【未来の記録②】リニア中央新幹線後の東海道新幹線、自由化で民間企業が参入

我脳引鉄

前回の記事では「未来の記録」として、リニア中央新幹線開業日の様子をご覧いただいた。
その一方で主役の座を譲った従来の東海道新幹線にも大きな変化があった。
東海道新幹線ではオープンアクセスによって鉄道運行の参入が自由化された結果、民間オペレーター3社と既存のJR東海との間で激しい競争が行われている、という。

リニア中央新幹線開業によって「並行在来線」化した東海道新幹線に何があったのだろうか?
2035年4月某日の新聞記事から様子を探っていこう。
冒頭ではコラム欄の「キーワード解説」を、続いて本篇を御覧に入れる。
※本記事の写真はイメージです

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【キーワード解説】東海道新幹線とオープンアクセス

昨年(2034年)10月にリニア中央新幹線が全線で開業したことで、それまで従来の東海道新幹線が担っていた東京・名古屋・大阪間の都市間輸送は、大半がリニアに移行した。
その一方で、東海道新幹線沿線の都市圏人口は6000万人を超え、これは国内総人口の半分以上に及ぶ。
これだけの総需要を考慮すると、価格やサービスを差別化すればビジネスチャンスは依然として大いに残っているといえる。
上記の観点により、多様な移動手段を実現するという意図から、これまで排他的にJR東海が運営してきた東海道新幹線における鉄道運行事業の参入を自由化する「オープンアクセス」が本年2035年4月1日より実現した。

高速鉄道での事例は我が国では東海道新幹線が初めてであるが、海外、特にヨーロッパでは一般的となっている。
スペインの事例を紹介すると、同国の最重要路線であるマドリード・バルセロナ間では、スペイン国鉄Renfeが運行する新幹線①AVEアベと、その格安版の②AVLOアブロ、フランス国鉄の格安新幹線③Ouigoウィゴ―、そしてイタリア国鉄のIryoイリョの4種類の高速列車が競合している。
同区間の距離は約620㎞で、所要時間はどれも2時間半~3時間程度と大差ないが、価格であったり車内その他サービス内容でそれぞれ差別化を図っている。

さて、東海道新幹線のオープンアクセスによって、3つの民間企業が新規参入を果たし、既存のJR東海と合わせて4社が列車を運行することとなった。
かくして、リニア中央新幹線開業後の経営が懸念されていた東海道新幹線は、各オペレーターが多種多様な顧客の潜在ニーズを掘り起こしながら切磋琢磨する、日本の鉄道における真の自由化への一歩となったのである。
鉄道関係者たちは、およそ半世紀前(1987年4月1日)の国鉄民営化に匹敵する激震であると口を揃える。

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新規オペレーター①:格安新幹線【Maxのぞみ】

東海道新幹線のオープンアクセスが決定し、まず最初に参入が決定した列車は格安新幹線「Maxのぞみ」である。
オール二階建て車両の16両編成という堂々たる陣容で、客室は全て普通車。
最高速度は260km/hで、途中停車駅はJR東海の「のぞみ」と同じ品川・新横浜・名古屋・京都である。
東京・新大阪間を2時間35分で結び、1時間当たり1本の運転頻度である。

「Maxのぞみ」の特徴はとにかくその安さに尽きる。
予約開始日は発車日の2カ月前だが、早めに予約すると便によっては東京から新大阪まで3,000円程度(ただしキャンセル・変更不可)で乗れるのである。
航空機に始まり、最近は鉄道でも広まった価格変動制を採用し、チケット代は需給に応じて日にち・時間帯によって大きく異なる。
なお、省力化のために販売はウェブサイトかアプリのみで行い、駅の窓口で購入することはできない。

「Maxのぞみ」の運行会社を会長として率いるのは「カリスマ経営コンサルタント」の異名を持つA氏。
これまで何十年にもわたって数々の企業の経営再建に携わってきた。
生産性の低いサービスを省きコストカットを徹底的に行う彼は、バブル崩壊後の「失われた40年」の申し子だと言われている。

「東海道新幹線のオープンアクセスの話を聞いた時、昔とある企業買収のためにフランスの地方都市リヨンを訪れる際に乗車したTGV(フランス新幹線)の格安版、Ouigoのことを思い出した」と彼は語る。

