高山本線。
国土地理院の地図を加工して利用。
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富山~猪谷

JR西日本区間、普通列車のキハ120形はボックスシートとトイレあり

全長225㎞の高山本線のうち、北の端にあたる富山~猪谷間36㎞だけはJR東海ではなくJR西日本の管轄なので、普通列車はここで完全に運転系統が分かれています。
車両はキハ120形という、レールの上を走るバスのようなディーゼルカーで、JR西日本のローカル線で幅広く使われています。
ボックスシートとロングシートが混在の車内で、トイレも設置されています。

もともと本数はあまり多くありませんが、そのうち半数は途中の越中八尾止まり(特に朝の通勤通学時間帯)です。
特急「ひだ」も富山~高山は4往復しか運転されていません。
猪谷までの所要時間は普通列車だと50分、特急列車は35分程度です。

大糸線南小谷駅にてキハ120形。
高山本線の車両は塗装は違うが構造は同じ。

キハ85系「ワイドビューひだ」の3列パノラマ型グリーン車

今回は富山から高山までは特急「ワイドビューひだ」(以下「ひだ」)のグリーン車を利用しました。
「ひだ」に使用される車両はキハ85系という、特急型気動車の傑作です。
営業運転開始が1989年と古いですが、「気動車=遅い」という常識を覆しただけでなく、車内の快適さは最近のコスパ重視の車両を完全に凌駕しています。

キハ85系普通車の車内
キハ85系普通車の車内。
写真は特急「南紀」。

「ひだ」のグリーン車には2つのタイプがあり、一つは今回乗車した通路を挟んで横に3列の座席が並ぶ先頭車のパノラマタイプのもの、もう一つは普通車と同じ横4列で中間車の半分がグリーン車の客室となっているタイプです。
前者のパノラマタイプは富山駅発着の「ひだ」に連結されています。

「ひだ」の先頭車3列グリーン車の車内
「ひだ」の先頭車3列グリーン車の車内
「ひだ」の先頭車3列グリーン車の座席

ブログやYouTubeでグリーン車についていろいろ論評している人が、普段の生活でどれだけハイクラスのサービスを受けているのかは知りませんが、私はそれほど3列座席に拘りはありません。
そもそも、グリーン車で隣に見ず知らずの人が乗ってくることなどほとんどないはずです。

キハ85系中間車の半室タイプのグリーン車の車内
参考:中間車の半室タイプのグリーン車の車内

また、2022年7月から一部の「ひだ」は新型車両のHC85系によって運転されています。
HC85系の運行情報についてはJR東海の特設サイトから確認できます。

乗車記:特急「ひだ」の座席は進行方向左側のC席がおすすめ

富山平野から立山連峰を望む

豪快なエンジン音を響かせながら、特急ひだが富山駅を金沢方面に向かって出発しました。
まもなく、あいの風とやま鉄道と北陸新幹線と並んで神通川を渡ります。

富山平野の市街地や水田の向こうには、屏風のように立山連峰が構えています。
岐阜方面行の場合、進行方向左側の方が景色が綺麗なので、特急で座席を指定する時はC席を予約するのがおすすめです。

速星駅前には巨大な化学工場があり、貨物列車がここから富山貨物駅まで1日1便運行されています。

ところで、越中富山の薬売りをご存じでしょうか?
家々を訪ねて薬を販売するこの営みは農閑期における農家の副業として行われていたものですが、水力発電による豊富な電力のみならず、そうした先行産業が基礎となって、現在では製薬・化学工業が富山県の基幹産業となっています。
第一次産業が風土に影響されるのは当然として、第二次産業でさえその土地の歴史や文化を反映しているというのは、旅行者としても大変興味深いことです。

越中富山の薬売りと関連した家庭配置薬の製造技術は、「伝統」に終わることなく今にも生き続けている。
富山駅前広場にて。

左手には相変わらず平野が広がっています。
やや丸っこい樹形の屋敷林を従えた灰色の屋根の民家と、そびえ立つ北アルプス連峰の景色は北陸ならではです。
高山本線というと山間部の渓谷美が有名ですが、富山平野の景観ももっと強調されて然るべきだと思います。

豊穣をもたらす水田と北アルプスからの水、豊かな自然の恵みに感謝を表すべく、昨晩に続いて迎え酒です。
富山県も新潟ほどではありませんが、辛口の日本酒が主流のようです。

おわら風の盆で知られる越中八尾駅えっちゅうやつおを過ぎると、カーブしながら上り勾配になり、右には山が迫ってきます。
そして笹津駅はいよいよ山間部への入り口です。

神通川沿いの山間部

左手に神通川を見ながら山を進んでいき、途中には水力発電の施設も見られます。
福井県の原発の発電が減っているものの、「電力は北陸の有力な工業製品である」とはよく言ったものです。
しかし大糸線でもそうですが、電源地帯を走る路線がどれも非電化なのは皮肉なことです。

