ルーマニアはヨーロッパの田舎だ。
2007年のEU加盟に続き、最近の2025年にはシェンゲン協定にも加盟し、日本から旅行に行くハードルも下がった。
しかしそこを訪れると、農道を馬車が走るような昔ながらの日常に出会えるのである。
そんな過渡期的な空気のルーマニアを象徴するような列車が、ウィーン発ブダペスト経由ブカレスト行き夜行列車「ダキア」(Dacia)号である。(「ダキア」とはルーマニアの古代の地名)
1日4往復もあるハンガリーとルーマニアを結ぶ夜行列車のなかで最も長距離を走り、車両も最新型が使われている。
2026年4月、ウィーンからルーマニアのシギショアラまで「ダキア」号の寝台車に乗車した。
本記事では実用的なトピックに何点か触れた後、実際の乗車記を紹介する。
車窓と車中に垣間見える「ルーマニアの今」を見に行こう。
予約はルーマニア国鉄のサイトから
「ダキア」号に限らず、オーストリア・ハンガリーとルーマニアを結ぶ列車の予約は、ルーマニア国鉄(CFR)の公式サイトから行うことができる。
ヨーロッパ鉄道旅行者がよく使うオーストリア国鉄(OBB)でも列車検索はできるが、ルーマニア方面は一部の区間しか予約・購入できない。
まず、CFRのサイトで予約するには会員登録が必要なので済ませておこう。
次に、国内線(Domestic journeys)と国際線(International journeys)で別れているので後者を選択。

駅名を入力する時は英語ではなく現地語なので、Wien Hbf(ウィーン中央駅)・Bucuresti Nord(ブカレスト北駅)となる。
乗り継ぎありの旅程も出てくるので直通列車を選ぼう。

次に人数と設備選択画面へ。
デフォルトでは2等座席車になっている。
これで10時間以上は辛いので、最低でも簡易寝台(クシェット)の4人用(2段)か6人用(3段)、できれば寝台車を予約することをお勧めする。
上の写真のように大人1人でも寝台車に1人用~3人用の選択肢があるのは不思議に思えるかもしれない。
ここは重要なのだが、ヨーロッパでは寝台車は個室単位ではなくベッド単位で販売される。
よって1人で3人用寝台車を予約すると、同性の他人1人または2人と個室を共有する可能性がある。
料金は高くなるが、個室を貸し切りたい人はシングル(1人用)で予約しよう。

おそらくルーマニア国鉄で最も高額な乗車券
※参考 1€≒5lei
設備を決めたら料金プランを選ぶ。
チケットの制限が厳しい方が安くなるのだが、上の写真を見て分かる通り値段も条件もさほど変わらない。
キャンセルできるのが出発日当日か、前日までかの違いである。
料金はオーストリア国鉄の「ナイトジェット」個室よりはだいぶ安いが、ルーマニアの物価を考えればシングル個室はかなり高額である。
最後に顧客情報とカード決済で予約・購入完了。
なのだが、もう一つやることが残っているので忘れないように!

自身のアカウントの”My orders”にある予約一覧から、A4チケットを生成してダウンロードするという手間が必要になる。
予約完了メールそのものはチケットとして認められないのでくれぐれも注意しよう。
ダウンロードするとA4サイズのチケットが添付されたメールが届く。
これをスマホに保存、そして紙でも印刷(あった方が無難)してようやく完了だ。
お疲れ様でした。
寝台車の車内・サービス
「ダキア」号の編成は座席車・簡易寝台車(クシェット)・寝台車の3種類から成る。
このうちオススメなのが最上位の寝台車である。
寝台車は1~3人用の個室で、洗面台も各部屋に備わっている。
もちろんコンセントもある。
予約時に区別されないが、個室によってはシャワー・トイレ付きのものもある。
しかし複数の乗車レポートによると、トイレはともかく、シャワーはお湯が出なくて使い物にならないらしい。
また寝台車の車両端にも共用シャワーがある。

内部から扉をロックすることができるので、就寝中の安全面についても問題ない。
ただし、外からロックすることはできないので個室から出る時に貴重品は置いて行かないこと。