パリから乗ったOuigoは日本の新幹線と比べると快適性では劣っていたが、約400㎞の距離をたったの15€(当時のレートで1,500円)で移動できたことにA氏は驚愕し、日本にも「格安のぞみ」があればもっと新幹線が身近になる、と感じたという。
かくして、かつて日本にも存在したオール二階建て新幹線「Max」を改良したうえで、定員が1700人を超える巨大な高速列車が誕生したのである。

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新規オペレーター②:豪華新幹線「グランドひかりX」

「Maxのぞみ」に次いで名乗りを上げた列車は、豪華編成をウリにした「グランドひかりX」である。
国鉄民営化直後のバブル期に登場した「グランドひかり」を令和水準にアップデートした列車だと言える。

「グランドひかりX」には「普通車」はなく、最も標準的なクラスでもグリーン車に相当する「プレミアムスタンダード」。
グランクラスと同等の「エグゼクティブ」では、軽食として京料理風弁当・ひつまぶし・江戸前寿司のいずれか(事前に指定要)が提供される。
中間車4両は二階建て車両で、二階部分は上記「エグゼクティブ」とシックな雰囲気のバー「メトロポリスラウンジ」、そして一階部分には2~4人用の個室「スイートキャビン」を備えている。
最高速度は260km/hで、「のぞみ」停車駅に加え静岡・浜松、列車によっては小田原・豊橋にも停車する。
こちらも1時間に1本運行される。

「グランドひかりX」の運行会社の社長は、かのイーロン・マスクを尊敬する若手起業家のB氏。
「今までになかったサービスを提供する」をモットーに諸分野で活躍する彼にとって、東海道新幹線のオープンアクセスは新たなビジネスチャンスだった。
「高速鉄道はただの通勤特急でいいのか?」
出張の度にそう疑問を抱いていた彼は、クラウドファンディングも活用して前代未聞の豪華新幹線を実現させたのだった。

「グランドひかりX」の「メトロポリスラウンジ」では沿線の地ビールや特産品を販売しており、事前にネット予約すれば特製料理も自席あるいは個室に運んでもらえる。
もう一つ注目すべきは、乗車時にアテンダントから配られる最新技術を活用したVRゴーグルである。
これを着用すると反対側の車窓や運転士目線の前面展望はもちろん、時空を超えて70年前の東海道新幹線開通時や、あるいは江戸時代や戦国時代の景色まで音声ガイド付きで楽しむことができるのだ。

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新規オペレーター③:高速バス感覚で利用できる「フラッとこだま」

最後に参入したのは「フラッとこだま」なる各駅停車タイプだった。
「フラッとこだま」は高速バスのような短・中距離利用をターゲットとした列車で、こちらも普通車のみの軽快なモノクラス6両編成である。
「バスのようにフラッと気軽に利用できる」ことを訴えるこの列車は、30分毎に運転されている。
乗車直前にチケットを購入しても格安で乗車できる、まさに「フラット」な料金体系も魅力と言える。

「フラッとこだま」の運行会社が格安高速バス事業で近年台頭してきた中国企業であることも話題となった。
その経営者C氏は日本を何度も旅行している、大の親日家である。
といっても、メディアでよく取り上げられそうな、一週間滞在して手放しで日本を絶賛して帰っていくだけの「おめでたい」外国人では決してない。
彼はかねてから日本の過剰サービスについて疑念を抱いていた。
「それは東海道新幹線についても当てはまる。「こだま」にN700Sのような高性能の車両は必要ない。それは明らかに行き過ぎた「おもてなし」だ。」とC氏は言う。

「フラッとこだま」に運用される車両は中国製の電車で、最高速度は他の列車と比べて低い220km/hに抑えられている。
これはヨーロッパでは高速鉄道というより「中速鉄道」として扱われるスピードだが、その分諸コストを抑えている。

ちなみに、「フラッとこだま」が静岡県にとって非常に利便性が高い(県内を高速かつ格安で移動できる)ことから、一部ではリニア中央新幹線建設をめぐってJR東海と対立したこともある静岡県が、その当てつけとして元知事がC氏と接触して誘致・参入を実現させたという噂もあるが、定かではない。

