劇的に移り変わる景色、大糸線普通列車の旅【松本→糸魚川】

ローカル線

大糸線は篠ノ井線の松本駅(長野県)から、地質構造で日本列島を東西に分けるフォッサマグナに沿って、日本海側の糸魚川駅いといがわ(新潟県)に至る路線です。
全長100㎞少々とそれほど長くないローカル線ですが、以下のように明確な個性を持つ3つの区間で構成されています。

  • 北アルプスを見ながら安曇野をいく、松本~信濃大町
  • 仁科三湖と白馬山麓のリゾート風景、信濃大町~南小谷みなみおたり
  • 姫川沿いの秘境を走る、南小谷~糸魚川

2021年4月上旬の土曜日の昼過ぎに、松本駅から糸魚川駅を目指しました。

青線が大糸線。
国土地理院の地図を加工して利用。
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旧信濃鉄道が開通させた松本~信濃大町

混雑する区間

松本~信濃大町は1916年に信濃鉄道(現在のしなの鉄道とは別)の手によって開業した区間で、駅間距離が短いのが特徴です。
単線ながら早い時期(1926年)に電化されているのも、地方の私鉄を買収したJR線によくあるケースです。
国鉄(当時)が建設したのは信濃大町以北で、松本~糸魚川の路線が「松糸線」でなく「大糸線」を名乗っているのはこうした歴史的経緯のためです。

電化区間の車両はE127系という、通路を挟んでロングシートとボックスシートが対峙する珍しい車内設備の電車が主流です。
大糸線の車窓は左側(糸魚川方面行の場合)が綺麗なので、なるべくボックスシートを選ぶようにしましょう。
車内にはトイレも付いています。

この区間は比較的本数も多く、日中でも概ね1時間に1本の運転頻度です。
沿線人口が多いため、車内は混雑することが多いです。
所要時間は信濃大町まで普通列車で1時間です。

大糸線、E127系電車
松本駅にて大糸線の普通列車。

乗車記:安曇野の長閑な景色

松本駅の郷土料理の駅弁「山賊焼」

大糸線の列車が発着するのは松本駅の外れの方で、JR篠ノ井線よりも松本電鉄の線路のようです。
これも元私鉄だった歴史の名残でしょうか?

乗車する普通列車の出発時間まで少し時間があるので、松本駅で買った駅弁「山賊焼」をホームで食べます。
山賊焼とはこの辺りの郷土料理で、ニンニクなどをすりおろした醤油ダレをからめた鶏肉を揚げたもので、名前の由来は「山賊=(物を)取り上げる=鶏揚げる」だと聞いたことがあります。
味が濃厚で旨いのですが臭いもそれなりで、混雑した車内で食べるのはコロナ禍でなくても憚られます。

ところで、私は日本全国で「呑み鉄」をしていますが、長野県と新潟県の地ビールのクオリティの高さは特筆に値します。
良くも悪くも「個性派」が多いクラフトビールにあって、「安曇野浪漫(アルト)」は本場ヨーロッパのビールに肉薄する本格派です。

松本駅14時13分発、2両編成の普通列車南小谷行きは部活動の帰りらしき学生などで酷く混雑していました。
先に山賊焼を食べておいて正解でした。

車窓はボックス席のある左側がおすすめ

松本駅を出発して篠ノ井線とも別れてしばらく市街地を走り、島高松駅あたりから長閑な風景になります。
その後梓川を渡りますがほとんど河原です。
すぐに空くだろうと思っていた車内は依然として混んでいます。

島高松駅を過ぎて梓川を渡る

豊科駅とよしなからは左手に山が見えてきます。
雲の隙間から漏れた陽光が峰に降り注いでいて綺麗ですが、よく晴れた日ならもっと険しい山脈の姿も見られるのでしょう。

有明駅を過ぎた頃からようやく車内は空いてきました。
ようやく山頂付近が真っ白な北アルプスの連山が姿を現しました。
もう春を迎えた下界の風情と、まだまだ冬の厳しさを感じさせる背後の山の対比が美しいです。

信濃大町駅に到着する前にもう一度梓川を渡ります。
相変わらず河原ばかりですが、北アルプスの山々が「借景」になっているので頼りなさは感じません。

信濃大町は大糸線の沿線では最大の街で、立山黒部アルペンルートの長野県側の拠点でもあります。
列車は南小谷行きなので引き続き乗車しますが、ここで車掌が降りてワンマン運転を行います。
今や松本周辺の混雑が嘘のように空いていて、いよいよローカル線らしくなってきました。

信濃大町駅
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観光地・景勝地が点在する信濃大町~南小谷

電化区間は南小谷まで

信濃大町駅からは本数が減り、2時間以上空く時間帯もあります。
ただ、この先も依然として電化区間なので、ごく一部の特急「あずさ」や「しなの」が白馬や南小谷まで乗り入れています。
この区間の普通列車の所要時間は約1時間です。

乗車記:森と湖とアルプスの山々が旅情を誘う

車窓は左側に湖が見える

4分停車の後に信濃大町駅を出発します。
今まで花が咲いていた桜は、この辺りではまだつぼみです。

信濃木崎駅でついに平地が尽き山間部に入り、仁科三湖(南から順に木崎湖・中綱湖・青木湖)をいずれも進行方向左手に見ながら進んでいきます。
最初に木崎湖が林の中から姿を現し、稲尾駅いなおは湖畔にあります。

湖では釣りをする人や小舟を浮かべる人がいます。
私が大自然に抱かれてそんなことをしたら、もう二度と都会でマスクを着けて生活できないと思います。

二番目の中綱湖に近い簗場駅やなば付近にはスキー場やコテージがあり、リゾート地らしい雰囲気です。
簗場駅を出発してすぐに、大糸線の最高地点(標高835M)を通過します。

