室蘭本線は長万部~東室蘭~苫小牧~岩見沢、及び東室蘭~室蘭の路線です。
このうち「海線」と呼ばれる長万部~苫小牧は特急列車が頻繫に走る幹線ですが、その先は普通列車しか走らないローカル線の雰囲気です。
全線に渡って歴史がしみこんだ室蘭本線ですが、本記事ではその性格上3つに分解します。
- 石炭輸送時代の過剰設備が哀れを誘う、岩見沢~苫小牧
- 北海道らしい牧歌的な景色と線形、苫小牧~東室蘭~室蘭
- 内浦湾(噴火湾)沿いの断崖絶壁、東室蘭~長万部
2021年7月、岩見沢から長万部を目指しました。
途中室蘭で一泊し、写真は別の日付のものも使用しています。
岩見沢~苫小牧
複線の立派な線路を1両編成のディーゼルカーが行く
この区間には特急列車の設定は無く、普通列車も1日7往復だけです。
にもかかわらず、複線化されている部分もあり、駅も1両編成の列車を迎えるにはあまりに大きすぎます。
これはなぜかというと、室蘭本線は空知地方の石炭を室蘭港に運ぶために作られた路線で、1950年代までは石炭を満載した貨物列車が数多く運転されていたためです。
かつて室蘭本線からやはり運炭を目的としたローカル線や私鉄が分岐していましたが、石勝線として生まれ変わった夕張線を除いていずれも廃止されています。
岩見沢~苫小牧の所要時間はおよそ1時間半です。
乗車記:車窓は平凡、設備は過剰
廃れた駅に昔を思う
岩見沢駅を12時45分に発車する室蘭本線の普通列車は、新しいとも古いとも言えない1両のディーゼルカーで、乗客は10人程度でした。
この区間の車窓はほとんどが単調な水田地帯で、これといった面白みはありません。
むしろ、1両のディーゼルカーが数時間に1本走るだけのにもかかわらず、石炭輸送華やかなりし時代の面影があちこちで見られるというギャップこそが魅力なのです。
というわけで、ボックス席ではなく運転席のすぐ後ろのロングシートに座りました。
まず岩見沢の次の志文駅からして不自然な広さです。
ここからはかつて万字線が分岐していました。
名ばかりとはいえ流石は本線だけあってカーブや勾配(特に重要)がとても緩いため、昔は今の東海道本線の貨物列車の重量の倍に当たる、2400㌧の石炭列車を蒸気機関車1両だけで牽引していました。
その長さは550mにもなったそうです。
栗沢駅もホーム1面・線路1線の単純な構造ですが、反対側にもう一つのホームの名残があります。
その次の栗丘駅はもっと痛々しく、使われなくなったホームと跨線橋がまだ物理的に残存しています。
ホームは草ぼうぼうで、未だに傍らに敷かれている線路ももはや列車を待つ気力はなさそうです。
この駅の1日の平均利用客は10人未満だそうですが、それにしても普段この駅を使う人は気の毒です。
栗丘駅を出ると珍しく丘陵地帯を走ります。
以前は次の栗山駅まで複線でしたが、トンネルが崩壊したのを機に片側の線路は廃止となり単線化されてしまいました。
栗山駅はこの辺りでは最も大きな駅で、かつて夕張鉄道が合流していました。
まるで賑やかなターミナル駅に進入するように、単行ディーゼルカーは毅然とした面持ちで栗山駅に到着します。
以後も駅に着くごとに同じような調子で、無駄に広い駅を見て石炭産業で栄えた時代を想像する営みが続きます。
沿線は水田の他は玉葱畑も目立ちます。
追分駅近くの道の駅は鉄道資料館でもある
やがて左から石勝線が寄り添ってきて追分駅に到着です。
過剰設備は相変わらずかもしれませんが、今度こそ本当のターミナル駅です。
一旦途中下車して、駅から15分程度歩いた所にある「道の駅あびら D51ステーション」に行きます。
ここには蒸気機関車D51の他、国鉄時代の特急型気動車キハ183系(初期型)が保存されているだけでなく、鉄道資料の展示も揃っています。
もちろん地元の特産品もあります。
休日だったためか屋台の沢山あり、キハ183系を眺めながらラム肉とサッポロクラシックを堪能しました。
道の駅ですからほとんどひとは車で来るのでしょうが、鉄道旅行でこそ立ち寄りたいものです。
没落した本線を気遣う石勝線と千歳線
賑やかな道の駅を後にして追分駅に戻ると、誰もいませんでした。
また苫小牧行きの列車に乗ります。
堂々と複線で真っすぐ進む我が室蘭本線を、単線の石勝線が「失礼します」といった感じで乗り越していきます。
石勝線は石炭輸送が無くなり寂れた夕張線を大幅に改良した路線で、今では道東への特急が走るほどに出世したので、部下のフリをしながら本心では落ちぶれた本線を嘲笑っているかもしれません。
初めて対向列車とすれ違いました。
向こうの列車も1両編成でしたが、複線ならではのシーンに出会えて安心しました。
沼ノ端駅に近づくと、道内で最も活気のある千歳線が左右から合流します。