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「ワイドモート」なJR東海の新幹線

最後に紹介するのが既存のJR東海である。
他のオペレーターとの兼ね合いもあって、同社が運行する列車は1時間当たり「のぞみ」(東京・博多間)1本、「ひかり」2本(岡山行き及び広島行き)、そして「こだま」1本である。
さらに名古屋発博多行きの「のぞみ」も1本運転される。
車両は2020年より順次投入されたされた、お馴染みのN700Sである。

オープンアクセス運用開始直後は「殿様商売をしてきたJR東海が新興オペレーター3社に勝てるわけがない」との声が多くあった。
しかし、蓋を開けてみると現実はそうでなかった。
JR東海及びその前身の国鉄が1964年以来築き上げてきた信頼・ブランド力は予想以上に強固なものだったのである。
今まで通りの安心・安定感を好む人、ネット予約より対面販売を求める人は、オープンアクセス後も従来通りJR東海の「のぞみ」や「ひかり」を利用した。

「偉大なる投資家ウォーレン・バフェットは、顧客からの長期的な信用に裏打ちされたブランド力、つまり競争優位性を有するビジネスを「ワイドモート(Wide Moat)」(”Moat”は「堀」を意味する)と表現した。我々が競争激化した環境下でも相変わらず支持を集めているのは、そのワイドモート故だ。」とJR東海会長のD氏は言う。

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実際に2往復して4種類を乗り比べ

さて、以上4つの列車について説明したうえで、我々取材班は「鉄オタ」さながら東海道新幹線を2往復して全列車に乗り比べてみた。

東京→新大阪:「Maxのぞみ」

まず東京駅から乗車したのは「Maxのぞみ」。
朝6時台発の便で、1カ月前に予約した新大阪までのチケット代は3,000円。
早朝なのでチケットはとりわけ安い方で、混雑する時間帯だと5,000~6,000円が最安価格になるようだ。
「薄利多売」が前提のビジネスのため車内は満席。
全体的に客層は若い印象があった。
JR東海のN700Sと比べると乗り心地は劣るが、所要時間はほぼ同じでここまでチケットが安いのは、やはり衝撃的である。

これから大阪の実家に帰るという大学生は、今まで「青春18きっぷ」を利用して普通列車で1日かけて帰省していたが、昼食・お茶代を含めれば「Maxのぞみ」の方が安いという。
「朝早く帰って来て親御さんも喜ぶでしょうね?」との問いには、「昼飯は実家で食った方が金かからないんで。」と恥ずかしそうに答えていた。
彼に限らず、コスト意識の高い乗客が多いせいか、車内の会話は心なしか関西弁の比率が高いような気がする。

一方で運行開始初期ならではのトラブルも散見された。
JR東海の自由席のチケットで乗ってしまった60代くらいの男性が、「Maxのぞみ」は別会社による運行で全席指定席であることを説明する車掌に激しく抗議していたが、結局空きの席もなく、彼は新横浜駅で降ろされた。
また別の女性の乗客は規定サイズ以上の荷物を追加料金なしで持ち込んだため、車内で割高な清算を余儀なくされ、「安かったチケット代と同じくらいのペナルティーを受けた」と嘆いていた。

車掌曰く、この程度のトラブルは「想定内」とのこと。
こうしたケースにも対応できるよう準備してきたし、悪しき前例を防ぐために「カスハラ」には絶対に屈しないよう会社からも指導されてきたという。
これが令和ゼロ年代なら、車掌が土下座する動画がSNSで出回っていたことだろう。

新大阪→東京:「グランドひかりX」

新大阪駅に到着後、昼前に発車する「グランドひかりX」の最上級座席「エグゼクティブ」に乗車した。
東京・新大阪間の「エグゼクティブ」料金は合計で30,000円を優に超える。
標準的(グリーン車と同等)な「プレミアムスタンダード」でも25,000円程度だ。
個室の「スイートキャビン」に至っては、1室あたり100,000円以上にもなる。

そんな強気な価格設定だが乗車率は高かった。
出発して間もなく、京料理風弁当とペアリングに選んだ伏見の酒が自席に運ばれてきた。
食後の静岡茶を味わいながら、VRゴーグルで時空旅行も楽しむ。
無料サービスのドリンク・菓子は随時アテンダントに注文できる。

