イスラム建築の最高傑作として観る人をエキゾチックな世界に誘うアルハンブラ宮殿は、スペイン南部アンダルシア地方の都市グラナダにあります。
800年近くに及ぶレコンキスタの最後の舞台となったグラナダへ、現在はスペインの新幹線アベ(AVE)で容易にアクセスできます。
2023年11月中旬、今回はアベの最上級のプレミアムクラスに乗車しました。
最高速度300km/h、マドリードからグラナダまで3時間半
コルドバを経由する
マドリードからグラナダまでの距離はおよそ570㎞。
アベは最高速度時速300㎞で走り、同区間の所要時間は約3時間半です。
グラナダ行きのアベの本数は少なく、直通列車は1日3往復しかありません。
グラナダ行きのアベは、途中アンダルシアの古都コルドバ(マドリードから2時間弱)を経由します。
メスキータのあるコルドバは観光地としても外せませんが、マドリードから見るとアンダルシア地方の玄関口となる都市でもあります。
概してホテルの価格も安めなので、ここを拠点にグラナダやセビリアなど諸都市を巡るのも良いでしょう。
なお、アンダルシア州内の都市間(セビリア~コルドバ~グラナダなど)には、近距離高速列車のアバント(AVANT)も運転されています。
国産タルゴ車両・S102系
マドリード・グラナダ間のアベにはS102系という車両が運用されています。
これはスペインで長年実績のある「タルゴ型」と呼ばれる特殊な構造の車両です。
日本でかつて活躍したE4系新幹線の鼻を叩いて薄く延ばしたような、独特のフォルムが印象的です。
そんな機関車に挟まれた客車は車高が低く、編成全体をなおさらユニークに見せています。
アベの他の車両はフランスやドイツの新幹線をベースにしたものですが、このS102系はスペインの国産車です。
マドリード・グラナダ間のみならず南から北まで国内各地の路線で運用されており、自身を持って「スペインの顔」と言っても差し支えありません。
プレミアムクラスと普通の一等車との違い
本章では予約する際に知っておきたいプレミアム(Premium)の内容・利点について述べます。
全般的なスペイン国鉄(renfe)の予約の仕方については以下の記事をご覧ください。
Basico,Elige,Premiumの意味
まず、アベのクラス・等級は複雑なのでその概要を理解しましょう。
予約クラスは大まかに3種類あり、安い順にBasico,EligeそしてPremiumです。
また車両の等級としては二等車と一等車から成ります。
普通に考えるとBasicoが二等車、Eligeが一等車と思いがちですが、そうではありません。
BasicoもEligeも二等車で、Eligeの方がチケットの柔軟性が高くなります。
そしてEligeを選択するとElige Comfortという追加のオプションがあり、これこそが一等車です。
そして最上級のPremiumももちろん一等車です。
プレミアムと普通の一等車との違い
それでは通常の一等車であるElige ComfortとPremiumの違いは何か?