「ト」の字の勾配票がサミットを表している

下りながら3つ目の青木湖を眺めます。
森の中に湖、そしてその向こうに雪山、まるでフィンランドを旅しているようです。

盆地に降りて左手に白馬岳を見る

青木湖を過ぎると、今度は右手に盆地を見おろしながら下っていくので応接に暇がありません。
神城駅かみしろでは両側の景色が開け、まとまった数の集落があります。

驚くほど白く美しい飛騨山脈を見ているうちに白馬駅に到着します。
この駅は観光の拠点で、リュックサックを担いだ元気なお年寄りたちが降りていきました。

次の信濃森上駅しなのもりうえで盆地は終わり、また山間部の景色になります。
やがてこれからずっと付き添うことになる姫川とご対面です。
雪解けの季節ということもあってか、その名に相応しくない荒々しい流れです。
南小谷みなみおたりまでの数駅は、この後に続く非電化区間の予告編のようなものです。

乗り換えとなる南小谷駅は電化・非電化の境目であるだけでなく、JR東日本とJR西日本の境界でもあります。
到着後しばらくして、折り返しの糸魚川行きが山を登ってやって来ました。

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JR西日本の非電化区間、南小谷~糸魚川

車両は1両のキハ120形

南小谷駅~糸魚川駅は非電化で、JR西日本の管轄する区間となります。
列車本数もおよそ2時間毎と少なくなり、バスのようなディーゼルカーが1両で走るので、旅行者の多い青春18きっぷシーズンは混雑します。
車内にはボックスシートがあり、トイレも付いています。
この区間の所要時間も約1時間です。

なお、大糸線は南北から建設が進められていましたが、最後に残ったのがこの区間の中土駅~小滝駅で、1957年に難工事の末に全通しました。
これがもう少し遅ければ世の中には自動車も普及し、大糸線の建設も中断されていたかもしれません。

キハ120形ディーゼルカー

乗車記:人跡稀な地を行く

姫川沿いの隘路

1両のディーゼルカーには地元の人も少しはいましたが、半分以上は私のような旅行者でした。
隣では中年の紳士がワインやビールにつまみを並べて、ボックス席を占領しています。

列車は姫川沿いの谷をゆっくりと走っていきます。
土砂を含んだ水が流れ込み、川の水が2色になっています。

次の中土駅なかつちは大糸線全通前するまで大糸南線の終点でした。
山中の小駅ながら、終着駅の面影を偲ばせます。

トンネルや橋梁が多くなり、険しい地形を恐々と1両の列車が進んでいきます。
平岩駅小滝駅の間で長野県から新潟県に入ります。
集落はめっきり少なくなり、駅周辺も寂れた印象が強くなりました。

大糸線の最後の開通区間となったこの辺りは、フォッサマグナの断層や火山帯さらには豪雪地帯という建設者泣かせの地形で、線路は雪覆いなどの防災設備の連続です。

駅前にも人が住んでいる気配はあまりありませんが、水力発電施設や建設現場をよく見かけます。
まるで手つかずの自然を開拓していく、テーマパークのアトラクションに乗っているかのようです。
しかし、電源地帯を走る鉄道は非電化というのは皮肉な話です。

ついに平野に出る

根知駅ねちあたりでようやく田園風景が広がり、頸城大野駅くびきおおのからはだんだんと集落も増えてきます。
新潟らしい質実剛健な民家が点在しています。

頸城大野駅

やはて大きな化学工場が左手に現れます。
豊富な水資源や電力を背景に化学肥料などの工業が発展してきた新潟や北陸では、こうした工場がよく見られます。

やがて、北陸新幹線の高架とえちごトキめき鉄道(旧・北陸本線)の線路に寄り添い、乗客はほとんど入れ替わることなく終点の糸魚川駅に到着です。

糸魚川駅

このあと、北陸新幹線で富山に向かいました。
新幹線の糸魚川駅からは、市内と工場と雪山がよく見えました。

糸魚川駅にキハ52が保存されている

さて、終点の糸魚川駅は新幹線開業前は煉瓦造りの機関庫で有名でした。
現在では駅前にその一部が移設されています。

またこの駅には「ジオパル」という、観光案内や鉄道関連の展示施設があります。
コレクション系のスペースもありますが、特筆すべきは昔大糸線で活躍していたキハ52が静態保存されていて、しかも車内も公開もされていることです。
懐かしい車内には国鉄型車両の臭いも残っていました。

私がここを訪れた2020年7月は工事中でしたが、往年の「トワイライトエクスプレス」の食堂車を模したブースも今はあるそうです。

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横断線というよりは「三部作」の線区

今まで見てきた通り、大糸線の特徴を一言で表現することは難しく、地方私鉄ムードの路線と観光路線と秘境を走るローカル線という、それぞれ性質の異なる3つの鉄道が連なっている線区だといえるでしょう。

そんな魅力的な大糸線ですが、2015年の北陸新幹線金沢延伸により北陸本線(金沢以北)が第三セクター化され、いわゆる「垂直在来線」となったため、南小谷~糸魚川の廃止さえ噂されたこともありました。
確かに沿線人口の多い信濃大町までや、観光地を多数抱える南小谷までと比べると、JR西日本区間の基盤の弱さは明らかです。

大糸線の列車で賑やかで旅情溢れる電化区間を経てディーゼルカーに乗ると、本数が少ない、列車が遅いとかそんなことよりも、よくぞこんなところに鉄道を通したものだという感慨が湧いてきます。

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