八代から川内へ、肥薩おれんじ鉄道の全線乗車記【車窓・おすすめきっぷなど】

私鉄

「新幹線ができて便利になった代わりに旅がつまらなくなった」
そう思っている方も多いでしょう。

八代やつしろ(熊本県)と川内せんだい(鹿児島県)を結ぶ肥薩おれんじ鉄道は、そんな方にぴったりの路線です。
この路線は九州新幹線開業に伴いJR鹿児島本線の一部を第三セクター化した鉄道です。
トンネルでショートカットする新幹線からはほぼ見えない海の景色や内陸部の田園風景を楽しむことができます。

オレンジ線が肥薩おれんじ鉄道、太い赤線が九州新幹線
国土地理院の地図を加工して利用

2024年2月初頭、八代から川内まで肥薩おれんじ鉄道に全線乗車しました。
本記事では車窓、特に海がよく見える区間やおすすめのチケットなどについて解説していきます。

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快速は廃止、観光列車以外は普通列車のみ

八代~川内の営業距離は117㎞、所要時間の目安は2時間半です。
途中の出水駅いずみで乗り換えが必要になることもありますが、およそ1時間毎に列車が運転されています。
乗り換えが必要ない列車でも、出水駅で数分、長い場合には15分も停車することがよくあります。
ちなみにトンネルを多用して内陸寄りに突破する九州新幹線だと、新八代(八代から北に3㎞にある駅)~川内の距離は30㎞ほど短くなります。

観光列車を除くと運転されているのは全て普通列車です。
以前は「スーパーおれんじ」などの快速がありましたが、現在は廃止されています。

JR鹿児島本線だった時代は九州の大動脈ということで全線電化されていますが、特急が走らなくなった今では1両か2両のディーゼルカーが走っています。
車内はボックスシートでトイレも付いています。
また、すれ違った一部の車両には向かい合わせではない2人用の転換クロスシートのものもありました。

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一日フリーきっぷか旅名人の九州満喫きっぷがおすすめ

八代~川内の全線を乗り通すと運賃は2,670円
同じ距離のJR線運賃よりやや高いです。
さて、通常の切符以外でもお得な切符が何種類か販売されています。

一つ目に紹介するのが「おれんじ1日フリー切符」です。
説明するまでもなく全線で1日有効なフリー切符で、通年販売なので使いやすいです。
価格は2,800円
主要駅の窓口または券売機で購入できます。
途中下車しながら乗り通す場合や、日帰りで往復する場合に利用価値が高い切符です。

次に紹介するのが、JR九州の駅やJTB等旅行会社で購入できる「旅名人の九州満喫きっぷ」です。
これは九州版青春18きっぷを拡大したもので、JR線の普通・快速だけでなく、市電も含む九州のあらゆる私鉄に乗ることができます。
価格は1日×3回(人)で11,000円です。
日にちは連続する必要はありません。
肥薩おれんじ鉄道以外の路線も含めて、3日以上周遊する場合におすすめです。
ちなみに、熊本~鹿児島中央までJRの普通と肥薩おれんじ鉄道を乗り継ぐと合計で4,000円を超えるので、1回分の元は取れます。

最後に、青春18きっぷをお持ちの方は「おれんじ18フリーきっぷ」を使いましょう。
当日有効な青春18きっぷを提示すると駅窓口か車内で買える切符で、全区間を2,100円で利用できます。

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乗車記:海がよく見える絶景区間は2か所ある

乗車記の前に要点だけまとめておきます。

  • 八代海が見える日奈久温泉駅~肥後田浦駅が絶景区間その1(八代寄り)
  • 東シナ海が見える薩摩大川駅~薩摩高城駅が絶景区間その2(川内寄り)
  • それ以外の区間でも海が見えるところは多く、内陸部の景色も趣がある
  • 植生は南国を感じさせる
  • 通学時間帯以外は空いている

熊本からJRの普通電車で軽やかに八代へ。
駅前には大きな工場が聳えている。
川内寄りの奥の方に停車している肥薩おれんじ鉄道のディーゼルカーに乗る。
行先が見慣れぬ隈之城くまのじょうとなっていて駅員に川内まで行くか聞いてしまったが、川内から1駅だけJR線に直通するらしい。
14時13分発の1両編成の列車は空いていて、ボックスに一人ずつ乗っている程度だった。
高校生と高齢者という典型的な地方ローカル鉄道の客層である。

八代駅やつしろを出発してまもなく、熊本~八代では一度もなかったトンネルに入った。
そして球磨川の河口部を渡る。
その向こうでは八代の工場が煙をあげ、灰色の空をさらに重たくさせている。
球磨川沿いの道はJR肥薩線(運休中)に任せ、こちらは海へ近づいていく。
ほんの数分のことだが、なかなか期待を持たせる旅の始まりである。

