ルーマニアには国鉄以外にも多数の民間鉄道会社が列車を運行している。
そのなかで最も快適さの評価が高いのが、Astra Trans Carpatic(アストラ・トランス・カルパチック)である。
その高い居住性は欧州先進国のレベルに達しているといって過言ではない。
2026年4月、シナイアからブラショフまでアストラ・トランス・カルパチックを利用した。
本記事では実用的なトピックスにいくつか触れた後、実際の乗車記を綴っていく。
「ルーマニアらしからぬ」クオリティの高い列車

ルーマニアを代表する民間鉄道会社「アストラ・トランス・カルパチック」は、アコモデーションの高さで定評がある。
実際にアストラの客車は革張りの座席にカーペット敷きという洗練された内装で、国鉄の優等列車や競合他社と比べるとかなり質が高い。
ルーマニア鉄道の良くも悪くもレトロな感じが皆無なのである。
アストラ参入前の10数年前には、国鉄急行列車の古い客車がドアを開けっぱなしにしてゆっくり走っていたことを考えると、ルーマニアの鉄道も随分進歩したものだなと思う。
清潔面においても手入れが行き届いている印象だった。
ただ、車内販売や自動販売機はない。


車両は日本の「湘南色」を思わせる、重厚感のある緑と黄色の組み合わせ。
機関車も客車に合わせた塗装で、堂々とした統一美のある佇まいである。
つまり、アストラ・トランス・カルパチックは「外観のスタイルはレトロ、車内のアコモデーションはモダン」なのだ。
なお、便によってはデンマークから輸入したディーゼルカーが運用されることもある。

奥の赤い電車がライバルのソフトランス
料金は国鉄並み
クオリティの高さが際立つアストラ・トランス・カルパチックだが、なんと料金は国鉄の急行列車と同じ程度に抑えられている。
非常にコスパが高いオペレーターなので、時間帯が合えば是非利用したい。
ただし注意すべきは、駅の窓口ではアストラ・トランス・カルパチックのチケットは買えないということである。
これは他の私鉄にも当てはまる。
よって事前に公式サイトから購入するか、車内で車掌から直接買うかどちらかになる。
チケットには号車と座席番号が一応割り振られているが、ルーマニアでは誰も気にしておらず、各自が適当な空席に座っている。
乗車記
「カルパチアの真珠」と称えられるシナイア観光を満喫し、ブラショフに戻るために駅へ向かう。
早朝に着いた時は静謐な雰囲気に感動したものだが、昼下がりとなっては観光客で賑やかで、全く別の街に来たように思えてならない。
鳥のさえずりや小川のせせらぎといった自然の息遣いは、今や子供たちのはしゃぎ声に代わっていた。

これから乗車するのは、15時49分発のブラショフ行きのアストラ・トランス・カルパチックの列車だ。
ブカレスト行きを待っている人と比べて、逆方向のブラショフ行きを待つ客は圧倒的に少なかった。
列車は約10分遅れているらしい。
ルーマニアの鉄道は遅延の多さで悪名高いが、ブカレスト~ブラショフ間ではそれほどダイヤが乱れることはなかった。
時々10分遅れるくらいなら、ヨーロッパ基準では並みの判定だろう。
やがて谷に沿って列車が近づいてきた。
シナイアがかつて王族の避暑地だったこともあり、駅舎もホームも優美でレトロな造りとなっている。

そんな駅に、やはり格調高い塗装をまとった電気機関車が客車を従えて入線する光景は、古き良き鉄道黄金時代を彷彿とさせた。
しかし、客車が2両しか繋がれておらず、いささか威厳を損ねる非経済的な編成なのは残念だった。

それはともかく、シナイア~ブラショフ間はヨーロッパ有数の景勝区間として知られている。
ブラショフから来た時は未明でほとんど景色が見れなかったので、今回じっくりと堪能することにしよう。
おすすめは進行方向右側(ブラショフ行きの場合)だ。
渓谷に沿って別荘風の瀟洒な建物が並び、いかにも高級保養地の雰囲気が漂っている。
川の流れから判断するに、列車は勾配を登っているようだ。

ふと後方を振り向くと、カルパチア山脈の雪山がそびえ立っている、というより凹凸のある壁が厳然とそこに存在している、と言った方が良いだろうか。
東欧を旅行していると平坦な地形に慣れてしまうが、ここは一転してオーストリアやスイスのアルプスのような迫力である。

やがて、鮮やかな黄緑色の高原が青空の下に広がった。
勾配を登り詰めたものと思われる。
時々視界を遮る針葉樹は白い枝を下げたヒノキのような木々で、葉の緑色の濃さが印象的だった。

編成最後部の連結部の窓から覗くと、屈曲した線路が下り勾配になっている様子がよく分かった。
谷はだんだんと広まっていく。

ついに山間部を越えた。
カーブと勾配から解放された列車は、ようやく水を得た魚のように走り出した。
スピードを出しても揺れは少ない。
行きに乗ったSoftrans(ソフトランス)よりこちらの方が乗り心地が良かった。
1時間弱で終点ブラショフ駅に到着。
方々から反射してくる夕方の容赦ない日差しが気怠い。
車体を飾る山と列車が描かれた素朴なエンブレムが、私を慰めるようにシナイアの清浄な自然を思い出させてくれた。

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