やはり室蘭本線には敬意を表して乱暴に挟み撃ちにすることはせず、下り線(札幌方面行)が右から寄って来た後、一度乗り越して離れた所を並走していた上り線がそっと近づいてきます。
本記事では苫小牧で区切っていますが、両線上下の4本の線路が合流する沼ノ端駅が、実際は室蘭本線で特急が走っていない区間です。
苫小牧は道内有数の工業都市で、フェリーターミナルとしての機能も持っています。
苫小牧~東室蘭~室蘭
特急北斗とすずらんが活躍する
室蘭本線で最も華やかなのがこの区間です。
全線複線電化された線路を、札幌・函館間特急「北斗」に加え、札幌・室蘭間特急「すずらん」が走っています。
「北斗」はディーゼルカーで「すずらん」は電車ですが、遠距離を走る「北斗の」方が停車駅が少ないので、「すずらん」は「北斗」を補完する役割になっています。
車両運用の都合なのか、普通列車は相変わらず1両のディーゼルカーで運転されています。
本数も日中は1~2時間に1本とあまり多くなく(もっとも北海道ではこれでも恵まれている方だが)、特急列車ばかりが目立つのも特徴です。
所要時間は特急で約40分弱、普通の場合は幅がありますが概ね1時間強です。
非常に線路が平坦な区間なので列車のスピードは速く、特急が130㎞運転をしていた時代の最速列車は、苫小牧・東室蘭間58㎞を僅か30分で走破していました。
乗車記:785系特急「すずらん」に乗車
北海道らしい雄大な景色
特急「すずらん」は2種類の車両で運転されており、時刻表ではどちらが来るか分かりません。
今回乗車したのは古い方の785系という電車で、北海道の特急車両には珍しく私鉄特急のような軽快な出で立ちです。
苫小牧駅を出ると左手に大きな工場を見ます。
左手に海、右手に牧場を見ながら直線主体の線路を快走します。
このあたりはいかにも北海道らしい風景です。
天気が良ければ樽前山が見えるのですが、この日はあいにくの曇り空でした。
数年前の12月に冬晴れのこの区間に乗ったことがあるのですが、独特の形をした山頂の樽前山やサラブレッドを眺められました。
その日の夕方に室蘭から普通列車で札幌に向かった時は、寒さに震えながら車内でホットコーヒーを啜っていた私の前で、女子高生が三人でニコニコしながらアイスクリームを食べていたのには恐れ入ったものです。
東室蘭駅も工場やホテルが立ち並ぶ大きな駅で、全ての特急列車が停車します。
工場地帯に潜り込む
函館行きの特急「北斗」は長万部方面に向かいますが、私が乗っている「すずらん」は室蘭まで普通列車として直通します。
客層も近距離客っぽい人が多くなり車内の雰囲気が変わりました。
列車は工場地帯を走ります。
以前暗くなってから乗った時は、ライトアップされた白鳥大橋が見えました。
工場と山塊に囲まれた土地を進んでいきます。
この閉塞感は、僅か7㎞しかない東室蘭~室蘭に独特の印象を与えてくれます。
終着の室蘭駅はその割にはシンプルな駅です。
室蘭駅旧駅舎と母恋めし
1997年まで室蘭駅は現在の駅からさらに500m程先にありました。
旧駅舎は現在観光案内所になっていて、内部は昔の雰囲気(特に天井部分)をいくらか残しており、昔の写真も見ることができます。
1950年代には石炭の積出駅として、広大な敷地に貨車が並んでいたようです。
ところで室蘭に来たら是非味わいたいのが、「母恋めし」という名物駅弁です。
室蘭駅の一つ手前の母恋駅の駅弁ですが、私が訪れた時は母恋駅の売店がコロナの影響か休業中だったので、観光も兼ねてタクシーで道の駅「みたら室蘭」まで行って買いました。
母恋めしは北寄貝と昆布の出汁の炊き込みご飯をおにぎりにしたもので、燻製のチーズと玉子もついています。
とても家庭的な味わいで、貝殻も捨てるのが勿体なく感じてしまいます。
東室蘭~長万部
普通列車の本数は少ない
この区間も特急「北斗」が1日10往復以上走りますが、普通列車の本数はとても少なく、特に豊浦~長万部は1日4.5往復しかありません。
それでも、本数が少ない即ち車窓が綺麗というわけで、頑張って普通列車に乗ることをおすすめします。
所要時間は特急で50分、普通で1時間20分程度です。
ところで、函館本線や室蘭本線の岩見沢~室蘭が明治時代に開通していたのに対し、東室蘭~長万部の開業は昭和3年になってからです。
これは断層運動で生じた噴火湾沿いの断崖に線路を通すことが、明治時代の技術では難しかったためです。
その後戦時中に千歳線が国有化されたことで繋がった「海線」(長万部~東室蘭~札幌)は、函館本線山線(長万部~小樽)に代わって本州・道南対道央の主要ルートとなったのです。
乗車記:普通列車でしか味わえない秘境駅
工場、そして海岸線
室蘭本線2日目の朝は雨。
午前中は前の章で紹介した母恋めしを買ったりしていたので、東室蘭駅を昼頃出発しました。