楡原駅にれはらから次の猪谷駅いのたにまではトンネルも多くなりますが、川が大きく屈曲するなど景色の良い区間です。

会社の境界でもある猪谷駅からは、かつて神岡鉄道(現在は廃線)が分岐していました。
神岡鉱山で産出される亜鉛や硫酸などを輸送する貨物列車も、以前は運転されていました。
その名残なのか、駅構内は広く、鉱山住宅らしき建物が昔を懐かしむように建っています。

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猪谷~高山

普通列車のキハ25系はロングシート車両だがトイレはある

高山本線のJR東海区間で使用されている普通列車の車両は、キハ25系というロングシートの車両が多いです。
運転席近くの席からは前面展望が楽しめますが、景色の良い路線でこのような車両はいただけません。

富山~猪谷の列車に接続する形で普通列車が運転されています。
猪谷~高山の所要時間は普通列車で1時間、特急も意外と遅く50分程度です。
最高速度が85㎞に抑えられていて、急カーブが多く、ポイントも改良されていないため駅通過時もあまり速く走れないのが原因です。

乗車記:渓谷沿いの車窓はやはり左側がおすすめ

猪谷駅でJR東海所属の車掌に代わり、関西弁訛りの放送も聞かれなくなりました。
これで中部地方に来たのだなと思います。
ここからしばらくは高山本線で最も山深い区間です。

豪雪地帯でもある深い谷

付き添う川は神通川から宮川と名前を変えますが、相変わらず進行方向左手に谷を刻んでいます。
猪谷駅と次の杉原駅との間に富山県と岐阜県の境があります。

日本海からの湿った風が山とぶつかるこの辺りは、冬に豪雪に見舞われる地域でもあります。
そのため、ポイント部分にはスノーシェルターが設置されています。

線路は川にしがみつくようにして敷かれています。
宮脇俊三氏は高山本線について「川がなかったら統一国家などつくれないだろうと思うほどだし、そのほうがよかったかもしれないが、とにかく川と道とのつながりの強さをあらためて実感させられる」と述べています。(「最長片道切符の旅」より)
特急「ひだ」はゆっくりと渓谷に沿って南下していきます。

集落が見られるのは駅の付近くらいで、それも通過するのであっという間に過ぎていきます。
岐阜県に入ると民家の屋根はオレンジ色が増えたようです。
また、途中から川が進行方向右手に流れるようになりました。

ようやく盆地が広がる

飛騨細江駅で渓谷の景色はいったん終わります。
田畑の向こうに簡素な家が建ち、さらにその背後には立派な杉が並んでいます。

特急も停車する飛騨古川には古い町並みが残っています。
コロナ禍以前は日本人を探すのが難しいくらいに外国人で溢れかえり、すっかり俗化された感のある高山のついでに訪れると、落ち着いて観光できると思います。

V字谷を刻んでいた川も、ここらでは両岸に桜並木が整備されています。

沿線最大の高山駅は近年駅舎も新しくなっています。
これまで3両で走ってきた「ひだ」は、ここで増結して7両編成となります。
私はここで途中下車して、1時間後の普通列車を待ちます。

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高山~美濃太田

特急待ち等のため、普通列車の所要時間が長い

高山からは特急列車の運転本数がにわかに増え、およそ1時間に1本の割合になります。
高山以外にも下呂温泉といった観光地を抱えるこの区間は、新幹線乗り継ぎも含めて名古屋との結びつきが強いことが分かります。
そのためか、最高速度は100~110㎞といくらかは線路改良が行われています。

しかし、相変わらず単線のため、列車本数が増えた分行き違いで停車することも多くなります。
特に影響を受けるのは普通列車で、高山~美濃太田の110㎞程度を2時間半以上かけるものもあります。
特急の所要時間は、名古屋から高山まで2時間半程度が目安です。

駅と駅との間にも信号場を設け、輸送量を確保している。

高山駅で駅弁「牛しぐれ寿司」を購入

周辺の観光の拠点である高山駅では駅弁が販売されています。
まだ朝10時前でしたが、改札の外の販売店で買えました。

牛しぐれ寿司」は牛しぐれとローストビーフの両方が味わます。
やはり主役はローストビーフの方で、ローズマリーの香りを乗せた滋養のある味わいは、牛肉の駅弁多しと言えどもここならではです。

高山駅の駅弁、牛しぐれ寿司

高山からの普通列車もロングシートが予想される(実際そうだった)ため、車内ではなく駅の待合室で食べました。

また、飛騨地方は今も家具生産に見られるように、高い木工技術で有名です。
駅の通路にある祭りに使う山車も、非常に精巧に作られています。

乗車記:右よりも左の方が川沿いの景色が楽しめる

日本海側と太平洋側の分水嶺を越える

美濃太田行きの普通列車は空いていました。
高山駅の次の飛騨一ノ宮駅を出ると、カーブを描きながら急な坂を登り、平地が遠ざかっていくうちに長さ2㎞程の宮トンネルに入ります。
富山を出発して以来、基本的にずっと上って来たわけですが、この宮トンネルの出口(岐阜方面行の場合)が高山本線のサミットで、ここが太平洋側と日本海側の分水嶺です。
以降、高山本線は飛騨川の流れと共に下っていきます。

