1840年、アヘン戦争で東洋の大国だった清（中国）が西洋の島国イギリスに敗北した。
これに衝撃を受けたサムライたちは蘭書を片手に西洋科学を学び、日本は非西洋諸国で初めて自らの意志で以て産業化を成し遂げた。
1850年代から1910年頃までの50年少々という僅かな期間であった。
この間の重工業、つまり製鉄・鉄鋼、造船、石炭の分野における近代化の過程を示すのが、2015年に世界遺産にも登録された「明治日本の産業革命遺産」である。
明治日本の産業革命遺産は日本全国に跨る8つのエリアで構成されているが、その半分以上となる５エリアが九州に存在している。
該当するエリアは①八幡（福岡県北九州市）・②長崎・③佐賀・④三池（福岡県大牟田市から熊本県荒尾市にかけて）・⑤鹿児島である。
また構成資産についても合計23箇所のうち九州が占めるのは16箇所にも及ぶ。
長崎県の軍艦島をはじめ、視覚的にも非常に印象的なものが多いが、遺産に関するストーリーにも触れることでより深く知ることができる。
https://www.japansmeijiindustrialrevolution.com/site/index.html#background
当然ながら、「明治日本の産業革命」には鉄道も含まれる。
2025年4月上旬、九州の産業革命遺産と関連する史跡を鉄道で4日間巡った。
本記事はそのプロローグである。
重工業と鉄道
ドイツ帝国の「鉄血宰相」ことビスマルク（1815～1898）は「鉄は国家なり」という格言を残した。（ちなみに当サイトのキャッチコピー「鉄道は社会なり」はそのオマージュである。）
レールにも使われる製鉄や造船技術は当時の国力そのものを表す指標だった。
そしてエネルギー源である石炭の豊富なシレジア・アルザス＝ロレーヌといった地域は、各国が領有権を争った地としてヨーロッパ史に名をとどめている。
日本が世界史に飛び込んでいったのはそんな時代だった。
とりわけ石炭は、明治時代からエネルギー革命とモータリゼーションが押し寄せる1960年代初頭まで、鉄道と共に我が国の近代化・戦時経済・復興、そして急成長を支えた存在として、その力強くも時には悲壮な姿が重なり合うのである。
石炭を満載した貨車を牽引する大きな蒸気機関車が煙を挙げながら走る白黒の映像（NHK「映像の世紀」のテーマ曲「パリは燃えているか」がBGMならなお良し）を見れば、果てしなく力を訴求した重工業時代の緊迫感に誰もが包まれるのではないだろうか？
つまり、今回の旅行の目当てとなる明治の産業革命遺産は鉄道との親和性が高いのだ。
なお、産業革命遺産が九州に多く分布する理由は３つ考えられる。
まず筑豊や三池など埋蔵量の多い炭鉱が九州に存在していたこと。
2つ目は、地理的に大陸・朝鮮と近いために戦略的に重要性が高いこと。
最後は鎖国時代でも海外との交流があったことで、積極的に西洋の学問や技術を取り入れることができたことである。
少なくとも稲作伝来の頃より、日本の歴史は西から東へと流れているのだ。
ところで、近ごろ書店に行くと「地政学」とか「経済安全保障」といった文言をよく目にするようになった。
今、国際情勢は大きく変動している。
本記事執筆中も世界を振り回す「トランプ関税」は、戦後以来続いてきた自由貿易体制の終わりを予感させている。（先行きが不透明過ぎてそのような曖昧な表現しかできない）
これまでの先進国が海外で安く生産された製品を輸入していた自由なグローバル社会から、各々の国が有事に備えて自国でモノを生産する製造業基盤を整えなければならない時代へと突入していくのかもしれない。
そんな折、熊本県に半導体世界大手のTSMCが進出したことをきっかけに、九州は「シリコンアイランド2.0」を実現しようとしている。
かつての石炭に代わる戦略物資となった半導体産業の中心地は、またしても九州だったのだ。
スターフライヤー85便で羽田から北九州空港へ飛ぶ
さて、堅苦しい話を一通り終えたところで旅行記を綴ることにしよう。
4月上旬の平日、15時過ぎに仕事を切り上げて羽田空港に向かう。
「お先に失礼します。」と言って席を立つと、後輩が「マジっすか？」と怪訝な顔をする。
もうこんなのには慣れてしまった。
17時15分発北九州空港行きのスターフライヤー85便に搭乗。
私でも九州に行く時はほぼ飛行機を使う。
スターフライヤーは北九州空港を本社とする航空会社で、JALやANAより運賃が安いものの、客室の雰囲気は高級感があって設備・サービスも全く見劣りしない。
東京から北九州や福岡に行くならおすすめのキャリアである。
座席背面のモニターでフライトマップが見れるのが個人的には一番うれしい。
18時55分の予定が5分程遅れて北九州空港に到着。
2006年に開業した北九州空港は豊前海に浮かぶ海上空港で24時間営業している。
北九州市の人口規模の割には規模・便数は少なかったが貨物機が停まっていて、物流拠点としての機能も果たしているようだ。
小倉駅行きの直行バスに乗って黄昏時の海を渡る。
なお、空港の最寄り駅となる朽網駅には2025年4月から一部の特急列車が停車するようになった。
旅客の誘致にも力を入れていることが窺える。
空港の近くには自動車工場が多く、1990年代以降の九州は「カーアイランド」と呼ばれることもある。
ふと日経平均の終値が気になって確認すると、今日もまた4桁の変動だ。
「トランプ関税」によってこの辺りの自動車工場が「産業遺産」化しないことを祈りたい。
さて、北九州市というと「衰退した工業都市」のイメージがあるかもしれない。
実際に私が中学生の時は北九州工業地帯を四大工業地帯の一つとして教わったが、今では北九州が除外されて三大工業地帯になっているらしい。
とはいえ、そうした見方が（間違いではないが）一面的だということを今後の記事で語っていくつもりだが、とりあえず本記事では北九州市は寿司が旨いということを強調したい。
北九州市は玄界灘・関門海峡・豊前海に囲まれており、市には「すしの都課」なる組織まであるのだ。
旅行好きの人と話をすると、旨い地魚を安く食べるには地元資本のちょっと高めの回転寿司店が良い、と勧められることが多い。
今晩はその知見に従うことにしよう。
特にフグが気に入ったが、全体的に白身魚は歯応えがあって美味かった。
また鰆もほどよく脂がのっている。
「天心」という地酒は華やかなタイプが多い九州の酒のなかでは大人しい辛口で、寿司の邪魔をしない食中酒だ。
重工業と鉄道の関係と同じくらい良好なマリアージュではないか。
小倉駅近くのホテルに泊まった。
明日は平成筑豊鉄道に乗って、世界遺産登録はされていないものの九州の産業を語るうえで重要な筑豊炭田に行く。
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