【日韓擬似国際列車の旅⑤】韓国の最新型高速列車KTX青龍で釜山からソウルへ

アジア

2026年6月末日、日本・韓国両国の新幹線と下関・釜山間のフェリーを乗り継いで、東京発ソウル行き「日韓擬似国際列車」の旅に出かけた。
日本が朝鮮や中国に進出していた1940年の時刻表を基に、現在の最新型高速列車を当時の看板列車に見立てることで、戦前の鉄道黄金時代の海外渡航を今日に蘇らせようとする試みである。

【日韓擬似国際列車の旅・序】東京から韓国・ソウルまで鉄道と船を乗り継ぐ1700㎞
島国の日本には当然のことながら国際列車は存在しない。もっとも国土には多様性があるので、景色のダイナミックな変化を感じられる場所は幾つもあるが、あの国境越えの独特な旅情を味わうことはできない。しかし、お隣韓国への国際航路なら運行されている。こ…

本記事は第5回。
韓国の東海道新幹線、京釜キョンブ高速線の最新型車両KTX青龍チョンニョンに乗って、釜山から今回の旅の目的地であるソウルを目指す。
日韓疑似国際列車の旅もいよいよクライマックスである。

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釜山駅でKTX青龍と対面

4時間半の充実した釜山滞在を終え、釜山駅に戻ってきた。
これから12時34分発ソウル行きの高速鉄道KTX(Korea Train Express)に乗る。
駅にはベンチが並ぶホールのような広いロビーがあり、そこから乗車する列車のホームを確認する。
出発するホームは15分ほど前にならないと分からない。
もっとも、韓国の高速鉄道に乗るには改札も荷物検査等もないので、発車15分前に駅のロビーに着くようにすればよい。
また、列車に乗車してからも検札はなかった。

指定されたホームに降りて、まずはKTX青龍と顔合わせだ。
この車両は2024年にデビューした現代ヒョンデロテム(同じグループの現代自動車は世界的自動車メーカー)製の高速電車で、設計最高速度は320km/hと日本やヨーロッパの最速列車と同じである。
釜山での4時間半という中途半端な乗り継ぎ時間も、この新型車両に乗るための苦肉の策であった。

艶のあるメタリックブルーの車体に、側面は黒と金で引き締められている。
洗練されたスタイリッシュな顔つきは、美容大国に相応しい外観だ。
また「青龍」は2024年が干支の辰年であることにちなんでおり、同じ中華文明圏の一員としての親しみを感じる。

初対面が終わったらいよいよ乗車、ではなく、ソウル方向とは逆のホーム端へと歩いて行く。
1940年当時、関釜連絡船と接続した急行「ひかり」など優等列車の始発駅は、ここ釜山駅ではなく釜山桟橋駅だった。
今向こうに見える留置線に停まっている列車のその先に、かつての釜山桟橋駅があったのだと思われる。
無論、戦前と現在では状況が変わりすぎていて当時を偲ぶべくもないが、ここは急行「ひかり」に釜山桟橋駅から乗る客になったつもりで、改めてこの海風の生温さを感じ取ることにする。

成すべき儀式は全て終わった。
これでようやくKTX青龍に乗車できる。
韓国が誇る最新鋭国産高速列車のお手並み拝見としよう。

列車は8両編成で、私が乗車したのは普通車の2号車。
通路を挟んで2列の座席が並び、ほぼ満席だった。
内装は20年前の特急や新幹線を思わせ、よく言えば清楚、悪く言えば淡白な印象であるが、それはともかく快適性には全く問題ない。
KTXでは車内販売は行われておらず、編成中数カ所に自動販売機があるのみだ。
戦前の朝鮮の優等列車には立派な食堂車があったのだが、所要時間短縮で旅情が失われるのは日本も韓国も変わらない。

韓国高速鉄道KTX青龍の車内

釜山~ソウルを結ぶ京釜高速線は417㎞。
東京~米原と同じくらいの距離だ。
KTXはこの区間を2時間半弱~3時間程度で結んでいる。

1940年の時刻表を見ると、釜山港18時着の関釜連絡船昼便に接続する新京(旧満洲国の首都、現・長春)行き急行「ひかり」は釜山桟橋駅を19時に出発し、京城(現・ソウル)駅到着は翌日の未明の2時30分。
所要時間は7時間半、当時の京釜本線の距離は450㎞だった。
また、関釜連絡船夜便に接続していたのは、同じく新京行きの急行「のぞみ」である。

つまり、日本帝国主義の象徴を司っていた両列車が、偶然にも日本の大動脈である東海道・山陽新幹線で共に活躍しているわけである。
ちなみに同区間最速は特急「あかつき」(釜山桟橋~京城間)の6時間40分。
こちらも戦後は関西~九州間の寝台特急として使われ、全盛期には7往復の隆盛を誇った。

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車両のスペックは高いが、インフラが追いついていない

12時34分、KTX青龍は釜山(Busan)駅を定時に出発した。
新しい車両にしては意外なことに、モーター音は昔の電車のような重低音だった。
国際貿易港らしく、右手に無数のコンテナが積み上げられている。

