満洲・満鉄紀行①:抗日戦争勝利記念日の大連へ飛ぶ

アジア

満洲…
日本人にとっては、純粋に地理的な意味での「中国東北部」にはない、浪漫や憧憬、そして後ろめたさが交錯する不思議な力がこの言葉にはある。
そんな「日本の新大陸」を象徴する存在が、南満洲鉄道(満鉄)である。
単なる鉄道会社にとどまらず、植民地経営全般を幅広く手掛けていた。

現在でも線路・設備や建物など、その遺産は至る所に残っている。

鉄道と近代史が共鳴し合う強烈な光(とその影)に引き寄せられた私は、2026年9月上旬に満洲を実質7日間旅行した。
本記事は第1回。
深夜未明の羽田空港から韓国の仁川空港を経由して、抗日戦争勝利記念日に中国・大連に到着した。

⚠️注意
自然な文章にするため、実際の旅行における時系列は一部前後させています。
また当サイトでは、「戦前の日本及び現代の中国・ロシア・北朝鮮=悪」といった西側諸国特製の世界観は採用しません。
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ソウル・仁川空港からの再スタート

何回目の海外旅行になっても、飛行機の離陸する瞬間のワクワクと緊張感が同居する、あの独特の感覚は変わらない。
たしかに20年前と比べれば緊張感よりワクワクの占める割合が高くなったかもしれないが、行って楽しんで来ればそれで良かった昔とも違うので、出発の度に新鮮味はある。

1時30分発仁川空港(ソウル)行きアシアナ航空177便は、深夜未明の羽田空港を飛び立った。
東京湾の夜景は早々と雲で隠れてしまった。

今回の旅程では往路は大連着、帰路は北京発である。
両都市とも日本からの便は出ているので、往復とも中国系の直行便に乗るものと思っていた。
ところが、納得のいく直行便のチケットが見つからず仁川経由となった。
中国系航空会社が去年から日本路線を減便したためだろう。
どちらの責任にせよ、もはや双方とも得をしているわけでもなく、一般国民からすれば迷惑な話である。

早朝4時10分に仁川空港に到着。
ここに来るのは2か月ぶりだ。
今年7月には「日韓擬似国際列車の旅」と銘打って、両国の高速鉄道とフェリーを乗り継いで東京からソウルまで行き、この空港から飛行機で帰国した。
見慣れたターミナルを見渡していると、2カ月のインターバルを挟んで韓国旅行の続きを再開するかのような気分になってくる。

つまり、前回の韓国が「大日本帝国外地シリーズ」の第1部だとしたら、今回の満洲は第2部となるわけだ。
期せずしての仁川経由だったが、連続性を見出すことができて良かった。
ならば、来年あたりに第3部の台湾にいかなければならないなと、まだ満洲に着く前から考えてしまう。

大連行きの便は9時5分発。
当然ながら乗客は韓国人か中国人ばかりだ。
ゲートでは若い女性職員が、パスポートとチケットに印字された私の名前を見て「マサキ…さん…。」と神妙に絞り出しながらチケットにハートマークを書いてよこした。

韓国の空港では、パスポートと照合したチケットに空港職員がこうしたマークを入れることがある。
彼女は珍しい日本人を見て自分の日本語能力を試したかっただけなのだろうが、チェック済みのハートマークと相まって、ぎこちない発音がかえって「思わせぶり」に聞こえて可笑しくなってしまった。

飛行機は仁川空港混雑のため30分ほど遅れて離陸し、それからずっと黄海上空を航行した。
日本列島と違って良い天気だ。

やがて海上におびただしい数の船が浮かぶようになると、前方にはついに遼東半島が、続いて大連市街が見えてきた。
半島の西端の山に囲まれた湾は旅順だろうか?
期待感が膨らむ。
と同時に、搭乗ゲートでのあまり些細で浮ついた気分を引き締める。

細長い高層マンション群の屋上をすぐ真下に見ながら、飛行機は10時前(日本・韓国より1時間遅い)大連周水子空港に着陸した。
船・列車旅には及ばないが、なかなか幸先の良い導入演出だった。
世界屈指の規模を誇る仁川空港と比べると、大連空港はいかにも地方空港といった大きさだ。

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大連へ到着

この日、9月3日は日本が1945年の降伏文書に署名した翌日で、中国では「抗日戦争勝利記念日」であることを私は羽田空港で初めて知った。
外務省のHPには「反日感情が高まる虞れあり」とか「日本人だと分かる服装をするな(和服でビジネス・旅行をする人を想定しているのか?)」といった注意喚起が並んでいる。
ところが、結局中国滞在中に懸念すべき事態に遭遇することはなかった。
たしかに入国審査では周りの韓国人より多少質問数が多かったような気もするが、特別扱いといった感じでもなく、覚悟していた割にはあっさりと入国できた。
相変わらず「危機管理」の名のもとに国民を畏怖させる能力に関して、外務省と気象庁に勝る組織は存在しない、と私は思っている。

当たり前だが、政治・外交と民間交流は別である。
いくら日本の総理大臣がアメリカ大統領に対してはしたなく媚びへつらっても、だからといって日本国民全体がアメリカに対して刹那的な愛情や全面的な恭順の意を抱いているわけではない。

さて、大連周水子空港から市内中心部までは地下鉄で20分と好アクセスである。
地下鉄に乗るためのモバイル決済の設定に手間取っていると、近くにいた人が教えてくれた。
普通の人はやれ「日本人」だの、やれ「抗日記念日」だの気にしないのだ。

新しく綺麗な地下鉄に乗って、大連の象徴である中山広場に降り立った。
瀟洒な近代建築が取り囲むこの大きな広場は、ロシアによるパリを手本とした街づくりを日本が引き継いだ、20世紀初頭の大連の歴史そのものである。


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