相変わらず渓谷の車窓

久々野駅くぐのから飛騨宮田駅まではとりわけ橋梁が多く、川の景色を楽しもうと思えば右に左に大忙しです。
イソップ物語ではありませんが、こういう時には案外ロングシートの方が都合が良いのかもしれません。

上呂駅じょうろあたりで谷はやや広がります。
高山以北と比べると、民家の造りも「うだつ」(屋根の端に突き出るように取り付けた柱)のある堂々としたものが増えたように感じます。

温泉街を見渡しながら橋を渡ると下呂駅げろに到着です。

ここで乗客の半分程度が下車しましたが、温泉帰りと思われる客がその倍以上乗ってきました。
そういえば高山駅出発以来、車両端のトイレ付近の席で続いている男女数名の酒盛りは、まだ終わっていないようです。

下呂駅で10分ほど停車した後、また荒々しい渓谷に戻ります。
焼石駅でもしばし停車。
小雨の降るホームに出ると、木々の香りが湿った空気に漂い、まるで檜風呂に入っているような心地です。
普通列車の旅は、特急のグリーン車なんかよりもずっと贅沢ではありませんか。

「発車しますよー」
アルコール漬けになった臓器に新鮮な空気を送り込んでうっとりしていると、運転手に声を掛けられました。
てっきり対向列車待ちかと思っていたのですが、信号はもう青です。
おそらくこの日は運転されなかった臨時列車のスジなのでしょう。

その後走り出すも、またすぐに福来ふくらい信号場で停車。
隣に座る人が「全然進まへんわ」とボヤキます。
飛騨金山駅を出て小さいトンネルを抜けると、旧国名でいう飛騨から美濃に入ります。
川沿いには茶畑や竹林が増えたような気がします。
車内も徐々に人が多くなります。

渓谷美は相変わらずで、白川口駅から進行方向左側に屈曲する飛騨川を見ます。
飛水峡ひすいきょうと呼ばれる岩石が深く削られている区間は特に圧巻です。

下麻生駅からは開けてくる

下麻生駅しもあそうからは開けて川から少し離れ、カーブが一気に少なくなります。
この駅を境に最高速度も100㎞から110㎞に上がります。

下麻生駅。ポイントも高速通過に対応している。

両側の山が遠のき、桜の花は散っています。

飛騨川と木曽川が合流する付近の平地に美濃太田駅があります。

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美濃太田~岐阜

普通列車の本数が増え、車両はキハ75形も増える

これまで普通列車の本数が少なかった高山本線ですが、美濃太田以南は一変して数時間毎から30分毎の運転という、都市近郊型ダイヤとなります。
この辺りは名鉄線と競合する区間が多く、国鉄時代は地域輸送はほとんど意識していませんでしたが、民営化後は非電化で駅は少ないながらも地域の足として機能しています。
美濃太田から岐阜までは普通列車で35分程度です。

太多線(多治見~美濃太田)から直通してくる列車が多くありますが、これらはキハ75系という車両が主力となっています。
近鉄特急に対抗するために生まれた快速「みえ」(名古屋~鳥羽)にも使用される、転換クロスシートにカーテンも備えられた快適な車両です。

キハ75形

乗車記:左側に木曽川、その後名鉄線

2両編成のクロスシートのディーゼルカーは、学生や背広姿のビジネスマンなどでそこそこ混んでいました。
列車はしばらく木曽川を左側に見ながら走ります。
「日本ライン」(風景がドイツのライン川に似ていることから)と呼ばれる景勝地ですが、白川口駅~上麻生駅の迫力と比べると穏やかな流れです。

鵜沼駅うぬまからは濃尾平野に入り、木曽川の代わりに名鉄線が寄り添ってきます。
非電化単線の高山本線に対して名鉄線は複線電化の線路です。

各務ヶ原駅かがみがはらからは工場があちこちに見られます。
この付近は岐阜・名古屋のベッドタウンとしてだけでなく、中京工業地帯の一部として自動車関連産業の集積地でもあります。
学生たちは降りましたが、今度は外国人が沢山乗って来たため、国際列車かと思うくらい外国語が飛び交っています。
工業地帯沿線の普通列車に外国人の乗客が多い、という図式は2010年代にかけて全国で定着したようです。

終点近くまで来ても周りは水田ですが、最後にようやく県都らしく住宅が増え、雨の中高架の岐阜駅に到着しました。

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本土を横断する観光路線

地方交通線に分類されてはいるものの、高山「本線」は中部地方の本土横断線としてそれなりの地位を与えられている路線です。
太平洋側の名古屋・岐阜と日本海側の金沢・富山の鉄道輸送は、しかし、1960年代に大幅な線路改良が行われた北陸本線経由がメインルートとなり、高山本線は横断線としての機能を果たすことなく、くすぶっていました。

民営化後、当時としては画期的な出力を誇るキハ85系が「ひだ」に投入され、線路設備の改良も部分的に行われたことで、沿線の観光輸送に活路を見出しています。
コロナ禍が一段落した暁には、高山本線は再び観光客で活気づくでしょうが、これまであまり注目されてこなかった高山~富山も、また別の魅力を持つ日本海側へと抜けるルートとして認識されて欲しいところです。

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