4点押さえておきましょう。
①出発駅でラウンジが使える
一つ目のPremiumの特権は出発駅のラウンジが利用できる点です。
マドリード・アトーチャー駅のラウンジはソフトドリンクやスナックだけでなく、缶ビールも無料で飲むことができます。
②車内で無料の食事サービスがある
Premium最大のメリットは車内での食事サービスでしょう。
スープ・サラダ・パン・メインに加え、飲み物のチョイスにはアルコールも含まれています。
特にワインの種類は豊富です。
食事の内容は乗車する時間帯によって変わります。
Elige ComfortとPremiumは乗車する車両そのものは同じなので、何ももらえないElige Comfortの客は、優雅に食事を楽しめるPremiumの客を羨ましげに眺めることになります。
③変更・キャンセルが自由
Premiumはチケットの柔軟性も高いです。
当日の出発時刻まで変更は手数料無料(差額は必要)で可能です。
キャンセルも7日以上前は無料、6日以内でも95%が返金されます。
マドリード・グラナダ間は本数が少ないので、易々と変更はできないかもしれませんが、アベの本数が多いマドリード・バルセロナ間ではちょっとした予定の変更があっても安心です。
④座席指定が無料
通常renfeのサイトで予約する時に、座席表から好きな席を選ぶためには5€の手数料が必要です。
しかしPremiumでは座席選択費用もチケット代に含まれています。
些細な事ではありますが、疎かにはできないメリットです。
料金は列車によって変動するが、意外と高くない
さて、Premiumのメリットを説明したところで気になる価格です。
他のクラスと同様に需給によって変動しますが、そこまで高額ではありません。
列車によってはElige Comfortからちょっとだけ背伸びをする程度です。
参考までに、私の場合はマドリードからグラナダまでPremiumで64€。
Elige Comfortと10€程度しか変わりませんでした。
おそらくラウンジ利用と食事サービスだけで、チケット代の半分くらいは元を取ったと思います。
グラナダ行きAVEの車内
二等車の車内と座席
奇抜な外観に似合わず、S102系の車内はシックな雰囲気です。
二等車でも座席ごとに充電用コンセントが設置されています。
車両が小さいので客室も普通の列車より狭く、落ち着いて過ごせる広さです。
一等車の車内と座席
黒い革張りの座席に木目調のテーブルと、一等車はクラシックともいうべきインテリアです。
なお、ここで紹介している写真は実際に私が乗車した一等車ですが、同じ一等車でも車両によってインテリアが違いました。
カフェテリアあり
アベにはカフェテリア車両が連結されています。
購入したものを立ち席で飲み食いできます。
色々な国の鉄道のカフェテリアを利用していますが、スペインのカフェテリアが一番賑やかだと思います。
さすがはバルの社交文化を持つラテン系の国です。
乗車記:食事付きのプレミアムクラス
マドリード・アートチャー駅のラウンジに入場できるのは90分前から
雨が降るスペイン北部ガリシア州をまだ暗い朝に発ち、高速列車アルビアでマドリードに着いたのが11時半ごろ。
晴れ間が覗く土曜日の昼の首都は実に賑やかです。
しばらく駅構内や周辺をウロウロして、13時過ぎに荷物検査の列に並びます。
アートチャー駅のプレミアムクラス用のラウンジは、荷物検査を過ぎたコンコースの隅っこにあります。
荷物検査は列車の発車時刻90分前にならないと受けられないので、必然的にラウンジに入場できるのもそれ以降となります。
日本で言う2階で検査を終えてコンコースに出ると、右手奥にrenfe Sala Clubと書かれたラウンジが見えました。
ラウンジはかなり広く、オフィスの会議室のような一画もあります。
ここは外の喧騒とは全く違う空気です。
充電用コンセントもあちこちにありましたが、その幾つかは壊れていました。
各種ホットコーヒー・水・ジュースの他に、ビールも自由に飲むことができるのが嬉しい点です。
食べ物はスナック菓子が何種類かあります。
ボードに列車の発車時刻・ホームが表示されているので、安心して過ごすことができます。
この後もう一度列に並んでチケットをスキャンされるので、発車10分前を目安に外に出ましょう。
食事が始まる
一等車は編成後ろ寄りの車両で、コンコースからホームに降りてからあまり歩かずに済みます。
もっとも私にとっては乗車する前に「顔合わせの儀式」があるので、ホーム端まで行くのですが…
14時35分、定刻にゆっくりとマドリード・アトーチャー駅(Madrid Atocha)を発車。
一等車の車内はほぼ満席です。
発車から20分後、スピードが乗ってきた頃に食事サービスが始まりました。