侘しい民家の建てこんだ日奈久温泉駅ひなぐおんせんを過ぎると、目の前に八代海が広がる。
風が強く、水面がざわめいている。
車内の自動アナウンスでもしばらく海沿いを走る旨の案内があった。
八代駅出発からおよそ15分後の第一絶景区間である。

今回の旅の友は熊本駅で買った地酒。
華やかで力強い、やや辛口の純米吟醸酒だった。
対岸の天草列島もよく見える。

余談になるが、阿蘇山を擁する熊本県は水資源が豊富なので、九州の中では佐賀県と並び日本酒が美味い。
そしてこの条件は、今をときめく半導体製造業にも当てはまる。
実際、近年半導体産業に大規模な投資がある熊本・広島・宮城・北海道は、いずれも日本酒造りが盛んな所である。

絶景区間が終わっても全く気を抜くことはできない。
崖と海に挟まれた狭い集落に臨む海浦駅うみのうらは、こういう駅を訪れながら旅することこそ列車旅の醍醐味だと思わせる。

海浦駅付近からの眺め

その後内陸部へと入り、灰色の屋根をした民家や田んぼの風景となる。
深い緑をした山に囲まれた棚田の一部の区画だけ明るい黄金色をしていた。
少し開けたところで新幹線が近づいてきて新水俣駅に到着。
ここで数人ずつ乗り降りがあり、次の水俣駅でほとんどの客が降りた。

海に近い山の斜面は果樹園になっていて、黄色く大きな実がなっている。
ささやかに彩を添えるように梅の花も咲いていた。
そんな中でそっと建っている住宅が新しく綺麗なのは意外だった。

米ノ津駅こめのつで目鼻立ちのはっきりした健康そうな女子高校生がまとめて乗ってきた。
熊本とは明確に違う、幕末期の大河ドラマでお馴染みの、あの歌うようなイントネーションが聞かれる。
つまり、鹿児島県に入ったのだということが読者にも自明だろう。

今まで狭い所ばかり走って来たので出水平野は殊更に広く感じる。
ここは冬にナベヅルをはじめ、さまざまな種類のツルが渡来することで知られている。
車窓からも田んぼをついばんでいる黒っぽいナベヅル(?)を見ることができた。
ちなみに、肥薩おれんじ鉄道の線路はトンネルを避けて海沿いに進みながら沿線の集落を結んでいるので、鍋弦なべづる状に敷かれている区間が多い。

出水駅いずみでは6分停車した。
ちょっとだけ駅を散策してホームに戻ると、いつのまにか前に1両増結して2両編成になっていた。
前の車両は高校生が結構乗っていた。

出水駅

しばらく平野部を走り、折口駅を過ぎるとまた海に出て南下していく。
そして薩摩大川駅からその2つ先の薩摩高城駅さつまたきまでが第二絶景区間である。
やはり薩摩大川駅を出ると車内アナウンスが流れた。

一回目の車窓ハイライトと同じで、遮るものもなく海がよく見える。
ただし同じと言っても、一回目の海は内海の八代海(不知火海)なのに対して、今回は東シナ海という外海なので、ここは両者の違いに着目されたい。

荒々しい岩礁に押し寄せる波は強くなり、水平線を見渡す海原には小さな甑島こしきしま列島が頼りなく浮かぶのみである。
日も傾き、雲の合間からオレンジ色の光が切なく漏れている。
まるで日本海に沿って走っているような、場違いな感傷を覚えてしまった。

しかし、険しい表情をした岩礁の代わりに背の高い檳榔樹が並ぶと、儚げな夕陽は明るい南国の太陽の光となった。
ようやく飲み終えた日本酒よりも、テキーラやラム酒の方が似合いそうな景色である。

クライマックスが過ぎて内陸を走り、椿などの照葉樹やアロエをよく見かける。
川内まではあと15分程度だ。
つまり肥薩おれんじ鉄道は、15分ずつの序奏とコーダ(終結部)に前後して二つのハイライトが配置されるという、なかなか整った構成美を見せている。

16時42分、川内駅せんだい着。
6分の接続で鹿児島行きの電車に乗る。
このディゼルカーは、なぜかその鹿児島本線の電車の後に一駅だけ走る。
八代から肥薩おれんじ鉄道でここまで来た旅行者には、その意味を問う資格はなかろう。

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景色は点ではなく線で

肥薩おれんじ鉄道がかつては日本列島南端の国土軸であったことを示すのは、今や電気機関車が牽く貨物列車のみです。
新幹線が30分で通り過ぎる区間を、短編成のディーゼルカーが2時間半かけて走ります。
なんと「タイパ」の悪い行程でしょうか?

旧鹿児島本線時代の名残で、特急列車にも対応できるよう長いホームになっている

ここまで読んでくださった方なら、それを「無駄」と切り捨てることはないでしょう。
本記事では「絶景区間」も解説しましたが、それ以外の何気ない風景も是非味わって欲しいと思います。
松本清張の名作ではありませんが、「点より線」というのが列車旅を充実させるために重要なことなのです。


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