朝食サービスはなく、部屋にミネラルウォーターが置いてあるだけなので、食事・飲み物の準備はしっかりしてから乗車しよう。(次章参照)
食堂車・車内販売はない
長時間乗車となる「ダキア」号だが、食堂車はおろか車内販売もない。
私が10年以上前にこの列車を利用した時は、食堂車でホットミールの朝食をいただいたものだが残念である。
売店スペースのある車両はあったが、ルーマニア国内でも営業していなかった。
ウィーン発の場合、夕食を早めに済ますか駅で購入したものを持ち込むことになる
さらに問題は終点ブカレスト(到着が13時半過ぎ)まで行く場合は昼食の問題まで発生することである。
乗車時間を考えても、観光面からも、ルーマニアの行き先はシギショアラ・ブラショフ辺りがちょうどよいのではないかと思う。
悪評高い定時性は改善されたか?
ルーマニアの鉄道は定時性が低く、ただでさえ遅い列車の遅延が頻繁に生じることで悪評高い。
長距離を走る夜行列車は特に遅延リスクが高いとされてきた。
実際、10数年前に「ダキア」号でブダペストからブラショフに行った時も、車掌は「ちょっと遅れている」と言っていたものの、平気で2時間以上遅延した。
しかし2026年現在、そんな状況にも変化が見られている。
まずルーマニアがシェンゲン協定に加盟したことで、ハンガリー・ルーマニア国境でのパスポートコントロールが廃止された。
にもかかわらず、列車ダイヤは依然として国境駅で30分以上停車するので、それまでに生じた遅れはここで吸収できるようになった。
またルーマニアでは線路改良が進んでおり、区間によっては160km/hで走ることができる。
やはりこの高速化もダイヤには反映されていないため、遅れを取り戻すどころか早く着いてしまうケースにも度々出くわした。
本来これらの改善はスピードアップとして還元されるべきだが、慢性化した遅延の補填に充てられている実態は、時刻表愛読者としては面白くない。
それはともかく遅延リスクに関しては、途中で遅れる場面はあっても取り返せる余地が大いに残されているので、最終的には思ったほど遅れないというのが現状の総合評価である。
乗車記:ウィーンからシギショアラへ
ウィーン中央駅ではOBBラウンジが使える
またウィーン中央駅にやって来た。
1等車や寝台車の乗客は、出発前か到着後にOBBラウンジを利用することができる。
ここで夜汽車を待つのはもう何回目だろうか?
ソフトドリンク・トイレ・コンセントを備えたOBBラウンジは、もはや私にとって「鉄旅遊民ヨーロッパ事務所」である。

ウィーン中央駅はヨーロッパの夜行列車の拠点だ。
オーストリア国鉄の運行する「ナイトジェット」が、この駅からヨーロッパ各地へ向けて旅立っていく。
そんな「夜のウィーン体制」の帝都・ウィーン中央駅にあっても、ブカレスト行きの「ダキア」号は異色でエキゾチックな存在である。
ルーマニアの座席車や寝台車を先頭にスロバキアの簡易寝台車、極めつけはキエフ行きのウクライナの車両まで付いているのだ。
統一された編成美を有する西欧の高速列車もスマートだが、多国籍編成を組んだ東欧の夜行列車には生活に根差した実直さがある。
この日私はブダペストに滞在していたが、「ダキア」号にこの駅で会うために、昼間わざわざウィーンまで逆戻りしてきたのだ。


車両は良いがメンテナンスが悪い
私が今回予約したのは寝台車のシングル個室。
ルーマニアの寝台車なので車内の表記もルーマニア語。
列車に足を踏み入れた瞬間、これから遠くに行くのだなという気分が高ぶる。
車両は新しく、内装もワインレッドを基調としたシックで格調高いものだった。
「ルーマニアの寝台車、なかなか凄いな」と感心する。

10分前に慌ただしく到着した列車は、まだ明るい始発駅のウィーン中央駅(Wien Hbf)を定時に出発した。
これから始まる長い夜に備え、早速駅で買ったビールを開ける。

