ルーマニア西部・トランシルヴァニア地方の要衝の都市、ブラショフ。
ここにはドイツ文化の薫る街並みと、交易都市として栄えた多層的な歴史が交差している。
周辺の観光地への拠点としても便利なこの街は、首都ブカレストと並んでルーマニアで最も訪れる人の多い所である。
2026年4月、土曜日の午後の活気あふれるブラショフを歩いた。
賑やかな旧市街
シギショアラからの列車は、定刻より20分も早くブラショフ駅に到着した。
一番奥のホームに停まったので、幾つもの線路を渡って駅舎まで辿り着いた。
駅舎内部の壁にはブラショフ旧市街や周辺の観光地の絵画が、まるで19世紀のような詩的なタッチで描かれていた。
そのため旧共産圏の駅にありがちな重苦しさは感じない。
駅から旧市街中心部はバスかタクシー(ルーマニアではとても安い)で10分弱である。

ブラショフの旧市街は、ドイツ文化の色濃いトランシルヴァニア地方(ルーマニア西部)らしく、赤い屋根の家が建ち並ぶ。
今日が土曜日だということを差し引いても、昨日訪れたシビウと比べるとブラショフの方が遥かに活気づいている。
ブラショフ市の人口はシビウの約2倍だが、それ以上に大きな賑わいの差を感じる。
英語やドイツ語を話す外国人観光客も目立つ。

旧市街のすぐ南東にはトゥンパ山がそびえ立っている。
普通はこういう地理条件だと、「山に抱かれた街」という表現がされる。
しかし、ブラショフのエネルギーを直に感じていると、逆に「街がトゥンパ山を背負っている」ように感じられてしまう。

まずはトゥンパ山へ登ってみよう。
ロープウェイに乗れば旧市街を見渡すパノラマを楽しむことができる。
わずか数分の空中散歩を終えてから少し歩くと、街からも見える山頂付近の”BRASOV”の文字がある所に着く。
ここが一番のパノラマスポットである。

南方を山に阻まれたブラショフの市街地は、その発展を諦めぬように中腹にまで広がっている。
山と調和した都会は、その規模の大きさにもかかわらず、良い意味で田舎の地方都市のような趣もあった。

黒の教会と歴史博物館
ブラショフ旧市街で最も有名な歴史的建築物は、プロテスタント教会の黒の教会である。
非常に大きな教会で、街の中心にあるスファトゥルイ広場を見守るように建っている。
さきほどトゥンパ山から見た時も、どっかりと鎮座してひと際目立っていた。

「黒の教会」とは言うものの、実際は別に黒くはない。
「17世紀の大火で焦げて黒くなった」という言い伝えがあるが、これも不確からしい。
近くに寄って眺めると、灰色のタイルに交じって新しい白の石材が所々にあてがわれていた。
一見不細工に見える修復の跡が、戦乱や火事に耐えてきた歴史の重みを物語っている。
チケットを買って内部に入ってみよう。
一般的にプロテスタント教会は質実剛健な造りとなっていて、カトリックのように装飾的ではない。
ところが黒の教会の内部は一風変わっている。
柱のアーチ部には植物のような曲線的な装飾が施されていて、カトリックどころか東方正教、あるいはイスラム教をも思わせるほど「エキゾチック」なのだ。
実際、宗教改革前は黒の教会もカトリック教会だったという。
さらに異質なのが、2階部分に飾られているトルコ絨毯である。
プロテスタント教会にトルコ絨毯とは水と油のようだが、これも実はブラショフという都市の立地に関係している。
ブラショフはウィーンとイスタンブールを結ぶ街道で最も重要な都市の一つだった。
つまりドイツ商人たちがトルコから寄付した絨毯は、交易都市ブラショフの象徴なのである。

スファトゥルイ広場にはブラショフ歴史博物館がある。
時計塔のある旧市庁舎を利用した施設だ。
博物館はさほど大きくなく、目玉となる展示があるわけでもないのだが、ルーマニア・トランシルヴァニア地方の地図を隔てて、キリスト教の司祭とトルコ軍の司令官が対峙している展示も印象的だった。
また、ブラショフで造られた武器や甲冑のコレクションは、ドイツ人のクラフトマンシップを感じさせる。
ブラショフは交易都市としてだけでなく、製造業でも栄えた都市なのだと気づかされる。
現代風に表現すれば、「ヨーロッパとアジアを繋ぐ戦略拠点かつ軍需産業の地政学的優位性を持つ都市」といったところか。

なお、ブラショフからのエクスカーションとして定番のブラン城には行かなかった。
ブラン城はドラキュラ伝説の舞台ということになっているが、日本の忍者コンテンツと同じで、写真映えと話題性にしか興味のない外国人を喜ばせるためのインバウンド観光地である。
商業的な伝説よりも、ブラショフの歴史が紡いできた重層性を見る方が面白くないだろうか?

ゲストハウスで夕食
ブラショフ滞在中は旧市街中心部のゲストハウスに宿泊する。
場所や設備の割に通常のホテルよりも安く、アットホームな雰囲気を味わえるので、私はよくこうした宿泊施設を利用する。
チェックイン・チェックアウトの時間の申し合わせが必要だが、それ以外はホテルと利便性は変わらない。
今日の夕食は部屋で摂ることにする。
スーパーでカッテージチーズ入りのパン、アイリャン(ヨーグルトドリンク)、そしてルーマニアワインを仕入れた。
帰路では屋台の香りに魅かれて、ミティティという棒状のハンバーグも調達。
ミティティはルーマニアの代表的な肉料理で、肉の旨味とスパイスの隠し味と炭火の香りが病みつきになる。
同じような料理が旧ユーゴ諸国ではチェバプチチとも呼ばれている。
以上、質素な食事ではあるが、カッテージチーズとアイリャンはトルコ、ワインは西欧・中欧・そしてミティティはバルカンと、トランシルヴァニア地方・ルーマニアの多彩な文化を表現する夕食となった。
ワインは共用スペースのバルコニー席で飲みたい。
グラスとボトルを持って部屋を出ると、ちょうど隣の60歳前後の夫婦が外出する所だった。
「こんばんは。へえ、それはルーマニアワインかい?楽しそうな旅だね?」
そういえば男性とは昼間チェックインする時にも会っている。
彼があまりに社交的で親切なのでオーナーの旦那さんかと勘違いしていたが、隣の部屋の客だったのだ。
「私も去年日本に行ったけど日本酒が美味しかったよ。他に日本のアルコール飲料ってあるの?」
「焼酎がありますよ。サツマイモから造るものが多いです。」
「強い?」
「ええ。度数は25%です。今度日本にいらしたら是非試してください。」
酒好きに違いない男性と別れ、バルコニー席に腰かけてグラスにワインを注ぐ。
周りの民家の屋根がすぐ近くにあり、ご近所さんたちの生活を覗き込んでいる気分だ。

21時を過ぎると辺りが暗くなり、スファトゥルイ広場から聞こえてくる野外コンサートの音楽も止んだ。
隣にいた若者のグループの談笑もお開きになっている。
ようやく夜になったなと思うとワインがいっそう進む。
昼間の熱気も冷めたのか、風が肌寒く感じられてきたので私も部屋に戻った。

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