列車はすぐにトンネルに入った。
釜山市街地は地下で切り抜けるようだ。
明かり区間に出てスピードを測ると270km/h。
東海道新幹線より少しだけ揺れる気もするが、このスピードでこの快適さなら上出来である。
日本と似た山がちな地形なのだろう、その後もトンネルが断続的に現れる。
対向列車とも頻繁にすれ違うが、トンネル内でもあまり衝撃はない。
感心したのは加速度の高さで、昨日乗った東海道新幹線のN700Sに勝るとも劣らないといった感覚である。

市街地の郊外に出ると、中国の地方都市に似た高層マンションが林立する風景が広がっていた。
しばらく100㎞/h前後で走った後、釜山から40分ほどで東大邱トンテグ(Dongdaegu)駅に到着。
東海道新幹線でいう名古屋のような存在だ。
なぜか5分間も停車した後、東大邱駅を出発したのは3分遅れの13時18分だった。

東大邱駅付近

途中で明らかに揺れが大きい箇所があり、区間によって線路設備の質にバラツキがある。
KTX青龍の設計最高速度は320km/hと述べたが、地上設備の更新が追いついていない現状では300km/hが最高となっている。
また大きな駅の前後は在来線と並行する線路(東京~品川間のイメージ)になっているので、全区間を通してその300km/hを出せる所もさほどなかった。

ところで、韓国では最高速度370km/hの次世代高速列車を開発中だという。
未だに300km/hを出すのがせいぜいの状況にあって、車両開発だけがどんどん先走っている印象を受ける。
世界でも有数の水準に達した韓国の鉄道技術にとって、この国は狭すぎる(日本の3分の1以下)のかもしれない。
国土面積を平和的に倍増させる方法も全くないわけではないのだが…

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漢江を渡って終着ソウル駅へ

4分遅れの13時59分、大田テジョン(Daejeon)駅着。
大都市が連なる京釜高速線だけあって、相変わらず乗り降りは多い。
KTXは満席の場合でも乗車はできるようで、デッキに立っている客もいた。
空席だった隣の席には若い女性が乗ってきた。
広告でよく見るあざとい目をした瘦せ過ぎの量産型モデルではなく、色白で健康的な冷たく整った目つきの凛とした美人である。

無論、私の視線はちゃんと車窓に向いている。
大田駅からは明らかに平地が広くなり、工場も増えた。
天気も回復し、青空が広がるとともに緑が生き生きとしてくる。
ようやくKTX青龍は300km/hに達し、速さを感じさせないほど悠々と走った。
隣の美人はずっとスマホをいじっている。
私がトイレに立つ際にも、彼女は表情一つ変えずに立ち上がって通路に出た。

車窓の最後を締めくくるのは、ソウルを象徴する川・漢江ハンガンだ。
それまでソウルの近郊の高層ビルの合間を縫って走っていたKTXも、襟を正して敬意を表するように大河を真っすぐに渡った。
かつての日本の地方都市・京城も、1960年代以降の急速な経済成長「漢江の奇跡」を経て、ソウルは世界的な都市へと成長したのである。

ソウル(Seoul)駅には時刻通り14時59分に到着した。
途中で3,4分の遅延はあったものの、他の列車もほぼ定刻で運行されているようで、定時性についてはヨーロッパ諸国よりも良好と思われる。
改めて、全体として高性能で快適なKTX青龍だが、そのスペックを十分に発揮できていないのが悔やまれる。
どんな形であれ、KTX青龍や次世代車両が半島南部にひきこもらずに、かつての「ひかり」のように半島を縦貫して大陸へと窺う姿を生きているうちに見てみたいものだ。

何はともあれ、ついに目的地ソウルまで辿り着いた。
雨上がりの昼下がり、日差しがきつく人混みも酷い。
昨日の11時12分に東京駅を発車して、約1700㎞の線路と航路を27時間47分かけて来たことを思えば、そんな不快な環境も気にならなくなる。

1940年だと、特急「富士」が東京駅を15時に出て、急行「ひかり」が翌々日の2時30分に着くから、所要時間は35時間30分。
釜山で寄り道したとはいえ、高速鉄道を2回使う2026年の旅程とは思ったほど変わらないのは、関釜フェリーに乗る前の手続きと乗ってからの所要時間がかかるためである。
つまり、80年間にわたる技術の飛躍的な進歩が、国境という重たい存在に押さえつけられた格好なのだ。

東京下関釜山ソウル
1940年1500+①925/10301800/1900+②230
2026年11121651/1945+①800/12341459
ソウル駅

ところで、私が到着したのはあくまで「現代の」ソウル駅である。
現役駅舎に隣接する、1925年に完成した旧駅舎まで訪れなければ、これまで伴走してきた1940年の残像に終止符を打つことはできない。
日韓疑似国際列車の旅はまだ終わらない。

【日韓擬似国際列車の旅⑥】終着はソウル駅の旧駅舎、そして旅は「延長戦」へ
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