新型気動車の客は皆暇そうな人たちです。
左手にはしばらくの間工場が続きます。
夜景として見るのは綺麗なのかもしれませんが、雨の日ではあまり良い景色ではありません。
そんな殺風景な景色の中から、掃き溜めに鶴ならぬ白鳥大橋が現れました。
曇り空でも一際白亜の姿が目立っています。
黄金駅からは工場地帯も尽き、すぐ目の前に海が広がっている北舟岡駅で半分くらいの客が降りました。
雨はもうほとんど降っていませんが、相変わらず風は強いようです。
内浦湾の遥か遠くの湾曲した海岸線に雲が垂れ下がっています。
やがて右手には有珠山が見えてきます。
列車は豊浦行きでしたが、一つ手前の洞爺駅で途中下車。
この時は駅弁の販売所が閉まっていたので、張り紙に書いてあった連絡先に電話すると5分くらいで駅まで持って来てくれました。
レトロなパッケージのかにめしは、出来立てでカニの香りが良かったです。
なお、消費期限は3時間でした。
噴火湾沿いの絶景区間
長万部行きの普通列車に乗って、室蘭本線の締めくくりです。
ほとんどが牧歌的な雰囲気の室蘭本線にあって、洞爺駅から静狩駅(長万部駅の一つ手前)までの区間は断崖絶壁を走ります。
特に洞爺駅から豊浦駅にかけては、下り線(室蘭方面行)が上り線(長万部方面行)よりも高い所を走っています。
複線化の際にこんな険しく狭い所にもう1本線路を通すくらい、室蘭本線が主要幹線として重視されていることの証です。
漁港のある礼文駅を過ぎると、雄大なカーブを描きながら列車は山間部に入っていきます。
断崖とのたたかいの途中にかくもスケールの大きな景色が広がるとは、さすが北海道だと思わせます。
やがて秘境駅として知られる小幌駅に到着。
戦時中に石炭などの軍需輸送の増加に対応すべく、トンネルの合間の僅かな箇所に列車行き違いをする小幌信号場が設けられ、それが現在では駅に昇格されているのです。
小幌駅の利用客数は多い期間でもせいぜい平均で1日10人で、しかもそのほとんどが鉄道ファンと言われています。
コスト削減のため利用者の少ない駅を次々と廃止しているJR北海道ですが、自治体の支援もあって存続しています。
この日もチェック柄のシャツに帽子、リュック姿の中年男性が降りていきました。
その後もトンネルとトンネルの間の一瞬に絶景が広がります。
この線路が車窓を楽しませるためではなく、北海道の中心部や炭鉱と本州との輸送力を高めるために敷かれたということが、旅を味わい深くしてくれます。
トンネルの連続が終わると海岸線には集落が現れ、乗客もホッとします。
静狩駅はもう平地の駅です。
それまでの険しい行路が嘘だったかのように、室蘭本線らしい坦々とした結尾部を演じて終点長万部駅に到着です。
長万部駅の駅弁「かにめし」は、カニの香ばしさが引き立たっている有名な一品です。
函館本線と室蘭本線が合流する鉄道の要衝で、2030年頃には新幹線の駅もできる予定です。
廃止か、空港アクセス特急に活用か
JR北海道によると、普通列車しか走っていない岩見沢~苫小牧(実際は沼ノ端)は「当社単独では維持することが困難な線区」として挙げられています。
本州から道東・道北への貨物列車がバイパスルートとして利用しているものの、このままでは廃線になる可能性が高いです。
そんな中、JR北海道と道内の空港を運営する会社との間で、新千歳空港駅から旭川駅まで直通列車を走らせるという構想が持ち上がったようです。
南千歳駅から石勝線で追分駅へ、そして室蘭本線で岩見沢に出てから函館本線で旭川に至るルートが考えられています。
国土地理院の地図を加工して利用。
リンク先の記事では所要時間1時間半となっていますが、現在の特急列車だと新千歳空港~追分は15分、岩見沢~旭川に1時間を要しています。
追分~岩見沢の距離は約40㎞で、最高速度85㎞の線路を多少改良するにしても30分弱が精一杯なので、トータルで1時間45分くらいが現実的だと思われます。
これが実現すると、廃止の危機にある室蘭本線を有効活用できるだけでなく、道北の玄関口としても機能している旭川の利便性が向上することで、JR北海道にとってもその先の宗谷本線・石北本線の収益改善につながることが期待できます。
また、西ヨーロッパでは昔からハブ空港に高速鉄道が乗り入れて周辺主要都市とを結んでおり(フランクフルト空港~ケルン、アムステルダム空港~ブリュッセルなど)、さらに最近流行りの環境対策も大義名分に取り入れることができるかもしれません。
石炭輸送線から道南と道央を結ぶ主要幹線と変貌を遂げた海線の室蘭本線。
今度は岩見沢~苫小牧の区間が新たな可能性を切り開く番です。
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