程なくして50歳前後の車掌が検札にやって来た。
制服を着ておらず、10年は昔と思しき顔写真が付いたストラップが無ければ客にしか見えない。
彼は初めは無愛想だったが、スマホで提示したチケットが見づらそうだったので印刷した紙をそっと渡す。
アナログの紙の安心感から車掌が親近感を覚えたのであろうか、彼は恥ずかしそうな顔をして和やかになった。
「ドアをロックする時は上下両方の鍵をかけろ。片方だけだと侵入される虞がある。」とカタコトの英語で説明する。
10年以上前にこの「ダキア」号に乗った時も、同じ注意を受けたのを覚えている。
その時はブダペスト東駅停車中に外から個室の扉を開けようとする音がして、直後に通路を覗いてみると子供が車外に走り去っていくのが見えた。
そんなわけで、特にブダペスト東駅に停車中はなるべく個室に出ない方が安全である。
さて、出発して1時間もしないうちに、いつの間にか列車は国境を越えてハンガリーに入った。
ちょうどオーストリアビールも飲み終わったので、今度はハンガリーワインの出番である。
かつて東西陣営の境界だったとはいえ、両国の国境など今や乗客は誰も気にしないのかもしれないが、「地鉄地酒」にこだわる私としては重要な節目なのである。
ブダペストから乗った列車では退屈だった車窓も、夜汽車に揺られて晩酌すれば旅情たっぷりに感じる。
駅停車中、これ見よがしにコップにワインを注いでいると、ホームにいた肩を露出させた若い女性に写真を撮られた。
どんなコメントを添えてアップロードされたのだろうか?
外はすっかり暗くなった。
列車はドナウ川を渡りブダペスト市内へ。
この日は臨時ダイヤらしく、普段のブダペスト東駅(Budapest Keleti)ではなく郊外の駅に停車した。
徐行と停止を繰り返し、40分以上遅れているようだった。

ところで、最初は車両のクオリティに感心したものの、時々ブレーカー落ちしたように個室が真っ暗になった。
通路も同じ状態だったので、車両全体の電源が不安定なのだろう。
前に述べたシャワーの問題も含め、せっかく良い車両を導入しながらメンテナンス不足が露呈している。
着ている服は高級なのに手入れが悪くてみすぼらしい人のようである。
日付が変わる頃、ハンガリー東部のソルノク(szolnok)駅に着く。
ホームに乗客はほとんどいないが大勢の駅員が待機していた。
ここは鉄道交通の要衝で、スロバキア・ウクライナ方面の車両の切り離しが行われる。
静かで大きな駅に作業合図の汽笛がこだましている。
深夜の夜汽車旅を活き活きと彩る光景である。
私は作業音を子守歌にして寝ることにした。
寝静まった街をカトリック教会の塔が灯台のように見守っていた。
ルーマニアの田舎を最高速度160km/hで走る
翌朝、列車はルーマニアの農村部を走っていた。
まだ民家からは灯りが漏れていた。
列車は村を眠りから醒ますように、トランペットがしゃっくりをするような汽笛を鳴らして走り続けている。
どうやら機関車がハンガリー国鉄からルーマニア国鉄の車両に交代したようだ。
ルーマニアに入って遅くなるかと思いきや、線路改良のため最高速度は160km/hと速い。

早朝とあって寒い。
温かいお茶が飲みたくなった。
ダメもとで車掌に飲み物を買える場所はないか尋ねると、同僚に電話した後に「コーヒーなら用意できる」とのこと。
しかし、アルコール漬けになった空きっ腹にコーヒーは危険だ。
厚意に感謝しながら丁重に断った。
それにしても、前日の検札当初は無愛想だった車掌とは思えないほど、実際は親切な人だった。
東欧の中高年にはこういった純朴な人が多い。
焦げ茶色の屋根の飾り気のない家がちらほら現れた。
オーストリア・ハンガリーのように大型機械を使って大規模経営する農業と違って、家庭菜園の延長のような小さな畑に羊・馬・鶏を飼っている土臭い農家だった。
機関車の下手なトランペット演奏をからかうように、犬が畑を走り回っている。
そんな健気な風景から、何を思ったか大きな廃工場が突然現れる。
共産主義時代の夢の跡だろうか?
だがルーマニアの農村には工場の煙より、やはり野焼きの煙の方が似合っている。
個室にまで燻製の香りが漂ってきた。


早朝のシギショアラに到着
思えば「ダキア」号の寝台車の旅は、車両こそ洗練されて高品質なものだがサービスは行き届いておらず、全体として純朴で田舎臭さのあるものだった。
その意味で、EU・シェンゲン協定に加盟しながらも、「ヨーロッパの田舎」の雰囲気を保っているルーマニアそのものが、この列車なのである。
やがて進行方向右手、小高い丘の頂上に教会が、山の中腹に小さな街が見えてきた。
目的地シギショアラ(sighisoara)だ。

時刻は7時半前、5分くらい早く着いた。
近所の農家の鶏の「コケコッコー」だけが響く静かな駅だった。
出発時刻になって車掌が「ピィ」と鋭い笛を鳴らすと、ホームに出て煙草を吸っていた半袖半パンの男性が慌てて車内に戻った。


意外と新型だった機関車に牽かれて「ダキア」号がゆっくりと走り去ってゆく。
終着ブカレスト北駅(Bucuresti Nord)まであと6時間の長旅である。

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