最初にメニューが配られ、プレミアムの乗客のみに配膳されます。
どうやら私の車両でプレミアムで予約していたのは5,6人のようでした。
トランプに興じていたエリーヘ・コンフォートの中年男女グループが不服そうな顔をしています。
気になる食事の内容はコンソメスープにサラダ、メインがビーフシチューです。
さらにパンやチーズ、食後のコーヒーも付いています。
そしてワインの銘柄には路線限定のものがあって、グラナダなど南部行きの場合のみアンダルシア産白ワインを頼めます。
飛行機の機内食を質・量ともに凌駕しています。
パンは2種類あったので両方貰いました。
おそらく私が乗車した14時半ごろ発の便だと、食事は「昼食」扱いになるのでしょう。
テーブルが広いので飛行機のように食事するのに苦労することもありません。
コーヒーも終わってようやく窓の外を眺めると、スペイン中央部らしい岩が剥き出しになった荒々しい丘陵です。
また曇ってきたようです。
通りかかったスタッフが「ワインをもう1杯いかがですか?」と声を掛けてきました。
ここはお言葉に甘えて同じワインを頂きましょう。
酸味が強く、洋ナシ・ナッツの香りがします。
山脈を越えてアンダルシアへ
やがて列車はシエラ・モレナ山脈を南北に横断します。
山越えが終わると、そこはスペイン南部・アンダルシア。
この地方に来るのは初めてです。
それまでの曇り空の赤茶色の大地が、青空と緑を敷き詰めた地面の鮮やかな風土となります。
この景色が私にとってのアンダルシアの第一印象でした。
最初の停車駅はコルドバ(Cordoba)。
意外なことに、ここで降りる人はあまりいませんでした。
コルドバからは乗り心地が悪くなります。
単線になって途中駅で行き違いをすることもありました。
マドリード~コルドバ~セビリアがスペイン最初の高速鉄道ですが、そこから分岐するコルドバ~グラナダは同じ高速線でも明らかに格が落ちたことが分かります。
千切れ雲が次第に小さくなり、陽光に照らされた緑の畑は明るさを増しました。
これから陽が落ちていくはずなに、逆に陽が昇っているような錯覚を覚えます。
私の席の近くのグループのトランプは、さすがに2時間以上遊んで疲れたのかお開きになりました。
マダム達に囲まれて一番はしゃいでいたおじさんもこれで寝るのだろうと思っていると、なんと眼鏡をかけてパソコンを開き、表計算ソフトで仕事を始めたではありませんか。
やはり、昼食はバルで仲間と語らった後に仕事に戻れるスペイン人は違うなと感動しました。
次第に夕日が車内を照らし始め、アベは山に囲まれた白い家を見ながら時速100㎞程度で走ります。
もはや高速列車とは名ばかりの、秋田新幹線のような立ち位置です。
18時過ぎ、ついに終着のグラナダ駅(Granada)に到着しました。
グラナダは盆地にあり、駅正面の丘陵地にも市街が広がっています。
駅から繁華街までは歩いて20分程かかります。
スペインのイスラム勢力の白鳥の歌、アルハンブラ宮殿
グラナダを訪れる方は必ずアルハンブラ宮殿に行くでしょう。
1492年、ここを最後の拠点としていたイスラム勢力がスペインに敗れたことで、700年以上に渡るレコンキスタが終わりました。
それまでの歴史において取るに足らない存在だったヨーロッパが大航海時代を切り開き、閉塞的な中世世界から脱するのもこの頃です。
この日はもう夕方なので、小川を挟んで宮殿と対峙するアルバイシンという歴史地区を散策。
ライトアップされたアルハンブラ宮殿は、丘の上に呆然と建っているようで物悲しく映ります。
石畳の細い坂道が白壁の家の間を縫うアルバイシンの夜の風景も誠に風情があります。
バルで羽目を外した翌朝、いよいよアルハンブラ宮殿内部を見学します。
当日行ってもチケットは売り切れていることが多いので事前予約必須です。
広大な敷地内は、まさにイスラム最後の楽園。
遺跡になっているエリアがあるのも本物らしくて良いです。
見た目に美しいだけではなく、ヨーロッパとの戦いの末に陥落したこの楽園が、中世という一つの大きな時代区分に幕を下ろす存在となった象徴的意義こそが、我々がアルハンブラ宮殿に魅せられる最大の要因でしょう。
見学には3時間くらい必要でした。
比較的小さな差額で利用できるプレミアムはおすすめ
フランスの新幹線TGVやユーロスターにも、プレミアムと同様の一等車プラスαの「ビジネスプレミア」というクラスがあります。
しかし、こちらはアベと比べるとかなり高額です。
場合によっては僅かな追加費用で多くのメリットを享受できるので、是非一度スペイン国鉄の最高水準のサービスを体感してはいかがでしょう?
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