後ろの席にいたイギリス人紳士は「ロンドン・パリ間の新幹線「ユーロスター」の最上級クラスよりずっと良いサービスだが、価格はこちらの方が断然安い」と言う。
我々日本人にはかなり高価格帯に感じる「エグゼクティブ」も、先進国の人々にとってはそうではないようだ。
やはり乗客は外国人が目立ち、「メトロポリスラウンジ」での会話はほぼ英語、時々大きな声の中国語も響いていた。

東京→新大阪:「フラッとこだま」

東京駅に戻り、息つく暇もなく「フラッとこだま」で再び新大阪を目指す。
料金は約7,000円。どの区間も東海道新幹線の半額程度になっている。
余裕を持ってスケジュールを組んでいたが、乗る予定だった列車の1本前の便に変更した。
チケットは割安ながらフレキシブルなので、直前に変更しても追加料金や手数料は必要ない。

車内は明るくカジュアルな雰囲気だった。
何時間も乗ることを想定していないので、座席はリクライニング角度が浅く狭い印象だ。
乗り心地に関しても、220㎞/hで走っている時の振動は、N700Sが285km/hで走る時のそれよりも大きい。
厳しく評価すれば「安かろう悪かろう」なのだが、それで構わない人にとって新たな選択肢が生まれたことを歓迎すべきだろう。

サークルの合宿で静岡まで行くという大学生のグループが乗っていた。
それまではバスを利用していたが、価格がほぼ同じ(3,000円程度)でずっと速いので今回は「フラッとこだま」にしたという。
静岡までの1時間程度の乗車時間なら、快適性には問題ない。
途中駅からも短距離利用の客が乗っては降りていく様子だった。
バスだけでなく、東海道線の普通列車からも乗客が移転していると思われる。

新大阪→東京:従来の「のぞみ」

最後に、JR東海が運行するお馴染みの「のぞみ」に乗って東京へ帰ろう。
博多始発の電車が新大阪駅に滑り込んできた。
今まで乗車してきた新規オペレーターは東京・新大阪のみが運転区間になるので、新大阪以西に直通するのは「のぞみ」「ひかり」だけである。
よって、例えば名古屋から山陽新幹線区間までなら、わざわざリニアから乗り換えるより「のぞみ」に乗る人が多い。

外はすっかり暗くなった。
滑らかな加速、車体傾斜機能によるカーブ通過時の乗り心地の良さ、要するにこの安定感のある走りには、改めて感心させられる。
「グランドひかりX」の車内設備・サービスは素晴らしいものだったが、工業製品としての車両の精巧さは、やはりN700Sが最高であろう。

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東海道は第二次戦国時代へ

以上、東京・新大阪間を2往復して、4社の列車を比較してみた。
「どの列車がおすすめか?」と聞かれる読者もいるだろうが、それには答えられない。
それぞれが特色あるサービスを提供しているので、「正解」も利用者それぞれだからだ。

ちなみに一つ気になったことがある。
1日の間でも、数分遅延する列車が散見されたことである。
これまでは三河安城駅や小田原駅の定刻通過アナウンスが当たり前だったので、それだけで「大事件」のように思われた。
車両規格がバラバラで4社が各々運営するとなれば、1社独占時代のようにはいかないのだろう。

たしかに我々は世界でも稀な定時性を失ったのかもしれない。
しかし、ここで敢えて問いたい。
平均遅延時間30秒以下(自然災害による遅延含む)という奇跡的な定時性は、オープンアクセスによって得られた多様性を諦めてまで維持すべき必要があったのだろうか?

多種多様な高速列車が並ぶパリ・リヨン駅

道中、車内で度々トラブルが存在したことは既に述べた通りである。
長い間、日本社会は「何かあったらどうするのだ!」と言って変化することを恐れ、結果として先進国からどんどん引き離されてきた。
この傾向が顕著になった10数年前のコロナ騒動を、読者諸氏は覚えてらっしゃることだろう。

そんなことを考えながら、ふと「グランドひかりX」のVRゴーグル越しに出会った織田信長や徳川家康を思い出した。
戦国時代、東海道はひと際有力な戦国大名が群雄割拠する一帯であった。
現在我々が目にしているのは、東海道の新しい戦国時代である。(了)








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