2026年6月末日、日本・韓国両国の新幹線と下関・釜山間のフェリーを乗り継いで、東京発ソウル行き「日韓疑似国際列車」の旅に出かけた。
日本が朝鮮や中国に進出していた1940年の時刻表を基に、現在の最新型高速列車を当時の看板列車に見立てることで、戦前の鉄道黄金時代の海外渡航を今日に蘇らせようとする試みである。
本記事は第1回。
東京駅から「のぞみ」、「こだま」それから普通電車で下関駅を目指す。

N700S「のぞみ27号」で新山口駅へ
東京駅の東海道新幹線ホームに立った。
国内旅行や帰省で頻繁に利用している路線だが、今日はいつもとは気分が違う。
私はこれから海外旅行にでかけるのだ。
わざわざホームの端まで歩いて行って、外国人旅行者たちに交じって新幹線の顔を撮影する。
「準拠元」となる1940年の時刻表によると、特別急行「富士」は東京駅を15時に出発して、終着の下関駅に着くのは翌日9時25分だ。
「富士」はその列車名が示す通り、一等展望車を連結した我が国の花形列車だった。
ちなみに当時は三等級制で、二等車が今のグリーン車に相当したから一等車というのはグランクラスが当てはまる。
そして下関駅では釜山行きの連絡船と接続していたことからも、東海道・山陽本線の特急であるだけでなく、国際列車としての性格も強く有していたことが分かる。

大宮の鉄道博物館にて
さて、そんな「富士」に見立てた「のぞみ27号」は新型車両のN700Sで運転されるので、通常のN700A(こちらの方が多数派)による「のぞみ」よりもやや格上な感がある。
N700Sは全席にコンセントが付いている他、座席の掛け心地や内装も進化している。
しかも今年(2026年)秋より、順次グリーン車を遥かに凌駕する個室設備まで導入されるから、一等車付きの「富士」にまた一歩近づきそうである。
もっとも私が今日乗るのは普通車、つまり三等車だ。
「歴史的正当性」に基づき格の高い列車に乗るのが目的であって、贅沢を味わうことが趣旨ではない。

11時12分、東京駅発。
今回の海外旅行の出発はワクワクする飛行機の離陸ではなく、いつも通りの慣れ親しんだ光景なので不思議な感覚だ。
早めの昼食はカツサンド。
時間帯にかかわらず私が新幹線で出かけるときの必需品だ。
やはり機内食よりもこちらの方が気分が盛り上がる。
なお、出発時刻が「富士」の15時と違うのは、フェリーの乗船時間に間に合わせるための苦肉の策である。
また、釜山行きフェリーに乗るのが利便性の高い博多ではなく下関なのは、1940年の鉄道連絡船が下関発なので、その歴史的正当性を尊重してのことである。
梅雨らしい雨上がりのような曇り空で、風景全般がじっとりとしている。
せっかくの「富士」に見立てた列車旅だったが、富士山は雲に隠れて見えなかった。
やや出鼻をくじかれた感がなくもない。
静岡駅を通過する頃に少しだけ日が差してきた。
水蒸気で煙る田園風景を照らす光は、この季節ならではの美しさだろう。
豊富に水を湛えた水田はまるで鏡のようで、いつもは水量が頼りない天竜川も今日は勢いよく流れていた。
予想通り京都駅で客の大半を占めていた外国人はほぼ全員降りた。
次の新大阪駅からは山陽新幹線区間となる。
その後は新神戸駅、岡山駅と停車する度に乗客が減ってゆく。
静寂に包まれた車内では、トンネルに出入りする音だけが断続的に鳴り続けた。
特急「富士」も三ノ宮駅(神戸市の中心にある駅)手前で日付が変わり、深夜の山陽路をひた走ったのだ。
山陽新幹線で最も車窓が印象的な場所が徳山駅付近である。
無数の島が浮かぶ瀬戸内海に面して、巨大なコンビナートがそびえている。
穏やかな自然と無機質な工場は対照的に見えるが、今の時代では重厚長大型産業でさえもノスタルジーの対象のように思えてしまう。

東京から4時間余り、15時33分に新山口駅に到着。
ホームに降り立つとベトっとした空気が肌にまとわりつく。
「こだま951号」と普通電車
次の「こだま」との接続時間は25分。
駅の外に出て何かするには短すぎるし、逆に列車を待つだけにしては長すぎる中途半端な時間である。
結局昼下がりの蒸し暑い駅前を意味もなくうろつき、駅の売店で酒を買うだけに終わった。
15時58分、「のぞみ」の通過を見届けた「こだま951号」が出発した。
10分足らずで厚狭駅に停車し、数分後の「のぞみ」が通過して1分後に出発する。
頻繁に行き交う「のぞみ」をかわしながら一駅ずつ進んでいく「こだま」は肩身の狭い列車だ。
しかし心の中では「富士」に乗っているつもりなのだからと、気分よく駅で買った「東洋美人・限定純米大吟醸生酒」を開封。
芳醇にしてすっきりとした甘みだ。
「美人」というよりは「日焼けしたチャーミングな娘」といった印象に近い。
そうこうしているうちに16時20分、新下関駅着。
在来線乗り換え口に向かうと、発車案内には23分発下関行きの表示がある。
急げば予定より1本早い便に乗れそうである。
しかし新幹線ホームから在来線ホームは意外と遠く、必死に走った挙句に私の目の前で電車は出発してしまった。
飲酒直後の運動で悪酔いしながら18分後の下関行きを待つ。
特急「富士」の乗客は下関駅まで優雅に直通し、そこからもスムーズに港へ移動して連絡船に乗っていったはずである。
それに対して、私は何故にこんな不細工な乗り換えを繰り返しているのだろうか?
山陽本線の国鉄型電車は古めかしいモーター音を響かせながら住宅地を走り、遥か京都駅からやってきた山陰本線の線路を抱き込み、終着の下関駅に16時51分に到着した。
生暖かい潮風が海峡の街を感じさせる。
東京駅からは約1100㎞。
東京からソウルまでの陸路+海路の合計が1700㎞だから、実は既に6割くらいまでのところまで来ている。
東京駅出発から5時間40分。
もし「のぞみ27号」に乗り続けて、博多駅で九州新幹線に乗り換えていたら、今頃は熊本県にいるはずだ。
優雅なはずの下関行き「私の富士」の旅は、現在の「のぞみ」主体ダイヤにあっては実に非合理なものであった。
次回は関釜フェリーに乗船する前に、下関駅と鉄道桟橋跡を散策しよう。

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